表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

ゴブリン退治

 タンッタンッタンッタンッ。

 石畳を軽快に走る影が二つ。

 クロエとアーニャである。


 日帰りでさくっと行こうと決めた二人は、軽装で現地に向かっている。

 装備以外は最低限の荷物だ。


 背嚢にコップ、女将さんの弁当、あとは必需品を適当に。


 他の冒険者が見たら顔を真っ赤にして説教するだろう。

 死ぬ気か、やる気あるのか、と。


 十二歳で師匠に、何も持たずに山籠もり一カ月を課されたクロエにとっては、森へ日帰りなど余裕である。

 山籠もりも師匠の鍛錬よりは楽であった。


 ――この世界において山や森は人類にとっての脅威であり、畏れの対象である。

 人類の生きられる領域は少ない。

 だからこそ壁で囲い、その中で暮らすのだ。これは農村も例外ではない。

 オルスティア国は動脈のように街道を巡らせ、安全な領域を拡大してきたが、森はその範疇ではない。

 森へ入るというのはまさしく『冒険』なのだ。


「お姉さん」

「なあに、アーニャちゃん」


 軽快に駆けながらも余裕の二人。

 地球流に例えるなら、フルマラソンのトップランナー程。

 彼女らにとっては準備運動である。

 マナの恩恵を受けるとはいえ、常人がみたら目を見張るであろうが。


「さっきの、受付の人なんですけど」

「ああ、メリッサさん?あの人も割と『心配性』だから。もう、いないでしょう?」


 悪気はないんだよ、と笑顔のクロエ。


「お姉さんが、そういうなら」

「もしアーニャちゃんに手を出すようなら、お姉さんが『めっ』するから!」

「えへへ、ありがとうございます」


 メリッサとその部下が聞いていれば顔が真っ青どころか、土気色にしたであろう会話。

 クロエの『めっ』は『滅』になりかねない。

 万が一アーニャに何かあったら、クロエは冗談抜きに殲滅するだろう。


「っと、着いたね」


 一里塚を確認するクロエ。


 南門から南西に徒歩一刻(二時間)、二人にとっては軽走四半刻(三十分)足らず。

 軽く汗をかいた程度で疲労は見られない。


 街道から見える程度の距離。そこには森が広がっていた。


「さて、と」


 適当な岩に腰掛け一休み。

 まずは腹ごなしである。


「今日は何かな、と」


 クロエが錬金で作り出した、銀製の弁当箱を開ける。

 錬金は金属を変形、加工することができる。

 刻印術にも使う技術だ。ちなみにクロエは貴金属以外は相性がよくない。

 刻印術で強化済み。変形や黒ずみ防止である。

 弁当箱は武器ではないので許可なしでセーフ。実際はグレーである。マリアにバレてはいけない。


「美味しそうですねっ」


 中身は上等な白パン。

 ごちそうである。間に焼いて味付けされた肉はマトン。

 味はやや濃いめ。スパイスが食欲をそそる。


 水魔法で水を出して、手洗い。クロエ製の銀のコップに水を注ぐ。


「いただきます」


 仲良くいただきます。この挨拶もクロエが教えたのだ。


 あれ?これってピクニックデートじゃない?

 大発見である。



「――さて、と」

 楽しい時間は過ぎるのが早い。

 アーニャにあーんしてもらったり、アーニャがわざと付けたパンくずを取ってあげたりという至福の時間はあっという間に過ぎてしまった。

 帰りたい。クロエの中ではアーニャとのデート九割になっていた。


「ゴブリン退治ですね!」

「うん、頑張ろうね」

「はい!」


 クロエは腰にかけた獲物を手に取る。

 メイス。無骨な殴打用武器である。

 白金の刻印がなされている以外、シンプルなそれは獲物を叩き殺すことに最適化されている。

 刻印強化の方向性は<頑丈>、ただそれだけだ。


 見た目だけは可憐なクロエが持つと不自然極まりない。

 武器の展覧会に迷い込んでしまった令嬢といったところか。


「さて、と――」


 クロエは座っていた岩にメイスを軽く打ちつける。


 コォオオンと辺りに音が響く。ついでに岩がひび割れた。

 金属性魔法<反響>である。

 音ではなく、マナを震わせることを利用したそれは、ソナーである。

 ただし、方向は八分割がクロエの限界だ。

 打ち付ける強さで索敵範囲が広がる。

 普段は指で弾くほどで事足りるが、今回は範囲が広い。

 強めの<反響>は相手に気づかれやすいが、背に腹は代えられない。


「あっち、かな――結構多い」

「行きましょう」


 かくして二人は森に向かって歩き出した。



 森は薄暗く、不気味な静寂に満ちていた。


「いました、四匹」


 アーニャが小声で告げる。どうやら<反響>に気づかれたらしい。

 恐らくゴブリンの斥候であろう。辺りを警戒しながらこちらに向かってくる。

 <反響>によって方向は気づかれたが、二人を発見できてはいない。

 一メートル程度の身長。緑の肌。醜悪な相貌。


「私がやります、お姉さんの刻印、試したいので」


 アーニャは散歩するかのようにゴブリンに向かって歩いていく。

 両腰には曲刀。

 自然に歩いているのに音がしない。気配も希薄だ。

 ゴブリン達が気づいた時にはすでに目と鼻の先であった。


 するり。するり。


 道をすれ違うように自然に。

 アーニャは四匹のゴブリンの脇を通り過ぎた。


 我に帰ったゴブリンが振り返った刹那――四匹の首が落ちた。


 アーニャの手には、いつの間にか曲刀が。

 刃には血の一滴すらついていない。


「さすがお姉さんです。手応えがほとんどありませんでした」


 アーニャは向日葵のような笑顔だった。


 ――魔石。ゴブリンの死体が霧散した後に残ったそれが、冒険者の飯の種である。

 マナが結晶化したそれは、様々な分野に利用される。


「ゴブリンは殺せば消えるから、楽ですね」


 アーニャが魔石を広い集めて呟く。


「そういう生き物だからね」

「ですねぇ」


 全ての魔物が死亡後霧散するわけではない。

 ゴブリンの『生態』によるものだ。


 クロエは再び<反響>を使う。集落は、近い。




 死。ゴブリンの死。それのみがあった。

 戦いの形を成していない。

 ゴブリンが知覚したときには死んでいるのだ。断末魔すら上げる暇がない。

 アーニャの曲刀による断頭。クロエのメイスによる撲殺。霧散する死体。残る魔石。死を撒き散らしながら歩く二人。


 麦を鎌で刈るごとく、ゴブリンが死ぬ。

 あとは収穫物(魔石)を拾うだけだ。


「大きい。進化種かな」


 クロエの<反響>にゴブリンより大きな気配。


 視線の先にはゴブリンの集落。

 やや開けたところに粗末な囲い。門の両脇には簡易ながら物見櫓。三メートルほどだが。

 ゴブリンの弓兵が辺りを警戒している。

 門を守るように五匹ほど。真ん中の一体は一回り大きい。上位種のホブゴブリンだ。


「弓兵をやります」

「気をつけてね、アーニャちゃん」


 二人は散歩でもするかのように門まで歩いていく。


 ゴブリン達が耳につく鳴き声を上げる。威嚇と警戒。


 先行したアーニャに弓兵が一斉に矢を放つ。

 必要最小限の動きで避けるアーニャ。魔法でもなんでもないただの技術。


 当たるはずの矢が当たらない。

 射手にはアーニャが幽鬼のように見えただろう。


 一迅の風が吹いた。ゴブリン達はアーニャを見失う。


 ただ櫓に一息で登っただけであるが、ゴブリンには知覚できなかったらしい。

 銀が煌めく。弓兵達はもう永遠に知覚できない。


 クロエはアーニャが櫓に降り立った瞬間に駆け出した。

 雄叫びを上げながら突撃するゴブリン達。ホブゴブリンが先行している。

 棍棒を振り上げる。


 ――クロエにとってそれは余りにも緩慢な動作。

 ホブゴブリンは、棍棒を振り下ろすことは叶わなかった。

 クロエはホブゴブリンの頭部を掴むと、門まで放り投げたのだ。


「ギャギギャ!?」


 爆音。半壊する門。固まるゴブリン。

 一瞬の硬直はクロエにとっては十分過ぎる隙だった。

 四匹とも、殺傷範囲。


「ふっ――」


 息を短く吐き、横殴りの一撃。

 余りにも重く、早いそれは、残りのゴブリン達の命を奪った。


「ゲ……ギャギ……」


 投げられたホブゴブリンはわずかに息があるようだ。


「ごめんね、ちゃんと殺してあげるから」


 クロエはメイスを振り下ろし、門ごとホブゴブリンを爆散させた。

 一分にも満たない蹂躙劇。


 ――残りの僅かばかりの抵抗は、二人には障害にならなかった。

 森に入ってわずか一刻(二時間)。ゴブリンの集落は壊滅した。



「お疲れ様です」


 南門の近くの納品所で魔石を渡し、羊皮紙を貰った。

 今は本部で会計である。


 どうやらメリッサはいないらしい。担当は中年のおじさんだ。


「ゴブリンが二百三。ホブゴブリンが八。間違いありませんか?」


 魔石を拾うのに時間がかかり、夕方になってしまった。


「はい」

「依頼内容は集落の調査――ああ、メリッサさんですか」


 依頼書にはメリッサの字で訂正とサインがしてある。


「――こちらが魔石、討伐報酬、調査報酬となります。追って特別報酬をお支払いいたします」


 ゴブリンなどの魔物は数が増えるほど驚異度が増す。集落の壊滅には特別報酬が出るのだ。

 ゴブリンの場合、魔石と討伐報酬は被るため、魔石代のみである。

 ゴブリン一匹銀貨一枚、ホブゴブリン一匹銀貨五枚、調査報酬大銀貨五枚。

 銀貨二百九十三枚、換算すると金貨二枚、大銀貨九枚、銀貨三枚が今日の報酬である。


「女将さんの宿十泊弱かぁ……」


 ゴブリンは稼げないなぁと思うクロエ。

 新兵の月収が金貨一枚。クロエの金銭感覚は崩壊気味だ。


「大金ですね!」


 キラキラと目を輝かせるアーニャ。

 クロエはハッとした。

 アーニャちゃんの初収入なのだ。

 いつの間にかクロエは汚れてしまったのだ。


「そうだね、何かお祝いしよっか」

「そうですね、でも」

「でも?」

「二人の将来のために、なるべく貯金しましょう!」


 グッと拳を握るアーニャ。

 天使だ。天使がいる。クロエはそう思った。

 アーニャちゃんはいいお嫁さんになる。いやわたしが嫁だ。

 クロエの頭の中では激しい戦闘が行われている。


「でも、お姉さん」

「なあに、アーニャちゃん」


 帰り道。アーニャがポツリと呟いた。


「ゴブリンって、可哀想ですね」

「……そうだね」


 ――ゴブリン。ゴブリンは妖精の一種である。

 人間に憧れた妖精が、受肉したモノ。

 妖精は無数にいる。人間には見ることも、感じることもできないが。

 本来肉体のない妖精が、受肉してしまうという『悲劇』がゴブリンである。

 人間のような二足歩行、道具の使用などは人間に憧れる妖精の名残だ。

 ゴブリンは、人間の醜悪な面を模倣しているのだ。という説もある。


 ハリネズミのジレンマ。

 人間に近づいた妖精が、人間の敵になる。


 妖精は本来悪意や善意とは無縁の存在であるが、受肉した瞬間悪意に引きずられてしまう。

 生まれたときから肉体のある人間なら耐性があるが、妖精が突然受肉すると、悪意に耐えられないのである。

 妖精にとって憧れていた肉の体は、妖精を縛る牢獄なのだ。

 妖精は牢獄にくたいから自力で脱出できない。

 解放するには唯一、肉体を殺すこと。


 きっと解放された妖精は、もう安易に人間に近づかないだろう。

 お互いの距離は、それくらいがいいのだと、師匠が言っていた。


 妖精は、そこらじゅうにいるし、消えたり増えたりするらしいから、ゴブリンが絶えることはないだろうが。


 クロエは、師匠にこの生態を習ってから、ゴブリンを殺すようにしている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ