幕間は突然に ②
騎士団隊長のダイス視点です。
俺の名前はダイス=フォン=シャリーズ。
シャリーズ国の第二王子だ。
幼い頃から王宮の堅苦しい生活が苦手で、こっそり城下町で遊ぶような変わった王子だった。
幸いにも剣術の才能があった為、正室の子である第一王子の兄上を軍事面で補佐するべく、厳しい訓練にも耐え抜き去年騎士団隊長に抜擢された。
俺が四歳の頃、側室だった母が亡くなった。
母の身分が低い事もあり子供心に肩身の狭い思いをしていた時に俺の手を握ってくれたのが兄上と王妃だった。
王妃は葬儀や公務で迎えに来るのが遅れたことを詫び、抱きしめてくれた。
わんわん泣き喚く俺を王妃が抱きしめ、横で兄上が頭を撫でてくれた事は幼い頃の良い思い出だ。
ーーーマリエラ王妃が倒れた。
あの時は城中が大騒ぎになった。
外傷も病でもない事から直ぐに目覚めるだろうと誰もが思っていたが、予想に反して数ヶ月経っても起きる兆しはない。
薬を使われたとも考えられたが、守護竜のアゼル様の力が及ばない毒などこの世に存在しないだろう。
アゼル様は治療の為に引きこもり、時間だけが過ぎ去る。
そんな中、魔法師団の一人がユニコーンなら治す事が出来るかも知れないと言い出した。
「ーー話にならない!!一体何を考えておられるのか!?
沈黙の森にユニコーンが居る可能性があるのに!!」
「ダイス、落ち着きなさい。」
「アゼル様は本当にマリエラ王妃を救う気があるのか!?」
「ダイス!!」
幼馴染で魔法師団長のシオルが声を荒げた。
ーーーくそっ!
何度か許可を貰いに行ったが取り合うどころか、気に病まず普段通りでいろだと?
出来るか!いっそのことーー
「……無許可で森に行くか?」
「!それは…」
「それしか方法は無いだろう?俺一人なら何とでもなるし、いざとなれば俺の首を差し出すさ」
「………は〜。貴方は一度言い出したら聞かないところがありますからね。
いいでしょう、私も同行します。」
「おい!?森は未知の領域なんだぞ?どんなに危険かも分からない。
例え成功しても罪には問われるだろう。死罪もあり得るのだぞ!?」
「知っていますよ。だいたいどうやってユニコーンを捕らえるのですか?何日かかるのですか?魔獣が群れで襲って来たら?怪我をしたら?考え無しも、いい加減にしなさい!」
………………
少し泣きそうになった。
「皆さん、王妃の為に何かしたいんですよ。隊長一人で行ったところでユニコーンに蹴られてお終いですよ。
シオル隊長も、うちの隊長の考え無しは何時もの事じゃないですか」
「おい!?」
「それもそうですね。」
「待て!」
「では、決めるのは今後の方針だな」
ーーーお前ら無視か?
もっと泣きそうになった。
「纏めますよ。
長期訓練の名目で出発します。途中ニリニ峠から志願者で構成した少数精鋭が別行動で沈黙の森に向かいます。副長らはそのまま当初の予定通り訓練場へ向かって下さい。
3日間が期限と言いたいですが行き道で1日費やしますので、実質2日と思って下さい。それ以上は気付かれる可能性があります。」
「2日か…バレると強制帰還、下手したらアゼル様自ら連れ戻しに来る可能性もあり、か」
「やるしかないでしょうね。
しかし、アゼル様も入れない森とはどんなところでしょう……ジル?どうしました?」
俺の副長であるジルが奇妙な顔をしている。何なんだ?
「いや、別に……ちょっとアゼル様と森で思い出してただけです」
「何だよ〜?気になるな〜」
「一応、作戦会議は終わったんだ。教えろよ」
今後の方針も決まり、場は和やかな雰囲気になる。
そんな中、ジルはマズイ物を食べたような顔で口を開いた。
「………本当に関係無い話ですけど、ほら奥にある中庭にアゼル様が休憩によく訪れてるじゃないですか?」
…ああ、憂いた顔が素敵だと、メイド達が騒いでたな。
死角になる場所が溜まり場になっているらしい。
「知ってると思いますけど、俺は耳が良いのが自慢で、前に中庭を通りかかった時に…アゼル様の呟きが聞こえたんです」
「?」
「……遠くを見つめながら、
“…私は鳥になりたい、鳥になってあの森に行き、そしてあのお方の前に跪きたい”
“何故この身は地を走る獣では無いのでしょうか?唯の獣なら森に行けるのに”
“この際、ゴブリンでもスライムでもいい。行きたい、行きたい、行きたい、行きたい”
………と」
……………………………。
……病んでるのか?何か疲れでも溜まっているのだろうか?
この件が終われば長期休みを提案してみよう。
一週間後、俺達は出発し沈黙の森に入った。
「ここは、貴重な動植物の宝庫ですね」
「僕向こうで絶滅したはずの、アナータ草を発見しました!」
「あの岩の塊はダスマイトか?希少鉱物の!?」
次々と報告が上がる。
お前ら宝探しに来てるのでは無いんだが…。
確かに、この森に学者達を連れて行けば小躍りする程喜ぶのだろうな。
「全く、なんて数の精霊でしょうか」
隣を歩くシオルが肩で切り揃えた青い髪を揺らしながらため息を吐いた。
「俺達には分からないが?数が異常なのか?」
「故意に集まっていますね。普通は考えられない程の気配ですよ。彼らを惹きつける物があるのか?…お陰で何人か精霊酔いをしていますよ」
「精霊酔い?」
「そうですね……例えば打ち上げ会の後は皆さん酒臭いですよね?酒が苦手な人はその匂いに酔う、それと同じ現象ですよ」
「なるほど、香水みたいに匂いがキツイんだな」
「………隊長達、精霊に怒られても知りませんよ?」
「へへ、少し奥にある花畑は俺の愛しのターニャに似た可憐な白い花が沢山咲いてたぜ」(毒草です)
「う〜。僕も何か探さないと。
え〜と……あ、向こうに白い馬がいる!!…え?」
ーーー!!!
ユニコーンだ!!
「捕獲しろ!!」
俺の命令に、隊員が一斉に動き出す。
その時、ユニコーンの前にジュオンが庇うように躍り出た。
ーー何!?
一瞬怯んだ隙に、今度は横からゴブリン達が石を投げつけてくる。
ーー何だと!?
次々に投げつけられる石を除ける、その隙にユニコーンが逃走した。
くそ!逃がすか!
「一体どういう事だ!?何故肉食のジュオンがユニコーンを庇うんだ?ゴブリン達と連携だと?聞いたことがない!」
逃げ道を選んでいるらしく、此方がなかなか追いつけない事に苛立つ。
ーー今度は食虫植物か!?
「異種族、しかも何種類もが連携してユニコーンを助けるなど考えられません。第一、知能が低いゴブリンやスライムが我々を翻弄している時点でおかしい。…何者かが知恵を授けたか、命令しているか…っ!」
シオルが襲いかかる食虫植物を氷漬けにする。
命令しているとしたらそれは一体、何者の仕業なのか?
そして、その疑問はすぐに解決した。
追いつめられたユニコーン達を救うべく、深い叡智と圧倒的な気配を身に纏い、黒いドラゴンが目の前に佇んでいた。
正直、その後の事は思い出したくも無い。
“王妃を自分達が助ける”
その事に、如何に自分達が酔いしれてたか、王子である自分の命を差し出せば丸く収まるだろうという奢り、ユニコーン達への一方的な行為、アゼル様への裏切り行為、歴史の無知、数え上げれば切りが無い。
結局、ドラゴン様が同行という形でユニコーンが国に来てくれる事になり、しかも条約違反の件も自分の胸に納めると言ってくださった。感謝の言葉もない。
小さく“あの馬鹿どものせいだしな”と零しておられたが何の事だろうか?
マリエラ王妃が目覚めるかもしれない。その希望がある、それがとても嬉しい。
この恩は一生を掛けて返して行くと誓った。
余談だが、ユニコーンに余計な言葉を教えた奴は誰だ!?
俺達は頭がおかしい人じゃないいぃぃ!!!(号泣)