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クロエの秘策

3/17 誤字修正しました。

「よォ、クロエ」


 目の前の男は、クロエよりやや背が高いが、この国の男性としては小柄だ。

 黒の短髪に無精髭、俊敏な肉食獣を思わせる体つき。鷹のような鋭い眼孔。アウトローのような見た目とは裏腹に、目には理知的な光がある。年齢は四十半ばだが、若々しい。


「こ、こんにちはジェイクおじさん」

「おじさんはやめろ」


 ジェイクはクロエの母方の叔父にあたり、クロエの元パーティーメンバーの一人だ。

 母の妹の旦那さんなので、血は繋がっていない。


「ローズマリーさん、ジェイクさんが試験官ですか?」

「ああ、あんたが連れてきた子が気になるっていうからね」

 クロエは気まずかった。サムをぶちのめしたとき、仲裁に入ろうとしたのはジェイクだったのだ。ジェイクはサムの教官でもあった。


「あの、この前は――」

「すまなかった」


 クロエが謝ろうとしたら、先に謝られてしまった。


「他の連中にも厳しく言っておいた。俺の顔に免じて許してやってくれ」


 ジェイクは見た目に反して苦労人だった。


「いえ――」

「それはそれとして、お前も上級冒険者なんだから――」


 中年になると説教くさくなるのかな、とクロエは失礼なことを考えていた。正論なのでクロエは大人しく聞くしかない。


「ほらほら、説教は後にしな。アーニャちゃんが困ってるだろ」


 説教を止めてくれたローズマリーさんにクロエは感謝した。

「ああ、すまんローズマリーさん。ええと――」

「アーニャです!」


 元気よく返事するアーニャ。アーニャは『クロエの秘策』で外套を着ている。


「クロエ、お前な……こんな小さな子に――」

「まあまあ、ジェイクおじさん。これを見てください」


 論より証拠とばかりにアーニャの外套を取るクロエ。そこには


「は?」


 目が点になるジェイクとローズマリー。


「これがわたしの考えた秘策、『踊っているアーニャちゃんを見てもらおう作戦』です!」

「です!」


 ドヤ顔のクロエ。ウインクするアーニャ。


 ――そこには、踊り子の衣装に身を包むアーニャの姿があった。



 ――ローズマリーは目の前の光景に困惑していた。


 大胆なチューブトップ、エキゾチックなロングスカート。どうみても戦いの衣装ではない。

 そんなアーニャがジェイクの前で踊り出したのだ。


「なあ、踊り子の斡旋ならローズマリーさんに――!?」


 くるりくるり。滑らかに、緩急をつけて踊るアーニャ。


 途端にジェイクの顔つきが変わった。


 よく見れば、アーニャの舞に合わせて、ジェイクの筋肉がピクリ、ピクリと小刻みに動いているのがわかっただろう。


 ジェイクよりやや離れた位置で円を描くように踊るアーニャ。


 ――そこは一足一刀の間合いであった。アーニャは情熱的なステップを刻む。


 ジェイクの顔色が見る間に青くなる。


 何が起こっているのか、ローズマリーは止めようかとしたが、両者の雰囲気に圧される。


 タンッ。

 時間にして一、二分。ジェイクに近づいてフィニッシュ。

 向日葵のような笑顔のアーニャ。


 クロエはドヤ顔である。


「どうです?アーニャちゃん凄いでしょう!」

「あ、ああ」


 ジェイクの歯切れが悪い。ジェイクの額に汗が浮かんでいる。体調が悪いのかとローズマリーは一瞬思ったが、そうではないらしい。


「……」


 ジェイクは何事か考えているようだ。じっとアーニャを見ている。その目に恐怖があるのは見間違えだろうか。


「……五回か?」

「いえ、六回です」


 笑顔で答えるアーニャ。

 対照的にジェイクは苦虫を噛み潰したような顔だ。


「そうか、六回か」

「はい」


「お姉さんのおじさんは凄いです。こんなに保つ人ほとんどいません」


 何かを褒めるアーニャ。


「ちょっと、ちょっとジェイク。早く試験を始めておくれよ」

 ローズマリーもジェイクも暇ではない。ローズマリーはジェイクを急かすが、


「ジェイクおじさん……やります?」


 クロエが意地悪そうに聞いてくる。ジェイクは恨めしげにクロエを睨む。


「ああ、もうお前ってやつは……アーニャ、ちゃん」

「はい」

「手を、見せてくれないか」

「はい、どうぞ」


 アーニャは手を差し出す。柔らかそうな手。剣蛸など一切ない手。


 それを見たジェイクは顔が真っ白になった。


「これは、毎日か?」

「はい」

「師は、二人か?いや、名前は言わなくていい」

「……はい」


 内緒ですよ?と、悪戯がばれた子供のように笑うアーニャ。

「よく、出てこれたな」

「さっきみたいに、踊りました」

「そうか」


 愛の力です、と胸を張るアーニャは誇らしげだ。


「その歳で、それか――ローズマリーさん」


 ローズマリーに向き直るジェイク。心なしか憔悴しているように見える。


「なんだい?」

「合格だ。合格……戦技教導官として冒険者<戦闘・中級>を認める」

「ちょっと、どうしたんだいジェイク!?」


 試験官―戦技教導官―は受験者の合否を決めるほか、中級までの任命権限を持つ。

 だが、中級を認める試験官はほとんどいない。

 権力の濫用は重罪である。ジェイクは受験者を色眼鏡で見たことがない。ローズマリーは困惑した。


「やったね、アーニャちゃん!」

「えへへ」


 クロエはアーニャに抱きつく。アーニャの匂いを嗅ぐのを忘れない。


「交付は明日ですよね?わたし達帰りますね!」

「朝一に来い。あとお前に話が――いや、帰っていい」

「はーい」

「ジェイク!」


 ジェイクはため息を吐いた。 クロエに小言を言う前に、ローズマリーさんを説得しなければならない。

 さて、さっき起きたことをどう説明しようか――ジェイクは頭を掻いた。




「ジェイク、説明してもらうよ」


 ローズマリーは怒り心頭だ。端から見ればアーニャが踊っただけ、それだけで中級を認めた試験官。役職を下ろされても文句は言えない。


「六回」

「……六回がなんだって?」


 ローズマリーは訝しげな目を向ける。


「あのとき、六回殺された」

「はぁ?」


 ローズマリーがジェイクに訪ねるに、あれは踊りではなく剣舞なのだという。ジェイクは頭の中で抵抗を試みたところ、六回斬り殺されたという。


 達人同士は戦わずとも結果はわかる――ローズマリーも聞いたことがあるがどうしても信じられなかった。


「あの子が達人だってのかい?私だって節穴じゃないよ。だってあの子の手には――」

「剣蛸がない、だろ?」


 ローズマリーとて、受付として様々な戦士を見てきた。戦士には例外なく剣蛸がある。

 ローズマリーがアーニャを止めた理由だ。あの手は素人のそれだったから。


「ローズマリーさん、ありゃあ――わざと消してるんだよ。回復魔法かなんかでな」


 アーニャの民族、レイマ族は一般的に『歌と踊りの民族』として知られる。情熱的に歌い、踊り、恋する。情熱的に一人を愛する余り『レイマ族の女には手をだすな、結婚しなきゃならなくなる』と酒場で冗談めいて語られる。


 ――レイマ族には裏の顔がある。『剣と暗殺の民族』。独立戦争時、歴史の影で暗躍した民族。戦場で、街で、ねやで、帝国の有力者を殺してきた。酒場の与太話にもならない噂話である。


「手だけじゃない、雰囲気、声、仕草――ありとあらゆる面で警戒されないようにしてるんだ、あれは」

「まさか……」

「耄碌したな、俺も。あんなのが近くにくるまで気づきもしないなんて」


 ジェイクは総毛立った。アーニャがその気になればいつだって死んでいた。


「暗殺技術だけじゃない、真っ正面から正々堂々とやっても俺は、勝てない」


 ジェイクが立ち会いで死を覚悟したのは二度、今回を含めれば三度だけだ。一度目は『公爵様』との試合。二度目はおそらく、アーニャの師であろう剣士。


 レイマ族の闇の業は秘匿される。安々と弟子が表には出てこれない。粛正されるからだ。

 アーニャが出てこれたのは、その師が勝てないほどアーニャが強いからに他ならない。


「ローズマリーさん。俺が今日まで生きてこれたのは、手を出しちゃいけない奴に挑まなかったからだ」


 正確には先述の二度、あるが。


「さすがに『公爵様』や『陛下』、帝国の『吸血鬼』、クロエの『師匠』には勝てないだろうが――ありゃあ十分化け物だよ」


 ローズマリーさんはなんとか信じてくれたようだ。ジェイクの日頃の真面目さを鑑みてくれたのだろう。


 信じがたいのも無理はない、俺も立ち合うまで気がつかなかったんだ、仕方ない。あれはそういうものだ。

 とんでもないものを連れて来やがって。

 ジェイクは、次に会ったときは説教だ、と心に決めた。

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