幕間は突然に 13
遅くなりました。m(_ _)m
「そういえば、前回はクリスタルドラゴンのとこだったよね〜?」
紙をめくる音とカリカリとペン先の音が走る中、ふっとルトが思い出したかのように間延びした声を出し顔を上げた。
一週間缶詰め状態で仕事を強要され、若干頬の痩けた顔は神秘的な紫色の髪と合わさり儚く今にも倒れそうな病弱美青年といった風情だが、彼を知る誰もが黒光りする虫より生命力が強いと言い切るだろう。
ルトの言葉に他の三人も切りがいいとペンを置き体を伸ばし始めた。
「…なかなか終わらないものだな」
ポツリと呟いた美丈夫の青年はガイラル。見に纏う軍人の様なキリッとした厳格な雰囲気は変わらないが、流石に疲労は隠しきれず目の下には薄っすらと隈が浮かんでいる。
艶やかな光沢のある愛用の万年筆を机上に置きながら彼は部屋を見渡した。
木目と手触りが素晴らしいと評判の最高級のマニ木を惜しげも無く使った机と椅子は四脚あり、職人技により細かい衣装が施された革張りの椅子は長時間座っても疲れにくく、貴族たちが予約待ちをしているほどだ。窓からは涼やかな風が美しい白いレースカーテンを揺らし、庭に咲いている花のほのかな香りを室内に運ぶ。クリーム色の落ち着いた壁には新緑の絵画が目を和ませ、机上には稀少品であるスノーダリア原産の紅茶に料理長一押しの色鮮やかなマカロン。至れり尽くせりの彼らがいるこの部屋には…………大量の決済待ちの書類が高く積み上げられていた。
つまりこの至れり尽くせりの部屋は彼らにとっては豪華な牢獄だった。
二百年祭にあたり族長と組みどうにか王に出席を約束させたが、交換条件として出されたのが高く積まれた書類を全て終わらせる、といったものだった。
どんな交換条件を出されるかと身構えていた彼らは拍子抜けしつつも、軽く二つ返事で了承し王宮の一画に作られた特別執務室に入った瞬間、天井まで届く決済待ちの書類に半歩後退りした。
守護竜達が勢ぞろいして半年が過ぎ三国から最初に届いた連絡は、体の安否と楽しんでいるか、といったものだったが次第に、そろそろこっちが恋しくなってきただろう?と続き終いには守護竜達に、ヘルプミー!と涙で滲んだ文字で切々と訴えかけていたが、タンポポの綿毛ほども心が動かなかったのは言うまでもない。
「は〜、疲れたねぇ。あたしは事務処理は嫌いだっていうのに。……へぇ、これも我が主様が考えられたマカロンって言うのかい。
あー、糖分で脳が癒されるー。ピリッとしたブラックペッパー味は美味しいねぇ」
机の上に突っ伏していたレイラは顔を上げポリポリとマカロンを食べ始めた。
体力には自信があるが、流石に一週間徹夜に顔色が青白く炎の様な赤い巻き毛の髪が数本頬にかかり妙に艶かしい。
ポリポリ音を立てながらマカロンを食べつつ、オレンジがかった赤い瞳を細めジロリとアゼルを睨み苛立ちを隠せない口調で八つ当たりをする。
「だいたい何だい、あんたんとこの補佐官は?あたし達の殺気にも平然としてるなんて。あたしんとこの補佐官だったら気絶してるよ」
「俺もそれは思った。上司に似て可愛げがない、と言うか普通ではないな」
「私も時々どちらが上司か、分からなくなる時があります」
顔にかかる緑の絹の様な髪を払いながら疲れたように呟いた美貌の青年は、ここ最近の自分の補佐官上機嫌ぶりを思い出し、深いため息を吐いた。
人間どころか魔獣すら尻尾を丸めて逃げ出す空気も普通の人間なら恐怖に気絶する殺気を込めた視線も物ともせず、ニコニコしながら追加の書類を積み上げていくサリアに、“ お前は本当に人間か!? ”、と全員が叫んだのは無理もないだろう。
「本当に興味深いな、人間は。
ああ、そう言えば前回開催地だったな。クリスタルドラゴンの所で正解だ。手先の器用な一族だったからな。飯も酒の肴も凝ってなかなか美味かった」
「あそこんとこの鳥の煮込みは甘辛くて酒が進んだねぇ。土産に貰ったよ。出し物は、何だった?…モグモグ、確か劇だったはずだけどねぇ」
「そうです。女神ヨーコの伝えた伝承を元にした劇で確か、“ フランダーの猫 ” と “ マッチ売りの少年 ” でした。
はぁ全く。宴会の席で何故涙なしには語れないような盛り下がる劇をするのか理解に苦しみましたよ。長老達が号泣して鬱陶しかった記憶があります」
アゼルの言葉に当時の事を思い出したルトが顔をしかめながら言った。
「あ〜、泣いてたね。あんまり号泣するんでいつぽっくり逝くか劇よりもハラハラしたよ。
それに劇の内容も微妙だったよね。フランダーの猫は何て言うか、馬鹿?何濡れ衣着せられてんの?それに財布なんて落とした奴が悪いんだから貰っとけばいいのに持ち主に届けて自分は凍死?馬鹿だよねって感じ?」
「そうだねぇ。でもよく言うじゃないか。男が泣いていいのは親の死に目と財布を落とした時だけだって。それ位大事なんだよ。それを落とした奴は大馬鹿だったねぇ」
「そうそう。んで最後は俺達が悪かった?ばっっかじゃないの?」
「フランダーの猫ですか。
あれは犯人を見つけ出せなかったのであれば他の誰かを嵌めるか濡れ衣を着せた村長だか村人だかの家を燃やせばよかったのです。それを計画出来なかった時点で彼の運命は決まっていたと言えるでしょう。……そういえばガイラルはいたく感じ入ってましたね」
「人間では無く猫にだがな。年老いた猫にミルクを運ばせるとは言語道断だ。……動物は出ないがマッチ売りの少年も似たような結末だったな。雪の中裸足でマッチを売り歩き幻覚を見ながら死ぬ話か。因みにお前達ならどうする?」
「あたしかい?燃やすね」
「レイラ、それじゃ家まで燃えちゃうよ。ここは父親を毒殺でしょ♫」
「私が裸足でマッチ売り?ありえませんね」
三者三様の答えが返ってくる。
思わず突っ込みそうになったガイラルだが少し冷めた紅茶と一緒に言葉を飲み込む。
因みにガイラルの答えは切り刻む、なので人のことは言えない。
「前回は置いといて、ルビードラゴンの一族は今回なにをするんだ?」
気分を変えようと話題を変えたガイラルの問いかけに、珍しくレイラの眉が下がる。
ため息と共に自分は教えられていない、と答えた。
何でも今回は一族総出で張り切っており、再三の求めにも関わらず一切情報が回ってこないとの事だった。
「……何故か不安しか感じないのは俺だけか?」
「大丈夫です、私も同意見ですから。お祭り好きの一族ですからね。一体何をしでかすやら」
聞き捨てならない言葉にレイラが反論する。
確かに祭り好きは認めるが、今回は竜王様が出席するのだ。一族の威信をかけて準備しているはずだ。
「確か、“ 頂上を目指せ!酒王決定戦 ”とか、“ 竜王様の次は誰だ、準最強決定戦 ”とかみ〜んな血生臭い野蛮なのばっかりだよね」
……だ、大丈夫、と思いたい。
「血生臭い事ならもう既に起きてるでしょうね」
含み笑いをするアゼルの言葉に首を傾げるルトとレイラだったが、ガイラルがアゼルの言いたい事が分かったのか、成る程と呟いた。
「定員枠の争奪戦か」
レイラとルトがポンッと手を打った。
二百年祭は元々他の一族と交流の目的があるが、実はもう一つ竜種にとって大事な目的がある。出産率低下を防ぐ事だ。つまり集団お見合いの場でもある。
最高10人、最低でも雄雌一組を連れてくる決まりがあるが、勿論誰も行きたがらない。終いには実力行使で抵抗してくるが年若い者たちなど族長の足下にも及ばず、 文字通り首に縄を付けて引っ張って行かれるのが二百毎の風物詩と化していた、が。
「定員枠10名を巡り、今頃血で血を洗う争奪戦を繰り広げているだろうな」
ここにはいない一族の者たちを思いながらガイラルが喋ると、
「あたしんところは開催地でほんっと良かったよ」
レイラが安堵のため息と共に本音を漏らし、
「守護竜選抜戦の時以来の激しさだろうね。ふふ。まぁ一目見たいという気持ちは分かるけど、見たら我が主が減る。絶対減るもんね。どうしようかな〜」
ルトが物騒な目で思案し、
「さて、此度はどれほどの数が脱落するでしょうね」
ティーカップを持ちながらアゼルが優雅に微笑みながら締めくくる。
所詮は他人事なのだ。
しかし書類を捌けなければ自分達も出席が危ない事を思い出し、慌ててペンを取るのはあと少し。




