錬金術ギルドにて
「ふんふんふ〜ん」
「ふふ、アーニャちゃんご機嫌だね」
アーニャはクロエと恋人繋ぎをしながら、鼻歌を歌っている。
冒険者になれるのが嬉しいのだろう。今にもスキップしそうだ。
「だって、これでお姉さんとずっと一緒なんですもん」
手を離し、照れくさそうにもじもじとするアーニャ。
あざとい。角度等、計算されつくした職人芸だ。
「でも、本当にいいの?怪我したりひょっとしたら――」
「お姉さん」
凛、と響く声。『あのとき』のアーニャと同じ声。
「私、アーニャ=『――』は」
呼吸が出来ない。アーニャが近づく。
「『あのとき』から、髪の毛から血の一滴、我が剣に至るまで」
アーニャの瞳に吸い込まれそう。アーニャの吐息がかかる。熱い。
「貴女、クロエ=『――』のものです」
それは二人きりの――
「ね、お姉さん」
霧散。ニコリと笑いかけるアーニャ。鳴り響く六の鐘。
ちゅ、と悪戯のようにアーニャはクロエに口づけた。
猫のようにするりと抜け出すアーニャ。
「あ、もう六の鐘(十六時)ですよ、早く錬金術ギルドに行きましょう!」
「そ、だね」
ドッドッドッドッ。
クロエの心臓が早鐘を打つ。
絶対仕返ししてやろう。クロエはそう誓うのだった。
錬金術ギルド。元は魔術師ギルドの一部であった。
現在は分派し、かなりの権勢を振るっている。結局は金の力が強い。
錬金術ギルドと魔術師ギルドを兼ねているものも多い。
錬金術ギルドで稼ぎ、魔術師ギルドで散財が由緒正しいスタイルだ。
かく言うクロエも依頼のない日は錬金術ギルドで働いていたりする。
意外と売れっ子なのだ。
魔術師ギルドには余り足を運んでいない。
一度大恥をかいてから行きにくいのだ。
魔術研究に数式を使うと聞き、現代知識を使ってやろうとした。
クロエは五秒で撃沈したのだった。
研究がなんだ、ドンッってやってギューッで魔法は使えるじゃない。
クロエは感覚派だった。師匠も感覚派だった。
魔術師ギルドはその、『ドンッ』や『ギューッ』を研究しているのだ、クロエとは一生分かり合えないだろう。
閑話休題。
今日は錬金術ギルドへ買い物をしに来たのである。
錬金術ギルドでも多額の納税をしているが特典で少し安く買えたり、新しい品を真っ先に売ってくれたりするのだ。
クロエとしては納税のいくらかを還付して欲しいのだが。
そう駄々をこねたら鬼の形相で追ってきた。
やはり金が絡むと怖い。
最後にクロエの放った『鬼ババア』に反応した可能性も高いが。
今回は鬼ババアの顔は見たくないので買い物したら即帰ろう。
錬金術と一口に言っても、石鹸などといった日用雑貨、白コンクリートなどの建材、クロエの得意とする『刻印』、ポーションやら綿飴。
一つ所にまとめられないので錬金術ギルド支部は王都だけでも二桁は存在する。石鹸工房でも錬金術ギルド支部扱いだったりする。
ややこしい。細々入れたら三桁かもしれない。
ギルド証―金属製のタグ―には例えば石鹸の職人なら、
錬金術<石鹸・中級>
などと刻まれる。
各分野毎の基準(分野によっては勤続年数なども入る)を各親方等に認められば昇格する。
階級は無印・初級・中級・上級・特級の五段階。
特級は名誉職。偉いお爺ちゃんとかが着けてるらしい。クロエの中では意味がない級だ。
そういえば鬼ババアも特級だったな。こっちはまた意味が違う。
この制度、各地方共通かというとそうでもない。
例えば王都でとった中級が地方によっては使えなかったりする。
縄張り争いだ。
クロエの王都のギルド証には、<刻印・上級><錬金・貴金属・中級>が刻まれている。
こっちの分野は魔法がすごいほうがすごい。脳筋分野である。
クロエが唯一堂々と錬金術師と名乗れる分野である。
クロエは弟子はとらない、正確にはとれない。
『これはギュイーンガンガン、だよ。あとキュルン』とかいう師匠には弟子はつかない。
そんなこんなでお買い物である。
今日の買い物は石鹸、香水、香油。
冒険者はなんだ、その、臭う。
深窓の令嬢が獣臭かったりしたら百年の恋も冷めてしまう。
アーニャに『お姉さん、くさいです』なんて言われたら自殺ものだ。
クンカクンカ。嗅いでるのはアーニャの体臭ではない。まずは石鹸だ。
どれにしようかな。
この世界のこういった品は、高い。
安易な購入は金貨を溝に捨てるのと同義だ。
「あっ」
隣の人と同じ商品を取ってしまった。
「すみませ――」
「クロエさん、よく顔を出せましたね」
ニコニコと営業スマイルを浮かべる妙齢の女性。
やや薄めのオレンジ色の髪を、高めのポニーテールにしている。
クロエをさん付けするときは怒っているときだ。
しまった、こいつとはなぜか趣味が被るんだった。
横目でアーニャを見て気が散っていたのだ。
「お久しぶりです、マリアさん」
クロエの渾身の営業スマイル。
「あらぁ、前みたいに、お・に・ば・ば・あって呼ばないの?」
「いえ、何のことだかさっぱり、お綺麗ですマリアさん」
クロエは冷や汗タラタラである。
クロエはマリアが嫌いだった、常に営業スマイルで時折嫌みな姿勢が嫌いだったのだ。
同族嫌悪である。クロエは鏡を見ないのだろうか。
「あれ、お姉さん。お知り合いですか?」
アーニャが助けに入ってくれる、天使だ。
「ひ、人違いだったみた――」
「いいえ、知り合いよ。錬金術師クロエさん」
アーニャが不安そうにキョロキョロと二人を見る。計算づくである。
「ごめんなさいね、お嬢さん。ちょーっと『お姉さん』お借りするわね」
哀れクロエは鬼ババアに捕らわれてしまうのだった。