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第21話 浜田地方総監部

 今話に関してはフィクション増し増し、海成分増し増しの普通盛りです!


 以前にも少しだけ出てきた「浜田地方総監部」。

 どういった所かの雰囲気が、少しでも伝われば嬉しいです


 それでは、お楽しみ下さいませ!


※追記(2017/10/29)

 一部の内容をアップデート並びに、追加・修正いたしました。

 大幅に変更していますが、ストーリーには影響が無いように配慮いたしました。


 北海道千歳市にある新千歳空港から羽田へ向けて、北海道航空HKK16便が向かっている最中の0702。

 場所を新千歳空港から南西に約1,200km離れた、島根県浜田市に目を向けてみる事にする。

 ここに位置する、浜田地方総監部(浜監)のA1バースには現在、陸に近い方から、先に帰港していたヘリコプター搭載護衛艦“とさ”がA1S(South)に入船(いりふね)の向き、後から到着したイージス護衛艦“いわみ”が出船(でふね)の向きでA1M(Middle)に係留されている。

 その“いわみ”の沖側、A1N(North)には防舷物を片付ける曳船YTの姿が見える。

 次にA1バースの向かいであるA2バースに目を向けると、A1Mの向かいになるA2Sには補給艦“なかうみ”が入船、その後ろのA2Nには輸送艦“いわしろ”が出船の向きで係留されている。

 なお、入船は入港したままの向きで着桟する事、出船は出港が容易な向きに着桟する事で、浜監の場合、艦首の向きは入船で南向き、出船で北向きとなる。

 AバースはA1側とA2側とでは約400mも長さが違う変則的な造りになっているのだが、理由は後述とさせていただく。

 他の桟橋であるが、長さ約400mで横須賀のYバースに相当するB1バースに“あさひ”型護衛艦1番艦DD-119“あさひ”と、B2バースに“あさひ”型護衛艦2番艦DD-120“しらぬい”、C1バースの“おやしお”型潜水艦は全て出船で係留されているのが見える。

 C2バースに目を向けると、普段横須賀にいる事の多い特務艇ASY-91“はしだて”が、入船で係留されているという珍しい光景も見られる。

 陸地に沿って建設されたDバースには、交通船YFや、作業船である曳船YTに水船YO等が係留されているのも含めて、総監部の庁舎からは全てよく見えている。

 この浜田地方総監部であるが、横須賀等その他の地方総監部に比べて、災害や人命救助に重点を置いて設計されているとされている。

 例えば桟橋であるが、いずも型である“とさ”が係留されているA1Sに相当する陸側の約400m部分は総監部の建物から地続きのコンクリート製桟橋であるのだが、その後ろの海側の約600m(A1バースM・N、A2バース)部分とBとCバースは浮き桟橋となっている。

 この浮き桟橋は、広島県の呉地方総監部を参考に設計されたもので、浮き桟橋の特徴である空洞を生かし、食料以外の災害支援物資や機材の他、基地に普段必要な資機材も備蓄されている。

 食料や飲料水等に関しては、浜田造修補給処等の数ヵ所に分散して保管してある。

 また浜田市が熱望していた、中国地方で2箇所目になる予定で、防衛省が管轄する事になる現在仮称の『自衛隊浜田病院』は、地盤改良工事等の関係で工期が遅れてしまい、現在急ピッチで建設が進められている。

 この病院の予定している診療科目に特筆すべき点は無く、規模も病床数30床と横須賀病院(100床)の3割、大湊病院と同数の病床数となっているが、建物自体はかなり大きい造りになっている。

 なお参考までに自衛隊内で最大の病院である、東京都世田谷区の陸上自衛隊三宿(みしゅく)駐屯地に所在する【自衛隊中央病院】の病床数は500床、【舞鶴・呉・佐世保の各自衛隊病院】はその10分の1にあたる50床である。

 ここまでの説明では建物が大きい以外、何の特徴も無いと思われる浜田病院ではあるのだが、しかし建物の外を見てみると、通常の緊急搬送用ヘリポートよりも広く用地が確保され、その一番北側には、海に向かって緩やかに下っているスロープが見える。

 普通の港であれば、小型船やヨット等を引き揚げるために設けられているのだが、この病院でスロープを利用するのは船ではない。

 海上自衛隊岩国基地と厚木基地に所属する、US-1A並びにUS-2である。

この駐機場では飛行艇1機・ヘリコプター1機の同時運用か、ヘリコプター3機の同時運用のどちらかが選択され、緊急時に威力を発揮する事になる。

 さらに予定として有事の時のみの運用になるが、空自や海自航空基地に配備されている燃料給油車を近隣の岩国基地や空自の美保や防府基地等から浜田病院に配備し、有事における災害拠点病院兼飛行艇及び回転翼航空機拠点基地として、US-2だけでなくSH-60J/K等の自衛隊機の他、ドクターヘリ・県警や消防ヘリ・県の防災ヘリ等も一体的に管制・運用するという構想を念頭に、整備されている。

 そのため、最上階が臨時に航空管制が出来るように見張らし良く設計されていたり、警察・消防・自治体とも連携がとれるよう会議室も複数設けられたりと、先に説明した通り病床数30床の病院にしては建物が大きく作られている。

 ただし、必要最低限かつ臨時の機能となっているため、通常の運用を考えた場合にはあまり現実的でない部分も当然含んでいる。

 そして、飛来するヘリコプターが増加すると予想される場合、浜監のヘリポートやDDHやLST等の飛行甲板も利用し捌いていく事になっている。

 また、病院の駐車場等はトリアージや応急処置が出来る場所として利用する事が想定されている。

 陸上自衛隊の衛生隊等がテントや野外手術システム等を展開する事により、3次救急指定病院として有事の最先端に立ち、2次や1次救急指定病院へ後送する事になる。

 そして1次や2次救急の現場として、近隣の病院や診療所の他、沖留めや浜監に係留された“おおすみ”型輸送艦、“すわ”型・“ましゅう”型等の補給艦、“ひゅうが”型・“いずも”型等のヘリ搭載護衛艦とも連携し、病院と浜監が一体となって有事に当たる事になるのである。

 特に“おおすみ”型輸送艦は、陸自の野外手術システム等を展開出来るように改修が既に施されているため、場合によっては2次救急を浜監の“おおすみ”型に設定して被災患者を“おおすみ型”へ移送する、もしくは直接現場から患者を“おおすみ”型へ搬送してトリアージの場所とし、病院の駐車場をヘリポートへ転用するといった事も計画され、災害の規模に応じて柔軟に展開を変更させることが出来るようになっているのである。

 そして防衛省や統幕からの見方として、Joint Task Force (JTF)、つまり、3自衛隊統合運用を更に加速させる為の、実験場的意味合いも含む病院でもある。

 ただ、3幕、特に運用主体となるであろう海災担当の海幕と、ヘリ運用並びに航空管制を行う空災担当の空幕は、それぞれに別々の視点から懐疑的な考え方をしている。

 先ず海自であるがヘリが飛び交う空域、艦艇達が行き交う海域に、果たして安全に飛行艇を離着水させられるかを不安視する声が、飛行隊側からだけでなく各艦隊側からも上がっていて、現場サイドからも安全な運用が有事の際に本当に出来るのかといった声が上がっている。

 次に空自であるが、管制そのものに不安は無いのではあるが、飛行艇の海での離着水の管制実績はほぼなく、艦艇との連携も必要となってくる他、海域を海自に任せるとはいえ、誤侵入してくる可能性のある小型船舶等への対処も飛行艇への管制をする場合に考慮せねばならず、空港のように一元的に管理出来ない等から勘案して、空幕はこの案には及び腰になっているとも漏れ伝わってくる。

 このように部内に問題を抱えている仮称自衛隊浜田病院ではあるが、それでも住民や地元自治体からは期待の眼差しを持って、完成しつつあるこの病院は見つめられているのである。


◯島根県浜田市西長浜町周辺


 ここは仮称自衛隊浜田病院のある浜田市日脚(ひなし)町から北東へ1kmも離れていない直線距離に、海自浜田地方総監部のある一帯が、地続きになっている。

 ここで一際目立つ真新しく大きな建物は、海自6大基地の1つ、浜田地方総監部の庁舎である。

 この庁舎を含めた建物群は、海自の隊員達からは新しい事もあって非常に評判は良い。

 しかし、艦艇の愛好家や写真家達からは非常に評判が悪く、特にA1Sにヘリ搭載護衛艦や輸送艦等が係留されると、A1MとNの艦艇が見えなくなり、A2とBやCの各バースに入港してしまうと、総監部や浜田造修補給処等の建物群が邪魔をしてしまうため、撮影が出来ないのである。

 出港であればDバースに普段停泊している、曳船YTや油船YO等の動きで予想出来るようにも思えるが、Dバースもまた色々な建物で見えずらくなっているため、また、距離も離れている事と、近くを漁船等が通る事もあって音だけでは判別出来ず、海自6大基地の中でも最難関の撮影スポットとされている。

 では、高台に登れば見えるのではと思われるかも知れない。

 事実、国道9号線の浜監東側から西側にかけて、数ヶ所ほど丁度いい丘があるのだが、残念ながらそこを含む浜田港の西側から、自衛隊浜田病院と隣接する中学校との境界線までの全てが防衛省の土地となっていて、つまりは国有地となっている。

 国道9号線と山陰本線を越えた南側はというと、北側の斜面から見晴らしのいい頂上の少し南側まで、数年前から国有地となってしまい、頂上より少し下った南側は複数の地元関係者の私有地となっているため、立ち入って撮影する事はほぼ不可能である。

 数少ない撮影スポットは、国道9号線から延びている浜監へ向かう脇道からか、そこから西に行った高台の公園、もしくは浜田港で漁船等をチャーターして海から撮影するしか方法がない。

 横須賀や呉等のような軍港巡りも、浜田市や浜田漁協、地元商工会等が一体となって整備しようとしていて、横須賀や呉に視察を送ったり、浜監側との交渉も進んではいる。

 しかし、観光客の見積りが各所でまちまちなため、観光船や桟橋に駐車場の大きさ、観光客の導線にトイレの配置や飲食店の誘致などが現在も中々進んではいない。

 そして、愛好家には更なる悲報が入る。

 浜監が出来る直前、国道9号線から浜田地方総監部へ向かう一本道に入る“浜田地方総監部前”の交差点の角に、“浜田地方総監部前交番”が新築されてしまった。

 こうなると、当然撮影目的も含めた路上駐車はすぐに取り締まりをされる事になる他、警察官が巡回する事にもなるため職務質問を受ける機会が増え、結果、愛好家からは不満の声が上がっている。

 自家用車で浜監の撮影で訪れた場合、前述した公園に新しく整備された駐車場に停めるか、東に行った所にある西長浜町側のコンビニ、そこよりも距離の離れた西に行った所にある、日脚町側のコンビニに駐車するしかない。

 それでもこの両方のコンビニは、1年もしないうちに違法駐車に悩まされ、両方とも同時にコインパーキングの会社が入って管理運営する事態になり、連鎖的に高台の公園駐車場も浜田市によって『公園の整備と駐車場運営の費用を利用者に負担してもらう』事を理由に、有料化される事になってしまうという、写真や艦艇の愛好家にとっては踏んだり蹴ったりの状況になってしまった。


◯島根県浜田市日脚(ひなし)町 NR西日本・山陰本線日脚(ひなし)駅 7時04分


 浜監の日脚町寄りで仮称自衛隊浜田病院の目の前にある、ここと少し離れた浜監のために作られたと言っても過言ではない、NR西日本・山陰本線で1番新しい『日脚(ひなし)駅』へ、当駅発車時刻7時05分、益田駅行きのキハ126系の2両編成“快速アクアライナー”が到着し、利用客が降りたのを車掌が確認すると、扉が閉じられて益田駅へとディーゼル音を唸らせて、ホームを後にした。

 十数名ほどが駅舎から出て行く列を作っている最後尾に、緑色を基調とした制服と制帽を着用した若い男性も流れに乗って出てくる。

「今日からしばらくここでお世話になるのか・・・。不安だ・・・。」

 彼はそう呟くと、自分のズボンにシワが入っていないか、糸屑がついていないか等、身だしなみを気にしている。

「教育隊の時以来の緊張感・・・。それ以上か。」

 そんな彼に、老人の男性が杖をつきながら近付いてきて、少し離れた所から声をかけてくる。

「駅員さん、ちぃと教えてごせ?」

 老人の男性は、若い男性に近付くと見上げてくる。

「駅員じゃあないですけど、どげしました?」

 若い男性は駅員と間違えられたことに困惑しながらも、何が起きたのかと、老人の男性に聞いてみる。

「あんた、出雲の人のようだけぇ丁度ええがぁ。出雲に行く汽車の時間、教えてほしいんだがぁ?」

 老人は若い男性の方言を聞いて出雲側の人間だと言い当てた上で、出雲行きの時間を聞いてくる。

 若い男性は困惑しながらも、駅舎の時刻表まで走って行き、確認するとまた走って戻ってくる。

「お爺さん、こおから出てる出雲に行くのは、米子行きの0742(マルナナヨンニィ)でまだ時間あるけん、ホームのベンチにでも座って待っとって?」

 若い男性がそう言うと、老人の男性は首をかしげ、少し怒ったように返事を返してくる。

「マルナナ?何言っちょおか、よお分からんけん分かるように教えてごせ!」

 若い男性の普段の癖である、時刻の自衛隊読みが理解出来なかったようで、老人の男性はそれが原因で怒ってしまったのである。

「わあ!ごめんなさい!7時45分発の米子行きのがあるけん、少しベンチで待っててごせ?」

「7時45分?そがかね?駅員さん、おおきに。」

 老人の男性は怒った事を忘れたようにそう言うと、杖をつきながら券売機へと向かっていった。

「駅員じゃないんだけど、この辺じゃあ見慣れないけんなぁ。仕方ないか。」

 そう呟いた若い男性は、老人の男性の背中を見送ると、浜監経由西長浜行きのバス停に向かう。

 浜監を経由する系統は、益田交通と西長浜町営・コミュニティバスの2系統があり、1番近い時間は町営バスの方であった。

 町営バスは駅からの十数名を乗せて出発し、数分後、最初の目的地である浜監正門近くのバス停“浜田地方総監部前”に停車する。

 運転手はマイクロバスの折戸式前扉を開く。

 乗客十数名のうちの半数位が降り、バス停で待っていた2人が同じ前扉から乗り込むと、バスは扉を閉めてその先にあるロータリーを回って国道9号線へと戻っていった。

 バスから降りてきた人達は1人を除いて全員普段着で、慣れたように真っ直ぐ正門に向かっていきながら、チェーンに繋がれた身分証明書入れを出して次々に入っていく。

 駅にいた緑色の制服と制帽の若い男性も、戸惑いつつ浜監の正門に向かい、身分証明書を見せながら、海自のデジタル迷彩の戦闘服に白いヘルメットを着用した警衛隊員の1人と話をし始めるのだった。


◯島根県浜田市西長浜町無番地 海上自衛隊浜田地方総監部 桟橋A2N 輸送艦いわしろ士官室 0810i


 0800の自衛艦旗及び国旗掲揚が終わり、輸送艦“いわしろ”にゆったりとした時間が流れている中、士官室の空気だけは変わっていた。

 そこには艦長の川原、副長兼航海長の小松の他に各長が勢揃いしているだけでなく、艦魂の岩代、長浦海里、御船祥子もその場にいる。

 川原は艦長席の所に、各長は川原の左側から小松を筆頭に一列に並び、岩代はその列の一番端の方に立っていて、全員3種夏服姿で立っている。

 そして彼等と相対するように、長浦と御船は不動の姿勢で並んでいて、服装はネクタイに白い長袖を着用しているところから、士官用の第1種夏服であると分かる。

 ちなみに男性士官用の第1種夏服は、ネクタイは着用せず、詰襟になっている。

「頑張ってこい、長浦、御船。これは自分を大きく成長させるチャンスだからな。」

 川原はそう言いながら、長浦と御船に笑顔を見せる。

「川原艦長、大変お世話になりました!」

 長浦はやや硬い表情で、川原達に10度の敬礼をする。

 御船も長浦が不動の姿勢に戻ったのを、横目で見てから口を開く。

「川原艦長、短い間でしたが、大変勉強させていただきました!」

 長浦と御船が川原達に対して、別れのような挨拶をしている理由であるが、それは彼女達が左手に持っている茶封筒にある。

 この封筒に入っている書類は辞令に関する事で、長浦と御船の次の異動先が示されている。

 副長小松や船務長柴田の他、各長達にそれぞれ挨拶していくうちに、無情にも2人に離艦の時間が迫っていた。

 長浦と御船は制帽をかぶって整えると、挙手敬礼をして離艦を報告し、川原がそれに応じた。

 そして長浦の号令で2人は回れ右をして、輸送艦“いわしろ”士官室を退室した。

 艦内通路に出て長浦と御船が歩き出すと、後ろから声をかけられ、2人は振り向く。

「海里ちゃん、祥子ちゃん。少しだけ待って。」

 そこにいたのは輸送艦“いわしろ”の艦魂、岩代である。

「岩代3佐、どうされました?」

 長浦の言葉に、岩代が少し顔を曇らせる。

「川原艦長と向こうの艦長に、許可と時間をもらったの。一緒に来てもらえるかしら。」

 長浦と御船は顔を見合わせて頷きあうと、岩代の後ろをついていく。


◯輸送艦いわしろ 艦内最後部


 長浦達は士官室から移動中、すれ違う士官や下士官達に挨拶しながら岩代の後ろをついていくと、艦尾のウェルドックに到着する。

 そこはシャッターが開けられ、艦尾後部扉も全開にされていて、ウェルドックやそれに続く格納庫も明るく、そして、涼やかで緩やかな風が吹き抜けている。

 その先には補給艦“なかうみ”の艦尾が見えていて、自衛艦旗が優しく吹く風に、少しだけたなびいているのもはっきりと見える。

「たった1週間前の夜の事なのに、かなり昔に感じるわね、海里ちゃん?」

 LCAC2107の正面に立ち止まった岩代は、感慨深く07の操縦席を見上げると、長浦の返事を待たず、口に両手を添えて大声を出す。

07(マルナナ)ちゃーん!08(マルハチ)ちゃーん!海里ちゃんと祥子ちゃんが来てくれたわよー!出てきなさーい!」

 すると操縦席下の、艦艇の甲板にあたる部分に07と08が急に姿を表すと、2人は大声で泣きながら走って3人の元に駆け寄り、先に着いた07は長浦の、後から追い付いた08は御船の、それぞれの足に飛び付いてがっしりと抱きつき、そのまま泣き続ける。

「落ち着いて、08ちゃん!何があったのかな!?」

 御船の声に、青い作業衣の右の袖で目元を数回拭うと、涙が止まらない目で御船を見上げる。

 08の右袖の一部が涙で濡れて、色が濃くなっている。

「御船?戻ってきてくれた?の?」

 08の質問に御船は、目を見開き言葉を詰まらせてしまう。

「えっ!?いや、えっと、そうじゃなくて、その・・・」

 完全に困ってしまった御船の横で、同じように長浦も困っていた。

「長浦?何で1種着てる?の?やっぱりどこか行っちゃう?の?」

 07に抱きつかれながら見上げられ、長浦も困ってしまい、岩代を見てしまう。

「昨日の夜、私が海里ちゃん達の話をしたら、2人ともずっとこんな調子になっちゃったのよね。」

 腕を組んで困り顔の岩代にLCACの整備員が近付いてきて挙手敬礼し、部隊帽を脱ぐと長浦と御船の方を向く。

「長浦3尉、御船3尉。我々では手に負えないばかりに、異動でお忙しい所お手間をとらせてしまって、大変申し訳ありません!」

 そう言うと深く頭を下げる整備員に、御船が声をかける。

「“いわしろ”の中で1番LCACちゃん達に接していたのは、私と長浦3尉だから仕方はないです。頭を上げて下さい。」

 御船がそう言って頭を上げさせようとするが、整備員は中々頭を上げる気配がない。

「ここは私達に任せて、自分の仕事に戻ってください。これは私からの命令(お願い)です。」

 長浦が静かにそう言うと、整備員は頭を上げて部隊帽をかぶり、岩代達に挙手敬礼するとその場を離れた。

 長浦はそれを見届けると、しゃがんでハンカチを取り出し、07の目元を拭く。

「おいで、08ちゃん。」

 御船に抱きついている08に手招きして呼び寄せると、07と同じように目元を拭く。

「2人とも、よく聞いて。」

 長浦はLCACの2人に、普段のような子供に接する時の言い方を止め、先程の整備員とのやりとりと同じ、真剣な言い方で向き合う。

 LCACの2人は、長浦の雰囲気が変わったのに気付き、目元を自分達の服の袖で拭いながら姿勢を正し、長浦の言葉を聞き逃すまいと、2人も涙を溢しながら真剣な表情になる。

「私も御船3尉も、辛いの。せっかく仲良しになれたのに、異動しなきゃいけないんだから。」

 長浦の言葉に、LCACの2人は食い下がる。

「だったらここにいて?ね?」

「私、鞍馬にお願いするから?ね?」

 08の鞍馬という発言に、岩代は驚きで声を掛けようとするが、御船は岩代に視線をあわせると無言で首を横に振って、見守るような視線を長浦達に向ける。

「ごめん。07ちゃん、それは出来ない。それから08ちゃん、それは辞めてほしい。」

 長浦の言葉に07は長浦の左腕を、08は反対の右腕をとって、激しく揺する。

「「何で!なの!?」」

 長浦は両腕をとられたまま、左手を07の右肩に、右手を08の左肩に優しく乗せる。

「私は副長になる。それを、護衛艦“いわみ”の石見3佐達と約束した。そのためには、これは避けて通れない事で、目標にしているお父さんも、そうして副長になった。御船3尉にも、もちろん目標がある。」

 長浦は御船を見上げると立ち上がり、代わりに御船が07のそばにしゃがむ。

「私は砲雷長になる目標があるの。長浦3尉と同じで、どうしても異動は避けられない。・・・ごめんね、2人とも。」

 御船の気遣うような優しい声を聞きながら、07と08は無言でうつむくと、小さく嗚咽を漏らす。

 そこへ08のそばにしゃがんだ長浦が、もう1度声をかける。

「だから、LCAC2107(フタヒトマルナナ)さん、2108(フタヒトマルハチ)さん、私達が目標を叶えられるように、笑顔で応援して下さい。」

 そう言って、長浦は08を強く抱きしめながら、落ち着かせるように優しく背中を数回撫で、今度は07にも同じ事をする。

「2人とも、最後の最後にごめんなさいね。私がもうちょっと考えて伝えていれば・・・。」

 岩代の申し訳無さそうな声に、御船が岩代に近付き小声で囁く。

「そう、お気になさらないで下さい。」

 御船は岩代にそう伝えると、長浦のそばで不動の姿勢をとる。

 それを見て岩代は、左ポケットに手を入れると市販されているような、小さなトランシーバーを取り出すと通話を始める。

(キロ)、こちら(インディア)。予定は終了した。繰り返す、予定は終了した。」

(インディア)了解した。こちらも準備出来ている。』

 岩代の送信に、川原らしき声が聞こえてくる。

 しかし、あくまでも岩代(インディア)の通話相手は(キロ)である。

(キロ)(インディア)。了解した。」

 岩代が通話を終わらせようとすると、(キロ)からさらに通話が入る。

(インディア)、まだ聞こえるか?』

 予定にない通信が入り、岩代の表情が曇り、緊張が走る。

(キロ)(インディア)。どうしました?」

 緊張のためか岩代はつい普段の言い方が出かかったが、丁寧語ではあるものの、なんとかぎりぎりでそれを回避した。

(インディア)、さっき(ノヴェンバー)(マイク)に【ユニフォーム】・【ウィスキー】を伝え忘れた。伝えておいてくれ。』

 岩代は表情を明るくすると、長浦と御船を見る。

 長浦と御船は静かに頷くと笑顔を見せる。

 岩代は伝えた事を(キロ)に伝達すると、トランシーバーをポケットにしまう。

「07ちゃん、08ちゃん。あっちまでお見送りしましょう?」

 岩代は格納庫のスロープにいる舷門当直を指差すと、07と08姉妹は突然走り出す。

「あ!こら、2人とも!!」

 岩代と長浦、御船は慌てて後ろを追いかけると、姉妹は困惑する当直の横に並んで姿勢を正すのが見える。

 岩代も姉妹と話をすると、LCAC達の横に並び、遅れてくる2人を待つ。

 長浦と御船はやや息が上がっているが、すぐに息を整える。

「海里ちゃん、祥子ちゃん。ここでお別れしたかったんですって。」

 岩代が声をかけると、LCACの2人は涙を流した痕跡を残したまま、満面の笑顔を見せる。

「海里ちゃ・・・。ううん、長浦3尉、御船3尉、向こうでも頑張ってね。」

 輸送艦“いわしろ”の部隊識別帽をかぶった岩代に声をかけられ、舷門当直からも挙手敬礼を受ける。

 長浦と御船も挙手敬礼で応じ、岩代といつの間にか部隊識別帽をかぶった07と08も同じように応じる。

 岩代と舷門当直は輸送艦“いわしろ”の、07と08は第1エアクッション艇隊の部隊識別帽である。

「長浦、頑張って!ね!」

「御船も頑張って!ね!」

 長浦と御船は挙手敬礼を終えると、それぞれに07と08に声をかける。

「元気でね、2人とも!」

 そう、明るく答える長浦に対して、御船はというと・・・

「いい、2人とも?岩代3佐の言う事ちゃんと聞くのよ?それから、お片付けはしっかりやって、お部屋は綺麗に!そうだ、ちゃんと2200までにはお布団に入って・・・」

 と、小言が続いている中、岩代が舷門当直の2人と呼び寄せた長浦に、御船を見ながら小声で話す。

「ねぇ、海里ちゃん?祥子ちゃんって、あんな子だったかしら?」

 それを聞いて、舷門当直の2人は首を傾げるが、長浦は知っていたようで、御船を見ながら岩代に答える。

「多分、妹さんと弟さんを思い出しちゃったんですよ、きっと。面倒見てたって、祥子が言ってたので。」

それを聞いて、御船を見た岩代達は納得した様子で大きく頷く。

 長浦は徐に腕時計を見ると、まだLCAC達に小言を続けていた御船の肩を叩く。

「祥子・・・もう、行こ?」

「それから、もう副長の帽子に・・・え!?ごめん!!」

 御船は慌てて時計を見ると、肩を落とす。

「名残惜しいけど・・・」

「・・・うん。」

 長浦と御船は後ろ髪引かれる思いで、1年には満たないながらも生活してきた輸送艦いわしろを離艦する。

 桟橋に足をつけると、上の方から船務長の柴田の声が聞こえる。

「長浦!御船!しっかりやれよ!」

 その声に2人が上を見上げると、“いわしろ”乗員が全員ではないようだが、右舷(みぎげん)側に集まっている。

 長浦と御船が艦橋を見上げながら挙手敬礼して船務長達の答礼後に不動の姿勢をとると、それに合わせて艦内放送がかかる。

『右、帽振れ』

 すると集まっていた“いわしろ”乗員達が帽振れを始め、長浦と御船も同じように艦内放送に合わせ、制帽を高く掲げて小さく円を描くように帽振れをする。

 艦橋には川原や副長の小松、下にいたはずの岩代も小松の少し離れた隣にいて、それぞれ各自の帽子をふっているのが見える。

 岩代の左右には帽子だけが動いているのが見え、どうやらLCAC姉妹も岩代の両隣に別れて帽子を振っているようだ。

『帽、被れ』

 その艦内放送に、帽振れを止めると制帽を被り直す。

 すると、海曹らしき年配の男性が赤い棒の様な物を振って桟橋にいる2人の注意を引く。

 棒状の物は布だったようで、海曹は広げると右手に赤の旗の、左手に白の旗の棒を持つ。

 そこから1度両手を降ろして右手の赤い旗を水平に、白い旗を右斜め下に、岸壁の2人にも見えるように掲げて、素早く両手を降ろす。

 彼が行ったのは手旗信号の“フ”で、そこからはテンポ良く素早く両手を上げたり横に伸ばしたり下げたりをして、伝え終えると白い旗を右手に持ち、数回頭上で振って挙手敬礼する男性海曹。

 長浦と御船は答礼すると、大きく両手を振って笑顔を見せた後、輸送艦“いわしろ”を振り返る事なく、次の異動先へと歩いていった。


◯輸送艦いわしろ 艦橋


「行ってしまったか・・・。」

 川原は淋しそうに小さく呟くと、制帽をかぶる。

「長浦と御船の漫才みたいなやりとりも、もう聞けないですね。」

 副長の小松も同じように小さく呟きながら、制帽を深めにかぶる。

 そこへ艦橋に戻ってきた航海員長に川原が声をかける。

「今日は調子良かったようだな。」

 航海員長はそれに対して、川原に笑顔で答える。

「ええ!絶好調でしたから、全力でメッセージを送りましたよ!“フタリトモムコウデモガンバレ”って。御船3尉は分かりませんが、長浦3尉には悔しい事に伝わったようですよ!」

 航海員長はそう言った後に愉快そうに笑うと、小松はやれやれといった様子を見せる。

「員長の手旗は、本当に早いからな。全速を読み取れるのは艦長と私と、後は長浦位だったからな。」

 それを聞いて員長は、岩代も読み取れたと付け加えて、さらに続ける。

「その長浦3尉から聞きましたが小学生の頃に、自分から言い出して長浦将補とガールスカウトで教わっていたと聞きましたからね!凄いもんですよ!!」

 川原と小松は員長の話を聞き、驚きの表情を見せるがすぐに納得した表情に変わる。

 員長は川原と小松に、配置へ戻る旨を告げると自分の持ち場へ戻っていった。

「ガールスカウトは聞いていたが、まさか長浦将補からも教わっていたとは・・・」

 川原は員長から聞いた、長浦海里に関する初めて聞く話に、驚いたままであった。

 すると小松は川原に、申し訳無さそうな表情で話しかける。

「以前、艦長は彼女の事を“サラブレッド”と仰っていましたが、我々は少し彼女への認識を改めなければいけないようですね。」

 小松の言葉に、川原は大きく首肯する。

「ああ。長浦海里は単なる“サラブレッド”じゃなかったって事だ。副長が目標とは言っていたが、もしかすると艦長・・・それもDDGやDDHも夢じゃないだろう。それだけじゃない。もっと上も狙えるかもしれん。」

 川原はそう言うと、後ろ手に組むと軽く上を見上げる。

「長浦将補と同じ道を歩むと、艦長は思われているのですか?」

 その疑問に、川原は顔を正面の窓に向け、艦首に掲げられている日章旗を見つめる。

「多分だがな。それと以前小松が、長浦は海自に入るべくしてと言って、私は肯定したと思ったが考えを変えねばならない。」

「と、仰いますと?」

 川原は小松の方を向くと、言葉を探すように目を数秒閉じて、ゆっくりと目を開ける。

「長浦は自分の意思で海自を引き寄せ、自分の意思で海自に自身を選ばせた・・・は、私の言い過ぎか?」

 小松は背筋を伸ばすと、自分の意見を川原に述べる。

「いえ、自分はそうは思いません。彼女の御家族や、岩代を子供の頃から知っていた風な口ぶりを考え合わせて、私も以前は、長浦が運命に導かれるように海自に入って来たと思っていました。ですが、訓練の様子等を柴田から聞いているうちに違和感を覚え、腑に落ちませんでしたが、今艦長のお考えを聞いて、やっと腑に落ちました。」

 小さく頷いた川原は徐に艦橋を見渡す。

 すると、さっきまでいたと思っていた3人の姿が見えないのに気付き、もう一度艦橋を見渡す。

「小松、岩代とLCAC達はどうした?」

 その声に小松は、川原と同じように艦橋を見渡す。

「分かりません。また、食堂か多目的区画ではないでしょうか?」

「だと、いいんだが。まあ、岩代が一緒なら、彼女に任せれば多少の事なら大丈夫だろう。」

 そう言うと川原は艦長室に向かい、小松は自室の士官寝室へと向かった。


◯浜田地方総監部 桟橋A1S 護衛艦“とさ”士官室


 こちらの士官室には“いわしろ”の時と同様に艦長の高崎の他に各長が集まっているのだが、機関長と補給長は上陸中のためここにはいない。

「長浦海里3等海尉、輸送艦“いわしろ”から異動辞令により、只今着任いたしました!」

 長浦は言い終わると、緊張した面持ちで10度の敬礼し、答礼を受けて不動の姿勢に戻る。

 隣に立っていた御船も、次は自分の番だと、緊張が隠せていない強張った表情になる

「御船祥子3等海尉、同じく輸送艦“いわしろ”から異動辞令により、只今着任いたしました!」

 御船も10度の敬礼から不動の姿勢に戻るのを見て、高崎が声をかける。

「せっかく“いわしろ”に慣れた所での急な異動、大変だろうがこればっかりは慣れろ。私からは以上だ。」

 2人は声を揃えて了解した旨を伝えると、副長兼飛行長以下それぞれの長とも挨拶をしていく。

「最後に配置だが、もう2人とも知っているとは思うが改めて言う。長浦は航海士を、御船は船務士をやってもらう。以上だ。」

 高崎は質問があるか訪ねるが、今現在は特に無いようで特には上がらなかった。

 そして、先日会ったばかりの船務士の緒方1尉が入室してきて再会し、これから案内が始まろうかと言う時、高崎が緒方達に待ったをかける。

「緒方、ちょっと待ってくれ。長浦と御船に伝達事項がまだ残ってるのを忘れていた。」

 3人は高崎の方に向くと、高崎は伝え始める。

「長浦と御船、1330に2人で浜監に挨拶に行ってくれ。案内するそうだから、近くの浜監の人間に声をかけろ。終わったらこっちに戻って、長浦は塚本に、御船はそこの緒方に“とさ”の事をこれからみっちり教われ。それから御船は後で面談をする。俺のスケジュール次第だが、決まり次第呼ぶ。長浦の面談は後日になる。以上だ。」

 高崎はそう言うと緒方に案内を任せ、艦長の定位置に座ると解散を命じて人払いする。

 副長が最後に出て行くと、それにタイミングを合わせたように、土佐が入室してきて高崎に声をかける。

第1輸送隊(1Ld)の・・・いえ、輸送艦“いわしろ”の2人をいきなり引き抜くようにこちらに呼んでしまっています。高崎艦長が川原艦長に恨まれてしまうのではないかと、少々心配です。」

 そう言った土佐の背後から、岩代とLCAC姉妹も入室してくる。

 高崎が士官室内で遊び始めたLCAC姉妹を目で追いかけていると、岩代が土佐に話しかける。

「そんな事思っていないわよ?川原艦長、優しいもの。ちゃんと快く送り出してくれたわよ?」

 そう岩代が言うと07が足元に来て、08は土佐の方の足元に近付く。

「ねぇ岩代?長浦と遊んでもいい?かな?」

「ねぇ土佐?御船と遊んでもいいの?かな?」

 その声に岩代が答えようとすると、高崎は立ち上がって土佐と08に近付く。

「LCACの08、それから07。ちょっと聞いてくれるか?」

 08は高崎を見上げて首を傾げ、07は岩代から離れると08の横に、08と同じように首を傾げる。

 高崎はその場にしゃがむと2人の視線の高さに合わせ、07と08にゆっくりと交互に顔を向ける

「長浦と御船はこれから色々、この護衛艦“とさ”で勉強してもらわないといけない。これは“とさ”の乗員全員の安全を護る為でもあるんだ。だから、出来るだけ彼女達が勉強出来るように、邪魔はしないようにしてもらえるか?」

 LCAC姉妹は1度、互いに顔を見合わせると高崎に笑顔を見せる。

「分かった!邪魔しない!よ!」

「分かった!邪魔しない!ね!」

 姉妹の返事に、高崎は思わず目を細め、懐かしそうな顔をするとさらに続ける。

「2人が休みなら遊んでも構わないから、それは安心してくれ。ただし、その時は必ず川原と岩代、それから土佐に連絡してから来い。黙って行動したら2人と遊んじゃダメだ。分かったな?」

「「分かった!ね!」」

 LCAC姉妹は満面の笑みで大きく頷くと、今度は岩代の方に向かう。

「岩代、邪魔しちゃダメだから帰ろう?ね?」

「岩代、邪魔しちゃいけないから帰ろうよ?ね?」

 聞いた岩代は、2人の変わり身の早さに苦笑いを浮かべ、姉妹と手を繋いで退室していった。

「元気だな、おちびちゃん達は。見てるだけで体力が持っていかれそうだ。」

 高崎は艦長(自分)の席に戻ると、疲れをそのまま顔に表しながら、左側の首の付け根を右手で揉む。

「肩、重いですか?」

 土佐の問いかけに、高崎は少し動きを止める。

「ああ、当然だ。なにせ俺の肩に乗ってる1佐の階級章には、司令部含めて乗員約500名超の命と、海自1大きくて高価な、基準排水量19,500tの官品(かんぴん)がぶら下がっている。それにSH達が飛んで来たり陸自とかが乗ってくれば、それも俺の階級章に責任として追加される。重くない訳がないだろう?そう思わないか?」

 高崎が首から手を離すと、土佐は彼の背後に回り、肩をマッサージし始める。

「どうした?急に。」

 高崎は土佐のマッサージを受けながら、気持ち良さそうに目をつぶる。

「なんとなく、です。気にしないで下さい。」

「そうか・・・。なぁ、土佐。」

 言い終わると高崎は目を開けて、背後の土佐を振り向いて見上げる。

「なんでしょう?」

 高崎の思わぬ行動に、土佐は手を止めてしまう。

「こういう時間が・・・ずっと続いてくれるといいな。」

「そうですね。それについては、私も艦長に同意します。」

 土佐のマッサージが再開されると、高崎は前を向いて目をつぶる。

 土佐は高崎に見せることのない微笑みを浮かべながら、今この時間の大切さを噛み締めていた。


◯浜田地方総監部 某部屋 1312i


 食事の時間も終わり、午後の課業が始まった浜監のある1室では、応接用ソファーに座っている海将補と、朝に日脚駅で見かけた男性が不動の姿勢をしている姿があった。

 彼の甲階級章は3曹の物で服装は第1種夏服ではあるが、海自の物と違い甲階級章が襟に2つ、対になって着用されていて、服の色も緑がベースになっている。

「急な話で、君も驚いたろう。これ、佐世保で買った“こんごうまんじゅう”だ。良かったら食べてくれ。」

 そう言って海将補はまんじゅうの入った箱を持って、男性の方に差し出す。

「い、いただかせて、いただきます!」

 彼はそう言うと、少し離れていたので歩いて近付いたのだが、彼は緊張のためか、右足を出すときに右手、左足を出すときに左手が出ていて、海将補は笑いをこらえてしまう。

 彼がまんじゅうを1つ手に取ると、海将補は箱をテーブルに置き、今度は側面に“くらまのパウンドケーキ”と書かれた箱を持って、彼に差し出す。

「こっちも食べてみるか?結構美味いぞ。」

 そう言われてどうしたものかと一瞬悩むが、彼は断る訳にもいかないと思い、いただきますと言ってからパウンドケーキを1つ手に取り、先程までいた位置に戻って海将補の方へ向き直る。

「遠慮せずに座って食べなさい。」

 海将補は手で向かい側のソファーを指差すと、彼は緊張でぎこちなく一礼して、指示されたソファーに座る。

「あ、私としたことが気付かなくてすまない。食べて待ってていてくれ。すぐに戻るから。」

 そう言いながら海将補は立ち上がると、ドアに向かう。

「わ、分かりました!」

 返事をすると男性は立ち上がり、海将補が部屋から出ていくのを見届けて、閉じられた部屋の扉を呆然と見つめる。

(な、何で俺、こんな事に・・・。少しの間、海自の広報に行くって聞いてたのに・・・。何で、ここに・・・)

 心ここに在らずの状態で、彼はその場で立ったまま、自分でテーブルに置いた“こんごうまんじゅう”と“くらまのパウンドケーキ”を見る他に、現状把握と言う名の現実逃避する術は無かったと言わざるを得ない。

 そこへ、部屋の主宛てに電話が来たことを知らせるコール音が鳴り響き、緑色の制服の人物は、現実逃避する事すら許されないのかと心の中で嘆くのであった。


 今話も最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございます!

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