土下座は突然に
皆様は土下座というものをご存じですか?
元々は貴人にする最高の敬意を表す作法の一つらしいのですが、もう一つは深い謝罪を表す作法でもあります。
そして、土下座の中でも上級者のみが可能なスライディング土下座というものがあります。
少し後ろから走りながら膝を曲げ床を滑り尚且つ、滑りながら土下座をするという高度な技です。
相手にぶつかるギリギリ手前に停止しなければならないので、走りながら距離と速度の計算も同時にするという、まさしく土下座を極めた者のみが可能な謝罪なのです。
何を言いたいかと申しますと、今、私の目の前に完璧なスライディング土下座をされた方がいらっしゃいます。
シルバーグリーンの長い髪を床一面に広げ、床に額を付け謝罪をする200年ぶりに再会した男性が。(汗)
「本当に申し訳ございませんでした!!
この度の不祥事は私の責任です。
謝罪にもなりませんが、このアゼル、今から首を差し出し、」
「アゼル」
私は彼の謝罪を遮ります。
もう怒っていませんし、引きこもり脱出のいいきっかけでしたよ?
…それに前に料理好きの騎士さんにお師匠様になって欲しいと土下座で頼まれた比ではなく、 居心地が悪いのですが。
固まっている隊長さんやサリーさん、それに向こうのベッドの周囲に居られる方々、(王族ですか?)彼らの信じられない様な顔と視線が痛いですよ。
王妃様を早く治してあげましょう!…そしてチョッピリ観光!
「煮ても焼いても食えない貴様の首などいらん。さっさとしろ、無駄足を踏ませる気か?」
………………このお口もう嫌です。
「そ、そうですね。…うう、ご立派になられて」
そう言って目頭を押さえ、アゼルさんはバネの様に起き上がると失礼します、と私の手を取り王妃様が寝ているベッドへと連れて行きます。
治すのは私では無く、リオ君ですよ?
ほわ〜。綺麗な人ですよ。
ベッドに近づくと綺麗美人さんが目を閉じていました。
少し目尻にシワがありますが、そんな事は気にならないくらい、素敵な女性です。
おや?あそこにいるのはーーあれは、精霊?
枕元にいた小さな精霊が涙を溜めながら此方に飛んできました。
【主様!?う、うわ〜〜ん!!】
精霊は私の腕の中に飛び込むと大泣きしました。
…カワユイ。不謹慎ですが、ニマニマです。そしてアゼルさん、何故に怖いお顔なのですか?般若のお面なんて目じゃないくらい怖いお顔ですよ?むしろ私が逃げたいですよ?
【ふぇっ、マリーがね、ずーっと目を覚まさないの。…ひっく、ずーっと呼びかけてるのに】
「王妃は精霊の祝福を受けていたのか」
「ええ、人としては唯一」
通常、精霊は祝福を与えた者を見守り側に寄り添います。(リオ君の様にごく稀に気まぐれで与えた後、放置の場合もありますが)
祝福を与えた者が目が覚めない、という心配は相当なものでしょう。
私は泣きじゃくる精霊の頭を撫でながらリオ君を呼びました。
「さあリオ。此方に」
「はい。主様」
リオ君は王妃様に近寄り角を身体に触れさせると癒しの力を発揮しました。が、
ーーー弾かれている?
リオ君の力が身体の表面を滑っていく?
「これは…」
「はい、私の力も何故か弾かれるのです。
無理に力を込め過ぎれば王妃の身体を破壊してしまいます」
どうしましょう〜。何故ですか?ユニコーンの力でもダメですか?
夜で暗いこともあるでしょうが、魔法の光で照らされた王妃様の顔は少し青褪めて見えます。
そのまま王妃様を見ていると、視界の端に何かキラリと光りました。
ーーーー?
よく見ると王妃様の顔や髪に細長い絹糸の様な糸屑がかかっています。
これは駄目ですよ。
憔悴している家族、気が付けない男性陣や精霊はともかく、王妃様の身の周りをお世話するメイド達は謂わばプロフェッショナルです。
そんなプロの集団である彼女達の職務怠慢ですよ?
病人?の顔に糸屑なんか付いていたら痒いでしょう?
素人の私が気付いたのにプロである彼女らが気付けないなんて。まったく、
「…メイドの躾がなっていないようだな」
私は王妃様に近寄ると糸屑を摘んで………あれ?
絹糸の様に細い糸でしたが、長い?少し力を込めて引っ張ると布団の中に隠れていたのか一気にスルスルと出てきました。
ちょっ、何メートルあったんですか??メイドの忘れたレース糸?もしかして私、寝間着解いてます?
なんだが釣りをしている気分です。
一気に抜き終わり糸玉になったものを確認しようと見た瞬間、糸が空気に溶ける様に消えました。
えっ?えっ?何故ですか?
糸じゃ無かったのですか?
「あ!!主様、僕の力が届いています!」
「本当ですか!?そのまま維持してください!」
ーーーへ?
え?何が起こったのですか!?
いきなり癒しの力が効き始めましたよ?
手術中の現場の様に皆様がバタバタ、家族が声をかける中一人、呆然と特に何もやることもなく仕方が無いから目を閉じて居心地の悪さを誤魔化します。
もう本当に何が何だか。
「…貴方?どうしたの?……」
「マリエラ!!」
「お母様!!」
「王妃様っ!!」
涙ぐみながら王様は王妃様を抱きしめると感極まって熱〜い口付けをしました。
わっ。リ、リオ君は此方にいらっしゃい!見てはいけません!まだ早すぎますよ!
「んっ、っ、〜〜〜っっ!!
この馬鹿王ーーっ!息子や皆が見てる目の前でっ!!」
ばきいぃぃい!!
王妃様の見事な右フックに王様が放物線を描いて床に叩きつけられました。
………いや、半年間寝ていた人の動きでは無いですよね?
筋肉とか落ちてるでしょ?
…あ。精霊の祝福でしたか。
王妃様の肩に乗り、精霊ちゃんが勇ましくファイティングポーズをしていました。




