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アーニャのやきもち

「もう、お姉さんったら。安請け合いしたら駄目じゃないですか」

「ご、ごめんなさい……」


 腕を組み、クロエを見下ろすアーニャ。その視線は氷のように冷たい。

 クロエは床に正座している。


 ここはシマール別邸の客室。

 探索は明日から、ということで泊まらせてもらうことになったのだ。


「お姉さんなんかもう知りません!」


 ぷいっ、と後ろを向くアーニャ。

 ふわり。足首まである黒のロングドレスがひらめく。あざとい。


 わずかに見えたアーニャの細い足に、クロエの目は釘付けだ。


「ちょっと……お姉さん。本当に反省してるんですか?」


 それを見咎めたアーニャの視線が厳しくなる。

 腰に手を当てたアーニャがクロエの目を覗き込む。

 可愛らしく睨むアーニャの頭の上にはホワイトブリム。


 アーニャはクロエの顎をクイと持ち上げる。


「ア、アーニャ様……」


 アーニャの冷たい視線に、身を悶えさせる。

 クロエの目は潤みを帯びている。


「侍女に欲情してしまうなんて、いけないお姉さんです」


 普段、無邪気なアーニャの瞳は、妖艶に光っている。

 アーニャの格好は侍女服であった。白いエプロンが眩しい。


「あの……お姉さん」

「なあに、アーニャちゃん」

「そろそろ普通に話しませんか」

「あ、うん」


 侍女服で、冷たい態度のアーニャはクロエの『お願い』であった。

 しかし、アーニャはいくらお願いでも、お姉さんを冷たい目で見るなど耐えられなかったのだ。

 反面、クロエはゾクゾク、と新たな性癖に目覚めそうだった。


 とりあえずベッドに腰掛けクロエを膝枕するアーニャ。


「えへへ」

「もー。私怒ってるんですからね。安請け合いしちゃって」

「ごめんね、アーニャちゃん」


 クロエを膝枕しながら撫でるアーニャは、どう見ても怒る体勢ではない。


 なんという策士。天才か。エリザベートとじいやの策謀にクロエは大敗北を喫した。

 さすが大貴族、わたしの弱点をいつの間に。

 ぐぬぬと唸るクロエ。


 実際のところ、案内される際、屋敷の侍女達を見て、わたしもアーニャちゃんに侍女服着せたいなー、という願望が口に出ていたのをじいやが聞いていただけである。


「そんなに、この侍女服が好きなんですか?」

「ううん。侍女服じゃなくて、侍女服を着てるアーニャちゃんが好き」

「もう、本当にしょうがないお姉さんです」


 アーニャの腹にぎゅうと抱きつくクロエ。

 アーニャもまんざらではないようだ。


「――本当に大丈夫ですか?」

「うーん」


 アーニャに撫でられつつ、クロエは過去、エリザベートとの出会いを回想する。

 ――あれは四年前だったか、クロエがパーティーで冒険者活動をしていた頃。


「おーい、クロエ」

「なんですか、師匠?」

「ちょっとお嬢ちゃんの相手して来て。シマールのとこの。年の頃も近いし」

「え、あの盗賊みたいな人の娘さんですか」

「娘は『体が弱い』から気にかけてやってくれって言うくらいだから、大丈夫でしょ」


 報酬も悪くなかった。

 まあ、『体が弱い』貴族令嬢の相手くらい余裕だろう。

 何かあったら師匠がどうにかしてくれるだろうし。

 きっと話相手でも欲しいのだろう。


 ……当時のクロエは知らなかったのだ。

 『体が弱い』はあくまで『シマール公爵の基準』であった。

 あの、人間兵器みたいな親父の基準だったのだ。



「――まあ、大丈夫。あのお嬢様、怪我しても文句言わないから」

「お姉さんが、そういうなら」


 クロエが断ったら、エリザベートだけでも戦いに行くだろう。

 なんだかんだで腐れ縁だ。

 何かあったら寝覚めが悪い。


 と、クロエが考えていると、あることに気づいた。


「あれ、アーニャちゃん」

「なんですか」


 今日のアーニャはどことなく、そっけない。


「妬いてる?」


 からかうように尋ねるクロエ。


「――ッ。もう、お姉さん!……妬いてます。ちょっと。私は昔のお姉さんのこと知らないから」


 ふいっと、拗ねたように横を向くアーニャ。

 その横顔は、わずかに朱が差している。


 そのかおは、反則だ。

 クロエの中で何かが弾け飛んだ。


「もう、可愛いなあ。アーニャちゃん!」


 むくり、とアーニャの膝から起き上がり、アーニャを優しく押し倒すクロエ。

 アーニャの視界に、他のものを入れたくないとばかりに、クロエは顔を近づける。


「きゃっ!?お姉さん?――んっ」


 鼻同士がくっつきそうなくらい近い距離を、さらに縮めて唇を奪う。


「そんなんじゃ、ごまかされませんからね」

「ごめんね、つい。嬉しくって」

「嬉しい、ですか?」

「うん」


 クロエは、アーニャが妬いてくれて嬉しかったのだ。

 拗ねた様が、甘えてるようにみえて。


 むくりと起き上がり、ベッドに腰掛けるクロエ。

 昨日のお返しとばかりに、ポンポンと膝を叩く。


「膝枕ですか?」

「ん。こうする」

「お、お姉さん?」


 膝にアーニャを乗せるクロエ。ちょうど後ろから抱きすくめるように。

 手を回して、アーニャを逃げられないようにする。


「捕獲完了ー」

「……これ、なんか恥ずかしいです」


 少し抱く力を強める。

 アーニャの背中に、体温が、想いが伝わるように。


 アーニャは観念したのか、体重をクロエに預ける。


「どう?」

「んー。背中があったかいです」

「ふふ、わたしも気持ちいいよ。アーニャちゃん柔らかい」


 すりすりと、アーニャの後ろ髪に頬ずりするクロエ。

 アーニャはくすぐったそうにしているが、抵抗はしない。


 そのままクロエは手をアーニャの胸に。


「んっ……」

「アーニャちゃんの心臓、少し早くなってる」


 てのひらに感じる、アーニャの熱。鼓動。柔らかさ。


 それらが全て。愛おしい。

 クロエはたまらず、唇で耳を優しく食んだ。


「み、耳はだめです。あっ……!」


 アーニャの鼓動が早くなるのを感じる。


 嬉しい。アーニャちゃんの心がわたしで揺れ動いてくれるのが。


「今日は、妬かせちゃったお詫びに、アーニャちゃんの心に、いっぱいわたしを刻みこむね」

「耳元……囁いちゃ、だめっ!」


 一言一言、アーニャの耳元で吐息とともに言葉を刻み込む。

 優しく。甘く。とろけさせる。

 クロエが囁くたびに、アーニャは小さく震える。


「好きだよ。アーニャちゃん。大好き」

「ひゃ、ん!……お姉さん!卑怯……です。頭の中、お姉さん以外考えられなくなっちゃう」

「いいよ。わたしだけ感じて」


 甘い声。体温。耳への囁き。クロエの匂い。クロエの柔らかさ。クロエの想い。

 それらが溶け合わさり、アーニャの頭の中はクロエで満たされていく。

 抵抗がなくなるにつれ、アーニャの声に嬌声が混じり始める。


 ふぅ、と吐息をかけられたアーニャは、一際大きく身を震わせた。


 それを見て、クロエはアーニャを解放した。

 クロエから解放されたアーニャは、荒い息を吐きベッドに横たわった。


「今日は全部、わたしに任せていいよ。いっぱい甘えて」

「――はい」


 クロエは余韻冷めやらぬアーニャの侍女服に手をかけた。

 今夜は、何度も、何度も、アーニャの心にクロエを刻み込むのだ。

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