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刻印

 マナ。地球と異世界このせかいで最も異なるもの。


 この世界にマナの存在していない場所は理論上存在しない。マナの存在しない場所で生命は生きられない。


 そういう意味では地球の『人』とこの世界の『人』は違う生き物だ。


 はるか昔はマナのほか、オド、魔力、闘気、神力、法力、などなど様々な力があるとされていたが、とある大天才が『マナ等価理論』を証明させて以来、マナに統一されている。

 クロエとしても覚えることが減り大助かりの理論である。


 魔力や闘気などの言葉は使うのに便利なので残っているが。


 闘気や魔力などの『力』はマナであり、その差違は『周波数』の違いらしいがクロエにはよくわからない。

 ドンッでギューッで使えるのだから、あとはどうでもいいのだ。

 この世界では、魔術師と呼ばれる人間でも闘気は使えるし、脳筋の戦士だって魔法が使える。


 戦士だの魔術師だのと分けているのは、マナを変換する方向性に向き不向きが大きいためだ。

 変換効率が人によって大きく違う。

 向いている人間が『一』でできることが、向いていない人間は『百』必要だったりする。極端な例ではあるが。


 完全に戦士向きの人間が火魔法を使うのはマナの無駄遣いになる。その分のマナを肉体強化に使う方が有意義だ。これも極端な例ではある。


 牽制やフェイントに魔法を使う戦士は珍しくないし、肉体強化する魔術師もいる、クロエもそうだ。


 ここら辺のマナの匙加減は難しい。魔法に注力しすぎてヘロヘロでは戦士としては失格だろう。


 いかにマナを効率よく運用するかという『マナ最適化理論』は人気の研究分野であったりする。クロエが撃沈した分野でもある。大恥である。


 師匠曰わく、鍛錬によって変換効率を上げることは可能らしい。時間はかかるそうだが。


 大抵の人間は向いている方向性を鍛える。



 さて、クロエが最も向いているのは『金』属性である。 金属性は名前の通り金属に働きかける属性であり、どちらかと言えば職人向けの属性である。

 切った張ったに向いている属性ではない。



 お説教、長かったなあ。


 マリアの説教から生き延びたクロエは、現在宿の一室で錬金の一種である『刻印』をしている。


 アーニャはクロエの集中の邪魔にならないように大人しく見ている。


 錬金術師は技術を秘匿する。

 ――アーニャちゃんは可愛いからセーフ。クロエ理論である。


 宿の従業員に運んで貰った荷物から金のインゴットを取り出す。ずしりと重い。普通は人に平気で預けられるものではない。


 この宿で、クロエは盗まれる心配を一切していなかった。

 クロエが<白の小鳥亭>を選ぶ理由の一つ、ここの従業員、というか女将さん―フェリス―に全幅の信頼を寄せている。


 師匠の知り合いでもあるフェリスの守護するここは、王都でも屈指の安全地帯である。師匠が殴り込みにでも来ない限り安心だ。


 クロエが警戒せず羽を伸ばせる数少ない場所だ。


 ぬるり。


 クロエが魔力を注ぐと、インゴットの一部―金貨一枚分ほど―が意志を持ったように蠢く。

 それはそのまま液体のごとく目の前の二振りの剣に絡みつく。

 刀身に金によって模様が刻み込まれていく。図形にも文字にも見えるそれは『力ある言葉』と呼ばれる。地球流に言うならばルーンだろうか。


 刻印術は金属を用いて物を強化する術である。

 刻印に適した金属は貴金属であり、それを魔術によって刻み込む。

 銀、金、白金の順に効果、刻印難度、使用許可難度が跳ね上がる。クロエとしては白金を使いたかったが、金で妥協したのだ。


 ヤミ―無許可―の刻印は処罰の対象となる。納税対象であるし、反乱の兆候ありと見なされないようにでもある。


 マリアに説教された際、許可を取ってきたのだ。面倒なことはマリアに丸投げ。こういった仕事の押し付けもクロエが説教される原因である。


 この世界では鍛冶―鍛治も錬金術の一部である―と切っても切れない関係にある技術だ。


 刻印に魔力を注ぎ込んでの強化。ここが刻印術の最も難しい箇所だ。


 今あるこの二振りはアーニャのものだ。


 形状はシャムシールに近いだろうか。

 シャムシールよりやや幅が広い。刀身の長さは八十センチ半ばくらいか。斬ることに特化した曲刀だ。


 元々刻印があり、それ自体悪くはないが、クロエほどではない。

 クロエ以上の刻印術の使い手などほとんどいないが。クロエの知る限りはマリアくらいである。


 強化も『斬る』の強化を重点的に。アーニャの身を守るものである。クロエは気合いが入っている。


 本当はアーニャのために白金を使いたかった。急な許可では無理だったのだ。


 急な許可、というか丸投げで金の許可を出してくれたマリアに感謝すべきである。お小言は増えたが。

 なんだかんだでマリアは優しい。


 ――ゥゥゥゥン


 独特の振動音と魔力光。


「――ふぅ」

 クロエの額には玉のような汗。

 わずか五分たらずで二振りの刻印が完了した。驚異の早さだ。

 一般的な刻印術師は一振りに刻印するのに一刻(二時間)はかかる。<刻印・特級>のマリアであっても四半刻(三十分)ははかかるのだ。


 マリアにして「反則」と言わしめる、クロエの真骨頂である。


 最も、刻印完成度はマリアには劣るのだが。マナの無駄遣いだとかなんとか説教される。理論派と感覚派は噛み合わないのだ。


「アーニャちゃん、できたよ」

「ありがとうございます、お姉さん!」


 曲刀を持ってクルクルと踊るアーニャ。危なっかしく見えるが、アーニャに『万が一』がないのを知っているクロエはアーニャを凝視するのに夢中である。


「じゃあ、お風呂に入りましょ、お姉さん」


 勿論一緒に入るのである。

 慣れた手付きで曲刀を鞘に納めるアーニャ。

 さり気なくクロエに腕を絡める。


「そうしよっか」


 内心ガッツポーズしているクロエであるが、ここは落ち着いたお姉さんを演出する。クロエはがっつかないのだ。


「新しい石鹸、楽しみですね」

「そうだね、楽しみだね」


 新しい石鹸も楽しみではあるが、あくまでもクロエにとってはアーニャとの入浴がメインである。


 クロエが<白の小鳥亭>を選ぶ理由の一つ。部屋にお風呂があるのだ。

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