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24.王弟の婚約者



「リーフェ、この仕打ちヒドくね?」

「ごめんなさい」


リーフェはシュンとして俯いた。

このように殊勝な態度の従妹を見るのはいつ振りだろうか……と、ニークは記憶を探ったが、頭の中の倉庫は空っぽで何も入っていなかった。


「まさか振られた俺をリーフェの護衛に任命するなんて。陛下も叔父上も―――俺の事相当、舐めてるよね」

「……そういうワケでは無いと思う。多分、信頼してるからよ。私と一番気心が知れてるし。それにほらニーク、すっごく強いんでしょ?」


あはは、と呑気に笑うリーフェをニークは殺気を込めて睨んだ。リーフェは力の入らない笑いを収めて、申し訳なさそうに従兄の顔色を窺った。


「ごめんなさい。でもニークもお父様に言われて、仕方なく申し込んでくれたんでしょ?だからあんまり気にしてないかなぁって……」

「誰が『仕方なく』結婚の申込みをするんだよ。俺の本気を馬鹿にすんな」


そういってそっぽを向く、ニーク。しかし彼が役目はおろそかにする事は無い。一旦使命を与えられたとなれば、交代がある間以外彼はリーフェの傍に控え、一定の距離以上離れようとはしなかった。今や彼女はズワルトゥ国王弟殿下の―――婚約者となってしまったのだから。


「だから、ごめんって」


段々おざなりになってくるリーフェの誠意。

ニークは溜息を吐く。おそらくリーフェは彼の『本気』を全く理解していない。彼女を萎縮させたくなくて、普段と変わらない態度を取り続けた。しかしその所為で彼女は誤解したままなのだ―――尊敬する叔父の勧めるまま、ニークが政略結婚の乗合馬車にうっかり乗り込んだだけなのだと。だからリーフェは彼の気持ちに対して、タカ(・・)を括っている。


しかしそれは、とんでもない誤解だった。


ニークはリーフェをある時まで別居している実の妹だと思っていた。どうにか一緒に暮らせないかと、子供心にあれこれ考えていた時期があったくらいだ。

長じてリーフェが実の妹では無いという誤解が解けた日、ニークは自分は彼女と結婚できる間柄であると知ったのだ。それ以来―――自分の結婚相手はリーフェなのだと決めていたし、幼い頃に祖父にもそう伝えていたというのに。


カルス流武術の免許皆伝を得てからプロポーズする予定だった。女性にとって二十歳は婚期ギリギリかもしれないが、男性にとって二十歳は結婚するには早すぎる。よっぽど事情のある場合―――例えば親が早世してしまった嫡男とか、困窮した貴族が後ろ盾を得る為とか、血筋を絶やせない王族であるとか……とにかく爵位もそれほど高く無く、稼ぎの安定しない若造には、嫁を迎えるのはまだ早いと当人の親のみならず、女性側の当主の許しが出ない事が多いのだ。爵位が余程高いとか財産持ちでもなければ、年若い一般貴族の次男坊に、早々に娘を与えようと考える者はいないだろう。

だから祖父の後ろ立てを得ようと―――頑張っていたのに。


「ばーか」

「へ?」

「リーフェのばーか。覚えてろ」

「……忘れないけど……赤点取ってた人に『バカ』って言われても」

「うるせっ、反省しろ」


ギュっとリーフェのふくふくしたほっぺたを、ニークはつねった。


「ふぁーい」


頬を摘ままれたまま、大人しく返事をするリーフェ。

どうやら彼女は本気で悪いと思っているらしい……と、ニークは解釈した。普段のリーフェなら、こんな時十倍くらい辛辣な言葉で返してくる筈だ。


(俺も大概、リーフェに甘いな)


ニークは、もう一つ溜息を吐いて自分の任務に専念する事にした。







** ** **







王弟アルフォンスとアールデルス侯爵家令嬢リーフェの婚約は、書類上で簡素に執り行われた。公式発表はいまだ行わない―――これはアルフォンスがフェリクスと前もって交わした誓約の一つだ。


それからもう一つ、この婚約を認める為の条件として国王フェリクスと王弟アルフォンスの間で交わされた約束があった。


それは大陸から侵攻を受けつつある同盟国ホフマンへ送る援軍の将として、アルフォンスが現地に赴き、指揮を執ることだった。


国王の名代として、王弟が援軍を率いる。


それはホフマンに対しズワルトゥ王国の国王が最高の礼を尽くしていると―――対外的に示す意味があった。



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