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馬車の中で

 気まずい。

 なんでこんなことに。


 貴人用の馬車の中で、クロエは縮こまっていた。


 二頭立ての馬車だ。力強く曳く馬は改良を重ねた高級軍用馬。金貨百枚は下るまい。

 王都内の整えられた石畳の上を走ってるとはいえ、揺れは小さい。

 細部に至るまで錬金術、職人の技術が惜しみなく使われているのだろう。

 シマール家、というよりこの国の貴族はこういう実用的なところに大きく金をかける。


 そんな馬車の中に四人。針のむしろ。クロエはそんな言葉を思い出していた。


「……」


 向かい側のエリザベートは、こちらを見ようとしない。

 そっぽを向くその顔にはわずかに朱が差している。


「仲良しさんですねー」


 その隣のオレガノは相変わらずの笑顔。

 何も考えてないのかもしれない。


「えへへ、お姉さん」


 クロエの隣、というかべったりと抱きついているアーニャ。

 温度差が酷い。クロエの背中に冷や汗が流れる。


「く、クロエさん」

「は、はい」


 エリザベートの呼びかけにビクリと硬直するクロエ。


「その……今朝のことは」

「す、すみません!」

「いえ……わたくしも悪いのですが……」


 いつものエリザベートと違い、言いにくそうな様子。

 クリクリと自慢の縦ロールをいじる様は、どう話を切り出せばいいかと悩んでいるようだ。


 こういう子どもっぽいエリザ様も新鮮だなー、といつものクロエなら考えただろう。

 あいにく、今のクロエにそんな余裕はなかった。


「裸で一緒に寝てるなんて、仲良しさんですよねー」

「えへへ、お姉さんと私は仲良しです」


 空気を呼んで下さい!

 内心戦々恐々なクロエ。


 オレガノはともかく、アーニャはわざとである。

 心のどこかにエリザベートへの対抗心があるのだろう。


 そうなのだ。

 今朝のこと。

 クロエ達が一の鐘(六時)が鳴っても起きてこないので、エリザベートとオレガノが訪ねてきたのだ。

 エリザベートは久しぶりのクロエとの共闘にわくわくして、いてもたってもいられなかったのだ。


 なんで侍女に任せないのか、とかアーニャちゃんあったかいとか。

 寝起きのフラフラな思考で考えていると。


「クロエさん?アーニャさん?」

「お嬢様ー。鍵開いてますー」

「どうぞー」


 返事をするアーニャ。

 『なぜか』開いていた鍵。

 クロエの思考は真っ白だった。


「クロエさん、早く魔物退治に行き――」


 時間が止まった。

 二の句が継げないエリザベート。扉を開いたまま硬直している。


 視線の先にはクロエとアーニャ。仲良く一つのベッドに寝ている。

 二人そろって生まれたままの姿だ。


 エリザベートの顔だけが段々と赤に変わっていく。


「わー。仲良しさんですねー」


 エリザベートの上からひょこりと覗き込むオレガノは平常運転だった。


「な、なななななっ」

「あ、アーニャちゃん。服、服!」

「ふふふ、既成事実です」


 な、しか言えなくなったエリザベート。慌てるクロエ。外堀を埋めまくるアーニャ。


「し、失礼しましたわ」

「お嬢様ー。待って下さいー」


 エリザベートは矢のような速度で駆けていった。


 その後、てんやわんやで支度して、出発と相成った。

 朝食の味をクロエは覚えていない。

 結果、この馬車内の温度差である。


 コホン、とエリザベートが咳払いを一つ。ドリルが跳ねる。


「その、クロエさん。アーニャさん。仲がよろしいのは、その、結構なことですわ。ですが、今日は魔物退治です。緊張感を持ってもらわないと」

「はい……」

「はぁい」


 恥ずかしい、穴があったら入りたい、とクロエ。嬉しそうなアーニャ。

 気まずい沈黙。


 あ、そうだ。とオレガノがポンと手を叩いた。


「じゃあ、私もー。ぎゅー」

「な、何ですのオレガノ!?」


 突然抱きついてきたオレガノに目を白黒させるエリザベート。


「今から緊張してたらバテちゃいますよー。リラックスリラックス」

「……そうですわね、ありがとう。オレガノ」

「えへへー」


 馬車の空気が幾分和らいだ。

 オレガノのこういうところは、こういう場面では助かる。

 エリザベートが何かとオレガノを側に置くのも、そういう面があるのかもしれない。

 ホッとクロエは安堵のため息を漏らした。


「とにかく、お二人とも。油断して怪我なんてしたら承知しませんからね!」

「はい」

「はい、我が『剣』にかけて」


 ス、とアーニャの雰囲気が変わる。

 普段なにかとあざといアーニャであるが、こと戦いに関しては真摯だ。

 アーニャ独自の死生感があるのだ。


「なるほど。頼もしいですわ。クロエさんをよろしくねアーニャさん」


 その雰囲気を察したのか、エリザベートも納得したようだ。

 ――冒険者ギルドと貴族は繋がりがある。

 『受付嬢』メリッサ経由の、アーニャに関する情報をエリザベートは手に入れていた。

 今回のクロエへの依頼は、アーニャを量る意味合いもあった。



 馬車が、宿の前に立ち止まる。

 <白の小鳥亭>に装備を取りに立ち寄って貰ったのだ。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「わたくしも行きます、あのフェリス様がいらっしゃるのでしょう?」


 そういうわけで、皆で宿に寄ることになったのだ。


「あらあらあら、シマールさまのところの」

「エリザベート・シマールですわ。お噂はかねがね」

「あらあらあら、『少し』昔のことだから恥ずかしいわ」


 上品な女将さんと『普段は』上品なお嬢様は絵になるなー、とクロエは思った。


 ふと横を見ると『従業員』が必要な荷物を持っていてくれた。

 昨日のうちに女将さんに連絡していたのだ。


 『従業員』が荷物を盗むなどクロエは一切心配していない。なぜなら――


「それにしても、お噂通り、いえそれ以上ですわ」


 エリザベートが『従業員』を興味深げに見る。『従業員』は一礼する。

 精巧に整った顔。身じろぎ一つしない佇まい。


「ええ、私の自慢の『子』達ですから」

「言われなければ、気がつきませんわ」

「ふふ、みんな働き者なのよ」


 なぜなら――『従業員』は女将さん、<人形遣い>フェリスの人形であるからだ。


 クロエが<白の小鳥亭>を選ぶ理由の一つ。

 ここは、フェリスの『城』なのだ。

 フェリスと<フェリスの人形>の守護するここのセキュリティーを、クロエは信頼している。


「じゃあ、女将さん。いってきます」

「あらあら。気をつけてね」

「お姉さんは私が守ります!」

「あらあらあら」


 再び馬車に乗り、わずかな揺れに揺られることしばし。


 御者が馬車を止める。

 ちょうどクロエ達が騎士に注意喚起されたあたりだ。

 ここからは歩かねばならない。

 クロエ達は馬車を降り、装備を整える。


 エリザベートとオレガノの武器は、馬車の上に括り付けてあった。


 クロエは軽鎧とメイス。

 アーニャは皮鎧と曲刀を二振り。


「相変わらず、すごいですね」

「えへへー」


 オレガノは背丈ほどもある大剣に軽鎧。

 侍女の面影は見えない。顔が見えなければ、背の高い傭兵といった出で立ち。

 彼女はエリザベートの護衛でもある。


「さて――行きますわよ」


 エリザベートはどこかドレスを思わせる金属鎧に大戦斧。

 公爵令嬢に長柄の大斧は、クロエ以上に違和感がある。


 街道を森から守るように、野営地がある。

 まず向かうのはそこだ。

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