幕間は突然に ④
サリーさん視点です。
私の名はサリアだ。
自分の顔が他人に威圧感を与えるらしく、せめて呼び名だけでも可愛らしくしてみたが、何故か上手くいかない。
それでもサリーと呼んで欲しい。
仕事はアゼル様直属の秘書官兼補佐だ。
人間と比べるのは失礼だが、守護竜であるアゼル様ほど完璧の2文字が似合う方はいない。
どんな難しい案件も片手であっさりと片づける手腕、巨大な力に地位、そして研修では新人が使い物にならなくなる程の美貌。
まあ、長くお仕えしていく内に、それ程完璧でもない事に気付くが。(竜王様とか竜王様とか竜王様とか)
そんな代々アゼル様付きの秘書官には門外不出のアゼル様取扱説明書がある。
歴代の秘書官らが残した、その第1ページ目には心得が書かれている。
竜王を至高の存在とし、敬い崇め、讃え、決して貶めるな、と。
正午、会議室。
この場に居るのは、王と王子、ダイス、シオル両隊長に大臣ら上級貴族達。
そしてアゼル様と私、補佐をする秘書官だ。
「緊急招集にも関わらず、お集まり頂きありがとうございます。
早速ですが、先ずは皆様もご存知の此度の件に付きまして。
ジン条約違反という事で、本来ならば国ごと滅ぼされても可笑しくはなかったのですが、場合が場合でしたので今回に限り不問と言う事になりました。
尚、他の守護竜達からも了承を貰っています」
国の存亡の危機が不問に終わったというアゼル様の言葉に、全員安堵の表情を浮かべた。
まあ、無理もないだろう。騎士団と魔法師団達が条約を無視し、沈黙の森に向かったとの報告に城中阿鼻叫喚地獄絵図だったのだから。
そんな悲鳴のあがる中で昨日も一人、我関せず、と部屋を整えていたアゼル様は流石だ。
そこへ、ロウカ王子が問いかけた。
「場合が場合とは、母…いや、王族であるマリエラ王妃を助ける為、だからなのか?」
「違います、全く関係ありません。
王妃に掛けられていた魔法は余りにも細密で我が主様にしか解けない代物だったからです」
王子の疑問にアゼル様がすぐに否定される。
アゼル様の説明の言葉に昨夜の出来事が脳裏に甦った。
淡く魔法の光が灯る中、リン様は王妃に手を伸ばし、その手を上へとゆっくり挙げていく。
その動作はまるで魂を救い上げるかのように見えた。何の感情も浮かべない透明な瞳で、神聖な儀式を行うかの様な姿に、誰一人言葉を発する者はいなかった。
その後は壁に寄りかかり目を閉じられていた事から、かなりお力を使われたのだろう。
「我が主様とは…」
「それはまた後ほど…先ずは騎士団、魔法師団の処分についてです。
全員、三ヶ月の減俸、両隊長は一ヶ月の自宅謹慎を命じます」
アゼル様の処罰に場が騒然となった。
余りにも軽過ぎると感じたのだろう。実際、両隊長も唖然としているが、甘い。甘すぎる。
リン様が外に出る切っ掛けになった事には内心感謝しているだろうが、アゼル様はそんなに甘くない。
「ああ、そうそう。
今回は団全体の規律や認識不足が原因ですからね。
前任者に帰還命令を出していますので遅くとも一、二ヶ月の間には来るでしょう」
「ぜ…前責任者とは、も、しや…」
シオル隊長の声を震わせながらの問い掛けに対し、アゼル様はそれはそれは素敵な笑顔で答えた。
「勿論、前騎士団長ですよ?良かったですね。貴方達も懐かしいでしょうから」
両隊長が声にならない悲鳴を上げ、貴族達から不満の声が止み、憐れみを込めた目が向けられる。
当時、騎士団と魔法師団の長を兼任した彼は生きながらの伝説になる程の数々の逸話が残っている。
曰く、初級魔法で山半分消滅させた。
曰く、物理攻撃が通じないはずの魔獣をあっさりと剣で真っ二つにした。
曰く、鎧を着けた騎士達を笑いながら川へと蹴り飛ばした。
曰く、体力作りの為にと、魔法師団達へ炎を飛ばし続け笑いながら追い回した。
など、同じ人間か?と疑う数々の非常識と悪行を残した彼の退団後には一部で祭りが開かれた程だった。
……彼が帰って来るのか…。
アゼル様も容赦無い。
降格や厳罰の方が余程ましだ。無理矢理帰還する彼の機嫌は底辺に決まっている。
残念な事に隊員全員生きながらの地獄を見る事になるだろう。
真っ白になっている彼らを残し、次に王妃の報告になった。
「次に王妃の件ですが、彼女に掛けられていた魔法は守護竜である私にも感知出来ない程の精密で繊細なものでした。
また、目覚めた王妃の身体を調べたところ異常無し。倒れる前と全く変わりませんでした。……髪や爪の長さ、細胞一つとして変わらずに」
「生きているのに、か?」
「ええ、まるで王妃の身体を保存するかのように。
推測出来るのは、時空に関する魔法が使われたのだと思います」
時空魔法は使い方一つで世界すらも滅ぼす危険がある為に、初代竜王が禁忌として封印したものだったハズだ。
第一、次代の族長候補の守護竜様達が扱えるかどうかのレベルの禁呪であって、人間にはとても扱える代物では無いらしい。
「今のところ首謀者は不明ですが、我が主様の助言を受け王妃付きの侍女を調査したところ、一人不審な人物の該当がありましたが、今現在行方不明になっており、捜索中です」
これはリン様が我らに与えたヒントから分かった事だった。
“メイドの躾がなっていないようだな”
リン様が呟かれた言葉からアゼル様指示の元、秘書官は勿論、書記官達も借り出しながら全員不眠不休の調査でやっと辿り着いた。
きっとリン様は王妃に掛けられていた魔法から人間の痕跡を感じ取られたのだろう。
竜王とは凄い存在だ。
「アゼル殿、我が主様とはやはり竜王様なのか?」
「確か四代、いや五代目だったか?」
「しかし、竜王は代々オスのダイヤモンドドラゴンだろう?今代は聞いたところによると前例も無いメスの、しかもブラックダイヤモンド、とか。
私達素人でも、無色透明のダイヤモンドの方が価値が高いと知っている。混ざり物が入った、」
パリイィィンン!!
言葉を続けようとした貴族の前にあったカップが真っ二つになり、零れ落ちた紅茶がジワジワと服を汚していくが、誰一人として声を出せなかった。
「ああ、驚きましたね、カップが割れるなんて。
きっと我が主様を貶める発言に創生神が警告でもしたのでしょう」
創生神代理人がニッコリ微笑んだが目が笑っていない。
……終わったな、あの貴族。
この場合は警告ではなく正しくは神罰だろう。アゼル様はどんな手を使っても確実にこの貴族を失脚させるに決まっている。
まあ、この貴族はいろいろきな臭い噂もあり、領地の評判も底辺なので失脚しても問題はないか。
「誰が人間が決めた宝石の評価価値を聞きましたか?それこそ我らには何の価値もありませんよ。
私達にとって重要なのはその意味です。
例えば私、エメラルドドラゴンは明晰、献身、思いやりや忍耐も含まれます。良かったですね、忍耐を持つ私で。
代々の竜王、ダイヤモンドは永遠、完全体、強固など永遠の守護ですね。
……当代のブラックダイヤモンドの意味は消滅、誕生、超越、つまりは無比の強大な力を意味します。
分かりますか?歴代の竜王達とは一線を画する存在なのだという事が?」
ーーーとんでもない。
今代は規格外だらけではないか。
皆が絶句する中、楽しげなアゼル様の言葉が続く。
「それと我が主様は騒がれるのを嫌う為、今回の滞在は非公式でお願いします。
ですので客人扱いになりますが、決して訪問や招待状などで煩わせる事がないようにして下さいね。
皆様の良識を私は信じていますよ?」
今回の犯人の事、行方不明のメイドの事、前隊長の事、そしてこれから起こるであろう、リン様を中心とした騒動が容易に想像が出来、思わず溜息をついた。
取り敢えずユニコーンのリオ様で癒されたい。
おまけ
「アゼル様、少し疑問だったのですが、今回の件は何故他の守護竜様方は許されたのですか?」
竜王様絶対主義の彼らは害になるもの全て排除する程に苛烈だ。
自分達が入れなかった森にあっさり入った人間達に対する憤りは相当なハズだが?
「ええ、最初はかなり渋りましたが我が主様が、“気が向けば会いに行く”の一言で機嫌を直しましたよ。
全く、彼らにも困ったものです」
「………………。
そ、そうですか、だからですね。
今朝から各国から特産のワタリ織の受注が多数ありました。
その他の国も香木や宝石など最高級と呼ぶほどの品々が、かなりの数で動いています。……守護竜様方の名前で」
おそらく、自国にリン様が来られた時の為、部屋を用意しているのだという事が容易に想像出来る。
驚くほど行動パターンが一緒だ。
実際に、アゼル様はリン様の為に丸一日で自国、他国の宝石や織物を集め部屋を整えられた。
その手腕は流石だといえる。
「やれやれ、我が主様は華美なものを好まれないというのに…まあ、放っておきましょう」
「………」
自分だけ評価を落とすのは嫌なんですね。
パワーストーンの効果や意味はいろいろありますので、あまり気にしないで下さい。
そして、王様空気。




