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門から宿屋へ

3/17 宿のツインとダブルが間違っていた件を修正。何箇所か改行しました。

 オルスティア王国王都オルスティア―正確にはオルスティア及び十二氏族連合王国―の南門にクロエとアーニャ、ついでにロバは辿り着いた。


 ちょうど四つ鐘(十二時)が鳴っている。


 鐘は朝六時を一つ鐘、以降二時間置きに午後六時まで合計七回鐘がなる。

 王都では例外的に半鐘(鐘と鐘の間)が鳴るので十三回だ。

 この世界は時間にアバウトだ。

 割と鐘の時間が前後したりするし、酷いところになると忘れたりする。

 この世界の鐘つき職人は時間の大切さより、鳴り響く音色に命をかけているらしい。

 優先順位が違うだろうとクロエは常々思う。

 待ち合わせ時間も鐘がなったら集合〜と体感で二、三十分は待ったりする。


 ただしクロエの師匠は時間厳守であった、理不尽だ。


「やっと着きましたね!」


 城壁から門に至るまで魔術的な強化が施されている。

 相変わらず凄いな、土魔法は食いっぱぐれないなと俗物的なクロエ。

 アーニャは巨大な門から覗く街並みを興味深げにキョロキョロみている。


 その様子が、余りに可愛らしかったのでクロエはアーニャの頭を撫でる。

 アーニャはクロエより十センチほど背が低いので、撫でやすい。


「ふふ、王都は人が多いから迷わないようにね」

「はぁい」


 営業スマイルではない、お姉さんスマイル。アーニャ限定である。

 アーニャはくすぐったそうに目を細める。

 ほんのりココナッツのような香り―アーニャが好んでつけている―と結構歩いたからか、ほんのりと汗の匂い。

 辛抱たまらん、クロエは我慢強くはない。


「クンカクンカ」

「ちょっ、お姉さん!?」


 クロエは残念な子だった。

 アーニャの首筋の匂いを嗅ぐのを我慢できなかったのだ。


「駄目です、お姉さん」


 めっ、と叱るアーニャ。あざとさを忘れない。クロエにはご褒美だ。


「ごめんなさい、つい」


 悲しそうに俯くクロエ。笑顔と暴力が効かない場合の第三の交渉術だ。


「そういうのは宿に入ってから、ですよ」


 アーニャも残念な子だった。


 そうこうしてる内に、入場順がやってきた。

 前の商隊の人数が多かった。随分待たされた。

 さすがにクロエも何の理由もなしに南門でイチャついたりしない。暇だったのだ、不可抗力だ。


 クロエは頭脳派なので、匂いを嗅ぐときは馬車の陰でやったので、衛兵からのお咎めもない。

「あんたは変なところに頭を回すね」と師匠に褒めてもらっただけのことはある。



 門番は顔だ。クロエの持論である。

 ルックスのことではない、いやルックスも大事だが。

 門番の対応一つで街の印象は変わる。領主の人柄も大体は知れる、とクロエは思っている。


「あっ、クロエさん。お久しぶりです」

「ええ、お久しぶりです」


 その点、王都の門番の対応は丁寧だ。

 袖の下を要求されないし、クロエを好色そうな目で見ない。後者は対応するのが女性の兵士だから、だが。


「依頼の帰りですか?」

「ええ、ちょっと熱砂の街まで」

「わ、そんな遠くまで。大変でしたね――あれ?その子はお連れさんですか?」

「ええ……」


 クロエの歯切れは悪い。

 まさか、ナンパして手篭めにして連れてきました。など口が裂けても言えない。

 クロエの自己分析は清純派なのだ。


「はじめまして、アーニャです」


 営業スマイルがクロエより自然だ。踊り子の必須スキルだろうか。


「はい、はじめまして。身分証は――問題ないですね、ようこそ王都オルスティアへ」


 クロエはこの女兵士さんの笑顔も好きだった。荒んだ日々の中の清涼剤である。やはり門番は顔だ。



「わっ、すごい人ですね!何人くらい住んでるんだろう」


 ――王都オルスティア、人口は一千万!と元気よく解答した幼い頃のクロエに、師匠の拳骨が炸裂したのを覚えている。

 おかげで正しい情報を覚えられた、クロエは学習するのだ。


 確か、ええと、


「五十万人、だね」

「さすがお姉さんです!」


 キラキラと尊敬の眼差し。知っていたが一切態度に出さない。

 アーニャはヨイショの達人だった。クロエも満足げである。


 白亜のオルスティア、の名の通り、白いコンクリートの建物が立ち並ぶ。

 コンクリートの表面は大理石のように滑らかだ。クロエが勝手にコンクリートと呼んでいるだけで、地球のそれとは違うのだろう。


 錬金術と土魔法の合作、らしい。クロエは錬金術師ではあるが土魔法は詳しくない。

 錬金術ギルド儲かってるな、ちょっとくらいくれないかな。せめて減税を。


 下らないことを考えながら歩く、はぐれないようにアーニャの手を繋いで。

 アーニャとロバで両手が塞がっているが、スリや痴漢くらいなら触られる前に対処できる。クロエは楽天家だった。


 まずは宿だ。真っ昼間からアーニャとしけこむつもりではない、さっさとロバと荷を預けたいのだ。

 ロバは旅にはかかせないイケメンではあるものの、街の散策には邪魔である。



「こんにちはー」

「あら、クロエちゃん。お久しぶり」


 女将さんは今日も素敵だった。

 クロエの思い描く上品が詰まっている。

 白金の髪に長い耳。優しげな垂れ目に泣き黒子。すらりとした体躯。


 クロエの王都での定宿<白の小鳥亭>。

 王都でも屈指の高級宿をクロエは気に入っていた。


 一泊大銀貨二枚、一週間(こちらでも七日である)で金貨一枚と大銀貨四枚もかかる。

 正規兵の初任給が金貨一枚である。


 正直クロエとしても財布に厳しい。

 しかし、諸々の事情で背に腹は代えられない。


「いつもの部屋でいいかしら?」

「えっと、今日はダブルで」


 アーニャとツインはありえない。

 クロエの決断は早かった。


「あら、いい人ができたの?」

「はい」

「あらあらあら」


 即答だった。


「おねーさーん」


アーニャが宿に入って来た。ロバを厩に運んでくれたのだ。荷物は宿の従業員が持ってくれている。


「あら、あの子が?」

「はい」

「あらあらあら」


 即答だった。女将さんは懐が深かった。


「アーニャちゃんです」

「アーニャです、お姉さんが大好きです」

「あらあら、当宿の女将のフェリスです。クロエちゃんをよろしくね」

「一生大切にします!」


 ツッコミ不在の恐怖。クロエの背中を冷や汗が伝う。

 まずはお友達からのはずが段階を飛ばしすぎだと思う。

 外堀を高速で埋めていくアーニャはしっかり者であった。


「あ、アーニャちゃん。冒険者ギルド行こっ」

「あ、はーい」


 クロエは逃走を選択した。

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