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獅子

「ワシは、戦で命を落としてな。未練があったのだろう。それを利用されたのだろうな」


 獅子が語るのを聞くに、彼は独立戦争の最中、戦死したのだろう。

 未練は魂を縛る鎖となる。

 悪意ある何者かが、彼の魂を魔物の体に込めたのだという。


 魔物の本能をなんとか押さえつけたものの、気が付いたときには兵士を殺していた。

 せめてもの償いと、他の魔物を殺し尽くしてから死のうとしたところにクロエ達が来たのだという。


「ワシはこれでも、獅子の神様に好かれていたからな……皮肉な話だ」


 正気を取り戻したのも、獅子の神様のおかげだ。と彼は呟いた。


 ――この世界には神が実在する。

 俗にいう八百万の神々だ。

 人の姿であったり、動物の姿、あるいは不定形。

 豊穣を司る神や戦神。はたまた道化の神や悪神。


 神は人に力を与えることがある。俗にいう加護だ。

 神や人により加護の強さ、内容は大きく違う。

 大いなる力を授けるものであったり、悩んでいる背中を押す程度のもの。

 知恵を授けるものもあれば、中には夕飯の献立の相談に乗るものなど様々だ。


 修行の末、神に認められることや、神に好かれる人間もいる。

 逆に神に愛想をつかされることもあるのだ。

 豊作を祈願し祈るのも、この世界では意味がある儀式である。


「――そうか、独立は成ったのか」


 クロエ達がオルスティアが独立したことを告げると、獅子は涙ぐんだ。

 遠い昔の戦争、魔物として蘇った彼にとってはつい最近のことなのだろう。


「あなたは、さぞ武勇名高いお方だったのでは?」


 エリザベートが尋ねる。

 彼は魔物となり果てた今も、わずかながら神聖な気配が感じられるのだ。

 おそらくは獅子の神の加護であろう。

 獅子の神は魔物となってしまった彼を、見捨てずに守っているのだ。


 武勇に優れた人物は神に好かれやすい。

 先ほど会った男爵も、獣を模した鎧を着ていた。

 獣の神を信仰する戦士は多い。


 オルスティア王を筆頭に、王国の有力貴族は強力な加護を有している者が多い。


「さて、どうかな。ワシはただただ戦っただけよ……」


 獅子は名乗らなかった。

 子孫に迷惑がかかる、と悲しそうな顔をした。


 獅子が首にかけてあるプレートにそっと触れたのを、クロエ達は見逃さなかった。

 あれは、各ギルドのプレートの原型のようなものだ。


 戦士が戦いに赴く際、首にかける。

 あれには名前や家紋が刻まれている。

 遺体の判別にも使われ、魂が宿るともいわれるものだ。


 悪意ある何者かが、それを依り代にして、彼の魂を魔物に封じたのだろう。


「ハッハッハッ! シマールの大将が公爵か! ではワシの子孫も貴族かのう!」


 エリザベートが名乗った際、獅子が興味深げに聞いてきたのだ。


「もう、なにがおかしいんですの?」

「いや、すまんすまん。公爵令嬢様。あ、あの大将が……ふはははは!」


 拗ねたように唇を尖らせるエリザベート。

 獅子はひとしきり笑った。


「そうか……オルスティアの坊主が王となったか」

「ええ、今の王国の栄華は、歴代陛下のお力あってのものですわ」

「坊主と大将の子孫が治める国か……さぞかし――」


 獅子は遠くを見つめた。

 その目にある感情は余りにも複雑だった。


「いかんな。いかん。生きたいと思ってしまった。今のワシは魔物よ」


 獅子は苦しそうな顔で告げる。


「子孫の、民の未来がため、己が命を捧げた。そんなワシが魔物として、守るべき民を殺したのだ」


 魔物を狩り。帝国の兵を打ち倒し。命をかけてまで願った平和な世。

 皮肉にもその世に生きる者を殺してしまったのだ。


「頼む。死なせてほしい。自害はできぬようにされているようだ」


 いつまで正気を保てるかわからぬ。クロエ達を真っ直ぐ見つめて言った。


 獅子の中で魔物の本能と呪縛、人の魂と獅子の加護が争っているのがクロエにはわかった。


「……わかりました」

「クロエさん!?」


 これは、この役目はわたしの使命だ。

 わたしが、クロエ=『――』になった意味だ。

 クロエはメイスを強く握りしめた。


 エリザベートは何か言いかけたが、口をつぐんだ。

 彼女もわかっているのだ。獅子を救う方法はないことを。


「そうか、すまない。お嬢ちゃん、名は?」

「クロエ=『アストレア』」


 クロエが名を告げると、獅子は目を見張った。


「ハッハッハッ! なるほど、そうか。神様のお導きかのう。ならば、存分にワシを裁くといい。『そなた』いや、『そなたら二人』にはその権利がある」


 クロエと、隣にいるアーニャを見る獅子。

 それは覚悟を決めた目だった。


 クロエにも、神の加護がある。

 善悪を裁く、剣と天秤を持ちし女神の加護。

 クロエ一人では十全に発揮できない力。


「アーニャちゃん」

「はい、お姉さん。御武運を」


 二人はそれだけで通じ合えた。


 アーニャちゃんはわかってくれる。

 こんな馬鹿な決断をするわたしについてきてくれる。

 彼を女神さまの加護で処断はしない。


 クロエは彼を魔物として裁きたくはなかった。

 女神さまが、そっと背中を押してくれた気がした。

 だから、クロエはこう告げたのだ。


「獅子さん。わたしは、ただのクロエとしてあなたに決闘を申し込みます」

「……そう、か……ワシを、戦士として死なせてくれるか。心遣い、傷みいる」


 獅子の顔つきが変わった。

 死を待つ獣から、武人のそれとなった。

 獅子はすっくと立ち上がり、メイスを拾い上げる。

 クロエと獅子は互いに下がり距離をとる。


 そうして決闘と相成った。

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