14.クラースの特技
「今は基本的に人に任せているけど内外装の改修も僕が直接指示したし、立ち上げ当初は材料調達や季節のメニュー決めなんかほとんど自分でやったんだよ。―――各地の旬な野菜をメインにしてさ―――珍しい物が手に入れば夜会で宣伝もしたし。今日は料理長と相談して、久々に僕がメニューを決めたんだ」
楽しそうに微笑むクラースに、リーフェは目を丸くした。
「驚きました。美食家……と伺ってましたが、私が想像する以上に料理にお詳しいわけですね」
「料理の手腕も中々のものだよ。今度、作ってあげようか?」
クラースは食材を切る仕草をしながら、笑った。
貴族しかも男性が―――料理をする文化はズワルトゥ国には無い。貴族男性が『料理ができる』と言う場合、せいぜい軍事演習や野営地で狩った動物や野草のスープを作れるという意味である事が多い。ましてやクラースは王族に一番近い地位と血統を誇る侯爵家の一員なのだ。
「ものすっごく意外です」
「新婚旅行は食材の産地を回る旅、なんてどう?」
クラースは、ふっと笑って提案した。
「え!行きたい……じゃ、なくて……」
思わず飛びつきそうになって、リーフェはハッと自分を取り戻した。
「クラース様、女性の扱いが上手過ぎる……!」
警戒していた筈なのに、いつの間にか彼の掌で転がされている事に気が付いた。彼は相手の心の機微に入り込むのが異常に上手い―――リーフェは今、それを身を以て知ってしまった。
(女性人気は伊達ではありませんわね。クラース様、恐るべし)
リーフェは愕然として―――不意に学生の頃の彼の評判を思い出した。
「……『半径一モルド以内に近寄ると妊娠する』っていう噂が出るのも頷けますね……」
ついポツリと口にすると、不敬な失言にも関わらずクラースはヘラっと笑って、のんびり否定した。
「しない、しない。ちゃんと、避妊してるから」
「……」
リーフェは、じとっと目を細めてクラースを見た。
「軽い……」
しかし、何だか、まるで勝てる気がしない。
常に軽い態度を崩さないクラースは、『いい加減』というより、冷静なのだ。彼はリーフェよりずっと広い範囲の視野と知識を持っていて沢山の手札と手管を持ち合わせている。その上おそらく―――それを効果的に使いこなす為、自分を律する強い自制心を持っている。だからどんな事態にも常に平静を保って飄々としていられるのだ。
しかし、それなら。
尚更、何故?―――という疑問が、再びふつふつと湧いてくる。
リーフェは思い切って、クラースに一番気になっている疑問をぶつけた。
「クラース様は、すごく女性に人気がおありですよね」
「そうだね。まあ、でもルトヘルの方がモテると思うよ。……君、それ言うの今日二回目だね」
クラースが慎重に答えた。微笑んでいるものの、油断せずにリーフェの出方を見ているような気がした。
「ヨリドリミドリ、ですわよね」
「まあ……そうかな?比較的」
「今、お付き合いされている方、いらっしゃいますわよね」
「どこまでを『付き合い』とするのか、定義によるけど……『結婚を前提にして』と言う意味なら、いないよ」
「……何故、『私』なんですか?」
クラースは、薄く笑った。
その瞳にはやはり情熱は灯って無いように、見える。あまり色恋事に詳しくないリーフェだがそんな風に感じた。
政略的な要求も、彼からは今のところ感じ取れない。確かにリーフェの父は現宰相だ。しかしファン=デーレン公爵家の現在の栄華は揺るぎ無く、執政に関してアールデルス侯爵家を引き込まなければならない切迫した理由は無いような気がした。社交に疎いリーフェは詳しい事は分からないが―――もしそう言う危惧があるなら、ハルムから何か一言リーフェに事前に添えられるだろうから。
「好きだから」
「え?」
「僕は、リーフェが好きだよ。僕が今まで出会った女性の中では一番信用できるし、数少ない尊敬できる女性だと、思っている」
「……」
リーフェは、首を捻った。
『愛の告白』とはこんなに熱の籠らない事務的なものなのだろうか、と。何となく違うような気がする。
しかし今まで男性から告白などされた経験が無いから―――リーフェにはどう判断して良いのか判らない。今の台詞よりよっぽど……『食材の産地を巡る新婚旅行』の提案の方が、彼女に『トキメキ』を与えた。
やはり違和感を拭い切れず、リーフェは角度を変えて質問してみた。
「もしかして、クラース様は男色家ですか?」
今度は、クラースが目を丸くした。
「……なんで?……僕、女性が好きだよ」
リーフェは慎重に尋問を続けた。クラースの本心がまるで見えなかったので。
「ではどなたか身分の低い女性を、お屋敷にお呼びするおつもりですか?」
クラースは、珍しく眉根を寄せた。
「……どういうこと?」
「私を正妻にして、別の女性を側室になさるおつもりかと?……仮面夫婦希望……とか」
ハルムに即否定された妄想だが、巧みなクラースが宰相の調査の網を潜り抜けている可能性も否定できない。
リーフェは、大真面目だった。
ヒタ、と正面からクラースを見つめ信託を待つ敬虔な信徒のように神妙な表情で口をひき結んでいる。
クラースもその真剣な眼差しを見返して―――終に「ぷっ」っと噴き出した。
「プフッアハ、アハハハハ……!」
そしてクラースは盛大に腹を抱えて笑い始めた。




