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22.彼の告白



リーフェの華奢な体を囲い込むように、アルフォンスの左腕がそっとその背に回された。右掌がやんわりとリーフェのおとがいを包み込み、彼女の顔を上向かせる。そうしてアルフォンスの秀麗な顔が、彼女の目前に再び近づいて来た。灰色の瞳が温室に差し込む日差しにキラキラと輝き、奥底に熱が灯ったように潤んでいる。

唇と唇が再び今にも触れ合おうとしたその時、その輝かしい尊顔を白い小さな手が―――がばっと無残に押しのけた。




「ちょっ、ちょっと、待った――!」




背を抱き込まれたままリーフェは顔を思いっきり背けた。そして自分を包み込もうとしていた逞しい体を、力いっぱい押して引き剥がす。


「じょ、冗談は止めてください……っ」

「……」


先ほどまでリーフェの脳は起こっている事象を処理しきれず、ただただ彼の美しい双眸に捕らわれていたのだが―――再び唇が触れる瞬間、彼女はハッと我に返ったのだった。

途端に彼女の心臓は、バクバクと音を立てて走り出した。

アルフォンスは非力な抵抗に対してあっさりと身を引き、腕を拡げておどけた様に首を傾げた。


リーフェは、真っ赤になった。


「も、もう……揶揄わないで下さい。『あみだクジ』は流石に冗談ですから!……結構、真面目に悩んでるのに……」

「冗談では無い。本気だ」


アルフォンスは首を傾げたまま、真顔で言った。


「リーフェ、結婚してくれ。俺にはお前が必要なんだ」


リーフェはアルフォンスの台詞をそのまま受け入れる気にはならなかった。


「……私が結婚してしまうと、家庭教師を辞めなきゃならないからですか?……私もお会いできなくなるのは、寂しいですが……辞職しなくても良いと言ってくれる相手もいますし、わざわざ無理して『結婚』などと言い出さなくても。アルフ様にはもっと相応しい候補者が沢山いらっしゃいます」


そんな事のために結婚するなど馬鹿げている、とリーフェは思った。

これが二つや三つの年の差ならいざ知らず、リーフェとアルフォンスの年の差は六つだ。国同士の政略結婚ならまだしも、国内にはアルフォンスに釣り合う条件と年齢の候補者は他に沢山いるに違いない。身分はそれなりだが、仕事ばかりする社交が苦手な引き籠りが『王宮の太陽』と呼ばれる王弟と結婚する訳には行かないだろう。

何より彼は今十四歳。結婚できる二年後はリーフェは二十二歳だ。子供を作れないと言うほどの年齢では無いが、もっと若い女性を娶った方が血統を残すためにも望ましい筈だ―――彼女はそう考えていた。


気まずげにそっと視線を外し、テーブルへと落とす。


「お前は……」


アルフォンスは、忌々しげに吐き出した。

俯いたままのリーフェの頭にチリチリと彼の視線が縋りつくのが、見なくても分かるような気がした。動揺した心を落ち着かせる事もかなわず、彼女は手を握り合わせる。


「俺が他の女を娶っても、何とも思わないのか。俺は、本気だ。家庭教師―――『姉』や『母』の代わりをリーフェに求めているんじゃない。確かに俺はお前がそう誤解している事を利用して、関心を引いてきた―――それが、(あだ)になったのか?」


 悲しげに眉を顰めて、彼は溜息を吐いている様子が見えるようだった。


「リーフェが俺のことを『弟』みたいなものとしか認識していない事は、身に染みて感じていた。だけど、俺にとってリーフェは最初から『女』だ。『姉』や『母』と思った事は一度も無い。いつかリーフェに求婚できる男に成る為に、これまで精進して来たんだ―――これから俺を意識して貰って、成人になる前の年に求婚しようと思っていた。それまで気持ちを打ち明けるつもりは無かったんだ」




アルフォンスの声の響きには真摯な想いが籠っていた。

これはもう安易に『冗談を言っている』などと彼の言葉を否定する余地は無いのだと、リーフェは悟った。混乱する頭と心を必死に制御しようと詰めていた息を吐き出し―――それから視線を再び目の前の彼へと戻したのだった。



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