クロエの秘策
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「よォ、クロエ」
目の前の男は、クロエよりやや背が高いが、この国の男性としては小柄だ。
黒の短髪に無精髭、俊敏な肉食獣を思わせる体つき。鷹のような鋭い眼孔。アウトローのような見た目とは裏腹に、目には理知的な光がある。年齢は四十半ばだが、若々しい。
「こ、こんにちはジェイクおじさん」
「おじさんはやめろ」
ジェイクはクロエの母方の叔父にあたり、クロエの元パーティーメンバーの一人だ。
母の妹の旦那さんなので、血は繋がっていない。
「ローズマリーさん、ジェイクさんが試験官ですか?」
「ああ、あんたが連れてきた子が気になるっていうからね」
クロエは気まずかった。サムをぶちのめしたとき、仲裁に入ろうとしたのはジェイクだったのだ。ジェイクはサムの教官でもあった。
「あの、この前は――」
「すまなかった」
クロエが謝ろうとしたら、先に謝られてしまった。
「他の連中にも厳しく言っておいた。俺の顔に免じて許してやってくれ」
ジェイクは見た目に反して苦労人だった。
「いえ――」
「それはそれとして、お前も上級冒険者なんだから――」
中年になると説教くさくなるのかな、とクロエは失礼なことを考えていた。正論なのでクロエは大人しく聞くしかない。
「ほらほら、説教は後にしな。アーニャちゃんが困ってるだろ」
説教を止めてくれたローズマリーさんにクロエは感謝した。
「ああ、すまんローズマリーさん。ええと――」
「アーニャです!」
元気よく返事するアーニャ。アーニャは『クロエの秘策』で外套を着ている。
「クロエ、お前な……こんな小さな子に――」
「まあまあ、ジェイクおじさん。これを見てください」
論より証拠とばかりにアーニャの外套を取るクロエ。そこには
「は?」
目が点になるジェイクとローズマリー。
「これがわたしの考えた秘策、『踊っているアーニャちゃんを見てもらおう作戦』です!」
「です!」
ドヤ顔のクロエ。ウインクするアーニャ。
――そこには、踊り子の衣装に身を包むアーニャの姿があった。
――ローズマリーは目の前の光景に困惑していた。
大胆なチューブトップ、エキゾチックなロングスカート。どうみても戦いの衣装ではない。
そんなアーニャがジェイクの前で踊り出したのだ。
「なあ、踊り子の斡旋ならローズマリーさんに――!?」
くるりくるり。滑らかに、緩急をつけて踊るアーニャ。
途端にジェイクの顔つきが変わった。
よく見れば、アーニャの舞に合わせて、ジェイクの筋肉がピクリ、ピクリと小刻みに動いているのがわかっただろう。
ジェイクよりやや離れた位置で円を描くように踊るアーニャ。
――そこは一足一刀の間合いであった。アーニャは情熱的なステップを刻む。
ジェイクの顔色が見る間に青くなる。
何が起こっているのか、ローズマリーは止めようかとしたが、両者の雰囲気に圧される。
タンッ。
時間にして一、二分。ジェイクに近づいてフィニッシュ。
向日葵のような笑顔のアーニャ。
クロエはドヤ顔である。
「どうです?アーニャちゃん凄いでしょう!」
「あ、ああ」
ジェイクの歯切れが悪い。ジェイクの額に汗が浮かんでいる。体調が悪いのかとローズマリーは一瞬思ったが、そうではないらしい。
「……」
ジェイクは何事か考えているようだ。じっとアーニャを見ている。その目に恐怖があるのは見間違えだろうか。
「……五回か?」
「いえ、六回です」
笑顔で答えるアーニャ。
対照的にジェイクは苦虫を噛み潰したような顔だ。
「そうか、六回か」
「はい」
「お姉さんのおじさんは凄いです。こんなに保つ人ほとんどいません」
何かを褒めるアーニャ。
「ちょっと、ちょっとジェイク。早く試験を始めておくれよ」
ローズマリーもジェイクも暇ではない。ローズマリーはジェイクを急かすが、
「ジェイクおじさん……やります?」
クロエが意地悪そうに聞いてくる。ジェイクは恨めしげにクロエを睨む。
「ああ、もうお前ってやつは……アーニャ、ちゃん」
「はい」
「手を、見せてくれないか」
「はい、どうぞ」
アーニャは手を差し出す。柔らかそうな手。剣蛸など一切ない手。
それを見たジェイクは顔が真っ白になった。
「これは、毎日か?」
「はい」
「師は、二人か?いや、名前は言わなくていい」
「……はい」
内緒ですよ?と、悪戯がばれた子供のように笑うアーニャ。
「よく、出てこれたな」
「さっきみたいに、踊りました」
「そうか」
愛の力です、と胸を張るアーニャは誇らしげだ。
「その歳で、それか――ローズマリーさん」
ローズマリーに向き直るジェイク。心なしか憔悴しているように見える。
「なんだい?」
「合格だ。合格……戦技教導官として冒険者<戦闘・中級>を認める」
「ちょっと、どうしたんだいジェイク!?」
試験官―戦技教導官―は受験者の合否を決めるほか、中級までの任命権限を持つ。
だが、中級を認める試験官はほとんどいない。
権力の濫用は重罪である。ジェイクは受験者を色眼鏡で見たことがない。ローズマリーは困惑した。
「やったね、アーニャちゃん!」
「えへへ」
クロエはアーニャに抱きつく。アーニャの匂いを嗅ぐのを忘れない。
「交付は明日ですよね?わたし達帰りますね!」
「朝一に来い。あとお前に話が――いや、帰っていい」
「はーい」
「ジェイク!」
ジェイクはため息を吐いた。 クロエに小言を言う前に、ローズマリーさんを説得しなければならない。
さて、さっき起きたことをどう説明しようか――ジェイクは頭を掻いた。
「ジェイク、説明してもらうよ」
ローズマリーは怒り心頭だ。端から見ればアーニャが踊っただけ、それだけで中級を認めた試験官。役職を下ろされても文句は言えない。
「六回」
「……六回がなんだって?」
ローズマリーは訝しげな目を向ける。
「あのとき、六回殺された」
「はぁ?」
ローズマリーがジェイクに訪ねるに、あれは踊りではなく剣舞なのだという。ジェイクは頭の中で抵抗を試みたところ、六回斬り殺されたという。
達人同士は戦わずとも結果はわかる――ローズマリーも聞いたことがあるがどうしても信じられなかった。
「あの子が達人だってのかい?私だって節穴じゃないよ。だってあの子の手には――」
「剣蛸がない、だろ?」
ローズマリーとて、受付として様々な戦士を見てきた。戦士には例外なく剣蛸がある。
ローズマリーがアーニャを止めた理由だ。あの手は素人のそれだったから。
「ローズマリーさん、ありゃあ――わざと消してるんだよ。回復魔法かなんかでな」
アーニャの民族、レイマ族は一般的に『歌と踊りの民族』として知られる。情熱的に歌い、踊り、恋する。情熱的に一人を愛する余り『レイマ族の女には手をだすな、結婚しなきゃならなくなる』と酒場で冗談めいて語られる。
――レイマ族には裏の顔がある。『剣と暗殺の民族』。独立戦争時、歴史の影で暗躍した民族。戦場で、街で、閨で、帝国の有力者を殺してきた。酒場の与太話にもならない噂話である。
「手だけじゃない、雰囲気、声、仕草――ありとあらゆる面で警戒されないようにしてるんだ、あれは」
「まさか……」
「耄碌したな、俺も。あんなのが近くにくるまで気づきもしないなんて」
ジェイクは総毛立った。アーニャがその気になればいつだって死んでいた。
「暗殺技術だけじゃない、真っ正面から正々堂々とやっても俺は、勝てない」
ジェイクが立ち会いで死を覚悟したのは二度、今回を含めれば三度だけだ。一度目は『公爵様』との試合。二度目はおそらく、アーニャの師であろう剣士。
レイマ族の闇の業は秘匿される。安々と弟子が表には出てこれない。粛正されるからだ。
アーニャが出てこれたのは、その師が勝てないほどアーニャが強いからに他ならない。
「ローズマリーさん。俺が今日まで生きてこれたのは、手を出しちゃいけない奴に挑まなかったからだ」
正確には先述の二度、あるが。
「さすがに『公爵様』や『陛下』、帝国の『吸血鬼』、クロエの『師匠』には勝てないだろうが――ありゃあ十分化け物だよ」
ローズマリーさんはなんとか信じてくれたようだ。ジェイクの日頃の真面目さを鑑みてくれたのだろう。
信じがたいのも無理はない、俺も立ち合うまで気がつかなかったんだ、仕方ない。あれはそういうものだ。
とんでもないものを連れて来やがって。
ジェイクは、次に会ったときは説教だ、と心に決めた。