冒険者ギルドにて
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――冒険者ギルド。世界中に支部があり、冒険者たちは国に縛られず、世界を股にかけ冒険する。
というような素敵組織ではない。
バリバリの国立組織である。世知辛い。
国に縛られまくりの納税しまくりである。クロエは高額納税者でもある。
『自由と正義の冒険者ギルド!』の立て看板が寒々しい。
――昔むかし、帝国からの独立戦争の際、傭兵が大活躍したそうな。
しかしながら戦争が終わった途端、傭兵は食いっぱぐれ山賊に身をやつすわなんやら大層迷惑をかけたそうな。
お優しい国王さまは税金を収めさせるため、もといかわいそうな傭兵のため冒険者ギルドを作ったそうな。めでたしめでたし。
なぜ傭兵ギルドじゃないのかというと、当時迷惑かけすぎた傭兵が嫌われる余り反発が強く。
とてもあたまのいい有識者が、じゃあ傭兵はやめて冒険者にしましょうと提案したのだ。言葉狩りである。
クロエは大敗北を喫した。
昼食にと立ち寄った店で冒険者になるのを必死に止めたのだ。
悲しいかな、科を作ったアーニャの『おねがい』には勝てなかったのだ。
勝ち目ははじめからなかったのだ。
ギルド特別室、クロエがギルドに顔を見せると案内される場所。
クロエは特別なのだ。
――別名クロエ隔離室。これはギルド内でのトップシークレットだ。
『サム事件』等の対策のため用意された。
「じゃあ、アーニャちゃん。この書類に記入してね」
「はい」
ローズマリー嬢。ギルドの看板受付嬢で、紅薔薇姫などと呼ばれていたそうだ。……二十年前までは。
今ではすっかり肝っ玉母さんの彼女が、アーニャの受付担当である。
暇なクロエはアーニャの隣に座っている。
保護者という名目でアーニャの個人情報を盗み見ているのだ。
裸も見ちゃってるし今更隠すものもないでしょ。
クロエの心の中では理論武装は完璧だ。
わー、アーニャちゃん字、きれいだなぁ。……あれ?
クロエが気になったのは生年月日だ。
アーニャの誕生日は二月。今は四月の下旬なのでアーニャは、
「え、十六歳?」
「そうですよー、お姉さんと一個違いです」
思わず聞いてしまった。クロエは一瞬びくりとした。
クロエの中では年齢の質問はタブー中のタブーであったためだ。
なので今までアーニャの年齢を聞くことはなかった。
師匠に聞いたら死ぬほどメニューを増やされた。
ローズマリーさんに聞いたら拳骨をもらった。
女将さん―フェリス―に聞いたら泣かれたのだ。
クロエはチャレンジャーでもあったのだ。
嫌われなくてよかったー。アーニャに嫌われたら死んでしまう。
十二、三歳だと思ってたなんて口が裂けても言えない。
ん?あれ?
クロエの誕生日は四月である。つい先日十七になったのだ。
ま、まさかの同学年ですかアーニャさん。
クロエに衝撃が走った。
つまるところ、クロエは同級生にお姉さんと呼ばれていたことになる。
学校には通ってないので同級生ではないのだが、クロエには些細なことだった。
同級生にお姉さん……同級生にお姉さん……。
アーニャちゃんは合法……アーニャちゃんは合法……。
いつになく真剣に考え込むクロエ。脳がフル回転している。
頭の中は残念だが、端から見れば深窓の令嬢が苦悩しているようにも見える。
いや……有りなのではないか。同級生にお姉さん。倒錯的でいいのでは。
むしろ興奮する!
クロエは新しい性癖に目覚めたのだ。
「はい、できました」
「どれどれ」
クロエが完全勝利とばかりにガッツポーズをしたのと、アーニャが書き終えたのは同時だった。
「ありゃ、アーニャちゃん。<戦闘>希望になってるよ」
冒険者ギルドの仕事は元々の傭兵稼業だけでなく、魔物や盗賊―大半の盗賊は国の兵士が討伐するが―の討伐、採取、果ては酒場のウエイトレス募集など多岐にわたる。
有り体に言えば職業斡旋所のようなものなので、各々得意な分野、できない分野を把握する必要がある。
特に<戦闘>分野は命に関わるので、虚偽申告は場合によっては重罪となる。
「大丈夫です、私強いので!」
ふんす、と腕捲りをするアーニャ。クロエはメロメロだ。
「アーニャちゃんみたいな子が戦うことはないんだよ?ああいうのは荒くれ共の仕事さ。踊り子の募集だって、ほら」
心配そうなローズマリーさん。
あれ?わたしも荒くれみたいな言い方じゃない?と落ち込むクロエ。
確かに<戦闘>冒険者は九割九分荒くれだ。
自身が残りの『一分』だと確信しているクロエは抗議する。
「ろ、ローズマリーさん、それじゃ、わたしも荒くれみたいに聞こえるんですが……」
「何言ってんだい、あんたが荒くれ筆頭じゃないか!」
なんということだ、不幸な行き違いだ。
クロエはローズマリーさんに誤解されてるらしい。
「この間だってサムを再起不能にしたろ」
「あれはラッキーパンチで……」
「ラッキーパンチで顔面陥没しないよ!」
「ちゃんと治したじゃないですか!」
「自信なくして田舎帰っちまったよ」
「うう……」
理不尽である。
いたいけな少女が荒くれ(サム)に精一杯の抵抗をしただけである。
ちょっと、ほんのちょっと、コツンと、いやゴツンと、いやゴズッとしただけである。
綺麗に治したからセーフ理論はローズマリーさんには通用しないようだ。
「はぁ……まあ、あんたは私の若い頃に似て綺麗だからね、身の危険に敏感なのは分かるよ」
え?わたし二十年後ローズマリーさんみたいになるの!?
クロエは気が気じゃなかった。
「でもね、せめてギルド内でだけは暴れないでおくれ。あのときだって助けを呼べばよかっただろう?」
クロエにあと五秒ほど我慢強さがあれば避けられた悲劇だった。
仕方がない、助けにくる五秒より顔面にぶち込んだほうが早かったのだ。
クロエは拙速を尊んだのだ。
「はい……気をつけます。でもですね、ローズマリーさん」
「なんだい」
「アーニャちゃんはわたしくらい強いんですよ!」
アーニャの肩を抱きながらドヤ顔のクロエ。
「です!強いんですよ!」
振り出しに戻ってしまった、ローズマリーとて意地悪で言ってるのではない。
アーニャのようないたいけな少女を戦いに駆り出したくないのだ。
万が一強かったとしてもクロエみたいにはなってほしくないのだ。
「はぁ…………わかったよ」
ローズマリーは長い長いため息を吐いた。止めても無駄だろう。
本当はクロエにも戦って欲しくはないんだけどねぇ。
何度、就職先を斡旋してもクロエは断ってしまうのだ。
中には冒険者より高収入な仕事があったのに、だ。
「明日、五の鐘(十四時)が鳴ったら来な。試験官を用意しとくから」
「ありがとうございますっ」
二人は仲良く手を繋いで帰って行った。鎧や武器がなければ街娘にしか見えないだろう。
せめて彼女らの未来に幸多からんことを。
冒険者ギルドオルスティア本部副ギルド長ローズマリーは神に祈るしかなかった。