夏風と風鈴
「ほんっとにごめん!!!頼まれごとしてくれ!!!」
勢い良く手を合わせる目の前の友人は、これまた勢い良く僕に向かって頭を下げた。
「翔、お前今日部活オフなんだろ?」
「…そう、だけど…」
「頼む、俺の代わりに委員会の仕事して来てくれ!!」
「…仕事って…司書室の整理?」
「あぁ…どうしても外せない急用が出来たんだよ…!」
「…どうせ、追試でしょ」
「うぐっ…!!…なぁ翔ー!!頼むよー!俺たち親友だろー!!一生のお願いだから!!」
教卓に手をついて、頭を擦り付ける僕のクラスメイト。一体彼は何がしたいんだろう、錬金術でも使うのだろうか。
それにしても、こんなことに一生のお願いを使うのか彼は。
呆れながらため息をつき、微笑を浮かべて彼を見据える。
「…明日、昼奢ってね」
「俺金欠で」
「じゃあやらない」
「喜んで奢らせていただきます翔さん!」
暫くの茶番ののち、司書室の鍵を受け取り、教室を出て渡り廊下にローファーの音を響かせながら目的地へと向かう。
冷たく鎮座するリノリウムの床が生暖かい夏の風を冷やし、緩やかに足を撫でる。
鈍く日光を反射する銀色の鍵をポケットから取り出し、息をついた。
(…司書室には、主がいる、だっけ)
どこからか聞いた、可愛らしい学校の七不思議。
まるで冗談のようなそんな作り話を本気で信じようだなんて誰も思ってはいないけど、夢くらいみたっていいじゃないか、なんて。
(会えたら運が良かった、ってことで)
冷たいドアノブに手をかけ、鈍色の鍵を差し入れる。
淡い金属音が静寂な廊下に反響する。
銀色の取っ手を捻り、後ろに引いてみると、中からぽちゃりと水の音。
どこからか聞こえた風鈴の涼しげな音だけが、現実だと教えていて。
「…どちら様、ですか…?」
大きな大きな金魚鉢の中には、本を開いた女の子がぽつりと座っていた。