現団長不在事情は突然に
お互いに見つめ合ったたまま、固まった三人でしたが、セシルさんがニヤリと笑いながら挨拶をしました。
「ジルにダンジュじゃない?久しぶりね〜。元気にしていた?」
「 「 ………は、はいぃぃーー!! 」 」
声が上ずってますよ。まるで蛇に睨まれたカエルのようですが、セシルさんはいい人ですのに何をそんなに怯えているのでしょうか?
「前騎士団長とはセシルの事だったのか。あ、セシルがナンパした本人だ」
「はああぁ??団長、あんた城にも行かないで何やってるんですか!?
つーか、リン様、何でセシルなんて愛称……あ、人の名前は呼べないんでしたっけ?それにしてもオカマの一言が欲しかったですよ〜」
聞けば、一般人には知られていないものの城の関係者には皆、 “嗤う悪魔” の二つ名は有名らしく、オカマと言われれば真っ先にセシルさんの顔が浮かぶのだとか。なるほど、似顔絵より先にオカマさんにナンパされましたと言えばよかったのですね。
「ジル、あんた本人の目の前でズケズケ言うわね。第一、団長って言っても、もう辞めてるんだからあたしは一般人よ。
でもジル達が護衛をしてるなんて、もしかしてリンちゃんって何処の貴族?」
「いいや、知り合いのところで居候をしているだけだ。過保護な奴で護衛まで付けてきた 」
「副隊長を二人も?知り合いって、王族?」
「………アゼル様です」
セシルさんの問いにダンジュさんが答えた瞬間、
「ち、ちょっとダンジュ!変な冗談は止めてちょうだい!はっ、あのアゼルが過保護?笑い話にもならないわよ。国が滅びると言われた方がよっぽど信憑性があるわー」
嫌なものでも見たような顔でまくし立てるセシルさんですが、アゼルさんが普段人からどのように思われているのか分かる一幕です。
部下の人徳の無さに頭を抱えたくなってしまいますよ。
「……部下が迷惑をかけているようだな」
「え?部下って、………えっとそんなに沢山の精霊を侍らせていて、アゼルより上の地位……ははは。…あ〜、もしかして竜王様、なーんて?」
侍らせてって、人聞きの悪い。
でも見えませんよねー、こんな威厳がない小娘が上司なんて。愕然としたセシルさんの視線に土下座したくなりますよ。とほほ。
沈痛な面持ちで頷く私にセシルさんが困った顔で額に手を当てます。
「…あはは、あたしってば大当たりを引いたのねー。あ〜リンちゃんって呼び方はマズイかしら?」
「そのままで構わない。私達は緑茶の会の同志だ。何を遠慮することがある」
「…ふ、そうね。そうだったわね」
「 「 同志よ! 」 」
お互い見つめ合い固く握手をする私達をダンジュさん達が口を開けてポカ〜ンと見ていますが、半分は冗談ですよ?だってセシルさんが合図をして、遊びましょうよ、と目で言ってたんですもの。ノリのいい人は大好きです。(笑)
セシルさんがもう一度来たのは、城でのお仕事で当分来れないかもしれない事をわざわざ伝えに来てくれたらしいですが、やっぱりいい人ですよ。ジルさん達があんなに怯える理由が分かりませんね。
渋るセシルさんをジルさん達が説得し一緒に帰ることになりました。
「あーあ、せっかく宿でゆっくりしようと思ったのにー」
「団長。国に着いたのならば、城に行くのが普通かと」
「えー?一晩ぐらいはいいじゃないー。ダンジュの堅物」
「現団長不在でどれだけ周りが迷惑を被っているかご存じですか?」
団長不在?そういえば隊長や副隊長は会いましたが、団長とやらには会った事がありませんでしたね。
「そういえば、私は今の団長とやらに会った事がないな」
昔は団長が一番上で、その下に△△団とか++団とかあったそうですが、軍事縮小に伴い、一つにまとめてしまったそうです。トップは団長、下は隊長、班長と続きます。
で、今の騎士団、魔法師団は両方共に団長不在で、事実上のトップはダイス隊長とシオル隊長のお二人。何故そのような事態になったかと言うと原因が目の前にいました。
「だって〜、あたしと一緒に前の魔法師団長も引退するって話だったから、あたしが実力やその他もろもろを検証してダイスとシオルを団長に推薦する予定だったのよ〜。なのに何処ぞの馬鹿二人が自分達が相応しいって家名チラつかせるし?ハゲの上級貴族様まで横やりを入れてくるし?勝手に団長になって?んじゃあ実力を見せてもらいましょう、てなるじゃない?まあ、彼奴らの剣や魔法なんて擦りもしなかったけど」
「だからって再起不能になるまでやるなんて、やり過ぎですって」
再起不能って、ま、まさかセシルさんが相手に大怪我をさせたのですか!?
「え〜、剣や魔法が使えないんなら、せめて精神力でも試してみようかなーって思うでしょう?」
「ですから何度も言いましたけど、公衆の面前でポエムとラブレター公開はないでしょう!?あれのせいで二人とも、いまだに領地に引きこもったまま出て来ないんですよ!」
ーーーあれ?
「あれは酷かった。…騎士団長は隠していた自分のポエムを朗読され、魔法師団長は子供の頃に初恋のエリーちゃん(ふられた)に書いたラブレター公開だった」
「俺、あいつら嫌いだったけどあの時は心底同情したぜ」
「あんな証拠物残しとく方が悪いのよ。あたしの優しさで名前は呼ばなかったのに、いきなり叫び出すなんて自分が書きましたーって、暴露したようなものだもの。でもあのくらいで再起不能になるなんてメンタル弱かったわねー」
……………悪魔だ。
私だって読まれたらきっと叫ぶか、床をゴロゴロした後、ダッシュで逃げます。他人事みたいに言っていますが、綺麗な顔の悪魔がここにいます。
セシルさんはミカエルみたいな天使コスプレではなく、堕天使ルシファーのコスプレが似合う方でした。
「あれは一年ぐらいで癒せる傷じゃないですって」
「そう?…あたしが辞めてから一年になるのね、こんなに直ぐ国に帰って来る事になるなんて思わなかったわー」
「……いや、その…あははは、は」
「まあ、済んだことをぐじぐじ言ってもしょうがないわよね」
「そうそうジル、ダンジュ、他の隊員達に言っておいてね。
ーーーてめぇら覚悟しておけよ」
…ん?
「どうしたの、リンちゃん?」
今、ドスのきいた声が聞こえてきたような気がしましたが気の所為だったのでしょうか?




