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おいしいものを、たべる

「かんぱーい」


 お風呂から上がった二人は、部屋で夕食中である。


 銀製のコップで乾杯する、クロエとアーニャ。


 乾杯はクロエがアーニャに教えたのだ。乾杯したほうが楽しいから。珍しく前世の知識が役に立ったのだ。


 コップの中身はワインのお湯割り。わずかにスパイスを加え、そこに蜂蜜を一垂らし。


 この世界ではワインの年齢制限はない。飲料水代わりにガブガブ飲む。


 さすが女将さん。いいワインだ。


「んー、これこれ!」


 クロエもお袋の味が恋しくなるときがある。どうしても食べたくなったら女将さんにお願いして作って貰うのだ。


 麦粥である。クロエが<白の小鳥亭>を選ぶ理由の一つだ。

「あ、本当おいしいです」


 アーニャにも好評のようでクロエも嬉しい。


 女将さんの作る麦粥は特別である。マトン―大人の羊―の骨で丁寧に出汁をとってある。


 麦とマトンの臭みをスパイスとハーブが消し去り、旨みが際立つ。羊のチーズが絶妙である。

 女将さんは麦にもこだわっている。


 本当はニンニクも加えたいのだが、アーニャとイチャつきたいので抜いてもらったのだ。


 余り褒められたものではないが、ここにガルム―魚醤―を加えるのがクロエ流である。


「麦粥は貧乏人の食べ物だっていう人がいるけど、美味しい麦粥を食べたことがないだけだよねぇ」

 クロエは上機嫌だ。確かに場末の食堂で食べる麦粥は食えたものではないのだが。


「でも、こんな美味しいの食べちゃったら、他の麦粥が食べられなくなりそうですね……あ、これも美味しい」


 本日のメインディッシュ。マトンのヨーグルトとスパイス煮込みである。赤ワインがすすむ。


 今日はマトン尽くしだ。アーニャの生まれ育った地方では羊が好まれる。女将さんの心遣いである。


 実はクロエは昔はマトンは苦手であった。独特の臭みが受け付けなかったのだ。前世で食べていた肉と言えば、鶏、豚、牛ぐらいだった。


 女将さんの料理に出会わなければ、ずっとマトン嫌いのままだったであろう。女将さんに感謝である。


「んと、明日のことなんだけど」

「冒険者ギルドの試験のことですか?」


 給仕が持ってきたデザート―果汁と蜜をかけた氷菓子―を食べながら、話を切り出すクロエ。


「うん。わたしに秘策があるの」

「秘策ですか?」

「えっとね――」

「なるほど、さすがお姉さんです!」

「えへへ」


 適度にヨイショを忘れない。

 アーニャはできる女なのだ。



 シャカシャカシャカ。


 歯磨きは大事である。

 この世界では虫歯が回復魔法で治るとはいえ、エチケットは大事である。


 クロエとしてはこの世界に歯ブラシ―植物の繊維を柔らかくして束ねたもの―があったのはありがたかった。これも錬金術ギルド製である。

 歯を磨いたあとは洗口液―魔法薬を改良したものらしい―でうがいである。これも錬金術ギルド製である。先ほど行った際、新しいフレーバーをついでに買ってきたのだ。

 題して『初恋の味』。柑橘風味である。


 あれもこれも錬金術ギルド。さぞや巨大な組織に聞こえるだろうが、実際のところはそうでもない。


 大半のギルド員が納税機関だと思っている節がある。国立組織であるのでほぼ正解ではあるが。権勢を振るっているのは、お役人である。世知辛い。


 常々クロエは、儲かってるからちょっとくらいくれないかなー、と思っているが、それをしたら公金横領となる。


 横の繋がりはほぼ無いに等しい。歯ブラシ錬金術師とクロエに接点はないのだ。


 魔術師ギルドから別れて幾星霜。古式ゆかしき錬金術師は希少種なのだ。

 今どきの錬金術師はきんを作るのではなく、商売でかねを作るのだ。そして納税しんりに至るのだ。クロエは真理の探求者(高額納税者)である。


 クロエがドヤ顔で錬金術師です。と名乗っても、相手からすれば『わたしは○○組合の者です』と名乗ってるに等しい。カッコ悪い。



 閑話休題。


「アーニャちゃん。ちゃんと磨けたかな?」

「えへへ、磨けました!」


 お姉さんぶるクロエ。一年も年齢は開いてないのだが、クロエはそんなことは気にしない。興奮材料でしかないのだ。アーニャちゃんは合法。クロエ基準では合法である。


「どれどれ」

「んっ――!お姉さん……」


 ――アーニャちゃんの唇、柔らかい。


 小鳥のように啄むようなキス。親鳥が雛鳥に餌を与えるように何度も口付ける。身を堅くしたアーニャを落ち着かせるように、背中を撫でる。


「はむっ」

「あっ――!ふあ」


 アーニャの唇の柔らかさを味わう。唇を押しつけるように、あるいは唇で唇を挟み込むように。アーニャの緊張がほぐれたところで、優しく抱きしめる。

「アーニャちゃん。アーニャちゃん」


 クロエはアーニャとのキスが好きで、同時に寂しくなる。キスしているときはとても幸せな気持ちになるのだが、離れた途端に寂しさで胸がいっぱいになってしまう。


 だからクロエはもっと、もっととアーニャの唇をねだる。


「お姉さん。ひゃ――!」


 舌でアーニャの唇を味わう。下唇をゆっりと、上唇を舐めあげると、アーニャがおずおずと唇を開いた。


 吐息と吐息が混ざり合う。


 柑橘系の香り。新しいフレーバーを買ってよかった、とクロエは思った。


 クロエが舌を差し込むと、アーニャの体がぴくん、と跳ねる。アーニャの細いからだをより強く抱きしめる。クロエも独占欲は強い。


 アーニャはクロエを受け入れてくれる。やわやわと舌でアーニャの舌を味わう。


 とろとろにとろけそう。


 アーニャの体温。甘い匂い。唇の感触。舌の艶めかしさ。


 クロエはアーニャが好きだ。褐色の肌が好き。赤隅色の髪が好き。クリクリと愛らしい目が好き。華奢な体が好き。柔らかい手が好き。細い指が好き。本人は気にしてるけど、薄い胸が好き。可愛らしいお臍が好き。高めの体温が好き。柔らかい唇が好き。計算尽くのあざとさが好き。クロエの為にしてくれている。クロエの為だけの甘い声が好き。クロエを守ろうとするときの、ゾッとするほどの冷たい声が好き。アーニャのこころが好き。足りない。言葉じゃ足りないくらい好き。好き。好き。好き。


 言葉では足りないからクロエはアーニャの唇を貪る。きっとアーニャは分かってくれる。




 クロエの『好き』にアーニャはいつも情熱的に応えてくれる。


「お姉さん、お姉さん」


 アーニャの声にクロエの頭の中はとろとろにとろけきっていく。


 二人で熱に浮かされるようにベッドに辿り着く。


「アーニャちゃん。アーニャちゃん」


 愛おしさがこみ上げる。クロエはアーニャの服に手をかける。


 ――好きに理由も理屈もいらない。アーニャはクロエにそう教えてくれたのだ。

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