幕間は突然に ⑧
途中に死因の説明がありますので、苦手な方はお気をつけ下さい。
「アゼル様〜、今日のご報告に来ましたよ〜って……すっげえ怖いんですけど」
ジルが毎日の日課であるアゼルへの報告に訪れると、これまたお馴染みの光景になりつつある、アゼルの姿にドン引きだ。
ニマニマと組紐を触る姿は百年の恋も冷めそうだが、実際はモテまくっているのだから世の中は不条理だと思う。
「あ〜、アゼル様、聞いてます?イっちゃってるとこ悪いんですけど、俺も疲れたんでさっさと報告して寝たいんですよ。いいですか〜?」
「ジル。そこは私が声をかけるまで待っているところでしょう?やれやれ、躾のなっていない部下には苦労させられますね」
………言いたいことは山ほどあるが、言ったら最後なので、上司、上司、上司、と呪文の様に唱えながら心を落ち着かせる。
「躾のなっていない部下でスミマセンね。こっちは子供相手に大変だったんですよ。
ただでさえアゼル様の部屋は前よりも遠くなったんで早く終わらせたいんですよ」
中庭から魔法で直通で行けたアゼルの部屋は、先日の事件に便乗した何者かの侵入により部屋はボロボロ、長年収集してきた竜王様コレクションは破壊されており、一番酷かったのは髪留めを置いていた辺りで、多重に掛けられていた防犯の為の魔法が発動したらしく、焼け焦げた後や腐蝕、亀裂など凄まじいものだった。
犯人は不明だったが、アゼルの調査でユグドラシルに微かに残っていた魔力残滓と部屋に残っていた魔力が一致したらしい。
つまり犯人はユグドラシルを使って全ての目がそちらに向かっている間に本命のこちらの方を奪った、と見て間違いはないだろう。
あれだけ結界が張られていた髪留めをどのように盗んだかは不明だが、守護竜を上回る空間魔法に長けた者には違いない。
部屋の惨状を見たアゼルの呪詛は凄まじく、目の前に犯人がいたら100万回は殺されていただろう。
リン様が “阿修羅降臨” と呟いていたので聞いてみると守護神と鬼神の二面性を持つ神様がいるという。
アゼル様にピッタリだ。
「やれやれ上司の前で疲れただの、眠いだの、私以外でしたらクビですよ、クビ」
さっさとクビにしてくれ。
「……ご報告致しまーす」
今日一日、孤児院での出来事を報告していく。
気難しい赤ん坊もリン様に抱かれて大人しく、子供達も大はしゃぎだった。
リン様が掃除も出来たのは驚いたし、昼のオムライスやドーナツも最高に美味かった。
ケチャップで描いた絵は全て同じようなゴブリンの顔だったが、子供が持つ皿のゴブリンの絵に髪の毛らしきものがある事に気付き、その子供と見比べると、同じおさげに見えなくもない。まさかと思わず作者の方を見るとジルの視線に気付いて本気で落ち込む姿には焦った。
上司に殺される。これは報告しなくていいだろう。
「……待ちなさいジル。
我が主様にずっと抱かれていた赤児は捻り潰したくなりましたが、それよりも何ですか?その夫婦生活の様な報告は!?」
罪の無い赤ん坊を捻り潰すな!!って…夫婦生活?ダンジュも一緒にいた…ってそういえば昼過ぎからは市の方に行って夕方まで帰って来なかったか。
ジルは首を傾げながら思い返してみると、子供達と遊び、美味い昼食、疲れて眠っている間にリン様が掃除をし、子供達をあやしながら物語に耳を傾ける。ついでにあまりにも居心地が良くて調子に乗ってしまい、自分も子供と一緒にあーん、までしてしまったが…確かに休日に遊ぶ家族のようだ。………殺される。特にあーんがバレたら確実に殺される。いやバレなくても今のままなら捻り潰されるのは俺の方か?
だんだん顔色が悪くなっていくジルにアゼルの雰囲気も氷のようになっていく。
毎回、命の危険に晒される報告とは如何なものだろう?
「あ、あの、え〜っと、そうそう次の市にはアゼル様がリン様と行ってみたらどうですか?」
「なるほど、いい提案ですね。早速今から準備を始めなければ」
何の準備だ?
因みに市は半年後で、孤児院から依頼があるのかも不明だが、そこは黙っておく。
「しかし我が主様の物語は、私も初めて聞きますが興味深いですね」
「俺も思いました。売られている本とはレベルが違うし、前半の話は良い事をすれば報われるって感じで、後半のは子供向けの悪は滅びるみないなのが多かったです」
「…確か初代が残した書物にその魔法少女隊や戦隊の記述がありましたね。女神ヨーコが伝えた世界を守る戦士達の話だったハズですが、流石は我が主様。子供達の為になるお話をされるとは」
「若干、ニュアンスが違うような…まあ、メイド服で戦う話は俺的に好みでしたけど、一つ妙な話がありましてパンの中に甘く煮詰めた豆が入った動くパン男が悪い奴を退治する話があったんですけど、それも書物に書いてありましたか?」
「……いいえ、それは記憶にありません」
何なんだろうか?
パンの顔も取り替え自由で何故に動く?実は体が本体なのか?
「ご苦労でした。引き続き我が主様の護衛を頼みましたよ…最近、きな臭くなって来ましたからね」
「…何かありましたか?」
「二つほど。一つは先日あった事件の犯人の魔力を詳細に記録し、各国の守護竜達に送ったのですが、一箇所、南のレイラが守護する地域で同じ魔力が検出されました。かなり力の強い石精が居たと思われる場所が岩が粉々に破壊されていたそうです……日にちが経ち過ぎると検出は難しくなりますので、実際はもう少しあるのかも知れませんが」
「……………。」
「もう一つは今朝女性の遺体が下水道で発見され、城のメイド服を着用していた事から城に連絡が来ました」
「!?…メイドが?…あ!王妃の件で行方不明だった!?」
「ええ。一部腐乱していましたが死後、一ヶ月以上経過していました。死因は圧死。首下からひざまで全ての骨が砕かれ血管、内臓破裂。ほぼ即死だったでしょうね。因みに魔力は検出されませんでした」
「うげっ。え、エグい。
死後一ヶ月以上って城を出て直ぐに殺されたって事ですか。
圧死って人間以外の仕業ですよね?………このエグい殺し方、メイド殺したのアゼル様じゃないでしょうね?」
「上司を侮辱するなんて、訴えますよ?
出来なくはないですが、我が主様を私の元へ連れてくるきっかけになった件の犯人ですから、もし殺るなら恩情で綺麗なまま苦しまずに死なせてあげますよ」
「…それも、怖いんですが。(毒殺か!?)
一気に不穏になって来ましたね〜。そういえば、お身内は調べているのですか?」
「ええ、今は各部族の長が調査中ですが間違いなくシロですね」
「へえ?アゼル様にしては珍しく信頼してるんですね」
「私達は人間に興味はありませんし、種としての本能で我が主様には逆らえないんです。逆らおうとも思いませんが。
そんな私達が我が主様のご迷惑になるような事をすると思いますか?」
「そうですね。(迷惑かけまくってる自覚が無いのは怖いな)」
「何か含みのある言葉でしたが、まあいいでしょう。
そろそろ終わりにしますか……ああ、もう一つ。そろそろ彼が帰国するそうですよ」
その瞬間、ジルは石化した様に固まり冷や汗が背中や頬を伝う。
「あ、あぜるさま。か、か、かれって、ままま、まさか…」
「はい、前騎士団長が帰って来ますよ、良かったですね。
相当恨んでいましたから一から根性を叩き直してもらえますよ。
さあ、もう遅いですから帰りなさい」
見惚れる程綺麗な顔で微笑みながら固まったジルを扉の外へ出す。
彼が帰って来る事は忘れてはいない。いないが、心の平穏の為にあえて考えない様にしていた。
またあの特訓が待っているのか……?
ジルは扉の前で暫く固まったまま動かなかった。




