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23.依存と執着



リーフェは静かに、アルフォンスの言葉に耳を傾けた。



「縁談相手のあいつらよりリーフェに俺が相応しいなどと、傲慢な事は言えない。この身分のまま妃としてリーフェを娶れば、確実に今より窮屈な思いをさせてしまうだろう。それに俺が成人する二年先まで正式な婚姻は待って貰わなければならない……それでも、俺はリーフェを諦められない……宰相も学院長も説得した。陛下には王位継承権を手放して臣下に下りたいと、申し出ている。まだ跡継ぎが生まれていないのが悩みの種だが、二年あればそれも叶うだろうと期待している……しかし俺ができる万全を尽くしても、お前に苦労を掛けるかもしれない、それでも」


アルフォンスは、悄然と笑った。


「俺には、お前が必要なんだ」


何処か寂しげな、諦めたような笑顔。リーフェにはそれがまるで……涙を堪えているように見えた。




「愛している―――あいつらでは無く、俺を選んでくれ」




無意識に伸ばそうとしたおのれの手に気付き、本能を抑え込むようにアルフォンスは手をゆっくりと降ろした。

そして絞り出すように、膝の上で握りしめる。リーフェはその拳を見た―――震えている。

視線を上げると蒼褪めている彼の顔があった。それは出会った頃の……打ちひしがれた少年のものと変わらないように見えた。


彼の情熱を感じながらも―――リーフェは彼が自分を『女性として必要としている』という発言を、真実信用する事はできなかった。


本人はそう思い込んでいるだけかもしれない。無意識に、失った『母』への思慕を彼は取り違えている可能性はないだろうか?

声も体もそしてその能力も……大人と肩を並べている彼の今の表情が、母親を自分のために失い自責の念と孤独に打ちひしがれていたの日の少年のものと重なって見えるのだ。

縋るような彼の憂い顔は―――彼女に出会った頃の幼いアルフォンスを思い起こさせた。


しかし、リーフェは。

だからこそ、アルフォンスを突き放せないと思った。


彼から自分を取り上げてしまう事は、酷な事だ。心細そうに震えるアルフォンスを突き放すことは―――リーフェには不可能だった。


リーフェも、アルフォンスに依存している。

アルフォンスに依存される事により、自分の中の何かが確実に満たされるのを感じていた。それがすなわちそのまま―――彼女の幸福だった。

それを正確に男女の愛情と定義できないからと言って、結婚のきっかけには成らないと決めつけるほど、リーフェは恋愛や婚姻関係に潔癖では無かった。条件以外に何等かの愛情や絆があるなら、それは良い事だと受け取った。


まず自分は他に男性として好意を持っている相手がいる訳では無い、これからもそんな相手と巡り合う可能性はほとんど無いだろう。

父であるアールデルス侯爵、上司のマコヴィチュカ学院長、そしてフェリクス国王陛下の了承が得られていると言うのなら彼女にはもう抵抗する要素は何も無かった。

恋情では無くとも同情や母性や執着心が、家族となる接着剤の役割を担っても構わない―――彼女はそう考えていた。


元々、婚姻は貴族の娘に与えられた責務なのだ。

何らかの感情を以て愛せる相手であれば―――相手も自分を必要としているなら―――その愛情で相手と結び付くのが、良い婚姻なのではないだろうか。年齢の差や仕事の事情、王族の公務や義務について困難は付き物だろう。しかしアルフォンスとなら協力して課題を乗り越えるられる気がする―――。


せわしく頭の中で考えを纏めるリーフェは、難しい顔をして腕組みをした。これは彼女が思考に落ち込む時のクセである。




しかし彼女の心の内を読む事が出来ないアルフォンスは不安になった。

その様子が、如何にも困った『弟』をどうやって諌めたら良いのか悩んでいるように見えたのだ。




アルフォンスは堪え切れず、拳を握り込んだままついに俯いてしまう。

先ほどまで『どんな事をしても、リーフェを手に入れてやる』と息巻いていたが、本人に相対して言葉にして言い募れば募るほど、自分よりよっぽど他の縁談相手が彼女を幸せにできるのではないか―――という焦りが湧いてきて、そんな自分の弱さに戸惑ってしまう。


リーフェが自分を他の者より大事に思ってくれている―――その事自体については、彼は確信を持っていた。しかし、それは『男』としてでは無い。

アルフォンスにはリーフェは、絶対に、欠くべからざる存在だ。

しかしリーフェにとって、アルフォンスという存在がそうであるとまで彼は断言できなかった。そんな弱った心が紡ぐ悪夢のような囁きが、白昼夢のように彼を攻め立てる。


ただ自分勝手に相手を求めながら、その裏で自信を揺らがせている―――そんな幼稚な男の求婚に目の前の女性が果たして頷いてくれるだろうか……?


沈黙が続くほど足元がボロボロと欠けて崩れていく気がする。

今、アルフォンスはおぼつかない体の芯を必死に支えながら、座り込まないようにするのが精一杯だった。







「アレフ様」


すっと、暖かな感触に震える拳が包まれた。

ハッとして顔を上げると、柔らかに微笑む愛しい顔があった。


「お受けします」


「……え……」


「よろしくお願いします」


「……本当に?いいのか?」


「ええ。……アレフ様こそ、私なんかで本当に良いのですか?かなり年上だから、お世継ぎを設けるのに相応しくありません。たぶん仕事も続けてしまうと思いますし、社交も苦手です。こんな女でよろしいのか……」


彼女の後ろ向きな発言は、アルフォンスはに封じられた。

リーフェをぐいっと力強く引き寄せて、抱き込んだ頭頂部に優しく唇を押し付ける。


「いい。……リーフェがいい」


きつく、きつく、抱きしめられて……胸にしっとりと甘やかなものが染み渡った。リーフェも、アルフォンスの背にそっと細い腕を回したのだった。



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