お風呂にて
あわあわあわあわ。
石鹸も錬金術ギルドの管轄である。魔法の力である。
ただの化学反応だろうが、と思うだろうが、錬金術師のこだわりは凄いのである。
もこもこもこもこ。
石鹸にも魔法が使われているのだ。石鹸錬金術師の努力の結晶である。
その無駄な―クロエにとってはとても重要だ―努力の結果が、アーニャが鼻歌交じりに泡立てている石鹸である。
お値段大銀貨一枚。定食屋ならば十食から二十食分。お高い。マリアのお薦めである。クロエはこれを買わされた。
軽く擦るだけでモコモコの泡が出来る。見た目はただのオリーブ石鹸にしか見えないのだが。
クロエが楽しみにしていたバスタイムである。アーニャとの入浴である。
王都は上下水道完備だ。
風呂好きなお国柄で公衆浴場が国家運営されている。
だが、クロエは公衆浴場は余り好きではない。
部屋に浴場完備の宿屋は王都でもごくわずかだ。
湯船はクロエが余裕で足を伸ばして寝ころべる広さ。魔道具の光が浴場を照らす。
一人一泊大銀貨二枚、ダブルで計大銀貨三枚を払っても、クロエとしては満足である。
ちょうど七の鐘(十八時)が鳴った。これ以降は鐘が朝まで鳴らない。
――お風呂から上がったら夕飯を頼もう。
この宿は高いだけあって部屋が広いし、サービスもいい。調度品も立派だ。
かなり融通が利く。例え深夜でも食事を作って貰えるし、部屋で食事をとれる。メニューも豊富だ。
「はぁい、頭洗いますね」
「うん」
モコモコの泡がクロエの濡れた髪に触れる。そっと、壊れ物を扱うようにクロエの髪を泡まみれにしていく。
アーニャはクロエの亜麻色の髪が好きだった。
「お姉さんの髪の毛、綺麗ですよね。触ってて気持ちいいです」
「ふふ、ありがとう」
悔しいがマリアが選んだ石鹸はクロエ好みだ。甘い香りの中にほんのりツンとスパイシーな香り。このハーブには沈静作用があったような。少しは落ち着けってメッセージだろうか。
しゃかしゃかしゃか。
アーニャの細い指がやわやわとクロエの頭皮を擦る。気持ちいい。汚れとともにストレスも抜けていくようだ。マリアの説教によるストレスがクロエの頭から抜けていく。ついでに説教の内容も。
「どうですか、お姉さん」
「ん〜、気持ちいいよ。もう少し強くてもいいかなぁ」
「は〜い」
かしゃかしゃかしゃ。
前頭部。側頭部。頭頂部。後頭部。くまなく頭皮を洗いあげる。マッサージするように頭皮を揉みしだく。アーニャの指が擦る度、クロエの疲れが抜けていく。
ああ、ここが天国か。この快楽のためならなんだってする。
「は〜い。流しますね〜」
ざばー。アーニャがたらいのお湯をクロエにかける。
「次は、体を洗いますね〜」
あわあわあわあわ。
クロエの背中にアーニャの泡にまみれた指が触れる。クロエは電流が走ったようにのけぞる。
「ひゃっ!?」
クロエは背中が弱かった。
「えへへ、お姉さんのお肌すべすべですね〜」
背中をさするように洗っていくアーニャにクロエは抵抗ができない。くすぐったい。気持ちいい。
「んんん……っ」
アーニャはテクニシャンであった。クロエは声を出すのを我慢するしかなかったのだ。
「さあさあ、前も洗いますね」
「あ、アーニャちゃん、前は自分で――」
アーニャの手が前に回る。ちょうど後ろから抱きついているような感じだ。
アーニャの小さな胸がクロエの背中に当たる。
「駄目ですか、お姉さん?」
甘えるような声。
「だ、駄目……じゃない、かな」
クロエはアーニャのお願いに弱かった。というかクロエは当初からアーニャの体を洗う気満々だったのでおあいこである。
「じゃあ、気持ちよくしてあげますね」
「あ、アーニャちゃん!?」
勿論、体を洗うという意味で、だ。健全である。健全である。
泡でクロエの腹を撫で回す。 円を描くように、触れるか、触れないかの力加減。
「お、お腹はっ。くすぐっ――!」
アーニャの指が臍を洗う。
クロエの抵抗は次第に弱くなっていく。
「わ、やっぱりお姉さんのお胸、大きいですね。いいなぁ」
「んっ――そ、うかな」
アーニャがクロエの胸を洗う。軽鎧とはいえ、蒸れる。洗わなければならない。
クロエはDカップであった。
「ふふふ、お姉さんの体、ぜぇんぶ綺麗にしますからね」
こんなはずでは。
こんなはずではの、その三は、アーニャがテクニシャンであったことだ。
――かぽーん。
体を洗い終え、二人は湯船に浸かっている。クロエはアーニャを後ろから抱きかかえる形だ。
「うぅ、お嫁にいけない……」
「お姉さんは私がお嫁さんにするから大丈夫です!」
クロエの胸を枕にしながら湯船に浸かってるアーニャは、グッと握り拳を固めた。
何が大丈夫なのか。
それはアーニャにしかわからなかった。




