遺跡探索
「やあやあ、エリザベート様。お待ちしてました」
近くの農村を任されているという男爵が笑顔で歓迎している。
男爵といっても、獣を模した鎧で武装した彼は、第一印象山賊である。
彼にも負傷が見受けられる。
これまで見かけた兵達も、負傷していたものが見られた。
王都の周りには衛星のように農村―規模によっては農業都市と言えるかもしれない―があり、代官がおかれている。
オルスティアが街道を動脈のように張り巡らせているのは、流通の為が理由の一つ。
それと同じ以上に、今回のように素早く軍事展開する意味合いも大きい。
それにしても『お待ちしてました』か。
クロエは内心エリザベートの手際のよさに舌を巻いた。
もう、とっくに根回しは済んでいたのだろう。
シマールの武は、それだけ信頼されているらしい。
「何せ場所が場所ですので、私共も街道や村を守ることで精一杯で、はい」
――男爵が語るにはこうだ。
魔物が逃げ込んだ先は、森の中の遺跡。
森に大規模な侵攻をかけることは推奨されない。
森を刺激しすぎれば、より多くの魔物を刺激しかねない。
森は畏れの対象であり、恵みでもある。
「私共も腕利きの兵を集め、討伐に向かいましたがその――」
大型の魔物を追いやった遺跡に、より多くの魔物がいたという。
善戦はしたらしい。実際大型の魔物は少なくない手傷を負ったということだ。
しかし、そこに強力な個体が出現した。
犠牲者の多くはその強力な個体にやられ、撤退を余儀なくされたらしい。
おそらくその個体が群れを率いているのだろうとのことだ。
「獅子の魔物にはお気をつけください。私共はあれにやられました」
「お任せなさい! わたくし、エリザベート・シマールが兵達の仇を討ちますわ!」
「おお、さすが武勇名高いシマール!」
そういうことで、エリザベート一行は遺跡に殴り込みに行くことになったのである。
作戦は少数で突撃して率いている魔物を討伐。
強力な個体が他の魔物を率いるというのは珍しいことではない。
往々にしてそれの討伐ができれば瓦解する。
一行が討伐を完了次第、狼煙を上げ、後は兵にお任せとなる。
地球の常識では無茶苦茶な作戦である。
しかし、突出した個人がありうるこの世界、ひいては尚武のオルスティアでは由緒正しい戦法である。
それが一番てっとり早いと考えているクロエは、すっかりオルスティアに染まっている。
「えーい」
グシャリ。
間の抜けた声。
それとともに振り下ろされた巨大な剣が、牛頭の人型―ミノタウロス―を叩き斬る。
「無茶苦茶な剣です」
呆れたような声。
目の前の二匹の間をすり抜けるアーニャ。武器を振り上げる暇もなく、首が落ちる。
数秒後、死を自覚したのか、首なしの体がパタリと倒れる。
「アーニャちゃん。すごいですねー」
「オレガノさんは、雑すぎます。もっと間合いを意識したほうがいいです」
「んー。そうですかー?でも――」
戦いの場でものん気なオレガノに対し、アーニャの声は呆れが混じっている。
同じ剣士、といってもその武器、戦闘設計、精神のあり方は大きく違う。
直後。砲弾のような速度で、ミノタウロスが飛来した。
蹴り飛ばされたらしいそれは、絶命している。
「お嬢様はもっと雑ですか、いひゃいいひゃい」
「失礼な。わたくしの華麗な戦いのどこが雑ですの。雑といえば――」
鈍い音とけたたましい金属音。
受けようとした武器ごと頭部を砕いた、クロエのメイスが奏でる音だ。
辺りには同じような死体が二つ。
「クロエさんですわ」
「え?わたし何かしました?」
「お姉さんは素敵です!」
力任せに武器ごと砕くクロエが素敵に見える。
アーニャフィルターもかなり濁っている。
クロエ。アーニャ。エリザベート。オレガノ。
前衛。前衛。前衛。前衛。
素晴らしくバランスのとれたパーティーである。
ここは遺跡近くの森の中。
準備運動代わりとばかりに、斥候を蹴散らしながら進んでいるのである。
ミノタウロス。牛の頭に人型の体を持つ魔物が、遺跡に巣食う魔物であった。
武装し、二メートルほどの身長、怪力から繰り出される攻撃は脅威である。
「さて――見えてきました」
森の中、ぽっかり開けたところにその遺跡はあった。
年月が経ち、風化したそこは石造りの建物が立ち並んでいたのだろう。
ほぼ崩れ落ち、建物は背丈をわずかに越えるほどの壁と化している。
「かなり強い気配がありますね」
クロエの<反響>は大まかな方位しかわからない。
「じゃあ、準備しますね」
「お願いしますわ」
クロエは各々の武器の刻印をなぞり、魔法を施していく。
<二重刻印>金属性魔法の強化魔法はクロエの半オリジナルである。
半オリジナルと呼ぶ理由。
先人が試し、使えないとされた技術をクロエが再発掘したからだ。
マナで刻印に上乗せしてさらに強化する。
マナを上乗せするだけであるので、原理は単純であるが、持続時間が短い。
普通の刻印術師ならば実用に至らない。<二重刻印>をかける最中にも持続時間が減るからだ。
クロエの刻印速度故に可能な技術だ。
マリアに次ぐ刻印完成度を誇るクロエであっても、四半刻(三十分)がせいぜいである。
同じことを闘気による強化でも可能である。
互換できる故に、研究者は労に合わない無駄とみなした。
対して、上乗せによる相乗効果をクロエは利点とみなした。
<二重刻印>により、武器がうっすらと光をまとわせる。
「では、行きましょう」
正面突破からの殲滅。実にシンプルである。
遺跡に足を踏み入れてしばらくすると、元は広場であったのか。広い空間に出る。
待ち構えていたのか、左右からミノタウロスが続々と姿を表す。
それぞれ十以上はいるだろうか。挟撃のつもりなのだろう。
「お嬢様ー。多いですねー」
「手間が省けていいですわ」
エリザベートの不敵な笑み。令嬢のそれではなく、肉食獣のそれだ。
それに合わせて、轟と風が吹いた。
内包するマナが、風に姿を変えているのだ。
彼女の戦意が形となって現れたかのように吹き荒れる。
エリザベートは大戦斧を大上段に構える。
「クロエさん。アーニャさん。反対側はまかせましたわ」
言うやいなや、石畳を蹴り飛び出すエリザベート。
咆哮を持って迎えるミノタウロス。
戦いの火蓋が切って落とされた。