デート 前編
「あ、いい匂いですね」
「じゃあ寄っていこうか」
二人で仲良く大通りを歩いていると、香ばしい匂いがした。
匂いの元は、どうやら近くの店のようだ。
クロエも驚いたことだが、王国では鰻の蒲焼きが存在する。
鰻に魚醤と蜂蜜をかけ串を刺し、焼き上げてスパイスをまぶすのだ。
店で焼いているのは、鰻の代用に魚を焼いたものであった。
王都では鰻を養殖しているが、高価であるため庶民の店で気軽には出せない。
クロエとアーニャは蒲焼きとパン、果汁水を頼み、昼食とした。
「ふふふ」
「アーニャちゃん、ご機嫌だね」
「この前は、邪魔が入っちゃいましたから」
味付けは濃いめでパンが進んだ。
食後の果汁水を飲みながら歌い出しそうなほど上機嫌なアーニャ。
果実水は薄目ではあるが酸味が効いている。
今日は二人きりでデートである。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はぁい、お姉さん」
銀貨三枚を支払い店を後にする。
割とお高めだが、匂いに釣られてふらりと立ち寄ったにしては当たりであった。
「――でも、本当にいいの?」
とある建物の前でクロエが訪ねる。
今日の行き先はデートには向かない。
クロエとしてはお姉さんらしく、リードしたかったのだ。
折角のアーニャとのデートであるので、もっと気の利いた所にしたかった。
だが、背に腹は変えられなかった。
「お姉さんと一緒ならどこだってデートです!」
「アーニャちゃん……!」
なんて健気な。アーニャちゃんは天使に違いない。
クロエの胸中に熱いものがこみ上げる。
「わたしもアーニャちゃんと一緒なら、むさ苦しいところも天国だよ!」
「悪かったな、むさ苦しい所で」
男の呆れた声で我に帰る。
クロエ達を出迎えた男は『おやっさん』の弟子の一人だ。
どうやら胸中の声が漏れてしまったらしい。
――ここはヘパイストス工房。
王国の八大名工筆頭のおやっさんとその弟子達が日々鍛冶を極めんと、鎬を削る素敵工房である。
金鎚の音、どなり声、鉄拳が飛び交う空間はどう考えてもデートには向いていない。
一応、ここは王都内でも神聖な場所である。
魔を、敵を打ち倒す武器を生み出す鍛冶師は尊敬を集める存在だ。
鍛冶師というものは、この世界ではある種、神職ともいえる。
特にここのおやっさんは、独立戦争でも武器を作っていたという最古参の鍛冶だ。
現在に至るまで、研鑽を欠かさず槌を振るっており、武器の研究に余念がない。
最新で最高の武器が作られるここは王国の『軍事開発所』とも呼べるだろう。
王からも、独立戦争の功績を認められ叙爵の話が出たそうだ。
『そんなもんより鍛冶場用意しろ、糞ガキが! バカヤロウ!』と一蹴するおやっさんも、おやっさんであり、苦笑しながらも最高の設備を用意する王も王だ。
と師匠がいつぞや語っていた。
「今日は何のようだい、お嬢ちゃん方」
「えっと、おやっさんいます?」
「……マジで言ってんのか?」
弟子――と言っても高弟の彼は四十絡みだ――が訝しげな目を向ける。
丸太のような腕を組み、にわかに殺気立っている。
さもありなん。
地球流に例えるなら、人間国宝兼、軍事開発担当兼、宗教的重要人物にいきなり合わせろと言ってるのと同義である。
「これ、以前約束しましたよね」
「ん?……お前、これ……」
クロエが持っている包みを開けた途端、男の顔色が変わった。
「『これがぶっ壊れるようなら、オイラが打ってやる。そんときゃいつでも来い』って前に約束しました」
「いや、お前……これ、どうやったらこんなことに、人間がやったのか……?」
これ、とはクロエのメイスであった。
獅子との戦いの最後に放ったクロエの全力に耐えきれず、持ち手以外原型を留めていなかった。
先端は見事に消し飛び、『巨人が踏んでもビクともしない』柄はグニャリと曲がっている。
男のクロエを見る目つきは怒りから疑念、呆れ、悔しさへと変化していった。
「……わかった。親方を呼んでくる。待ってろ」
男はぶっきらぼうに待合室に案内すると、そのまま出て行った。
クロエのメイスの作成は、彼を含めた四人の高弟によって行われた。
弟子と言っても、ヘパイストスの高弟たる彼らは八大名工に最も近い職人である。
鍛冶の腕も矜持も彼らは相応に高い。
鍛冶師は武器を打つ際、体力、マナ、魂、己の全てを籠める。
『絶対に壊れない』メイスを、とのクロエの依頼にまさに『全身全霊』にて当たったのだ。
クロエとアーニャは待合室でイチャイチャしながら待っていた。
待合室と言っても、壁に装飾の欠片もない武器、後は椅子と机のみ。
非常にシンプルであるが、待つ客は退屈しないだろう。
壁の武器一つ一つが、オルスティア鍛冶技術の集大成と言える快作揃い。
椅子や机も機能美を追求したオルスティア芸術の粋である。
「――さすが名工ヘパイストス。一振り一振りに『理』を感じられます」
「さすがアーニャちゃん、すごい!」
「えへへ」
クロエにはただの剣にしか見えない。クロエの目は節穴であった。
きっとアーニャちゃんは天才だ、と姉バカを発揮していると。
「おう、入るぜ」
ノックもなしにおやっさんが入ってきた。
ずんぐりむっくりした短身。丸太のような腕。毛むくじゃらの顔。
頑固という字を固めて顔にしたら、こういう顔になるだろうか。
おやっさんは名前がない。
正確には名前を、鍛冶の神と武器以外には口にしないという誓約を立てている。
文字通り全てを鍛冶に捧げてきた人間だ。
「アレぶっ壊したんだって?見せな」
挨拶も前口上もない、おやっさんらしい無愛想。
国王陛下の前だろうとそれは変わらない。
おやっさんは机上のクロエのメイスだったものを手に取る。
太い指で、壊れ物を扱うように繊細に。
おやっさんは武器は丁寧に扱う。
「よくもまあ……オイラの弟子が泣いちまうぜ、こりゃあ」
「えへへ、つい――」
「黙ってろ。後は『コイツに聞く』」
ぴしゃりとクロエを黙らせる。これでまだ態度は柔らかいほうだ。
おやっさんは武器の想いの残滓を読み取ることができる。
鍛冶の神に生涯を捧げたからこそできる『神業』である。
ごつごつした手からは想像もつかないほど、柔らかで丁寧なマナの気配。
それが手から武器へ、武器から手へ循環している。
しばしの間沈黙が流れる。
「――そうか。おい、クロエ」
「なんですか?おやっさん」
何を見たのか。おやっさんの目はどこか柔らかいものになっていた。
「誰と、闘った?」
「…………獅子と、闘いました」
「……そうか、獅子か」
そういっておやっさんはしばらく虚空を見つめ続けた。
瞳にはどこか遠い景色が映っているようだった。
ポツリと、こぼすようにおやっさんが尋ねてきた。
「ヤツは、強かったか?」
「とても。今、思い出すだけで震えが出ます」
「違いねぇ。――わかった、三日だ。三日で仕上げる」
おやっさんの目が職人の目に戻った。
おやっさんの『三日で仕上げる』は三日三晩全身全霊をかけて打ち込むことを意味する。
「それとそっちの剣、見せてみな」
「はい」
アーニャがすらりと曲刀を鞘から抜く。
その動作自体が完成された芸術品のようだ。
おやっさんの目はギョロリと動く。一挙一動も見逃さんと。
「斬るために特化した造り。熱砂の――おい、クロエ」
「なんでしょう」
「刻印は白金にしてやれ。金じゃあ、あの剣が可哀想だ」
「許可がなかなか――」
「オイラが言ってたと神官長に伝えろ、ゴチャゴチャ抜かすと二度と打たんと」
「はい」
「三日後、取りに来い。『絶対に壊れない』ように仕上げる」
赤子を抱えるようにメイスを大切そうに持ち、おやっさんが出ていった。
挨拶は勿論ない。おやっさんは武器以外に目を向けることはない。
入口に控えていた弟子に、一言二言告げたのち、振り返りもせずに去っていった。
入れ替わりに弟子が頭を抱えながら入ってくる。
「金貨百でいいってよ。無茶苦茶だよ親方」
この場合の無茶苦茶は、無茶苦茶に安いの意味だ。
新兵百人分の月給と言えば高く感じるだろう。
だが、今回クロエの依頼、『絶対に壊れないメイス』をおやっさんに打たせるのは、王国稀代の名工に軍事開発させるに等しい。
これから三日三晩、水と塩しか口にせず、命をかけて打ち続けるのだ。
そのことが分かっているクロエとしても驚いた。
「だ、大丈夫ですか」
「親方が約束したことだしな……俺は、はいとしか言えねえ」
クロエが代金に差し出したインゴットを軽く持ち上げ、なぞる。
男の指先から僅かにマナの流れを感じる。
それだけで真贋、重量、組成を見抜く男の技量は相当に高い。
ヘパイストス工房の高弟だけある。クロエは内心感心した。
「毎度あり。……なぁ、俺達が打ったメイスはどうだった?」
絞り出すような声。
男の問いは苦悩を多分に含んでいた。
「最後の最後までわたしの無茶に応えてくれました。折れも、曲がりも、欠けもしない業物でした」
クロエは真っ直ぐに男を見つめた。
壊れてしまったメイスは、クロエにとって相棒であった。
打ってくれた鍛冶師への感謝を込めて、できるだけ誠実に答えた。
「そうか」
「では、これで」
クロエとアーニャは仲良く手をつなぎながら去っていった。
それを見送る男の口角は少し満足そうに上がった。
「業物でした、か――さてと、仕事だ仕事」
男は己の頬を強く叩くと、踵を返し鍛冶場に戻っていった。




