王都への道
処女作の為、至らぬところがあるかと思います。ご指摘頂ければ幸いです。
3/24 一話から四話まで改行・表記統一。本編には影響ありません。
カッポカッポカッポ。
王都へ向かう主街道。
整えられた石畳に荷を積んだロバの蹄が響く。
やっぱりロバはいいな。馬より遥かに安いし、餌代もあまりかからない。
重い荷物も苦もなく運んでくれる。何より愛嬌がある。
イケメンだ。冒険者の必需品だ。一家に一頭、いいや三頭は欲しい。
と、クロエはロバを牽きながら、益体もないことを考えている。
クロエは絶賛現実逃避中である。
阿呆なことを真剣に考えているが、何も知らない者の目には、憂いを帯びた令嬢に映るだろう。
白磁のような肌。
亜麻色の髪は腰まで届き、前髪はまっすぐ切りそろえられている。
面倒だからとその髪型にしているだけであるが、見た目は清楚なお嬢様になってしまっているから、たちが悪い。
「お姉さん、お姉さんっ」
ロバを牽く手の反対側から甘ったるい猫なで声。
クロエの右腕に、『ない』胸を当てながら歩いている少女。
端から見たら、仲のいい姉妹の微笑ましい光景である。
しかし、クロエは僅かばかり、三分の一ほど罪悪感を感じていた。
残りの三分の二は、皮鎧越しだから貧乳が堪能できないなぁという残念感が三分の一、鎧越しの体温と少女の甘い香りへの歓喜が三分の一ではあるが。
割とクロエはおめでたい頭をしていた。
「なにかな、アーニャちゃん」
下心をおくびにも出さず、お姉さんらしく微笑むクロエ。
師匠から、『あんたは見た目だけはいいんだから、黙ってニコっと笑っとけ』とのお墨付きの笑みに、アーニャは顔を赤くする。
アーニャはちょろかった。
その顔は恋する少女のそれだ。
「えへへ、王都楽しみですね」
「そ、そうだね」
向日葵のような笑みを浮かべるアーニャに、クロエの罪悪感がむくむくと肥大化する。
だってしょうがないじゃない。可愛かったんだから。
いや、あれは英断だった。うん。
先日、いや正確には先月。
<熱砂の街>にて、クロエは人生初のナンパを敢行した。
クロエは転生者であるが、前世を含めても初である。
一目惚れだった。
赤墨色の髪と目。活発そうなショートカット。褐色の肌の踊り子。
気まぐれに立ち寄った酒場で、その踊りに魅せられてしまった。
クロエ以外の冒険者達はその踊り子には目もくれず、発育のいい他の踊り子に好色そうな目を送っていたが、クロエの目はその踊り子に釘付けにされた。
冒険者が酒場で踊り子を口説く。ごくごくありふれた光景である。
口説く相手が異性ならば。
どうしよう、可愛い。いやでも同性だし。
というか、あんないたいけな子に手を出すのは、冒険者としてどうなんだろう。
そんな『些細な』葛藤を切り捨てたクロエは、その踊り子―アーニャ―を口説き落とし、一悶着、もとい二、三悶着の末に『勢い余って』手篭めにしたのである。
「えへへ。お姉さん、責任取って下さいね」
砂糖菓子に蜂蜜をぶちまけたよりも甘い声。
濃密な匂いが篭もった宿の一室。
褐色の肌に玉のような汗を浮かべながら、満面の笑みのアーニャに
「う、うん」
クロエは頷くしかなかった。
――かくして哀れな踊り子の少女アーニャは、悪い冒険者に連れ去られてしまうのでした。めでたしめでたし。
クロエの脳裏にそんなモノローグが流れた。
こんなはずでは。
元よりクロエに計画性などないに等しいし、冒険者稼業に誤算など山ほどあるが。
自称頭脳派のクロエとしては大誤算であった。
クロエとしてはお友達から始めたかったのだ。
というより癒しが欲しかった。手を出しておいてどの口が言っているのかは分からないが。
仕方ない。仕方ないじゃないか。
毎日毎日、むさ苦しい冒険者を笑顔で避わし、依頼主の無茶を笑顔で避わし、ナンパを、セクハラを笑顔で避わし、避わせないときは鉄拳。
九割笑顔で一割暴力。
最近は割合が増えたかもしれない。
どっちの割合が増えたかは言えないが。
これがクロエご自慢の、師匠仕込みの交渉術であった。
荒くれと過ごす日々。十七にもなるのに一切なかった甘い恋愛。
クロエのオリハルコンのような繊細な心は限界だったのだ。
言い訳を重ねるならば、クロエの想像以上にアーニャが積極的であったのだ。
「お姉さん、お姉さん」
と、甘く囁かれたら我慢できるわけがないじゃないか。
クロエはちょろかった。姉属性に目覚めたのだ。
――カッポカッポカッポ。
「あっ、一里塚ですよお姉さん」
「そうだね、王都まであと……一刻(二時間)くらいかな」
アーニャはご機嫌だった。初めての王都での生活を夢想しているのだろう。
一里塚とは言っても異世界のそれは一里(四キロメートル)ではないが、それは割愛する。
この一里塚、街間の距離の目安の他、軽い魔物除けが掛かっている。
街道を進む分には『魔物の』トラブルは『多分』少ないだろう。
やっぱり王都周辺は発展しているなぁとクロエはしみじみ感じる。
石畳はご丁寧に土魔法で整えられているし、途中立ち寄った農村の暮らしぶりも悪くない。
しばらく歩くと、遠目に、徴兵された若者たちが街道整備をしているのを見かける。
騎士が警護と現場監督を兼ねているようだ。
この国の騎士は土木工事や治水、農業指導などの専門家も兼ねている、と師匠に習った、気がする。
クロエは優等生なのだ。覚えてますよ、師匠。
「お姉さん、来ます」
まじまじ見ていたのが悪かったのだろうか、騎士がこちらに近づいてきた。
アーニャが絡めている腕をよりギュッと強く絡めてくる。
胸が当たらない、残念。皮鎧のせいである。皮鎧のせいである。他意はない。
どう考えても「あざとさ」全開であるが、クロエフィルターを通すと健気な少女が怯えているように見えるらしい。
クロエはメロメロである。
ええい、騎士め。アーニャを怯えさせおって、いいぞもっとやれ。
「馬上から失礼」
馬がブルルと嘶く。意外と物腰が丁寧だ。
真面目そうな感じの若者だ、二十を少し過ぎたくらいだろうか。
「騎士様、わたしたちに何か」
アーニャは渡さんぞ、など下らないことを考えながらも、クロエは一礼し、ニコリと微笑んでみせる。
クロエは笑顔と暴力で大体片付けたいのだ。
「い、いや。怯えさせたようですみません」
先程より物腰が丁寧になっている、割と純情なようだ。
どうやら騎士は人がいいらしい、計算ずくのアーニャの行動を怯えていると思ったらしい。クロエ並みである。
わざわざ下馬してくれた。
「ここまでお嬢さん方お二人で?」
「ええ、私は冒険者ですので」
「それはまた……」
どうやら二人旅のクロエ達を心配してくれているらしく、騎士は丁寧に、街道があっても女性の二人旅は危険なこと、今街道整備している場所に大型の魔物が出たのでより用心するように等、教えてくれた。
「お姉さんは私が守りますから大丈夫ですよ!」
アーニャは少々、いやかなり嫉妬深い。
お姉さんは私のものだとばかりに腕を胸に押しつけてくる。
「ははは、それは頼もしいな。だけど無茶したらお姉さんが悲しむからね。それでは、お気をつけて」
さわやかに現場に戻っていく騎士。いい人だったなぁとクロエが営業スマイルで手を振る。
「チッ、お姉さんに色目使いやがって」
舌打ちをするアーニャを見てクロエは、そんなところも可愛いなぁと思うのだった。クロエの頭は重傷である。
「さ、アーニャちゃん。もう一頑張りだよ」
アーニャの手をとり歩き出す、柔らかい手の感触。
「はぁい、お姉さん」
舌打ち時より一オクターブは高い声でアーニャは返事する。
語尾にハートマークが幻視する。
王都まであと僅か。
「お姉さんと同じ冒険者になるの、楽しみです」
「そ、そうだね」
こんなはずじゃなかった。
その二はアーニャが冒険者になりたい、ということだった。