脳筋令嬢と愉快な仲間達
「はあっ!」
気合一閃。
石畳を蹴りとばした勢いと、風によって加速したエリザベートの一撃。
ミノタウロスの一撃と打ち合う。
弾き飛ばされたのはミノタウロスの持つ大剣であった。
「ふっ!」
筋力と風による姿勢制御。慣性を無視したような動き。
急加速した斧がミノタウロスを上下に両断する。
風属性魔法<風弾>。
風を砲弾のように打ち出すそれは、主に牽制に使われる。
エリザベートは<風弾>を姿勢制御、移動、攻撃に応用しているのだ。
風を纏うそれは、エリザベートオリジナル風魔法<風鎧>。
ミノタウロスの上半身を蹴り飛ばす。
闘気で強化された脚力に<風弾>の威力が合わさる。
勢いよく飛ばされた上半身は後続を巻き込む。
巻き込まれなかった者たちが、エリザベートを包囲せんと迫る。
「お嬢様ー」
追走するオレガノは的確に<土壁>を展開させる。
ちょうどエリザベートを覆い隠すように土の壁が突き出る。
<土壁>による防御、妨害と武器での攻撃。
土属性を兼用する戦士のクラシックスタイルだ。
エリザベートは地を蹴り、回り込もうとしたミノタウロスを『上』から強襲した。
独楽のような回転で放たれた斬撃はミノタウロスを縦に切り裂いた。
「とーお」
オレガノがエリザベートの間隙を縫うように大剣を振るう。
受けようとしたミノタウロスが吹き飛ぶ。
それを見逃さずエリザベートが大戦斧で両断する。
エリザベートによる撹乱、強襲。オレガノの援護、防御。
主従の的確なコンビネーションにより、ミノタウロスは数を減らしていった。
「ヴォオオオオ!」
ミノタウロスが雄たけびを上げる。
しかし、その声に、目には恐怖があった。
それは威嚇ではなく、悲鳴に近い。
当たらない。当たらない。
ミノタウロス達はアーニャに大剣を、鈍器を、斧を振り下ろし、あるいは薙ぎ払った。
まるで影でも相手にしているように、何の手ごたえもない。
ゆっくりとした動きのはずのアーニャを、次の瞬間には見失っているのだ。
そしていつの間にか落ちる首、両断された胴。転がる手足。
斬った、あるいは殴りつけたはずが、斬られている。
「やっぱり、お姉さんの刻印はすごいです。するりと斬れます」
笑うアーニャ。笑顔は本来、威嚇であるという。
くるり。くるり。アーニャが踊るたびに死体ができる。
「さすがアーニャちゃん」
目の前の最後の一体の胴を薙いだクロエがそう呟く。大きく吹き飛ぶミノタウロス。
クロエの凶悪なメイスの一撃。
それを受けた胴体が鎧ごと大きく陥没している。
一撃。クロエの周りの死体は大半が一撃で死んでいた。
頭蓋が、胴が巨象にでも踏みつぶされたような有様だ。
ちょうど反対側の戦闘も終了したようだ。
クロエはふぅと息を吐いた。
「まだまだ、です。お姉さんとなら、もっと、もっと強くなれます」
「そうだね、もっと強くならないと――」
強くなる。
七年前の『あのとき』、クロエが決意したこと。
アーニャは、アーニャだけは、それについてきてくれる。
クロエは水筒の水を一口飲むと、エリザベート達に合流した。
「――妙ですわね」
エリザベートが怪訝そうに呟く。
確かにおかしい。違和感は大きくなっていく。
「<反響>でも、数が減ってます」
反応の強いほうへミノタウロスを倒しながら進んでいるのだが、その周辺の魔物の数が減っている。
ここに至るまでも、ミノタウロスの死体が散見されたのだ。
おかげで想定より遥かに襲撃が少なかった。
「仲間割れですかねー」
「……そうかもしれませんわね」
事態は悪い方向に向かっているかもしれない。
エリザベートの言葉の裏にはそれがあった。
ミノタウロスを打ち倒した何者かの技量は、高い。
まるでクロエが潰したように、ほとんど一撃で潰されている。
力任せのミノタウロスではこうはいかない。
確かな理を感じる。
誰かが助太刀に来た、などと楽観はできない。
常に最悪の事態を考え、それに備えるべきだ。
凶悪な個体がいる。
それもとてつもなく高い技量、力を持つ魔物。
そんな考えを裏付けるように、獣の咆哮が聞こえた。
「あれは――」
巨大なミノタウロス。通常の個体の倍は優に超える。
男爵が言っていた、手傷を与えた大型の魔物とはそれのことであろう。
クロエ達が辿り着いたときには、それは物言わぬ屍になっていた。
それを成したのは、その側に佇む――
「獅子の人型……」
身の丈はニメートルほど。
獅子の顔に人の体。
手に持つは奇しくもクロエと同じ鈍器、メイスであった。
クロエの持つものに似て、装飾がほとんどない、武骨な鈍器だ。
お互いの距離は五十メートルはある。
『獅子の魔物にはお気をつけください。私共はあれにやられました』
男爵の報告と一致した、その魔物はクロエ達に向き直った。
一同に緊張が走る。これまでの魔物とは格が違う。
力強い気配。
内包するマナ、放出する闘気の量が違う。
五十メートルという距離は数舜の猶予しかないだろう。
「おお、ちょうどよいところに。お前さんら、ワシを殺してくれんか」
あろうことか、魔物が人の言葉を話したのだ。
途端、魔物の闘気が霧散する。
獅子の魔物はそう言って、武器をそっと置いた。
武器から離れ、ゆっくりと座り込み、あぐらをかいた。
獅子はそのまま目を瞑り、黙り込んだ。
「なんですの……あれは」
「んー。改心したんじゃないですかねー」
警戒をあらわにするエリザベートに対し、オレガノはのんびりした口調だ。
だが言葉とは裏腹に、いつでも振り下ろせるよう大剣を担いでいる。
クロエは、いや、クロエとアーニャは気がついてしまった。
クロエ=『――』の力によるものだ。
「お姉さん」
「うん……エリザ様……あれは、人です」
「人!?」
それを聞いた獅子は目を丸くし、豪快に笑った。
「ハーハッハッ! ワシをまだ人と呼んでくれるか!」
「本当に、人なんですの?」
「いいや、お嬢ちゃん方。この体は魔物のものだよ。警戒を解かんほうがいい」
そして獅子はポツポツと語り始めた。