幕間は突然に ⑥
今回はいつもと雰囲気も違う上、ちょっぴり黒アゼル様注意報です。
(少しだけ加筆修正しています)
静かな夜。一人男が中庭に向かって歩いている。
王宮の中庭を横切り更に奥に進むと目の前に男の目的地の、蔦に覆われた小さな東屋が見えてきた。
男が扉も無く屋根と柱しかない場所の中央に進むと、下から幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり一瞬にして光と共にその姿をかき消した。そして辺りには何事もなかったかのように静寂が戻った。
「アゼル様〜、夜も遅くまで働く真面目で模範的な副隊長がご報告に来ましたよ〜。…って無視かい」
巫山戯た挨拶のジルに一瞥もくれず、椅子に座ったアゼルは一心に机の上にある透明なガラス玉のようなものを見ている。
ジルは近づくとそれを覗き込んだ。
「何見ているんですか〜?……ガラス玉の中に宝石?アゼル様そんなに宝石お好きでしたっけ?」
アゼルは呆れ顔でようやくジルの方を向いた。
「…は〜。相変わらずおめでたい頭ですね?
本来なら見せるのも嫌ですが、今回は特別です。一生に一度しか見れないものですから、寛大な私の優しさに感謝しつつよ〜く見て下さい。」
恩着せがましく言うアゼルの言葉をスルーしながら目を凝らすと、髪留めの様な形をしている。
すぐにそれが何なのか理解し、同時に今日の散策で彼女の髪はシルバーグリーン色のリボンで纏められていたのを思い出した。
「これって、リン様の髪留めですよね?…つーか、代わりのリボンと色ってアゼル様の指示ですか?」
「いいえ、メイドがいい仕事をしてくれただけですよ。代々エメラルドドラゴンが守護するこの国の国色もグリーン系統が多いですしね。………まあ、我が主様が私と同じ色を纏っていると想像しただけでゾクゾクしますが…」
最後は聞き取れないぐらいの小さな声だったが、人より数倍は聴力がいい自分が恨めしい。はっきりと聞こえてしまった。
「…この変態め」(ボソリ)
「何か言いましたか?」
こちらも耳は良いらしい。
ドラゴンだから当然か?
「い、いいえ何も!!」
「…まあ、いいでしょう。ああ、この球に触らないように。私以外がこれに触れると手が消滅するか、もしくは体ごと何処かに移動するか破裂か、何にせよ何が起こるかわかりませんので」
「何なんですか!?そのエグい防犯は!?」
「至高の宝ですよ?当たり前でしょう。
考えつく様々な魔法を組み合わせて付与していたら、私にも予測不可能な結界に仕上がりまして。…まあ、これはこれで問題はありません」
「アゼル様の考えつく様々な鬼畜魔法ですか……俺、人生終わりたくないんで触りませんよ。
つーか、サリーに聞いて最近知ったんですけど、時空魔法って禁止されてるんですよね?
俺は魔法の事はさっぱりですが、この部屋直通の魔法や、まあこの空間全体もですけど、それにそのお宝を守る結界も、全部その時空魔法ってやつじゃないんですか?」
「おや?よく分かりましたね。
確かに初代竜王によって禁止されてますが、そんな大きな術を使うわけでもなし、個人的な小さなものですしね。
他の守護竜も使ってますし、第一初代は初代。禁じたのは我が主様ではありません」
「……何なんっすか、そのこじつけは?
…あー。もういいです。今日一日のリン様の行動をご報告をします。…ダンジュと変わらないと思いますが」
ジルは一日の出来事を順を追って説明していく。
途中、果物を食べて微笑んだ下りでアゼルのが絶対零度の雰囲気を発した。
「………ほう?貴方達は我が主様の笑みを見られた、と?」
「周りにいた奴らもみーんな見惚れてましたよ。いや〜美人の笑顔があんな破壊力があるなんてびっくりですよ〜。他の連中も………って、無茶苦茶、顔が怖いんですが…」
「…周りにいた者達の顔を出来るだけ詳細にして提出しなさい。
…貴方も含めて全員、目を抉り出しましょうか?
記憶の消去は時空魔法系統ですから調整が難しいですが問題ないでしょう。
人間が何人廃人になろうが死のうが関係ありませんし」
本気で言っているあたりが恐ろしい。
殆どの人間は勘違いをしているが、守護竜は大地の守護者であり、決して人間を守っているわけではない。人間のいわば監視者だからこそ国政にも携わり国に留まり動向を観察している。
だいたい守護竜が国を滅ぼした事例は幾つかあるのにも関わらず、人間を守ってくれていると勘違いしている一部の貴族達や一般人が羨ましい。
親しい者達もいるだろうが、竜王の一声で彼らは一切の情も見せずに守護者から死神にも破壊者にもなるだろう。
「リン様は守護竜がこんな性格だと知ったらさぞかし驚くでしょうね〜。リン様の前では氷の守護竜と呼ばれた面影の欠片もありませんけど」
「ご存知なのではありませんか?
勘違いしないで頂きたいのは、あの方に向ける私の感情は全て本物ですよ?
私達の種族は長い時を生きるせいなのか、感情があまり動かないんですよ。
……我が主様だけが私の、いえ私達の喜び、悲しみ、全ての感情を動かすのですから」
「…それってチョ〜重たいんですけど?
つーか、分かってましたけど人間、まるっ、と無視ですね」
「当たり前でしょう?第一、次期族長候補とはいえ守護竜になりたがる者など本来は殆どいませんよ」
「…マジですか?」
「唯一の例外が竜王がいる時代の候補争いですね。守護竜は竜王の教育係でもあり、側近ですからね。
血で血を洗う、に近い争いになりますよ。実際に最年少で東の守護竜になったアメシストドラゴンのルトは数々の謀略で候補達を蹴落としていますし、他も実力行使など、どこも似たようなものでしょう」
「………こえ〜。…」
この魔王様は一体どんな手を使って守護竜の座を勝ち取ったのやら。
さぞかし、えげつない方法なのだろう。
「…ん?アゼル様はリン様に不始末を自分の命で贖うって隊長達を庇いましたよね?おかしくないですか?」
「誰が庇いますか。我が主様を煩わせたお詫びと、メイドに借りた恋愛小説に罪を一人で被った男にヒロインが感動し、そのまま恋人になった場面があったので真似しただけです」
知りたくなかった真実だ。
「さて、無駄話はこれ位にして、ジルこちらにいらっしゃい」
にっこり微笑みながら、パタパタ手招きする姿が死神が鎌をフリフリ振っている姿に被る。
(冗談?冗談だよな!?……目ん玉くり抜かれる!?い、いかん、話題を変えろ、考えるんだ俺!)
「そ、そういえばリン様は庶民が食べるような薄味がお好みみたいですよ」
「ほう?もっと詳細に」
すぐに興味を持ったアゼルに、上手くいった事にホッとし報告していたのも束の間。
「……でして、食材を買い込んでましたから、アゼル様もご相伴に預かれるんじゃないんですか?」
「……そういえばダイスやシオル達は、我が主様が自らお作りになられた料理を食べたらしいですね。………胃袋を引きずり出してやりましょうか…それとも…」
俺の馬鹿野郎ーーーっっっ!!!(泣)
「………報告は以上です」
疲れた。肉体的にも精神的にも。
恨み言の一つも言いたくなる。
「だいたい、俺が報告した時点でダイス隊長らを止めてくれたらこんな苦労もなかったでしょうに」
ジルは騎士団副隊長だが、元々アゼル子飼いの部下だ。
アゼルは行く当てのない子供や訳ありの者達など何人か育成し、各方面に手足として放っている。ジルもその内の一人だ。
「止めたところで一時凌ぎでしょうね。
間を置くか、もしくは他の者が真似をするかの違いですから、意味はありません」
「そうかも知れませんけど…」
何か引っかかる。
「さて、もう深夜ですよ。そろそろ帰って休息をとりなさい」
「…アンタがこの時間に来いと言ったんですけど…」
時々、いや年中、何故自分はこの男の部下なのか?と頭が痛い。
救ってもらった恩もある。アゼル自身のカリスマ性に惹かれているものもある。しかし性格と差し引いてマイナスとは如何なものか。
「…もう寝ますんで失礼します」
「ええ、ご苦労様でした」
本心かはともかく、部下に対して些細な事でも労いの言葉をかけてくる、そんなとこは結構好ましいと思う。
……例え視線がお宝に向いていたとしても。
出口付近で立ち止まりジルが何気なさを装いながら質問をした。
「そうそうアゼル様、知ってます?不思議な事にですね〜、ユニコーンが沈黙の森に居るって情報は魔法師団から挙がったのにも関わらず、誰が言い出したのか分からないらしいんですよ」
肩越しにアゼルの方を向くが相変わらず、一心に宝石を見つめていた。
構わず言葉を続ける。
「諜報部も王でさえも知らない情報ですよ?
精霊とも思ったんですけど、聞いたところで、無視というかあいつら人間の事なんてどうでもいいでしょうし、考えたら今の魔法師団に精霊の声が聞こえる奴は居ないんですよね。
それにいくら打つ手がないからと言って、幻と言われるユニコーンが王妃様を救ってくれるかも知れない、なんてお伽話みたいな意見が挙がるのもおかしな話ですけど。
誰が情報持ってたんでしょうかね〜。………まあ、実際に全て解決しましたけど」
「…さあ?誰が言い出したにしろ、終わったことです」
「……それもそうですね。…失礼致しました」
視線を戻し退出するジルを気にもかけず、まるで今まで誰も居なかったかのように、アゼルは静かに頬杖をつきながら宝石を眺め続けていた。
……勝手に暴走しコメディ化しようとするのを何回も修正をしました。(泣)
微黒アゼル様、難しいです。




