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依頼を受けよう

 ――翌朝。


 クロエとアーニャは冒険者ギルドに来ていた。アーニャのギルド証の交付のためだ。


 冒険者ギルドは依頼人用受付、冒険者用受付、と入り口自体を分けている。

 荒くれに耐性がない人への配慮であろう。


 一応、内部で繋がってはいるが、依頼人は荒くれを見ることなく依頼を出せるのだ。

 顔合わせ、打ち合わせは応接室にて行われる。


「はい、アーニャ様ですね」

「はいっ」


 美人なお姉さんが説明担当である。

 今、クロエ達がいるのは応接室だ。冒険者になるまではお客様なのである。


 ――依頼人受付と冒険者受付が異なるのは先述したが、その違いは対応する職員にも表れる。

 依頼人受付の職員は美人が多いのだ。受付嬢の花形である。

 受付さんに会うために日々依頼を出しに来る人もいるとかいないとか。

 冒険者ギルドは狡猾なのだ。


「まずは冒険者<戦闘・中級>おめでとうございます。早速ですが説明に入らせていただきます――」


 手慣れた様子で説明するお姉さん。


 第一に納税に関すること。

 無産市民たる冒険者は、依頼料で納税しなければならない。ちなみに天引き方式である。

 依頼で提示される金額はすでに税分引かれているから安心である。


 第二に命に関すること。

 冒険者の負傷、死亡率はどうしても高くなる。

 ここで退くような人間は、そもそも<戦闘>はとらないが。

 一応、医療設備はある。有料ではあるが。納税額に応じて割引はある。


 第三に依頼に関すること。

 依頼のキャンセル、破棄は契約によって異なる。安易に受けず、依頼をよく吟味しましょう、という話。

 その際、魔物素材の納品は、それぞれの門近くにある納品所に納めることになる。

 血まみれで街を歩かれるのを避けるためだ。クロエは水魔法で水をかぶる。


 第四に、階級に関すること。

 元々錬金術ギルドなどで使われていた階級をそのまま流用している。

 無印、初級、中級、上級、特級だ。

 これも階級が絶対か、というとそうでもない。

 あくまでも目安。依頼を出すのは人。依頼をこなすのも人。何事も信用第一なのだ。

 <戦闘・上級><戦闘・特級>は例外なしに強いから、そういった信頼はあるが。


 他にも細々とした説明があったが、重要なのはこんなところだ。


「――以上となります。質問はございますか?」

「大丈夫です!」


 アーニャは早く依頼を受けたくて仕方ないようだ。


 うずうずしてるアーニャちゃんも可愛いなー。クロエはアーニャであればなんでもいいのだ。


「ふふ、くれぐれも無理はしないで下さいね」

「はい!」


 嬉しそうにギルド証を着けるアーニャ。

 アーニャちゃんが着けるとギルド証も輝くなー、とクロエはアーニャを視界の隅で愛でつつ思った。



 ――ザワ。


 冒険者受付。朝方は冒険者でごった返している。

 ジェイクおじさんが釘を刺してくれたそうなので、依頼を受けるためにこちらに来てみたクロエ達。


 本当は荒くれ共の視線に、アーニャを晒したくなかったクロエだが、アーニャの『お願い』には勝てなかったのだ。


 クロエ達が冒険者受付に立ち入ると、荒くれ共の視線がクロエ達に突き刺さる。


 仕方ない。仕方ないのだ。可憐な容姿。華麗に戦う姿。可愛らしいアーニャも隣にいるとなれば余計に耳目を惹きつけるだろ――


「あ、あれが『狂い獅子』のサミュエル=レオンハルトを一撃で倒したっていう――」

「しっ!殺されるぞ」

「ヒッ!『獅子殺し』!」


 ……ジェイクおじさんはどんな釘の刺しかたをしたのだろう。昨日の一件の意趣返しだろうか。

 いや、ジェイクおじさんなりの姪への気遣いかもしれない。

 可愛らしい姪がナンパされないように『事実無根』の噂を流してくれたのだろう……うん。

 というかサムの本名そんな名前だったのか。どうみてもただのゴロツキだったのに。


「クロエさーん」


 受付の一人が手招きをしている。どうやらクロエが来たことに気づいたらしい。

 わざわざ閉まっていた受付を開けてくれたようだ。特別扱いである。


「おはようございますクロエさん。今日は殴り込みでしょうか」

「おはようございます、今日は依頼を受けに来ました。この子はアーニャです」

「はじめまして、アーニャです。よろしくお願いします」


 クロエが受付に行くと、受付嬢がとても失礼なことを聞いてきた。

 そんなだから依頼人受付(花形)を任されないのだ。

 クロエは余裕あるお姉さんだから華麗にスルーである。


 アーニャは相変わらず向日葵のような笑顔である。クロエの唯一の癒しである。

 ああ、アーニャちゃん。きちんと挨拶できて偉いなぁ。

 お姉さんを通り越して親戚のおばちゃんのような感想のクロエ。


「ふふ、ご丁寧にありがとうございます。メリッサです。ジェイクさんから『聞いてます』。はい、握手」


 『なぜか』毎回担当になる受付嬢、メリッサはにこりと微笑んでアーニャと握手する。

 肩までかかる栗色の癖っ毛が眩しい。歳の頃は二十歳を少し過ぎたくらいか。

 お姉さん力で負ける!クロエは危機感を覚えた。


「あの、メリッサさん」

「はいなんでしょう獅子殺しのクロエさん」


 ぴしっと向き直るメリッサ。絶対この対応はわざとだ。メリッサはこういう悪癖がある。

 スルー。スルー。スルー安定である。


「――近くでゴブリン集落関連の依頼ありますよね?」

「ええ、つい先ほど――クロエさん地獄耳ですね」

「まあ、ちょっと小耳に挟みまして」


 一言多いから万年冒険者受付なのだ。クロエは内心そう愚痴った。


 ――クロエがフェリスの宿<白の小鳥亭>を選ぶ理由の一つ。

 フェリスの情報網。そこらの情報屋より、早く、正確。クロエの冒険者生活には必須であった。


「小耳に挟むって早さじゃ……いえ、それは置いときましょう。ありますよ。南門から徒歩一刻(二時間)の街道で何件か目撃、撃退報告があります」

「受けられますよね?」

「とりあえず、調査依頼だけなんですけど――調査のみに、クロエさん投入するの勿体ないですね。私が『なんとかします』。殲滅してきていいですよ!」


 ズビシッ、と下品に親指を下に立てるメリッサ。

 やめろ、『綺麗な受付嬢のメリッサ』に憧れてる冒険者だっているんだぞ。


 割とメリッサは独断専行の気がある。

 クロエはどうしてクビにならないのか疑問ではあるが、助かるのでスルーした。

 メリッサにはスルー。クロエ理論である。


 ゴブリンは皆殺しにしないと。


 ――クロエは、ゴブリンを出来るだけ殺すようにしている。

 師匠にゴブリンの『生態』を習ってからは、そうしている。


「じゃあ、そういうことで。行こうか、アーニャちゃん」

「はい、お姉さん」

「行ってらっしゃいませー」


 ヒラヒラと手を振るメリッサ。


 ふと、アーニャがメリッサに駆け寄ってきた。

 アーニャは内緒話をするように、メリッサの耳元で囁いた。


「なんですか?アーニャちゃん」

「えっとですね、今、私とお姉さんはラブラブなんです」

「……はい?」

「あまり邪魔をしないでくれると、助かります。恥ずかしいので」

「…………ええ、お二人の仲を邪魔なんてしません。決して。誓います」


 メリッサの声はわずかに硬かった。


 おねーさん、とクロエに合流するアーニャ。

 二人は手を繋いで冒険者ギルドを後にした。




 ――いやいやいや、あれはないわー。


 『受付嬢』ことメリッサは内心でため息を吐いた。


 ジェイクさんが言ってたこと、大マジじゃないですか。

 賭けなんかするんじゃなかった。大損だ。

 クロエ『ちゃん』も大概だけど、アーニャちゃんは、なんなんだ、あれ。


 『同類』だけに、メリッサはジェイクよりも理解してしまった。

 顔に出さなかった自分を褒めてやりたい。


 握手するまでメリッサは気づけなかった。

 ジェイクに指摘されていなかったら、気づかないままだったかもしれない。

 『その道』のプロたるメリッサが、である。


 油断した?いやいや油断なんか微塵もしてない。『あの』クロエちゃんの連れだし。

 むしろ『特別扱い』だ。

 部下だって腕っこきを揃えたし――。

 メリッサは思考に没頭する。


 例え、クロエがメリッサを殺す気であっても、メリッサは逃げ延びられる自信がある。

 ――手足の一、二本と、部下の犠牲くらいは覚悟して、だが。


 アーニャ相手なら――考えたくもない。


 囁かれた時、心臓が止まるかと思った。

 『いつから?』『どうやって?』疑問はつきないが、メリッサはそれを尋ねるほど間抜けではない。

 『この道』でいらぬ好奇心は死に直結するのを、メリッサは嫌というほど知っている。

 そんな間抜けに親切に『教えてあげた』側がメリッサだからだ。親切の対価は命だ。


 危うく、その間抜けの仲間入りをするところだった。

 ヒヤリ。メリッサは、自身の首に刃を突きつけられるのを幻視した。


 ――お二人の邪魔をしないようにしないと。首が飛ぶ。

 監視にあてた部下でくのぼうを下げないといけない。できるだけ早く。

 暗部が暗殺されるなんて笑い話にもならない。


 今日の『受付嬢』メリッサさんは店じまい。

 あと、着替えないと。メリッサは苦笑した。


 メリッサの肌着は冷や汗でびっしょりだった。

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