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灰色の銃創  作者: 上城 夕樹
第一章前篇 ヴァミリア侵攻
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第三話

 ランダーンの戦線が崩壊する一時間ほど前。クロネたちは、蒸気街サンティルに一足早く到着していた。

 ランダーン主要都市の一つで、人口は王都の次に多い。物や情報の流通が凄まじいため、ここは経済の中心地と呼ばれていた。

 市場は人の活気で溢れ、売れ残る物は無いとまで言われていた。仕事が多くあるため、あぶれる者はいない。一人一人が経済を回しているのだ。

 ここには西の町で唯一蒸気機関車が王都まで開通しており、蒸気機関車を発明に尽力したのもこの町とされている。

 軍の駐屯基地は多く、ベルダ村では見られなかった軍警察の存在もある。

 栄華を極める反面、犯罪も多発し一部の過激的な犯罪者は窃盗に殺人を生業としている者もいる。この問題はランダーンの社会問題となり、女王自ら対策案を考えていた。

 良くも悪くも盛っているこの町も、戦時中となればその活気さえも影を潜めていた。

 あの雄々しく猛々しい、町の雰囲気は完全になくなっていた。

 中央通りも閑散としており、クロネたちが歩く足音すら町の隅々まで届いていそうなほどだった。

 工場は武器製造のため、稼働はしている。だが生きていると感じられたのは工場だけだった。

 飛ぶ鳥は、悠々と静かになった町を空から見下ろす。自分たちの巣を家の軒下に勝手に作り、人がいないことをいいことに我が物顔でくつろいでいた。

 視線の先には、慌てて逃げて行った跡がまだ残っている。

 少女の物だと思われる赤い靴に人形。


 まだ逃げていない者もいるが、大勢は荷車を押して避難の準備をしている。

 ここもいずれ戦場になる。この町が戦火に焼かれる想像が頭の中を過るが、弱気な自分を振り払うようにクロネは首を何度か横に振る。

 ベルダ村の惨劇を繰り返してはいけない。ここでヴァミリア軍を食い止める。

 未だに鼻孔に残る、焼けた命の匂い。

 あれを二度と嗅ぎたくない。あんな経験は一度で十分だ。

 クロネは、馬を引き軍の駐屯基地に向かう。

 あそこにはノルヨカがいるはずだ。

 ランダーンは、もともと二つあった軍組織をまとめ国防軍となった。

「ここが、あのサンティルか?」

 キリハが町の様子を見て、リリィとクロネに尋ねた。

 彼女もこの町の評判をよく知っているのだ。豪気な商人が多くとても賑やかな町だと。

「僕も信じられないよ。前に来た時はもっとすごかったのに」

 クロネとリリィは一度だけ、この町に来たことがある。正確に言えば、クロネと彼女はここで出逢ったのだ。

 当時、ベルダ村は深い森と山が連ねていることもあって道を知らない者は、辿り着くことができなかった。

 今となっては森の道中に看板を付け、道案内をさせている。

 あの時のクロネは新兵で、上官に書かれた手製の地図ではおおまか過ぎてどう行けばいいのか分からなかった。


 そこでたまたま話しかけたのは、リリィだったというわけだ。

 彼女は丁度、この町に買い出しに来ている途中だった。手にはパンや牛乳を持ちきれないだけ抱えるように持っていた。

「ここだったよね、私たちが出会ったのって」

 リリィは懐かしい記憶を思い出しながら立ち止る。

「そうだったね。僕は道が分からなくてきみに話しかけたんだ」

「そうそう。最初はクロネ、緊張して何言ってるか分かんなかった。でもベルダ村に行きたいんだなって分かったよ。丁度良く私も帰る途中だったから、案内したんだよね。もう二年前か。懐かしいね」

 彼女は、クロネのボロボロになった軍服の裾をぎゅっと握った。

「帰ろう。必ず。あの時みたいに。今度は僕が、きみを連れて。約束だ。ついでに牛乳や、パンも買って」

「うん。約束だよ……」

 彼らはあの日の未練を残しながら、歩を進める。

 数分歩いたところで、ようやく軍の施設に到着した。ここは昔のように静かではなく、慌ただしかった。まるで昔の町の雰囲気を凝縮したかのように。

 ここにはノルヨカがいるはずだ。馬を小屋に繋ぎ、ノルヨカを探す。

 施設内を歩いただけで、軍の状況が一目でわかった。

 傷つき戦うことを拒否してしまった者、次の戦いに怯える者。仲間の壮絶な死にざまを見て吐き出してしまっている者。


「あの、ノルヨカ・セントジリアを知りませんか?」

 多くの兵士たちに尋ねると、みな口をそろえて慰霊碑にいると答えた。

 聞いた話によると、彼は毎日のように教会に通い慰霊碑に向かって祈りを捧げているらしい。実際に確かめるためにクロネは教会に向かった。

 墓地の前では、墓に抱きつき泣く者もいた。教会には中央通りより人がいた。毎日神に救いを求めて祈っているのだ。

 慰霊碑の前には、外套を纏い膝を着き手を合わせている男がいた。

 間違いない、ノルヨカだ。クロネは急ぎ足で彼に近づく。

「ノルヨカ!」

 呼ぶ声に反応し、驚いたようにゆっくりと顔を上げる。

 間違いない。ノルヨカだ。

「先輩! 生きていらっしゃったんですね。……良かった、生き残りが自分だけじゃなくて。本当に」

 涙声で生きていることを確認するように手や体を触る。

 体温がある。呼吸している。体には血が巡っている。幽霊ではなく、本当に生きている人間だ。ノルヨカは堪えていた涙を零し始めた。

 大粒の涙だ。

 悲しみやクロネたちに会えた喜びから這い出るように生まれた涙は、教会内のステンドグラスに反射された太陽の光で、宝石のようにきらめく。

 手から涙は溢れ、ポタポタと地面に落ちていく。


 顔をくしゃくしゃにして、まるで老婆のように零し過ぎた涙を手で拭う。

 もう十分なほど泣いた。立ち上がるノルヨカには涙などなかった。

 あれほど鮮やかにクロネを映す瞳がくすんでいた。深く、遠いその瞳の色はもはや彼のものではなかった。

「先輩たち以外に、誰か生き残っていた人はいませんか?」

「いない。僕たち以外全員――死んだ」

「そう……ですか。先輩、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

 今度は悲しみではない何かで震える声で、クロネに聞いた。

「自分はあと何回、仲間を見送ればいいのでしょうか……?」

 何も言えなかった。言えるはずなどなかった。クロネは、ノルヨカが見送った人に見送られこうして生きているのだ。

 これからも大勢の人が死ぬだろう。この両手では数え切れないほど。

 ヴァミリアは花を摘むように命を摘んでいく。おそらく数え出せば、己の罪に気が付き気が狂ってしまうだろう。

 助けられた命も見捨てた命もあった。そのことは忘れてはいけない。

 この両手で守れるものだけ、命をかけて守り抜く。そう決めていたのだ。

 僕にもそれくらいできるはずだ。彼はそう思いながら、意志を再確認するように拳を握り締める。

「そういえば、ベルダ村のみんなは?」


 沈んだ話を変えたのはリリィだった。

「それならば、蒸気機関車に乗ってみな王都へ避難しました。ここも危険ですから」

「そっか……」

 友人たちは元気だろうかとリリィは心配する。みんな芯の強い人ばかりだ。きっと元気にやっているはずだと信じた。

「先輩方は、これからどうするつもりですか?」

「ああ、僕たちはこれからトレッカー中佐に会いに行くつもりだったんだ。僕はまだランダーン軍兵士だしね。新しい配属先を決めてもらわないと」

「分かりました。自分も行きます。自分はここに眠る人たちの仇を取らねばなりません。ですが、その人はどう説明するつもりですか?」

 そう言ってノルヨカが指を差したのは、キリハだった。

「この方は、ランダーンの人間ではありません。今この国はとても外部の人間に敏感になっています。それが、軍に知れるとどうなるか。おそらく拘束されるでしょう」

「正直に言うさ。この人は敵じゃないって。だって、僕たちと一緒に戦ったんだ。少なくとも敵じゃない」

 それはあの日の夜、彼女が証明してくれた。

 それだけで信用に足りる。だが、それだけでは信用できない輩が必ずいるのだ。特にそれが軍の人間なら尚更。

 だが言って信じてもらうしかないのだ。


 彼女は自分のことを証明できる物は一つも持っていない。強いて上げるとすれば、腰にぶら下げている剣とエスタジリアンの藍染の服だけ。

 ノルヨカは納得し、彼らと一緒に教会を出る。

 向かうは、トレッカー中佐のいる国防軍サンティル支部司令室。

 場所は覚えている。この基地は町の中心にあり、犯罪者を威圧し市民を危険から守るように目立つよう作られている。

 トレッカー中佐とは面識がある。

 坊主頭で穏やかな表情をしている。士官学校にいる時に彼が、特別講師として招かれ全校生徒の前で国を愛する気持ちについて熱弁していた。

 実際、彼の国を愛する気持ちは本物で町の治安強化のために女王に直々に手紙を送ったこともある。

 彼は誰よりもこの国を、この町を愛している。

 なにより、言葉に揺るがない愛国心が感じられた。

 全校生徒彼の言葉に釘付けになっていった。どうすれば国を良い方向へ導けるか、どうすれば優れた国が生まれるか。

 小一時間ほど聞かされたせいか目を閉じると、彼の言葉が脳内で再生される。

 彼ならば、今も国のために身を粉にしてまで危険を払うためにヴァミリア軍との戦闘に全力を注いでいるはずだ。

 そして、国防軍サンティル支部司令室の前に秘書を通して立つことができた。


 予期していた通り問題が生じた。キリハは異国の兵士。どんな事情があれどトレッカーには会えない。ノルヨカの言葉通り彼女は拘束され地下牢に入れられた。覚悟していたことだ。

 リリィは施設の入り口で待たせている。キリハを正式にランダーン軍として迎え入れてもらうために、トレッカーがいる司令室の扉を開ける。

「失礼します」

 クロネが深々と頭を下げ、挨拶をする。

 窓の外を見ていた彼が振り向く。心労のせいかそれとも時間の流れでただ老いてしまったのか。トレッカーは士官学校で見た時より、確かに老けていた。

 頬や口の周りにはしわが増え、目の周りの皮膚もたれ覇気のない瞳となってしまっている。背中も心なしかまるまり、印象を強くする。

 白髪交じりの髭をなで、椅子に腰かける。

「きみらか。ベルダ村の生き残りとは。待っていたよ。ヴァミリアとやりあって生き残っているとは、なんとも運の強い。して、今日は何用かな?」

「ハッ、新しい配属先を決めてもらうべく参った次第であります!」

 クロネは敬礼をし、そう答えた。

「ほう。せっかくで悪いのだが、隊の編成はすべて王都の総司令部が管理している。だからわしが勝手に決めるわけにはいかんのだ。蒸気機関車で行くといい。秘書にはきみら三人分の発行証を出しておくように伝えておこう。今は発行証なしでは、蒸気機関車すら乗れない」

「お心遣いありがとうございます! トレッカー中佐殿!」

 クロネとの会話が終わると、次の議題に上がったのは案の定キリハのことだった。


「それで、あの異国の兵士について誰か説明してくれんかの」

「それは、自分から説明させていただきます。よろしいでしょうか?」

 トレッカーは手を上げ発言を許可する。

「彼女はエスタジリアンの兵士で、戦闘で傷を負いランダーンに逃げ延びました。偶然ベルダ村に行きつき、先日の戦闘に巻き込まれました。彼女は決して敵ではありません。自分と一緒に戦ってくれました」

「エスタジリアンか……。敵のスパイでないとする根拠は?」

「根拠、ですか」

 疑われるもの無理はない。エスタジリアンはヴァミリアと同盟を結んでる。彼女は運悪く、戦争が始まる直前にベルダ村に来ている。当然嫌疑をかけられる。

 背中に冷や汗をかきながら言いよどむクロネは、なんとかして言葉を見つける。

 自分がトレッカーの説得に失敗しすれば、キリハがどうなるか分かったものではない。

 緊張を孕んだ言葉が、クロネの口から出てきた。

「もし、彼女がスパイであるならわざわざ同盟国の仲間を殺して、自分たちを助けてくれるはずなどありません。これだけでは証拠は足りないと申すでありましょうが、自分にはこう言うしかないのです。どうか彼女の拘束を解いて、自分たちとの行動をともにする許可をください」

 頭を下げる。ノルヨカも彼の姿を見て頭を下げた。

「分かった。彼女に危険が無いことは良く分かった。良いだろう。四人分の発行証を作るように秘書に行っておく。そして、アテマーズ大将閣下にもわしから話を通しておこう」


「ありがとうございます!」

 浮かない表情は晴れ、もう一度深々と頭を下げる。

 話は終わった。トレッカーも机の上に積み重なった報告書をまとめ、報告する時間が欲しかったのだろう。

 会話を早々に切り上げると、二人に出ていくように催促した。

「失礼いたしました」

 扉を出ると、生きた心地が戻ってくる。ゆっくりと息を吐き一息ついた。安心すると、腹が鳴る。

 そうだった。二日間もろくに食事を摂っていなかった。解放されたキリハと心配そうに待っていてくれたリリィを連れ、昼食を取りに行く。

「話を通しておくか……」

 窓の近くに立ち、歩くクロネたちをまるで足元に転がる石ころのような目で見つめる。

「出来ぬ約束をするものではないか。大義のためだ。その若い命、わしにくれ」

 司令室の電話が鳴る。トレッカーは慌てる様子もなく、受話器を手に取る。

「準備は出来た。次の便で作戦を決行できる。いいか、なるべく人を殺さないでくれよ。ここの国民に非はない。罪なのは、この国だけだ」

 受話器を戻し、椅子に深く腰かける。

 一気に老けた気分だ。手で顔を覆い、机の下段の引き出しから家族の写真と煙草を取り出す。

 愛する妻と娘のことを想い、煙草を口に咥え火をつける。煙に描かれた家族の記憶がまるで白昼夢のように消えていった。


 昼食を取り終わると、秘書に手渡された発行証を確認しながら駅に向かう。

 次の便はもうすぐ出発する。

 駅のホームに到着すると、大勢の人がいた。人の濁流に押し流されながら、なんとか自分たちが乗る蒸気機関車を見つけた。

「うわぁ、これが蒸気機関車。私初めて見た」

 リリィが初めて見る蒸気機関車を興味津々で舐めまわすように見る。煙を雄叫びのように上げる機関車の様子を見て無邪気に驚くのだった。

「すごい、蒸気機関車って鳴くんだ。ブオーって言うんだね。それにすっごい速そう!」

「確かに速かったな。王都からここまで二時間もかからなかった」

「車よりも?」

「ああずっと速いよ。それに揺れないから安全だよ」

「よかったぁ。私、友達と一緒に車に乗ったことがあるんだけど、運転が荒いせいで酔っちゃって。あれ以来乗り物って聞くと身構えちゃって。でも、クロネが言うんだから安心だね」

 乗車する列に並び、順番を待つ。

 その間も、クロネは周りを見渡していた。ほとんどの人が仰々しい鞄に詰めるだけ詰め込んで、王都へと逃げれることに安堵していた。

 家族との別れを惜しみ、娘を逃がす両親。有名な商人なのか我先にと蒸気機関車に乗り込むハットをかぶった商人。予約席を取っていたのか、両手に手荷物を持ったまま駅員に案内される十五名ほどの客。


 ここには様々な人の人生が渦巻いている。そして、この先に待ち受けている運命は誰も見つけることができない。

 過去は明確な白で塗られているが、未来は黒く塗りつぶされている。

 一寸先の闇に何が待ち構えているのか、この時のクロネは知る由もなかった。

 クロネたちの番が来ると、発行証を見せると一番後ろの七番車両へと軍関係者として案内された。

 良い席とは言えないが座り、疲れを取るように椅子に身を任せる。リリィからの申し出もあって彼女は窓側の席に座らせた。

 ここには、クロネたちしか座っていない。これなら誰にも気を遣わず眠ることができる。

 蒸気機関車が発射する前から、クロネは眠ってしまっていた。

 動き出すとリリィは流れる景色に目を奪われながら、初めて乗る機関車に興奮を隠せぬまま喜び上がっていた。

 七番車両は静かだった。

 四名しか乗っていないだけあって、クロネの寝息すら聞こえてしまう。

 ひと時の静けさすら、神は許してくれなかった。

 この七番車両に客人が来た。招かれざる者。

 黒服の男二人は、四人の様子を確認すると上着から拳銃を取り出す。

 いち早く反応できたのは、リリィとキリハだった。

 リリィはクロネの腕を引いて、抱きつくような形で椅子の下へと頭を隠す。


 キリハはいつでも襲いかかれる準備をしていた。

 男どもは何の警告もなしに銃を四人に向かい撃った。

 銃弾が四人を襲う。前の席は蜂の巣になった。リリィに抱きつかれ目を覚ましたクロネは状況を把握するのに数秒有した。

 それでも頭は混乱していた。ここは蒸気機関車の中だ。銃を持ち込もうものなら、駅員に止められ常駐している兵士に拘束されるはずだ。

 なのに彼らは何食わぬ顔で銃を持ち込み、こうして乱射している。

 森の時のように隠れて向かい撃つこともできない。

 選択を迫られている。このまま黙って死ぬかそれとも反撃に出るか。前者は有り得ない。無論後者しかない。

 頭の中を空っぽにして、どうやって反撃に出るか思案する。

 一人では到底無理だ。クロネはキリハを見る。

 彼女も彼を見て頷く。どうやらやるべきことは分かっているようだ。

 リリィの手を優しく離して、反撃の時を見計らっている。

 リリィは、クロネの手を離さなかった。強く握り、さらに自分の方へと抱き寄せる。言わずとも彼女の想いが痛いほど伝わった。

「行かないで。どこにも行かないでクロネ。私を一人にしないで」

 この言葉がどれだけクロネの胸を刺し、時には縛り時には支えになってきたかクロネ自身よく知っていた。


 クロネは彼女の背中に手を回し、耳元でこう言った。

「僕はいなくならないよ。そう約束したじゃないか。きみとした約束は絶対に破らないよ」

 反撃のチャンスは、弾を込める時。銃声が止むこの時こそ唯一の勝機だった。

 リリィの手をするりと抜けていくクロネは、男たちとの距離を詰め銃を持つ手を押さえつける。

 もう一人がクロネを銃で狙う。その銃を蹴りで叩き落したのは、キリハだった。

 そのままキリハは男の膝を狙い、蹴りを決める。嫌な音を立てて折れる膝は地に着き、顔を見上げるとそこに後頭部を掴まれ、彼女の膝が飛び込んできた。

 今度は鼻の骨が折れ、鼻血を流しながら気絶する。

 クロネは男の右腕を何度も壁に叩きつけ、銃を落とす。男の予想だにしなかった右拳の反撃を頬に食らい、たじろいでしまうが体勢を立て直し、反撃に移る。

 拳を水月に決め、胃から消化しきれていない物を吐き出し戦意を失っているところに、追い打ちとして腕を強く引き、首を押さえたまま足をかけ床に叩き落す。

 吐瀉物で汚れる口で空気を求め、魚のように口の開閉をしている。腕をこれ以上曲がらない方へ回し、戦意を完全に失わせる。

「キリハ、大丈夫?」

「私は大丈夫だが、クロネお前傷が」

 キリハは膝を着き、クロネの殴られた際に切れた唇の血を手で拭う。

「クロネ大丈夫!?」


 傷を負ったと聞き黙っていられなかったリリィが駆け寄る。

「大した怪我じゃないよ。それよりもリリィ、キリハ、ノルヨカ。怪我はなかった?」

 見たところ三人とも奇跡的に銃弾には当たっていないようだ。

 ノルヨカと協力し、男たちを着ていた上着で縛る。クロネは銃を拝借し、弾を込める。

「どうして彼らが。一体、どこの誰だ。まさかサンティルのギャングたちか?」

「いや違う。この動きは第四師団の連中の仕業だろう」

 キリハが男どもから奪った銃を確かめながら、そう言った。

「どうして分かるんだ?」

「上着の刺繍だ。ヴァミリアの国旗は蛇だ。ヴァミリア軍はその黒蛇を軍服に刺繍として刻む。牙の数は四本、やつらは牙の数で師団を表している。それに、第四師団は影の仕事人だ」

 そうだとしても事が上手く運び過ぎている。クロネとキリハは同時に同じ想像に行き当たった。

 あの夜に聞いた男のあの言葉。

「合図が来た」これだけがどうしても解せなかった。どうしてヴァミリアがいきなり攻めてきて、しかも守りが薄いベルダ村を選び、手順よくこの機関車を占拠しているのか。

 すべて、一つの答えに帰結する。

「この国に、裏切り者がいる……」

 そう。わざわざ攻めにくい山々で囲まれたベルダ村を狙ったのも、この機関車がヴァミリア軍第四師団に占拠されているのも、すべて裏切り者もとい内通者がいたと仮定すれば話が繋がる。


 一寸先の闇。それはとても深く恐ろしい闇だった。この国の、ランダーンの闇はとてつもなく深かった。足を踏み入れれば、もう二度とその深みから抜け出せなくなってしまうほどに。

「だとすれば、狙いはこの機関車の占拠か。するなるとサンティルの機能はすでにヴァミリアに浸食されて行ってるのか」

 クロネは銃が落とした際に曲がっていないか確認する。

「銃も現地調達。そして、発行証もすべてこちらの誰かが用意したものだ」

 キリハが銃を持ち、他に使えるものがないか探しながらそう言った。

 このサンティルで発行証を唯一発行できる人物は、彼しかいなかった。

 だがいったい何故彼が、誰よりも国を愛し誰よりもこの国の行く末をあんじていた彼がどうして。

 あれほど熱を入れ、士官学校で語っていたではないか。あれはすべて詭弁で、会った彼は嘘の仮面をつけていたというのか。

 許せなかった。理由はどうであれ、裏切り者のせいで仲間が死んだ。

 銃を握ったまま怒りをあらわにする。

 トレッカー・シリウス。彼こそが裏切り者だった。

「六車両目の人たちは?」

 クロネが覗くと、あれほどの銃声が鳴っていたのにもかかわらず静寂そのものだった。

 六番車両にはガスが充満していた。おそらく催眠ガス。

「ノルヨカ、リリィとこいつらを頼む。僕たちは先頭車両にいる敵を倒してくる。これを止めないと、ランダーンは本当に滅びる」


「分かりました。お気を付けてください。リリィさんのことは自分に任せてください」

 ノルヨカはキリハから渡された銃を手に取り、男たちを見張るため銃を構える。

「――クロネ」

 リリィに呼ばれた。クロネはそっと振り返る。

「死なないでね。絶対戻ってきて」

「分かった。約束する」

 クロネたちが動き始めようとすると、機関車が速度をいきなり上げ激しく揺れる。分岐点からサンティルに引き返すつもりなのだ。

 そうはさせない。もう二度とヴァミリア軍の好きにはさせない。させてなるものか。

 覚悟を決め、たった二人で第四師団に勝負を挑む。

 この機関車が進む未来は、ランダーン滅亡への道かはたまた存続への道か。

 まだ見えぬ暗闇の未来に明かりを灯すため、進み始める。

 クロネとキリハの両名に、この国の未来がかかっていると言っても過言ではない。勝てる見込みは少ないだろうが、僅かでも勝機があるのなら諦めるわけにはいかない。

 死んでいった仲間のために、生きようと必死になっている者のために。これ以上戦争で泣く人を少なくするために。人々が安心して夜を眠れるように。

「行こうキリハ。僕たちで第四師団を止めるんだ」

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