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己の罪と向き合う

 クロエは転生して、この世界に来た。

 歪な存在だ。


 異世界。違う文化、価値観、法則。

 安易な交流は、時として毒になりうる。

 毒は広がり、取り返しがつかなくなることがある。


 これはクロエの罪だ。迂闊すぎた。

 もう、種は蒔かれてしまったのだ。

 根付いたそれは、刈り取れなくなってしまっていた。

 後悔しても、懺悔しても、もう、どうにもならない。



「あー。クロエさーん」


 間延びした声。

 しまった、ここは中央区に近かった。

 クロエは内心で舌打ちをひとつ。


 オルスティアは中心に王城、それを囲むように貴族街、市民街となっている。

 中心に近いほど、主要通りに近いほど大店おおだな、富裕層の割合が高くなる。

 今日は、アーニャに服を見繕おうと、貴族街に近い服飾店を巡っていたのだ。


 アーニャとのデートで浮かれていた。

 出会う可能性はあった。

 クロエは心から後悔した。


「知り合いですか?お姉さん」

「人違いです。アーニャちゃん行こ」


 逃げよう。厄介事からは逃げるに限る。

 クロエはアーニャの手を引いて逃げることを選択した。


「待って下さいー。私ですー、オレガノですー。クロエさーん」


 回り込まれてしまった。

 間延びした声とは裏腹に素早い。

 人ごみを影のようにスイと抜ける身のこなし。


 あれ?この人、こんなに素早かった?クロエは疑問を感じた。

 どこかで訓練を積んだような動き。

 確か前に彼女に会ったのは――


「お久しぶりです、オレガノさん」

「久しぶりですねー。一年ぶりくらいですかねー」


 ニコニコと笑うオレガノ。

 濃いめの茶髪を後ろで纏めた、侍女服の女性。

 とても背が高いから目立つ。クロエより頭一つ以上高い。


 クロエの評価は天然、マイペース、トラブルメーカー。

 彼女の仕える『お嬢様』が加わればそれに拍車をかける。


「あら、可愛い子ですねー。はじめましてー」

「はじめまして、アーニャです」


 オレガノはクロエの弱点を巧みに突いてきた。

 アーニャを褒められたら悪い気はしないのだ。


「オレガノですー。侍女をやっておりますー。ええっと、クロエさん『お嬢様』が――」

「オレガノさん、わたしたちはこれで」


 クロエは見た目はいいので、割と、大店や貴族の子女の臨時の護衛やらに指名依頼されることがある。

 師匠のコネも大きいのだが。


 特に『お嬢様』はお得意様だ。

 トラブルのお得意様という意味で。

 今回は、今回こそ絶対断るのだ。ろくなことにならない。


「あ、そういえば『じいや』さんなんですけど――」



 頭をガツン、と殴られた気がした。

 二年前、クロエの不注意が招いた過ち。

 クロエの知識が招いたこと。

 失念していた。油断していたのだ。

 師匠からも、地球とこの世界の交流の危険性を口酸っぱく注意されていたのだ。


 『お前のせいだ』

 目の前のオレガノがそう言ってるように、クロエは感じた。


 なんであんなことを。言うんじゃなかった。言葉は呪いだ。

 執事の『じいや』さんは、もういない。

 執事は辞めたそうだ。

 『あんな姿』にしてしまったのはクロエのせいだ。


 クロエの口の中はカラカラに渇いていた。

 クロエの足元がグラグラと揺れているような気がした。


『ごめんなさい、ごめんなさい!』

『クロエ様、儂は望んでこうなったのですじゃ』

 二年前、謝るクロエにじいやさんはそう言ってくれたが、その表情は見えなかった。


「――お姉さん、お姉さん!」


 心配そうなアーニャ。話を聞いていなかった。

 クロエの顔は真っ青になっていた。


「大丈夫ですかー?体調が悪かったのですか?」

「いえ、大丈夫です」

「大丈夫そうに見えないですよー。そうだ、お屋敷に行きましょう」

「――はい」


 なんて狡猾な女だ。クロエは思った。

 断れる道なんて、元からなかった。

 クロエの『罪』を突きつけられれば、クロエはどうしようもなかった。


 向き合おう、己の罪と。

 後悔しても、懺悔しても、それは元に戻らないのだから。



 中央区の一画、『お嬢様』のお屋敷はそこにあった。

 大貴族の別邸。広大な敷地に巨大な屋敷。


「あ、ああ……」


 クロエの罪がそこにいた。


「クロエ様ー!」


 そこには、蛍光ピンクの忍装束に身を包むじいやの姿があった。


 忍装束はラメ入りである。忍んでない。


 鉢金に輝く『NINJA』の金色の文字。クロエが教えたものだ。


「クロエ様ー!」


 なんという迂闊。

 クロエの何気ない一言が招いた悲劇。


『じいやさんって、影に控える忍者みたいですね』

『はて?クロエ様、忍者とはなんでございましょう?』

『ええっとですね――』


 クロエは何気ない親切心から忍者をじいやに教えたのだ。

 その際、多少の誇張があったのは否めない。クロエなりのユーモアだったのだ。


 こうして悲劇は起きた。


『ごめんなさい、ごめんなさい!』

『クロエ様、儂は望んでこうなったのですじゃ』

 二年前、謝るクロエにじいやさんはそう言ってくれたが、蛍光ピンクの忍装束からは、その表情は見えなかった。


 じいやは執事から忍者にジョブチェンジしたのだ。


「お、お久しぶりです。じいやさん」


 クロエは気まずかった。人一人の人生を大きく変えてしまったのだ。


「お久しゅうございます、クロエ様」


 にん!のかけ声で着地するじいや。

 口調まで変わってしまっている。取り返しがつかない。


「あれから皆、修練は欠かしておりませんぞ!」


 修練って一体何なのか。聞いたらますます罪悪感に押しつぶされるだろう。


 あれ?じいやさん。今皆って――


「じ、じいやさん。今み、皆って」

「えへへー、じゃーん」


 大胆に侍女服を脱ぐオレガノ。

 そこに現れたのは蛍光ブルーの忍者。当然ラメ入りである。

 あの素早い身のこなしは忍者の訓練の成果であった。


 クロエは目まいがした。人一人の人生どころではなかったのだ。


「せ、せめて黒に――」


 せめて蛍光色はやめてもらおう。

 クロエの精一杯の譲歩だった。


「いけませんぞ!黒なんて目立たぬ色。偉大な戦士忍者に失礼ですぞ!」

「私もピンクがいいですー」


 異世界。違う文化、価値観、法則。

 それはどうしようもない溝であった。


 どうしよう、ひょっとしたらアーニャちゃんも――。

 クロエは内心気が気じゃなかった。

 アーニャが着るなら着るしかあるまい。クロエは覚悟を決めた。


「あー、そうだー。アーニャちゃんも――」

「私はいいです」


 オレガノの提案をすげなく断るアーニャ。冷めた目だ。

 アーニャはクロエに関すること以外はリアリストであった。


「おっと、いけません。お嬢様がお待ちです」


 すでにクロエの来訪は伝わっていたらしい。

 そういえば来る途中オレガノが笛を吹いていた。あれはそういう合図か。

 なるほど、なかなか忍んでいる。クロエは感心した。


 来てしまったものは仕方がない。

 お嬢様に会おう。間違いなく待ってるのは厄介事だろうけれど。

 クロエは覚悟を決めた。

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