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灰色の銃創  作者: 上城 夕樹
序章 故郷焼失
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第四話

 ガンバレルは銃を構え、突撃してくるヴァミリア軍を撃ち続けた。

 銃身が焦げ、空薬莢が地面に落ち硝煙と血の匂いが体や、鼻からも取れなくなってしまった。二日間で多くの血を被った。

 多くの仲間を看取ってきた。

その分だけ、己の非力さにどれだけ嘆いてきたか。親友に防衛班を任され、ベルダ村をこの身一つで守っている。

 空は、午前の晴天が嘘だったように曇りはじめ、不吉な予感を感じさせる。

 目の前に悪魔が近づいてきているかのようだった。暗雲とともにやってきて、命を飲み干す。

 昨日までの当たり前が次々と、夢の世界に変わっていく。手を伸ばせば掴めたはずの幸せは、風のようにどこまでも遠くに行ってしまった。

 日常が、あの平和が奇跡のようだったと何よりも大切な宝物だったと、気がつくにはいささか遅すぎた。

 無くしてから気がついては、もう遅いのだ。

 木の葉は、捕まえようとするとするすると掌から逃げていく。まるで幸せのように。

 掴もうと手を伸ばせば伸ばすほど、幸せはせせら笑うように逃げていく。

 弾丸が人の命を喰らう音の中で、思い出したのは意味の無い後悔だった。

 王都に住んでいる妹と喧嘩したこと、この村に来て初めて親友ができたこと。その親友と言い争ったこと。

 すべて今となっては尊い日々。あの日常は帰ってこない。

 奪い返すしかないのだ。ヴァミリアから。


 戦車を前に出して敵をけん制する。土嚢に隠れながらガンバレルが、少ない弾数の中で一発一発と狙いすまして撃つ。

 残りは、十五発。

 敵はまだ三十人はいる。仲間は死んでいった者の後を追うように、凶弾によって命を奪われる。

 違い過ぎたのだ。武器も、想像していた戦場も。

 戦争は、二度と起こらないと決めつけていた。

 痛感してしまった。こうも簡単に個人の見ている世界が変わってしまうのだと。自分たちはあまりにも無力だと。

 守りたいものも守れず、命をいたずらに捨てていく。

 自分に力さえあればと、どれだけ悔やんだか。力が欲しいとそれだけ願ったか。

 悔やんでいても、願ったとしても何も変えられない。自分自身で動かなければ、見ている世界は何も変わらない。

 何一つ守れないまま死ぬのは、死んでいった仲間たちに失礼だ。

 だから、彼は諦めずに銃を撃ち続ける。空を切る弾丸が彼の耳をそぎ落としても、頬を削ったとしても。

 ここで諦めるわけにはいかない。たとえ今日勝てずとも、いつの日かの勝利を信じて戦い続けるしかないのだ。


 これが彼に出来る精一杯のことだった。

 いつしか弾は、すべて撃ち尽くしていた。残っている味方は戦車一台に、他三名。

 冷静になった彼を激痛が襲う。ここで初めて左耳を失ったことに気がつく。

 村のみんなは避難したのだろうか。死が間近に迫っているのにも関わらず、心配になったのは村の人々。自分のことなど二の次だった。

「ララ、わりぃ。兄ちゃん、先行ってるな……」

 たった一つ残る武装の銃剣を携え、突撃の準備をする。

「――行くぞ」

 立ち上がり、そうぼそりと呟くと最後の力を振り絞るかのように叫ぶ。

「お前は左を援護しろ。私は右を抑える」

 聞き慣れない女性の声がまだ残っている右の耳から聞こえた。

 土嚢を越え、目の前に現れたのは藍染の服に真紅の髪。

 無数の弾丸を躱し、敵との距離を詰めていく。そこからは一瞬だった。

 息や、瞬きをするのをしばらく忘れていた。

腰にぶら下げた剣を抜刀し、首を狙い剣を振り抜く。逆さまの血の滝が雨のように降り注ぐ。

 近くにいたもう一人は腕を切断したのち心臓と喉を突き刺した。白い肌は瞬く間に返り血に染まる。

 血に飢えた獣のように、ギロリと隻眼を敵に向ける。足に力を籠め弾丸を放たれる前に跳躍し、土嚢に隠れていた敵を串刺しにする。

 

 敵が倒れ込むと刺さった剣を抜かず、死体のホルダーから拳銃を抜き、至近距離でもう一人に発砲。

 あっという間に彼女は四名を殺してみせた。何のためらいもなく、ごくごく自然に。まるで日常生活を送るように淡々と。

 血に濡れた紅の髪は、まるで血を飲み干しているかのようだ。

 人を殺し、鮮血に染まる彼女はまるで紅色の死神に見えた。

 彼女ならば大丈夫だと判断したガンバレルは、開いた口を塞ぎ他の仲間の援護に向かう。

「やはり所詮は尖兵か。ろくに鍛錬もしていないのだろうな」

 敵はまだ来る。止まっていては格好の的だ。死体から剣を抜き、血を払う。

 キリハは一つだけ気がかりなことがあった。あの男、クロネがいないのだ。死体を確認しても、まだ生きている兵士を見てもどこにもいない。

 まさか、ここではないどこかで死んだのかと想像力を働かせる。

 戦場で人が死ぬにはよくあることだ。それが兵士なら、なおさらだ。

 せめて墓でも作ってやろうと思いながら、敵に向かい走り出す。

 戦況は徐々に変わりつつあった。キリハの参戦により、右翼に展開していた敵は左に流れ、斉射している戦車の餌食となった。

 戦線を押し返しつつある。僅かばかりの希望が見えた時だった。

 二メートルをゆうに越すあの巨躯の傀儡兵が、対戦車銃槍を持っていたのだ。狙いは勿論戦車だ。

 彼女が逃げろと叫ぶには遠すぎる。弾丸を切り裂こうにも距離があり過ぎる。


 次の瞬間、対戦車銃槍が放たれた。轟音と白煙とともに一本の槍は戦車を穿つ。戦車は何世代も前の旧式だ。しかも、対戦車銃槍がまだ発明されていなかった頃の。

 当然、耐えられるわけがない。

 爆炎を上げ、戦車は派手に爆発する。そして絶望を助長するように大きな角笛の音が鼓膜を揺らす。

 この音はまさかと、キリハが細目で谷を見つめるとヴァミリア正規軍がどんどんと谷の入り口から溢れていく。

 戦況が一気に悪化した。しかも一番最悪な方に。

 ここで殺しておかねばならないのは、あの屈強な傀儡兵。キリハは狙いを定め走り出す。

 彼女の存在に気がついた傀儡兵は、銃口を向ける。次弾装填はすでに済んでいた。

 しかし彼女はひるむ素振りも見せずに、さらに足に力を籠めぐんぐんと加速してく。

 弾丸がキリハを襲う。見えている。彼女なら。

 弾丸を紙一重で躱し、がら空きとなった脇を切り裂く。

血は勢いよく噴き出るが、例のごとく傀儡兵は痛みを感じておらず銃をそのまま鈍器として扱う。

 銃身で地面を叩きつける。地面はへこみ、土煙を上げるがそこに彼女の影すらなかった。

 彼女は、空にいたのだ。

 着地したと同時に、腹を突き刺す。

薬で強化された筋肉の壁で切っ先程度しか刺さらない。浅いと判断したキリハは次に胸を刺す。

 そしてレイピアのように体のいたる場所を突く。体から血が噴水のように噴き出るが、彼女は止まらない。


 全身の力を一点に集中させ、心臓を貫く。勝敗は決した。

 傀儡兵が膝を着き、まるで壊れた蛇口のように延々と血が漏れ出る。剣を抜き、血を振り払い傀儡兵に背を向ける。

 するとこの時を待っていたかのように、再び動き出す傀儡兵はその巨木にも似た剛腕で、キリハを虫が如く叩き潰そうとした。

「あまり急に動くものじゃない。首が落ちるぞ」

 首がずるりと地面に落ちる。血を切り払う素振りと同時に、相手にも気がつかない速度で首を斬っていたのだ。

 まさに傀儡兵は、血の噴水になってしまったのだった。

 キリハは膝を着き、鮮血にまみれた顔を歪めさせた。

脇腹の傷口が開いていたのだ。にじむ血を押さえながら立ち上がると、彼女は敵に囲まれていた。

 さすがに死を覚悟し、目を瞑る。

「待て! その女はまだ殺すな!」

 男の声がする。目を開けると馬に乗った、小さい青年がこちらに向かってきている。兵士たちは道を開け彼をキリハの正面に立たせた。

 目の前にいたのは、ヴァミリア軍異国侵攻部隊、剣騎隊副隊長のゼハ・ルルエルハだった。

「貴様が、噂にきく(くれない)の死神か。まったく、その様子ではこの名も即刻捨てたほうがいいな」

「フッ、それは周りが勝手に呼んでいるだけだろ。それで、剣騎隊の副隊長様がここで何をしている?」


 キリハの傷を負いながら強がる苦悶の表情を見たゼハは余裕綽々で、雄弁に語り出す。

「なに、ここに死神がいると聞いてな。この手で殺したくなったまでさ。貴様とはいずれ戦ってみたいと常日頃から思っていた。さぁ、この私ゼハ・ルルエルハと勝負しろ!」

 ゼハは馬から降り、剣を抜く。

「周りの者は手を出すな。こいつは私の獲物だ」

 厄介なのに捕まったなと、自分の運の悪さに内心笑いながら剣を杖のようにして何とか立ち上がる。

 目と目が合い、互いに剣を向ける。

「では、ゆくぞ」

 仕掛けたのはゼハだった。ここまで万全に整えてきた体調とようやく戦える興奮からか、彼の持てるすべての力を一撃目から籠める。

 振り下ろされた剣を彼女もまた剣で受けるが、力負けしてしまう。なんとか衝撃を逃がし、後ろに距離を取るため下がる。

 片腕では限界がある。左手は開いた傷口を押さえてしまっていた。

 油断はできない相手だ。気を引き締めるが傷が痛むせいで、視界が歪む。

「どうした? 攻めが甘いぞ!」

 左右から攻めてくる剣は、徐々に彼女の体力を奪っていく。攻撃を捌いているだけでは決して勝てない。そんなことは誰よりも彼女が分かっている。


 しかし、この傷が彼女の真骨頂である速さを殺しているのだ。

「この程度だとでも言うのか! 本当に貴様はあの死神か!?」

 剣に怒りを上乗せし、その重みも増している。どこに逃げようにもヴァミリア兵が二人の周りを囲んでいるせいで、逃げ場がない。

 跳んで抜け出そうにも、そんなことをすればゼハに斬られ、下半身に別れを告げねばならない。

 残る道は一つだけだ。奥の手だ。本来ならば使いたくないこの一手。しかし、方法を選んでいる時間などない。

 やるしかないのだ。

 ゼハの振り下ろされた剣を躱し、下腹部に蹴りを決める。

 強制的に密着していた状態から抜け出し、息を吐く。

「姑息な。剣士同士の戦いに足を使うなど。俄然許せん」

「悪いが、お前が偉そうに息巻くのもここまでだ。待たせたな、ここからが本気だ」

 一か八かの賭けでもあった。今からしようとしていることはそれだけ危険なことだ。

 彼女の体から、可視化できるほどの淡い光が漏れ出る。これは生命の光と呼ばれるもので、強い生命力を持つ者が命の危険に晒された時に発する、己の限界を超える力。

 いわゆる火事場の馬鹿力を引き出す力だ。

「生命の、光。だと……?」

 彼女の傷は光が群がって塞がり、見えないはずの左目がゆっくりと開く。


「馬鹿な。それほどの力を何故隠していた! 今までどうして!」

「この力はそれほど便利な力じゃない。ここ一番のタイミングじゃないと使えないんだ。目を凝らせ、見開け。決して一瞬たりとも私を見逃すな。でなければ、お前は死ぬ。覚悟しろ。ここからは力など関係ない、速さの戦いだ」

 驚愕するゼハをしり目に落ち着いて説明するキリハは、剣を構えた。

 ゼハは乱れた呼吸を整えるようにして深呼吸をし、アヌマエルに教えてもらったように両手で剣を構える。

 この一騎打ちはすぐに決着がついた。

 両者が駆け出す。ゼハの視界からキリハが消えた。目が追いきれないのだ。自分の信じる勘で、剣を捌く。

 斬撃をいなしたかと思えば、また別の角度から斬撃が来る。目を凝らしても、目を見開いても一度も彼女を捉え切れない。

 ついに攻撃が捌ききれずに、頬や腕に傷がつく。

「追いつけないだと! この私が!?」

 これが何故、彼女が紅の死神と呼ばれるかの所以である。目にも止まらぬ速さで死を振りまき、命を奪っていく。

 キリハは自慢の速度に剣を乗せ、他を寄せ付けない圧倒的速度で突きを放つ。

 斬撃はゼハの腹、胸、肩を一直線に切り裂く。しかしどの傷も致命傷には至らなかった。当たる瞬間に身体を少しばかり後方へずらし、致命傷を避けたのだ。


「あぁぁぁあぁあ!? 傷だと、この私が!? よくもよくもよくもよくも! 貴様だけは決して忘れんぞぉおお!」

 傷のことを感じさせないほど彼は叫んだが、致命傷を避けただけで大怪我に変わりはない。

 彼は数名の部下に囲まれ守られる。銃口は依然として彼女に向いていた。だが包囲網に穴を開けた。この穴を利用して突破し、この村を脱出する。

 キリハは跳躍し、兵士の頭を跳び越えていく。交戦の意があるものはすぐさま切り捨てた。

 彼女の異名に怯えるヴァミリア軍を威圧しながら、キリハは戦場を去り一度村に戻った。逃げ遅れた者がいないか、確認するためだった。


 クロネは山を通り戦車が黒焦げになり、死屍累々の戦場をやり過ごしてなんとかベルダ村に戻っていた。

 村は先に到達していたヴァミリア軍によって、火を放たれていた。家屋が燃え、家畜が助けてくれと悲鳴を上げるように泣き叫んでいた。

 火に飲み込まれる前に、愛馬を探さなければならない。

 宿舎も燃え、銃も取りに行けず丸腰のままクロネは敵に見つからないように祈りながら、これ以上に無いほど警戒して進む。

 銃声が聞こえる。まだ誰かが戦っているのだ。音に導かれるように彼は音のする方へ足を進める。

 もともと、それほど大きい村ではなかった。遠目からでも誰が戦っているのか見当がついた。

「ガンバレル……」

 金色の後ろで束ねた長い髪。見間違うはずがない。彼はまだ一人で戦っていたのだ。

 クロネは戦っているガンバレルの元へ走って近寄る。近づいたからこそ、彼の状態がどれだけ酷いものか分かってしまう。

 片腕は負傷し、膝に銃弾を受けている。片目は頭から流れる血で潰れ、左耳が削ぎ落されている。家の壁を血で汚しながら、身を任せるようにして立っている。

 立っているだけでも精一杯なはずだ。いや、立っていることが奇跡のようなものだ。

「ガンバレル! 大丈夫か!」

「よぉ、クロネじゃねぇか。生きてたんじゃねぇか。俺はまだ、あの世にいねぇよな?」

「ああ、僕だ。生きているよ」


 安心しきった顔でガンバレルはクロネに銃を渡す。死んでいった仲間の銃だ。

「僕も戦うよ。一緒にここから脱出しよう! 一緒に生きてここから!」

 クロネがそう言うと、彼は首を弱々しく横に何度も振った。そして彼は笑みを浮かべた。変わらない友としての笑顔。

「わりぃな、片耳無くなっちまったからお前の声が聞こえづらくてしゃあねぇよ。……クロネ、お前は生きろ。あと、王都にいる妹に会ったら、会ったらでいい。ララ、愛してるぜって伝えてくれ」

 悟った。これが最期なのだと。最期の言葉だと。

 涙を堪え、銃を強く握る。

「行け。走れクロネぇええ!」

 クロネは言葉と同時に弾けるように走り出す。後ろを振り向かず、零れる涙をぬぐい走り続ける。

「あばよ親友。俺は、先にあの世に行ってるが、お前はせいぜいゆっくり来いよ……」

 彼は目を閉じて、銃を構える。

 クロネは銃声がどうか鳴り止まないことを祈った。だが、ものの数秒で銃声は鳴るのを止めてしまった。

「死ねぇ!」

 クロネは気を取られて、家の曲がり角で鉢合わせたヴァミリア兵士に銃底で殴られる。

 地面に転がり、口元の血を拭うよりも先に手放してしまわないように固く握っていた銃の銃剣で、敵の肺を突き刺す。

 叫び声を上げられる前に、引き金を引き絞る。発砲音とともに男は倒れ込む。


「いたぞ! ランダーン軍だ!」

 後方から二人の声がする。排莢するには時間がかかる。

クロネはそう判断した結果、肺を壊され焼け乾いた空気を必死に取り込む最中の男から小さな銃を奪い、敵に向かって撃つ。

 それはピストルと呼ぶには、あまりにも機械的で近代的だった。

 これが、噂に聞く拳銃と呼ばれるものか。初めて扱う拳銃に焦りの感情を読み取られたのか、まったく敵に当たってくれない。

 弾を撃ち尽くした拳銃を捨て、愛馬を探しに走る。

 無事でいてくれと切なる願いをその胸に抱きながら、またしても敵と鉢合わせてしまった。

 相手をしている暇などないというのに。

 男は、銃弾をすべて撃ち尽くしてしまったのか手には刃渡りの長く、殺傷能力が高いであろうナイフを持っていた。

 クロネはすぐに弾を排莢するが、弾詰まりを起こしてしまった。

 しまったと呆気に取られている間に、男は襲いかかってくる。

 ナイフを振り下ろし、彼の前髪を掠める。反撃として銃剣で突き刺そうとするが、銃身を素手で掴まれてしまう。

 銃を奪われ、投げ捨てられる。

 男はナイフを逆手に持ち、全身の力を込めてクロネの顔面にねじ込もうとしてくる。

 クロネは腕でどうにか防いでいるが、これを破られるのも時間の問題だ。


「クロネ!」

 名を呼んだのは、ここにいてはいけない人物だった――。

「リリィ!? どうしてここに! 来ちゃダメだ、逃げろ!」

 必死に叫ぶが、リリィは足元に転がっている先ほど投げ捨てられた銃を拾う。弾詰まりとなった弾は落ちた衝撃でどこかに飛んで行っていた。

 撃ち方ならば知っている。敵をよく狙い、引き金を引くだけだ。

 簡単だと頭の中で何度もしていた光景が、今となって出来ない。指が震え、狙いがずれてしまう。

下手をすればクロネに当たってしまう。

 慎重になりたいところだが、彼女には無理な相談だった。

 急がねばクロネは目の前で殺されてしまう。この気持ちが、余計に手元を狂わせてしまう。

 ただ、純粋な気持ちだった。人を殺したいと思ったことなど一度も無い。ただ大切な人を守りたかった。ただそれだけなのだ。

 あれほど重く感じた引き金が、ふと軽くなった。

 今から人を殺すならば、人を殺す側は無にならなければならない。後悔の念に駆られないように。今から殺される側は(から)にならなければならない。

 何故ならば、死という事実を受け入れられないから。

 無がいくら空に入ったとして、何も生まれない。そこには虚無しか存在しないのだ。故に死は何も生まないのだ。


 リリィが決死の想いで撃った弾丸は、無を纏い男の首を撃ち抜いた。

「リリィ……?」

 銃を撃った彼女の眼は虚ろだった。近づき、必死に肩を揺らす。

「クロ、ネ……? 私、私……」

「何も言わないでくれ。何も。僕は、僕は生きているよ。……ありがとう、リリィ」

 彼女に業を背負わせてしまった。だが、それで命が助かったのもまた事実だ。複雑な気持ちから絞り出すように感謝の言葉を伝えたのだった。

「私、あなた待ってたの。それに馬を連れてきてるの。こっち!」

 彼女は強かった。人を殺したというのに愛する者と逃げるために、彼を不安にさせないために手を引き探し回っていた愛馬の元へ連れていく。

 二人が逃げた先に、キリハがいた。

「きみは、たしか」

「生きていたか。説明はあとだ。今は逃げるぞ」

 二人を急かすようにキリハは二頭しかいない馬の一頭に乗り、リリィに手を差し伸べる。

 リリィは彼女と、クロネは愛馬に乗り村を見渡せる自然の高台に急いだ。火の手は、森の近くまで迫っていた。

 高台に着くと、燃ゆる焔に包まれてゆく故郷が見えた。家畜の泣き叫ぶ声がこだまする。

「酷い。あの子たちは何も悪くないのに」

 リリィがそう零すと、手綱を握っているキリハがこう答える。


「あれは浄化だ。異教徒の生き物すべてを焼き払って、新しい大地を創り出すんだそうだ。ふざけた話だ」

 リリィは馬から降り、足元に咲いている花を摘み花束を作る。

「リリィ、一体」

 クロネが尋ねると、瞳に悲しさを灯しながら静かに答えた。

「花束よ。何もできてないから、せめてもの手向け。今まで守ってきてくれた自然に、みんなに」

 花束は、一陣の風によって燃える世界に消えていく。

「行こう。ここにも敵が来る」

 彼らは、ベルダ村を後にした。一人は癒えぬ傷を抱えて、一人は静かなる闘志を抱き、一人は悲しみを抱いたまま。



「それで、どうなったのだ。ランダーン侵攻は?」

 馬に乗ったままアヌマエルが、本隊から赤く染め上げられた彼方の空を見ながら剣騎隊の一人に聞いた。

「ハッ、ベルダ村は問題なく浄化されましたが……その」

 はっきりとしない部下の物言いに、不快感を覚えながら言葉の続きを問いただす。

「はっきりと言え」

「はい。村の中に一人だけランダーン兵がおり、銃もろくに使えぬなかで、八名の兵士を道連れに。同胞も二人殺されてしまいました。が、九人目を殺す途中に銃を持ったまま絶命しておりました」

 そうか。とだけ言い残し、彼は馬を方向転換させる。

「あのどちらへ」

「この戦いは終わった。もう我らが出る幕もあるまい。それにゼハを傷つけた兵士も気ががりだ。あやつに話を聞きに行く」

 この日夜、ノルヨカの伝令が王都まで伝わったのか、ランダーン国現女王であるキャルロット・ランダーンは正式にヴァミリアとの戦争状態であると発表し、ランダーンいや世界の先々までこの発表は広がり波紋を呼ぶこととなった。

 そしてランダーン防衛部隊がヴァミリア軍と衝突したのは交戦状態であると発表し、二日後のことだった。

次章でまたお会いしましょう

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