表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

番外編 メリッサのデート

番外編です。

普段の話と毛色が違います。

 ツいてる。俺は今ツキが回ってきている。


 中級冒険者の彼は笑みを堪えきれなかった。

 長いこと口説いていた、あの受付嬢を誘えたのだ。


 最近は『うまい依頼』のお陰で金回りもいい。

 楽な依頼だ。『ちょっとサボる』だけでさらに金が貰えるのだ。


 こういうのを順風満帆と言うのだろう。ニヤケが抑えられない。

 しかも今回の待ち合わせの場所が――


「連れ込み宿の近くって、出来すぎだろ」


 あの純真そうな受付嬢だ。男に耐性はないだろう。

 ちょっと酔わせて連れ込んでしまおう。

 無防備に男を誘うのが悪いのだ。


 などと彼が考えていると。


「お待たせしました!」


 彼を見つけて、健気に駆け寄ってくる受付嬢。


「いや、僕も今来たとこさ」


 僕、などと性に合わない一人称を使うほどに彼は舞い上がっていた。


 きっと人目につくのを恥ずかしがったのだろう。

 外套を羽織っている。

 そこから見える栗色のくせっ毛。

 やや紅潮した顔はいつもより魅力的だ。


「えへへ、デートなので張り切っちゃいました」


 いつもの事務的な感じではない。甘ったるい声。

 おそらくこれが彼女の普段の姿なのだろうと、男は考えた。

 そういって彼の腕をとり、胸を押し当てる。


「ね、走って疲れちゃいました。……あそこ、行きませんか?」

「え?あ、あそこ?」


 彼女が指示したのは一軒の連れ込み宿。

 男は幸運を神に感謝した。


 ツいてる。俺は今ツキが回ってきている。人生最高潮だ。


「そ、そうだね。仕方ない。行こうか」


 弾む心臓をなんとか押さえつけ、歩き出す。

 彼の人生は今が最高潮であった。



「あ……?」


 転落はあっけなくやって来た。


 受付嬢に手を引かれてやって来た連れ込み宿の一室。

 そこには先客が、先客たちがいた。


「な、なんだ、これ……メリッサさん、なんの冗談」


 見知った顔がいる。

 男のパーティーメンバー達だ。

 全員縄で縛られて、ひざまずいている。


 その脇で控えている地味な恰好の男たち。


「えーとぉ、こういうことです」


 急に男の手足が動かなくなった。

 見えない『なにか』に拘束され動けない。

 男がもがくと『なにか』が食い込み血が滲んだ。


「い、痛ぇ!」

「あんまり抵抗すると、手足なくなっちゃいますよ?」

「なにすんだ、このアマ――うげぇ!」


 抗議の声を上げた男の腹部に、メリッサの爪先が突き刺さる。

 細い体のどこにそんな力があるのか、男は軽々と吹っ飛ばされた。

 そのまま男は仲良くパーティーメンバーに合流することになった。


「全く。『なにすんだ』はこっちの台詞ですよ?」

「俺たちはなにもしてない!」

「そうだ!」

「あー、黙らせて」


 手をヒラヒラと振って男達に指示をする。


 脇で控えた男たちが手荒く、喚く冒険者達を『黙らせる』。

 肉を叩く鈍い音とうめき声。

 腫らした顔でメリッサを睨む男達。


 それに比例するようにメリッサの双眸の温度は下がっていった。


「えーとですねぇ、あなたたちが『なにもしていない』のが問題なんですよ?」

「なんのこ――」

「黙らせて」


 メリッサの部下たちの『誠意』が通じたらしく、うめき声を上げるだけとなった。

 コホン、とわざとらしくメリッサは咳払いした。


「あなたたち、『遺跡』の探索、討伐を定期的に受注してますよね。しかも同じところばっかり」


 メリッサが笑みを深める。

 半月のように開いた口は、地獄の窯のように赤い。


「おかしいですよねぇ。定期的に討伐してるのに、なんでミノタウロスがいっぱいいたんですかねぇ」


 冒険者達の顔が凍り付いた。

 バレていた?いつから?あの男が裏切った?


 冒険者ギルドの職員に持ち掛けられたうまい話。

 空報告。遺跡の探査をせずに『なにも問題なかった』と告げるだけの『おいしい話』。

 通常の報酬に加え、『口止め料』を貰っていたのだ。


「この人に、お金貰いませんでした?」

「ヒッ!」


 メリッサは革袋から『それ』を取り出す。

 鈍い音を響かせ、床に転がった『それ』は見覚えがあった。


「この、元ギルド職員です」


 それは男達に不正を持ちかけたギルド職員の首だった。

 一体どんな仕打ちを受けたのか。物言わぬ生首は苦悶の表情のまま固まっていた。


 男たちの脳裏にある与太話が浮かんだ。


 ――冒険者ギルドには、違反した冒険者を秘密裏に葬る機関がある。

 冒険者が依頼を受け未帰還になることは珍しくない。

 そんなときに冗談めかして語られる話だ。


「お、おおお俺達は騙されたんだ!」

「金をくれるから嘘の報告をしろって!」

「それ以外なにもしちゃいねえ! 本当だ!」


 助けを乞うように、こぞって口々に話し始める。

 メリッサにとっては生首になった男に聞いていた話ではあるが。


 女神のような慈悲にて男達の述懐を聞いてやっていたメリッサであるが、手を叩いて男達の話を打ち切った。

 あの生首から聞いた情報以上のものは得られそうにない。


「なるほど。そうですか。皆さんは被害者なんですね」

「そ、そそうだ!」

「これからは改心してまっとうにやる! や、やります」


 必死の懇願を尻目に、メリッサは顎に手をやり考え込む仕草をした。

 数舜後、三流役者のような大仰な動作で一人ごちる。


「そうですね、これは悲しいことです」

「な、なにを」

「遺跡の探索に出かけた皆さんは、残念ながらミノタウロスに殺されてしまいました」


 彼らは書類上、そう処理される。依頼に失敗しての未帰還は珍しいことではない。

 彼らの死は決定事項だ。

 ギルドの信用を失墜させた罪は、重い。


「助け――」


 人生の最高潮から転落した彼が最期に見たものは――

 魔道具の光源で煌く糸であった。



「んー、本当はスパッと首斬っちゃいたいんだけど、処理が面倒だしねぇ」

「勘弁してください、メリッサさん」


 『残念ながらミノタウロスに殺された』男達を見下ろしながらメリッサが呟く。


 傍らでは部下達が手早く処理をこなす。

 遺体の処理など彼らには日常茶飯事だ。


 絶命した男達の首には金属製の糸が巻かれていた。

 金属性魔法で金属の糸を強化し、操る。

 <糸遣い>が彼女のもう一つの顔だ。


 ――彼女、そして彼女の部下達はいわゆる王国の暗部だ。

 暗殺。諜報。誘拐。脅迫。篭絡。などなど後ろ暗い事はなんでもござれの専門家。

 この連れ込み宿は、暗部の処刑場の一つだった。


 組織の名前はない。『そんな組織は存在していない』ことになっている。

 『たまたま』『善意で』『勝手に』やっていることになっているのだ。

 部下とは呼んでいるが、『お互い何も知らない赤の他人』ということになっている。


 彼らは街のあらゆるところに潜んでいる。

 商人として、役人として、はたまたギルドの受付嬢などにも。


 特に冒険者ギルドの監視は重要任務だ。

 国の管理の下に運営されるとはいえ、一個の強力な戦力を生み出す母体である。

 その戦力の暴走を抑えるストッパーが必要となる。


 例えば、強力な冒険者が帝国の人間と恋に落ちる。

 これは悲劇だ。『なぜかは知らないが』二人とも死んでしまうのだ。

 『偶然にも』王国の戦力が帝国に行くことにならずに、王国としては安心だが。


「『悲劇』はなくならないねぇ。今日のデートは『すっぽかされちゃった』なぁ」

「『ミノタウロス退治、無事に済めばいいですが』」


 メリッサの皮肉に皮肉で答える部下。神経質な商人といった風体。

 彼もどう見ても荒事に向いているとは思えない見た目だ。


 彼は、普段は大店おおだなに務めているんだったか。

 確か、衣料品を扱っていたはずだ。

 特にタイプでもないので、彼のデータを思い出すのに時間がかかった。


 暗部はそう見えないように細心の注意を払う。

 誰も彼も地味。街ですれ違っても互いに気が付かないほどに。


「なーんで、アーニャちゃんにはバレるかなぁ」

「ははは……本当に監視はいいので?」

「ばーか。無理無理。怒らせないのが最善だよ」

「私にはそうは見えないのですが……了解しました」


 暗部をして『そうは見えない』からまずいのだ。

 メリッサは首をさすった。今朝がた殺気で『斬られた』ところである。

 万が一、アレと対峙したら抵抗できずに斬られる。


 クロエ達の監視も任務だ。

 偶然を装って毎回クロエの受付になるのはそのためである。

 損な役回りだとメリッサはため息を吐いた。


「クロエちゃんたちは脱税もしない優良客だしね」


 エリザベート様からの牽制も大きいからね。と、内心でこぼす。

 正直あの二人の監視なんて罰ゲームもいいとこだから、メリッサとてやりたくなかったのだ。

 監視はとっくに外していたが、上になんと誤魔化そうか思案していたところであった。


 そこにエリザベートから『あの二人はわたくしが責任を取ります』との言。

 これ幸いと二つ返事をしたわけだ。


「はは、そうですね。私の支店でお買い上げ頂いたお客様でもありますから、二重の意味で優良客ですね」

「へー。やっぱ金持ってんねぇ、クロエちゃんは」

「売上と平和に貢献してくれるなら、私としても歓迎します」


 堂に入った仕草で一礼する男。

 すっかり商人が板についてるな、とメリッサは苦笑した。

 彼の店はどれも庶民がおいそれと手出しできる品ではない。


「平和に貢献してくれる冒険者さんには、サービスしてあげないとね」


 平和に貢献しない冒険者クズにはこうやって手を下すのだ。

 優良な冒険者の為のゴミ掃除。これもメリッサなりのアフターサービスである。


 メリッサは大きく伸びをした。

 今日のデートのセッティングに追われていたのだ。


「さー。帰ろ帰ろ。今日のサービスは店じまい」


 魔法と偽装で痕跡はかき消えた。

 処理を終えたら即撤収。あとは部下に任せよう。


 明日も受付嬢をせねばならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ