クリスマスは突然に ②
クリスマスとは簡単に言えばどこかの偉い奴が生まれた日をご馳走(これは大事だな!)で祝う日らしいのだが、その前日の深夜に白いヒゲと真っ赤な服を着た年老いたオスが一年に一度だけ良い子にプレゼントを配るらしい。うむ、吾輩は良い子だぞ!……何?大人は駄目なのか?差別はいかかんぞ。
吾輩サンタクロースとやらを説得しなければ。
サンタクロースに対抗してなのか、ガキンチョにプレゼントと言っていたご主人様は吾輩の言葉が分からないのに一体どうしろと言うのか。
しかしこれはご主人様からの直々の命令である。吾輩は全力で尽くす所存だ。
さあ、行くぞ!
ガキンチョを城門近くで見つければ丁度城下町に一人で行くようだった。
ふむ、これは都合がいい。
はーっははは、吾輩の日頃の行いのおかげだな!
「ハチ、一緒に着いて来てくれてありがとうです」
「ギャオス!(ふ、心の広い吾輩を崇め奉るが良い!)」
ガキンチョと一緒に通い慣れた道を歩く。
きぞくがいと言う大きい建物が多い区画を通り抜け暫く歩くと徐々に人間達が多くなって来る。
また暫く歩くといちばと呼ばれる通りに出る。
このいちばには美味そうな肉や魚が並んでいてこれは丸いおかねというもので買うそうだ。よく元住処の宝箱の中にたくさん入っていたのだが、引越しの際に持って来れば良かったな。
人間達の威勢のいい呼び声やこのワクワクする雰囲気は嫌いではない。
「美味いよ〜、焼きたての串焼きだよ〜。甘辛ダレが絶品だよ」
「今日はジャ芋がお勧めだ。こっちの大根も見て行ってくれよ」
「今朝入ったばかりのリンゴだよ。ほら見て見な中の蜜。甘いよ〜。
お、リオちゃんはハチを連れてお散歩かい?ほら、小さくて売り物にならないリンゴだけど味は保証付きさ。歩きながら食べな」
「わ〜、ありがとうです!」
「ギャオス!(ちょっと待て!)」
失礼な。吾輩がガキンチョをお散歩させているのだぞ。このメスめ、脂肪まみれの足に噛み付いてやろうか?………いや、この人間はメスおばちゃんだな。危険だ。
吾輩が初めてご主人様と共にいちばに行った時、吾輩はおかねの存在を知らず台の上に置いてあった山盛りの果物にかぶり付いた。お口の中に広がる甘い汁にうっとりしていたとはいえ、背後からのメスおばちゃんのハタキ攻撃をまともにくらった。この吾輩に気配の欠片すらも感じさせなかったメスおばちゃん恐るべし。
以来メスおばちゃんには近づかないようにしているのだ。モシャモシャ……しかしこのリンゴ本当に美味いな!
「ハチ、美味しいですね〜」
?ガキンチョの欲しい物は果物か?
「おばちゃんさん、ありがとうございました。とっても美味しかったです」
違ったらしい。まあ、果物や野菜は普段食べているからな。
ガキンチョはにっこりスマイルでメスおばちゃんのハートを鷲掴みし、売り物のリンゴを両手いっぱい貢がれていた。……吾輩、コイツの将来が何気に不安になってきた。
次に人間達が身を飾るアクセサリー屋で暫く品物を見ていたが、ガキンチョは眉を寄せるとまた歩き出した。
自分の身に付ける物じゃないのか?
その後、目の覚めるような色が溢れる布屋で物色した後、今度は武器屋のガラスの前に置いてある鎧や剣を見ていたが、軽く首を振るとしょんぼりと歩き始めた。
………ガキンチョは何がしたいんだ?
ええい、女々しい!オスなら即決せんか!即決をっ!!……………………ん?
いやいやいや、即決したら不味いのでは?ご主人様が買うプレゼントが無くなってしまうではないか!…と言うと何か?クリスマスとやらまで後三日。吾輩はガキンチョを阻止しなければならないというのか?
いちばの中央には白い石で出来た大きな人間のメスが壺を持ちそこから大量の水が湧き出ている。(噴水と言うらしい)
そこに腰掛けたガキンチョと吾輩は貢物を食べながら小休憩をしていたのだが、ガキンチョが不意に大きなため息を吐きながら情けない声を出した?
「……プレゼントが見つからないです」
「ギャオス?(は?)」
首を傾げる吾輩の視線に気づいたのか、ガキンチョがポツリポツリと話し始めた。
「主様がサンタクロースさんは良い子にプレゼントをくれるって言っていました。でも子供だけだって。主様や守護竜様達や騎士さん、メイドさん達も駄目です?そんなの嫌です。
だから僕がサンタクロースさんの代わりに主様達にプレゼントを配るんです!
…でも、いっぱい買わなくちゃいけないのに、みんな高そうです。僕のおこずかいでどれだけ買えるんでしょうか?」
………アクセサリーや綺麗な布はご主人様やほわほわお胸のめいど達用に。武器屋はむさ苦しいきし達用に。自分のではなく他の人間達の為だったのか。…………グズッ………め、目から汗が出る。鼻が、、き、今日は寒いな〜。グズッ…。
ふ。寒くなくなったぞ。
おかねはどれくらい持っているかとガキンチョが持っている袋の中を覗き込むと、赤茶色の物が十数枚と白金色のが三枚程入っていた。
ふむ、全く分からん!第一吾輩はおかねで買い物をしたことがない。
しかし所詮はガキンチョが持つおかねだ。大したものは買えないだろうな。おかねを使わない物だと調達になるか。……よし!強く賢い吾輩にいい考えがあるぞ。
吾輩はガキンチョの服の裾を引っ張り物陰に隠れると身体をガキンチョが乗れる程度まで大きくした。そして背中に乗せると屋根まで飛び上がり屋根伝いに勢いよく走り始めた。
途中国をグルリと囲む大きな石の壁が見えたが、僅かな出っぱりや崩れた部分を爪と脚力でポンポンと垂直に登り、頂上から一気に下までダイブ。ガキンチョが何が叫んでいたが気にしない。尻尾で落ちないよう抱えているのに何の不満がある。
その後目的地までスピードを緩めず一気に走り抜けた。
何故かぐったりしたガキンチョが吾輩の背から降り青白い顔でへたり込んだ。
暫くそのままで風に吹かれていたが、気分が良くなったのか顔を上げた瞬間、目の前の光景に言葉を失っていた。
ふ。吾輩もこの光景を見て言葉を失っていたがな!
目の前にはこんもりとした森が紅葉したかのような真っ赤な葉っぱを揺らせながら存在していた。
ガラスの様な透明感がある掌の様に切れ込みが入った葉っぱはガキンチョの顔ぐらい大きなものだ。木の表面はツルツルとした白が混じった黄色だが、何と言っても一番の特徴は木から飛び出ている無数の鋭い棘だ。
長いもので30センチ以上もある無数の棘は木の根にも及び地面を突き抜け棘を生やす、魔獣すらも住めない森。この木は鉄のように硬く並の魔獣ですら傷一つ付けられない事からアイアンツリーと呼ばれている。
馬鹿みたいにポカンと口を開けているガキンチョだが、驚くのはまだ早いぞ。
吾輩は根っこから地面に突き出ている棘を注意しながら木に近づくと、鉄のように硬い棘を鋭い爪で切り落とした。
するとそこからドロリとした桃色の樹液が大量に溢れ出し、地面に着く寸前に固まった。
その樹液を爪で砕いたものをガキンチョに渡す。
「わ〜、綺麗な桃色のカチコチですよ。……ハチ?…これを食べるんですか?」
この木も樹液も人間の力程度ではキズも入らんぞ。ましてガキンチョに到底無理だな。勿論吾輩は簡単だがな!はーっはっは!!
恐る恐る欠片を口に含んだガキンチョの口元がみるみる上がっていきうっとりした表情になっている。
吾輩も食べると、剣も通さないカチコチの樹液が唾液でジワジワと溶けていき甘い果実のような、でも全くくどくない甘さが口いっぱいに広がる。
あの棘だらけの木の樹液がこんなに美味いとは誰も想像出来ないだろう。
まだ吾輩が幼獣の頃に森に一本だけ生えていたアイアンツリーに雷が落ち、森の住民達が大騒ぎしていたな。
自分の物と主張し合う成獣達の目を盗み小さな身体を活かしてこっそりと口に含んだこの味は今だに忘れられん。
ご主人様と一緒に帰る途中に遠目でこの木が見えた気がしたが、当たりだったな。
「これを皆さんに配るんですね!ハチ、ありがとうございます!!」
ふ。もっと崇め奉るがよい。
吾輩とガキンチョはまた元来た道を走り抜け壁を乗り越えいちばに辿り着くとガキンチョ曰く、ざっかやに来た。
何でも色々な便利な物が沢山置いてあるとか。
おお!あの丸い金色はキラキラして綺麗だな。吾輩はシンプルな物が好きなのだ。……なぬ!これは音が鳴るのか!?
ーーはっ!?べ、べ、別に欲しくなんかないぞ。
そんな事よりもガキンチョだ。
包む布とそれを結ぶリボンを200か300だったか?…おかねが足りなかったのか。人間のメスの顔色が悪いようだが。……何?お釣りが足りない?お釣りとは確か、品物より払ったおかねが大きければ残りをおかねで返すんだったよな。
……………もしかしてガキンチョの持っていたおかねはとんでもなく多かったのではないだろうか?……深くは考えないでおこう。
吾輩とガキンチョはまた森へと行き、吾輩が砕いた樹液をガキンチョがせっせと布に置きリボンで縛っていく。不器用なのかヨレヨレだが中身は変わらんしいいか。
ふむ、クリスマスとやらが楽しみだな。
サンタクロースとやらもこんな良い子の吾輩にもきっとプレゼントをくれるはずだ。
………吾輩、何か忘れている様な気がするんだが気の所為か?
ク、クリスマスまでに間に合え〜( ̄◇ ̄;)




