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クロエ、捕まる

3/17 誤字修正しました。

 クロエは捕らえられてしまった。


 突然だった。

 アーニャと手を繋いで冒険者ギルドを出た直後の出来事である。

 クロエは精一杯の抵抗を試みたが、相手が悪かった。

 相手はクロエの弱点を巧みに突き、クロエを逆らえなくしたのだ。


「アーニャちゃん!」

「お姉さん!」


 引き裂かれた二人。


「アーニャちゃん、わたし、絶対に戻ってくるから!」

「おねーさーん!」


 哀れクロエはならず者の手に――


「人聞きの悪いこと言わない!だ・れ・が・ならず者ですか」

「あ痛ッ」


 ぽかりと拳骨するマリア。

 クロエを捕らえたのはマリアであった。


 ――ここはクロエの錬金術師としての職場、鍛冶神殿内の刻印錬金術支部である。


 この世界、特に、尚武の国たるオルスティアでは、鍛冶―刻印もその範疇だ―はある種、神聖視されている。


 魔を払い、敵を打ち砕くことにより命を守る。

 武器は戦士にとってまさしく『命』である。

 刀剣を杖代わりになどしようものなら、打ちのめされても文句は言えない。

 クロエは小さい頃に師匠に拳骨を貰い学習した。


 故に、その『命』にかかわる鍛冶や刻印術は戦士から尊敬を集めている。


 マリアは巫女様と呼ばれてチヤホヤされている。

 本人は澄まし顔であるが、まんざらでもないのをクロエは知っている。


 クロエはマリアが嫌いであった。


 ――刻印術は神聖視されているため、鍛冶神殿内に専用の儀式場が与えられている。

 別にどこでだってできるのに、とクロエは思う。


 ここは、普段は<刻印・特級>のマリアのみが使っている儀式場。今日はクロエもいるので二人だ。


「うう……アーニャちゃん」

「泣き言言わない。仕事たまってるんだから」

「はぁい」


 クロエは渋々刻印に取りかかる。


 クロエは作り笑いの『巫女様』マリアが嫌いである。

 

 だが、素のマリアは嫌いではない。小言は苦手だが。

 クロエは素のマリアの前では子供っぽくなる。本人は否定するだろうが。


 マリアとの付き合いは長い。

 師匠には魔法や戦い方を教わった。今でも、一万回やっても勝てない。

 クロエにとっての戦いの師は師匠しかいない。


 だが唯一、錬金術―刻印術―は師匠に勝ってしまった。


 クロエにとってマリアは刻印術の師――ではないが、姉代わりのようなものなのだろう。


 血も繋がってないのに姉って、ないわー。

 クロエは苦笑する。


 クロエは自身のことは棚に上げる達人であった。アーニャちゃんは可愛いからセーフ。



「相変わらず、あんたのは反則ね」


 マリアは二人きりのときは口調が変わる。

 誰も入らない儀式場限定であるが。

 クロエは、いつもそれでいいのに、と思うのだが。


 マリアの言う通り、クロエの刻印速度は早い。マリアが一つ刻印する間に七つ仕上げる。

 今日というより一刻(二時間)足らずで、クロエは十五、仕上げた。


「速度が取り柄ですから。まだまだマリアさんの完成度には及ばないけど」


 クロエも素のマリアと話すときは口調がくだける。

 アーニャと話すときは理性すらくだけるが。


 マリアの刻印術は最早完成の域に達している。

 刻印術の最終到達点に最も近い刻印術師である。


「まあ巫女様だからねー。あんたに早々負けてらんないわ」


 ヒラヒラと手を振るマリア。

 お互い瞑想中である。


 瞑想と言っても、目を瞑り祈ることではない。


 この世界ではマナを回復するための自然体を指す。早い話がリラックスである。

 戦士も魔術師も初めに身につけるものだ。体勢などは人それぞれであるが。


 クロエは座禅のように。マリアはダラーンと横になっている。

 間違っても『巫女様』ファンには見せられない。


 マナの回復速度は戦闘や緊張で鈍り、睡眠や休憩時に早まるとされている。

 クロエは師匠から、戦闘時も回復速度を上げる訓練を受けているが、やはり瞑想が一番効率がいい。


 刻印術の魔力―正確にはマナ―の消費は激しい。

 端から見れば楽そうな仕事であろうが、刻印には神経を使うし、魔力消費も激しいのだ。


「ふぅ、疲れた」


 さすがのクロエもすっからかんであった。


「その『疲れた』を私は毎日やってるんですよ、クロエさん」


 営業スマイル。クロエの嫌いな『マリア』が出てきてしまった。どうやらお冠らしい。


「う、ごめんなさい」


 本当にわかってるのかしら、とマリア。言い聞かせてわかるようならマリアは苦労していない。


「――アーニャちゃん、だっけ?」

「うん」


 アーニャちゃんは今頃神官長様と盤上遊戯中かな、あの人は面倒見がいいから、とマリアはクロエが連れてきた少女のことを頭に思い浮かべた。


「どんな子なの?」

「ええっとね――」


 マリアは後悔した。老人の孫トークばりに長い、クロエの妹トークが炸裂したのだ。


 前々から頭の残念な妹弟子だったけど、ここまで残念とは。

 ほぼ同い年のアーニャにお姉さんと呼ばせるクロエに、ドン引きのマリア。


 ちなみにマリアの好みは白馬の王子様なあたり、マリアも残念な女である。


 クロエはそれについてからかったところ、地の果てまで追いかけられた。決してからかってはいけない。デリケートなのだ。


「そ、そう。凄いわね、あ、もうこんな時間」


 マリアは早々に話と仕事を切り上げた。緊急避難である。




「アーニャちゃん!」

「お姉さん!」


 ひし、と抱き合う二人。一刻(二時間)ぶりの感動の再会である。

 アーニャは儀式場の前で待っていてくれたのだ。


 ちなみに神官長との盤上遊戯はアーニャの圧勝であった。アーニャはお姉さん以外には厳しいのだ。


「寂しかったよ、辛かったよぉ」

「よしよし、お姉さんはすごいです」


 ここぞとばかりにアーニャの胸に顔を埋めるクロエ。

 今日は踊り子衣装なので、アーニャの貧乳を堪能し放題である。

 アーニャの駄目クロエ製造機ぶりは日々磨きがかかっている。


「クロエさん、余所でやってくれるかしら、クロエさん」


 営業スマイルのマリアだが、額に青筋が浮かんでいる。


「神殿では迷惑でしょう?クロエさん」

「あ、はい」


 クロエは事前に<反響>―金属性の魔法―を使い、アーニャしかいないのを確認していた。

 変なところには頭が回る。

 しかし、クロエは後ろにマリアがいるのを失念していたのだ。


「ごめんなさい……」


 しゅん、とうなだれるアーニャ。角度、仕草、声、共に職人芸である。


「あら、アーニャちゃんはいいのよ」


 アーニャの頭を撫でるマリア。マリアもちょろかった。


「じゃあ、アーニャちゃん。帰ろっか」

「はい、お姉さん。――では失礼します」

「はい、またねアーニャちゃん。クロエさんは今度はもっと働いて下さいね」

「はい、マリアさん」


 二人で手を繋いで歩き出す。

 ――ふと。

 また『巫女様』になったマリアにクロエは意地悪がしたくなった。


 クロエは振り返り、


「またね、お姉ちゃん」


 そう、言ったのだ。


「お姉ちゃん、ではありませんよ。クロエさん、また」


 気のせいか。


 さっきの『クロエさん』はどこか柔らかく。

 さっきの笑顔は、クロエは嫌いじゃなかった。

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