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13.普通のデート


クラースから誘われたのは、観劇だった。


もうすっかり主を着飾らせる作業に馴染んだ侍女達が、腕に縒りを掛けて清楚で可憐な『アールデルス侯爵令嬢』を作り上げた。


首元を覆う衿の高い露出の少ない白いドレスだが、ストライプの大きなリボンがドレス全体に斜めに回され首元で可愛らしく蝶々結びされている。装飾は少ないが帽子は大きなツバのあるキャペリンでドレスと同じ幅広のストライプのリボンがあしらわれていおり、小柄なリーフェはまるで置物のように可愛らしく仕上がった。


「リーフェ、今日も愛らしいね。そのドレスよく似合っているよ―――まるで君自身が僕への贈り物みたいに見えるね」


ファン=デーレン公爵家の豪華な馬車でエントランスに現れたクラースは、如才なくリーフェを褒め華麗に微笑んだ。王族の血族の証である銀髪がキラキラと輝き、少し垂れ目がちの柔和な笑顔は……リーフェが怯むほどあでやかだった。

勿論彼女を送り出す為後ろに控えていた侍女たちはその笑顔を見て軒並み腰砕けになってしまう。クラース批判の急先鋒であったカチヤでさえ、頬っぺたを朱くして瞳を潤ませたまま彼から目を離せないでいた。ちなみにマアサはピクリとも表情を動かさなかったが―――二人が出発した後「私があと二十歳若ければねえ」と珍しく新人の侍女の目の前で冗談を言ったらしい。


「ありがとうございます。クラース様も、お綺麗です」


クラースの正装の上着ははしばみ色の瞳に合わせて、ナッツのような淡いベージュ色だった。金糸の飾りは常人には少し嫌味になるかもしれないが、クラースに良く似合っていた。リーフェは感心して正直な気持ちを伝えたのだが、クラースは苦笑した。


「お返しに僕を褒める必要は無い。女性は褒められっぱなしで構わないんだよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」


クラースは澄まして断言した。

それからクスクス笑いながらリーフェに手を差し伸べる。


「姫、本日はエスコートする栄誉を与えていただき、ありがとうございます……では、参りましょうか?」

「は……はい」


どうにもムズムズとくすぐったくて仕方が無いが、リーフェはなんとかこらえて返事をした。

これまでクラースの美辞麗句攻撃を眉一つ動かさずスルーして来たリーフェだが、いざ自分がエスコートされる対象となると、真正面からの被弾にかなりの衝撃を受けてしまう。らしくも無く動揺して笑顔が引き攣るのを感じる。


果たして、最後まで心折れずにいられるだろうか……?

リーフェは、のっけから不安になってしまう。


そういえば血縁者ではない男性のエスコートを受けたのはこれが初めてだと、彼女は気が付く。

ドキリとしたのは『トキメキ』からでは無い。

初めてのデートの経験がトラウマにならなければ好い……と、リーフェは滅多に祈らない神に祈った。







** ** **







観劇は正直、面白かった。


濃厚な恋愛活劇を観せられるのでは……と戦々恐々としていたリーフェだが、クラースが入った劇場の演目は―――意外にもコメディー仕立ての冒険活劇だった。思わず噴き出してしまう場面もあり、仕事ばかりで色恋事に興味を持てないリーフェにも楽しめるものだった。


普通テンプレのデートも結構、楽しいでしょう?」


ちょっと意地悪な言い方だな、と思わないでも無かったが、ここは素直に頷いておく。


「クラース様が女性に人気がある理由が、よく判りました」


エスコートの相手に合わせて望むものを差し出し、気分を損ねない気遣いができる。彼はその察しの良さを最大限に利用しているのだ。だから女性に対して如才ない振る舞いができるのだろう。『薔薇の騎士』と呼ばれもてはやされるのは伊達では無いと言う事か。

要領が良くバランス感覚が素晴らしいと……リーフェは以前から彼をそう評価していたが、彼のこういった能力は政治や軍略などと言った人間関係が重要となる場面で最も生かされるのだと気が付いた。

おそらくマアサの批評は当たっている。異例の昇進は、血統に由来するだけでは無いのだろう。


観劇の後、一見領主の別宅に見える小振りな屋敷に案内された。

そこは、屋敷を転用したレストランだった。どうやら、一日に一~二件の客しか受け入れない予約制のレストランらしい。

地位の高い貴族や王族にお忍びで使われる事が多いのだと、クラースは説明した。


中から歓談の声は全く聞こえてこないし、人の気配もほとんどない。

今日はクラースとリーフェしか……客はいないようだった。


順番に配膳された皿は絵画のように美しく野菜やソースで彩られ、目にも美味しい品ばかりだった。もちろん―――味は絶品だ。

クラースは親切にも一皿ずつ、食材の産地や料理方法を説明してくれた。


「お詳しいのですね。何度もいらしているのですか?」

「うん。僕が考えたメニューだからね」

「え?」


戸惑うリーフェに、テーブルの上に肘を付いて組んだ掌に顎を置いたクラースが艶やかに微笑みかけた。


「このレストランのオーナーは、僕なんだ」



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