わたしの幼馴染はなにやら最近思うところがあるらしい
わたしの幼馴染はなにやら最近思うところがあるらしい。
彼に妙に真剣な顔で言われたので、こいつでも長々と悩むことがあるのかと、わたしはなんだか妙に感心した。
夏休みが終わって、ああもうそろそろ秋だなぁって思うくらいに涼しくなった頃、奴はまさかの彼女と別れた。
夏?そりゃまぁ、なんとも色気のない夏でしたとも。いや楽しんだんだけどさ。
わたしの夏は、言うなればバイトバイトバイトバイト遊び遊び幼馴染って感じ。ちなみに初めてのバイトはなんだかんだとっても楽しかった。高校生だなーって感じ。
驚いたことに、バイト先の先輩と最近よく目が合うなと思ったら告白されちゃってさ。
…なーんてことは当然起こらなくって、まぁ期待してなかったけど、でも花も恥らう乙女として全く期待してなかったかと聞かれれば本音は期待してましたけど、何か。
そんな感じでバイト先の先輩方とはいい感じに仲良くなって、わたしは未だに元気にバイト生活を続けている。
そしてその合間に、ちょいちょいいろんなところに遊びに行った。ユイちゃんのんちゃんとか、中学からの友人とか、あとまぁいろいろ。ね、結構エンジョイしたと思いませんか。
…え、幼馴染って、なんだっけ。
…わたしはただ今あいつに猛烈にムカついているので、話題に出さないでいただきたい。
ああほら、ちょっと奴について考えただけで、イライラしてきた。
……。…まぁ、わたしの全く可愛くない幼馴染の話をすると、そういえば奴は7月ら辺に部活を始めた。
なんでそんな時期に始めたかって言うと、一応ちゃんと理由がある。奴は、ユースを辞めたのだ。
小学校からずっと続けてきたサッカーは、彼にとってそれなりに人生の一部となっていると思う。中学でも、背が伸びてからはたまーーーにスタメン入ってたし。しかし、高校生でユースを続けるのは、真剣にプロを目指すような人たちばっかりだ。自分は向く方向が違うのだと、奴は6月に入ってようやく気付いたらしい。遅い。
もちろん彼は真剣でなかったわけではないが、いかんせんわたしから見てもプロ級ではなかった。そこまでサッカーの神に愛されてはいなかった。
そんなとき、奴は友人に言われて初めて、部活サッカーに移行する選択肢を見出したらしい。ここら辺が奴がバカたる所以である。彼の頭の中は常に一直線で、そうだと思い込んできたことには違和感すら抱かない。奴にはユースの中でサッカーを頑張るという考えしかなかった。奴にはたくさんの選択肢を吟味する才能はない。
そんなわけで、わたしの幼馴染は、人生初の部活動とやらに、何やらとても楽しそうに参加していた。朝練でさえも、彼は何やら楽しそうに出掛けていた。ありがたいことに、お陰で彼と登校時間が被ることは全く少しもなくなった。
「あかりー。アンタまだ北原くんに怒ってんの?何かめちゃくちゃ可哀想な感じだったよ彼。よく分かんないけどもう許してあげなよ」
こちらに寄って来たのんちゃんが呆れたようにわたしに言った。あれ、のんちゃん、君はなぜそんなにいきなり奴と仲良くなっているんだ。いや引き合わせたのわたしだけど。でも奴の相談に乗るほど仲良くなるとか予想外。てゆうかアナタ、わたしの友人だったんじゃないかしら。なぜ奴の味方をするんだのんちゃんよ。
「別に怒ってないし。でもわたしの腹の虫が収まるまではムリ。つまりまだムリ」
わたしだってさ、別にそんなに心が狭いわけではないのだ、たぶん。奴がなんだか訳が分かんないのが悪いんだ。しばらく奴と話さない選択肢をとったのは、わたしの心の平安を得るための緊急措置だ。ってゆうかまだ許してないのって、そもそもまだ3日目なんすけど。
彼女と別れてから、奴はなんだか、わたしと一緒にいるときにやけにボーっとしてることが多かった。まぁ他の人といるときのことは知らんけどさ。イラっと来たわたしが吐かせると、どうやら考え事をしていたらしい。意外。
彼女に未練でもあんのかと思ってたら(振られたみたいだったし)、どうもそうではないらしい。まぁ、わたしとの会話に支障が出さえしなきゃ奴の悩みなんて興味ないしどうでもいい。
と、思ってたのに。なんだってあんなことが起こったのか、わたしは未だに全く分からない。そしていろいろ腹立たしい。
その日、わたしは奴と久しぶりに二人で出かけるつもりだった。
…いや別にデートじゃない。デートじゃないし、特に珍しいことでもない。
ただ、繁華街に二人で行って新しいゲームソフトを購入して帰ってきてゲームする、という何時もの流れの一環だった。我が家のゲーム類は、兄貴とわたしと幼馴染の共有財産なのだ。まぁ、確かに今回は3ヶ月ぶりくらいだったけどさ。
そんなわけで、久しぶりにふたりで出掛けたわけだが、わたしはそのとき、奴と二人で出かけるときには珍しく、化粧をしていた。
高校に入ってするようになった化粧は、毎日してるせいでもはやしないでは出掛けられない。しないと何かこう、妙に心許ない、無性に恥ずかしい感じ。
化粧にこんな魔力があったなんて知らなかった。なんてこった、道理で世の中には化粧してる人が溢れてるわけだ。身を持って理解。
そして化粧をすると、やっぱり服装もちょっとは拘りたくなるものだ。だからそのときのわたしは、ヤツとふたりで出掛けるにしては随分おしゃれした格好をしていたとは思う。まぁ、友達と遊びに行くときよりは全然手抜きだったが、下でゴロゴロと待っている幼馴染の元へ行ったら、ビックリしたように固まられた。マジで失礼なやつだな。
そんなこんなで出掛けたときに、それは起こった。
「えっ、あれ?ヒナ?」
中学のときのあだ名を呼ばれて、振り返ったら友人だった。柏木という、わりと親しかった男だ。特に幼馴染と。
「うわ、カッシーじゃん。久しぶりー」
驚いて声を上げると、柏木はなぜかわたしのことをジロジロと無遠慮に見つめた挙句、お前ほんとにヒナ?とか超絶失礼なことを言ってきた。こいつもヤツ同様、失礼族だ間違いない。
と、いつの間にか逸れていた幼馴染が戻ってきた。なにやらあからさまにぶっすりしてる。逆ナンでもされたのかな。いやここは旧友登場に喜ぶべきでしょうよ。
「よう」
「あれ、遥希。なんだ、ヒナ一人じゃなかったのか。てか久しぶりじゃん遥希。お前また背ぇ伸びたなー」
そんな幼馴染の様子を物ともせずに、柏木は明るくそう言った。それから、相変わらずの失礼族っぷりを発揮してくる。
「なんだお前らデートかよ。なんだよ結局そーゆうことかよ」
結局ってなんだ。わたしがあからさまに溜息を吐いたのに、さすがは失礼族、彼は全く気にせずに、なるほど、とかやけにうんうん頷いてる。
「どうりで。ヒナ、お前めっちゃ可愛くなったなぁ。ナンパしようと思ったらヒナだったからマジでヒビったっての」
チャラッ!
じょーだんじょーだんと軽く笑うカッシーを、完全に引いた目で見つめてみると、彼はフォローに回ったのかやたらわたしを褒めてくるようになった。
「いやでも、ほんと思うよ。ヒナ、可愛くなった。ぶっちゃけめっちゃ驚いた」
軽くて、チャラくて、失礼な言葉が混じっていても、可愛いと言われて悪い気はしなかった。むしろ嬉しい。高校デビュー(仮)は、別に彼氏捕まえなくても成功してたっぽい。
「カッシーは女の子の扱い上手くなったんじゃない。顔はフツーだけどモテそうだね。顔はフツーだけど。むしろチャラ男」
「ちょ、おま、相変わらず酷いな。せっかく可愛くなったのに中身は驚くほど可愛くないまんまだなおい」
「さっきから可愛いって言ってりゃいいと思うなよ。カッシーになんて友達紹介する気ないからね」
「えっ、ひでェ」
そうは言っても、さっきから可愛い可愛い言ってくれるカッシーの言葉に、わたしはたぶん超笑顔だった。だってやっぱり褒められたら嬉しい。ほんとにちょっとだけだけど、努力してる自覚があるから尚更。だからなんだと言ってはなんだが、わたしは全く気付いていなかった。
ーーーー…ヤツがさっきから一言も言葉を発してないことに。
「…あかり」
「えっ?」
いつものヤツからしたらかなり低い、しかも呟くような小さな声だったもんだから、わたしは思わず聞き返した。
そしてカッシーとの会話の名残の超絶笑顔は、奴を振り返った途端に引っ込んだ。
「…ハル?」
彼の顔は、一言で言えば怖かった。どれくらい怖かったかというと、思わず名前を呼ぶほど怖かった。何をかも分からないまま、その時わたしは、痛烈に“やっちまった!”と思った。全身の毛が逆立つような感覚がして、驚きに目を見開いたまま固まった。
「…帰るぞ」
「ええっ?」
そのまま腕をぐいっと引っ張られて半ば倒れこむように奴の隣に引き寄せられた。
目を白黒させるわたしを尻目に、柏木は何やら無駄に要領よく納得したらしく、「ごめん遥希。調子乗ったわ、後で連絡するな」とやけに殊勝に言ってその場を立ち去って行ってしまった。
「じゃぁなヒナ、頑張って機嫌とれよ」って、ちょっと待った、いや待ってください、わたしをこのままにして置いて行く気か!
しかし奴は無言でわたしの腕をぐいぐいと引っ張り続ける。正直痛いが、珍しいことにわたしは、奴になにも言えなかった。なぜかは分からないが、やっちまった!のフレーズがさっきから異常な速度で頭の中をぐるぐると巡っている。この空気と思考回路をどうにかしたくて、わたしは必死に口を開いた。
「…は、遥希?ゲームは?」
「…そんなん今度また来ればいいだろ」
相変わらずの低い口調に気圧されたわたしは、再び口を開く気を完全に折られた。お互い黙ったまま、わたしはしばらく抵抗なくずるずると引き摺られていた。
いつもは何ともないはずの沈黙が、今はものすごく重苦しかった。彼に感じたのは、紛れもなく男に対する恐怖だった。わたしは人生で初めて、奴を男として怖いと思った。
多分わたしは、その時人生で初めて、奴のことを遥希という人間である前にひとりの男なんだとはっきりと自覚したのだ。それはなぜだか、どうしようもなくわたしのことを揺さぶった。彼にひたすら引っ張られながら、わたしは自分が気付いた事実に愕然としていた。
そしてその事実にようやく納得し理解した頃、わたしは段々と目の前のこの男に苛立ってきた。
何でわたしはこの男に従ってずりずり引っ張られなきゃならないんだ。
少しは落ち着いたらしい奴が、それとなくわたしの歩調を気遣っているらしいことに気付いて、さらにムカついた。
だったら解放してよ、そう思うけど、いつもの調子でガツンと言えないところにもまたムカついた。
いろいろとムカつきすぎて、家についた頃にはわたしは内心で完全にキレていた。
わたしはもはや奴に一言、物申してやらないと気が済まなかった。いつもの感じでキレていたわけではない。ここまでの長い長い沈黙の間に、わたしは完全にブチギレていた。
「…遥希。こっち」
わたしは彼を自分の家の前から斜め向かいの奴の家に引っ張って行って、そして家の中で奴と向かい合った。奴の家には、この時間誰もいないのだ。怒りをぶつけるには最適の場所だった。
わたしはキレていて、奴も相変わらず最高に機嫌が悪かったから、当然空気は最悪だった。
「…アンタ、なんなわけ」
「………」
始まりは低く静かだった。お互いがお互いに怒っていることだけはハッキリと感じた。
「……ねぇ。なんなの?さっきの態度といいさ、大体あんたがキレるとこなんて何もなかったじゃん!訳分かんないままで家まで延々引っ張られてさ、わたしが怒らないはずないよね!? なんなの?説明してよ!意味分かんない!」
ずらずらと怒るわたしを睨みながら、初め奴は何かを低く呟いた。聞こえないというそれすらもムカつく。
「なによ!ハッキリ言ってよ!」
「っお前が悪いんだろ!」
怒鳴られたそれは理不尽で、わたしは思いっきり顔を歪めた。言い返そうと口を開くわたしが声を出す前に、奴は怒ったように言い募る。
「なんなんだよ!お前、なにがそんな楽しかったわけ!? あいつと久しぶりに会えてそんなに嬉しかったのかよ?可愛いってちょっと言われたくらいで顔赤くして嬉しそうにしちゃってさ!あれくらいで喜んでんじゃねーよ!あんなの社交辞令に決まってんだろ!」
「はぁあ!?」
あまりの理不尽さに開いた口が塞がらない。ついでに言葉も止まらなかった。
「なにそれ意味わかんない!あんた最近、ほんと頭おかしいんじゃないの!? 可愛いって言われて喜んでなにが悪いんだっての!何よあんた、何様のつもり!? そんなわけ分かんない理由であんな長い間人のこと引っ張ってきたわけ!? マジ腹立つんだけど!」
「知らねーよ!ちげーし、あいつが褒めたからって簡単に喜んでんなって言ってんの!お前マジでムカつくんだけど!ちょっと褒められたからって人のこと無視して楽しそうに笑いやがって!」
「はぁあ!? なにあんた、自分が無視されたらって拗ねちゃったワケ!? ガキかっての!会話に入ってくるくらいすればいいじゃん!大体カッシーはあんたの友達でしょ!マジで意味分かんない!」
「意味わかんないのはお前の方だっての!大体なんだよ、なんでそんなカッコしてるわけ?なんでいつものカッコじゃねーんだよ!なに無駄におしゃれしてんだよ!意味わかんねーよ!」
「無駄ってなによ!大体なんでそんなことあんたに説明しなきゃいけないわけ!? 別にあんた何にも関係ないじゃん!」
こんな感じで、わたしと奴は誰もいないのをいいことに久しぶりに大ゲンカをした。
めちゃくちゃヒートアップしていたが、わたしと奴の喧嘩には遠慮なんて何もないので大体いつもこんな感じである。
「関係なくねーよ!お前ひとりでもこんなカッコしてるわけ!? ふざけんなよマジで!変な奴にナンパでもされたらどうすんだよ!あいつにもナンパされやがって!少しは危機感持てよ!」
「はっ!さっきからなんなのアンタ。なにそれ嫉妬?あんたわたしの彼氏かっての」
鼻で笑ったわたしは、あまりの怒りに頭が真っ白で、そのセリフに奴がピシリと固まったのには全く気が付かなかった。
「だからさっきからあんたには何にも関係ないって言ってんじゃん!なんでそんな突っかかってくんの?あたしがどうしようとそれでどうなろうとあんたには何も関係ないっ…「ふざけんな!」」
物凄い勢いで怒鳴られて、ついでに腕をぐいっと掴まれて、わたしはついに目を見開いて固まった。ついでに言葉も止まった。小学生並みの言い合いが終わった室内は、急速に静かになっていって酷く寒々しかった。
沈黙の中で、彼の表情だけがいやにハッキリと目に入ってきた。苦しそうに眉を寄せて、わたしの顔が見れないとばかりに視線を逸らして、そして小さな声で、
「…ふざけんな。お前ほんと、ふざけんなよ…。…頼むよ。…関係ないわけないだろ…。…関係なくなんか、ないだろ…」
いきなりのその弱々しい声と、その表情に、わたしの熱は一気に醒めた。冷えたと言っても良かった。代わりに、心臓の近くでなにかがぎゅう、と掴まれたような感覚がして、掴まれた腕よりもそれが妙に痛かった。
関係なくなんか、ない。当然だ、彼はわたしの大事な大事な幼馴染なんだから。
「………。…うん。…うん、関係なくなんか、ないね」
ごめんね遥希、そう言って謝ると、遥希はホッとしたようにフ、と息を吐いた。
目を逸らしていた彼がこちらを見てきたので、わたしはケンカは終わったと伝えるように彼の瞳をじっと見つめた。すると遥希は意外なことに、腕を離すでもなく身体を離すでもなく、なにやらじっとこちらを見て、いきなり考え込むように無言になった。
ケンカ後の何とも言えぬ倦怠感に覆われていたわたしは、正直なところ、なんでこのタイミングで最近の癖が出るんだよ、とほとんど呆れ交じりに思いはしたものの、突っ込むのも面倒でそのままじっとしていた。
じっとしてなければ良かったと、その時のことを今後悔したところでもう遅い。
そうしてその時、最大の事件は起きたのだった。
「えっちょ、はっ?ちょっと!ハル!?」
身体が近づいた、なんて、思う間もなかった。
いきなり奴に抱き寄せられたわたしは、わけが分からなくてピシリと固まった。触れる熱が、酷く熱い。段々と抱きしめられていることを自覚して赤くなる顔に、ようやく腕で押して抵抗し始めたが、彼の腕は一向に弱まる気がしない。何こいつ、何したいわけ?仲直りのハグってことだろうか、そんなのいらない。
「ちょちょちょ、マジで今日頭だいじょうぶなの遥希くん。ねぇとりあえず離して」
ぐいぐいと腕を突っ張ろうと努力していると、何度目かに声をかけた時にようやくわたしは解放された。マジなんだっての。
訳分かんない一連のじゃれ合いに満足したらしいバカ男は、パッとわたしの身体を離すと間近でこちらを覗き込んできた。思いっきり不満げに睨みつけているであろうわたしを見て、更に満足そうににんまりと笑う。
そしてぽとりと爆弾を落とした。
「あかり可愛い。顔真っ赤」
それを聞いた途端、わたしは顔がボンっと更に赤くなるのを感じ、そして同時に感情もボンっと爆発する音を聞いた。
そしてキレた。
「しばらく話しかけてくんなこのぶぁっっっか男!」
そうして、今に至るわけである。
「あ、朝比奈さん」
「小池くん。今日は早いね」
「朝比奈さんこそ」
小池くんに声をかけて貰うと、何だかほっこりにっこりしてしまう。わたしと小池くんは、すっかり仲良くなっていた。
「あ、そういや小池くん。この間横山さんの新刊出てたよ。もう読んだ?」
「そうなんだ、まだ読んでないや。どうだった?」
「うん、いつも通り、すごく面白かった。伏線の張り方が絶妙」
ほっこり。のんびり。やっぱり小池くんとわたしの会話には湯呑みに入った緑茶が似合う。でもおかしなことに、こんなに仲良くなっても、2人の間に色気は皆無。
「あの人の本は、いつも終わった後に伏線確認したくなるよね。そんで読み直すとうまく隠された伏線に衝撃を受けるよね」
「すごく分かる。一気に2度読みしちゃうよね」
なんてこった。こんな感じで、わたしと小池くんのカップルへの道のりは、実は全く進んでいない。わたし、彼に意識されていないようだ、多分。一番奇妙なのは、そこに落ち込むべきなのに、仲のいい友達ポジションが全然気にならないわたしの心。
最近は、小池くんとこうやってずーっとのんびり出来る関係が続くといいな、とか思っちゃって。いやいやちょっと待つんだ自分。
そんな感じで、実は全く不満を抱かない自分に愕然。わたしのファーストインプレッションは見事に間違っていたらしい。いやこれはきっとあれだ、理想の男と付き合う男は違うってやつ。あれ、結婚だっけ。まぁいいか、それにしても、どうやらわたしは16にして理想と現実の差を思い知ってしまったらしい。大切なことを学んでしまった。
「あかり」
のんびりほっこりと花が咲く小池くんとの穏やかな会話に終始したわたしが、るるると機嫌良く教室に帰ると、聞き慣れた声がわたしの足をピタリと止めさせた。
「………」
「…あかり」
何故ヤツがここにいるんだ、待っててくれているはずのユイちゃんはどこ行った。
謀られたと気付いた時には時既に遅かった。
わたしの机に座っている奴に捕まらずに、マイバッグを掴んで逃げ切れるかどうかを考えようとして、考えるまでもなく諦めた。どんなにわたしが素早くて奴が鈍かったとしても、それは無理だ。
「……あかり。…いい加減、無視すんなよ」
「………なんでここにいるのよあんた」
所詮わたしはこの男に甘いらしい。全く不愉快だが否定できない。
仕方なく近づくわたしに、奴はあからさまにホッとした顔をした。わたしはと言えば負けた気がしてなんだかムカつく。
そうは言っても、あからさまにホッとした奴の顔を見てなんかもういいか、と思ってしまうわたしも大概どうしようもない。
結論から言うと、わたしは奴を無視するのは諦めた。
正直な話、無視するたびに奴の視線に苛まれ、家では“遥希が面倒臭いからなんとかしろ”と兄貴にひたすら愚痴られ、学校では“可哀想だから許してやれ”と友人にひたすらつつかれたわたしには、もはや奴に怒り続けるだけのモチベーションが保てなかったのだ。わたしが奴に甘いからだけではない、と思いたい。
そんなわけで、それなりに元の生活に戻ったわたしたちは、その日久しぶりに我が家でゲームに興じていた。ちなみに今のところわたしの圧勝。
我が家で呑気にゲームに興じていた奴は、やはりその日も最近の常で何故かいきなり考え込み始めた。
めんどくさいこの男に対する対処法を既に習得していたわたしは、そうなった彼に気付くと構わず素早く通信を切って一人遊びをし始めた。
奴は気付かず、ボケーっとしている。バカっぽさが物の見事に際立っている。
しなしながら、そんな奴は、今日はいつもとは違い珍しく口を開いた。
「…なぁ、あかり」
「んー?」
奴は必死にゲームに食らいつくわたしをちらりと見て、自分のDSを見て、そして気付いて、しかし気にするのはやめたらしかった。相変わらずの従順な奴。しかし次の瞬間、かけられた言葉にわたしは吹いた。
「あかりはさ、俺のこと、かっこいいと思う?」
ぶはっ、そんな音を出したわたしを、奴は不満げに見つめていた。わたしは首を振る。前に答えたけどな。
「いやだからさ、フツーだと思うよ」
ちょっとかっこいいかもしんないけどさ、とは言わない。わたしのセリフに、奴は何故だか眉を寄せた。…え、
「……そうか」
えっ、ちょっと待て、ちょっと待て。
中学のあの日に、わたしは奴がナルシストになることを防いでやったはずだ。なんだ、今の不満そうな顔は。なんだ、その奇妙な間は。
そんなことを考えていたら、また少し考え込んだ目の前の男は、じゃぁさ、と今度はこう言った。
「あかりはさ、俺のこと、好き?」
なに言ってんのこいつ。多分わたしはそう思ったまんまの顔つきをしていたと思う。それを見て奴はなにやらにっと口角を上げて、わたしはますます変な顔をした。
「はぁ?あんた最近マジでおかしいよね」
とりあえず答えを待っているらしい彼に向かって、心底呆れたように答えてやる。
「いいから答えろよ」
ムッとする様子もなくにこにことそう言う奴を胡乱げに見ながら、わたしはそりゃぁ、と当然のことを答えてやった。
「そりゃ好きに決まってんじゃん。バカなの?なにを今更」
「……そっか」
そう言うと、奴はわたしの返事に何を思ったのか、やけに嬉しそうににっこにっこと笑いながら、けしからんことにわたしの頭を構わずぐしゃぐしゃと撫で回し始めた。ちょっとマジでこいつおかしい。
それ以上言葉を発する気がないらしい奴の様子を見て、わたしはその手をぺいっと振り落とすとゲーム戻った。しかし奴は、その度ご機嫌にその手を何度でも頭に戻してきやがる。わたしもその度にぺいっと奴の手を振り払って、そして同時に一瞬ギロっと睨むが、しかし奴は何故だか、にっこりと笑い返してくるだけだった。ウザい。
「な、あかり」
諦めて溜息と共に奴の方へと体を向けてやると、奴はようやく頭の上から手を下ろした。なにやらやけに嬉しそうに、うんうん、と頷くと、奴は変わらずに嬉しそうに笑いながら、俺、分かったんだ、とご機嫌に宣う。
「なにを」
早くしろよ、とばかりに睨むのも全く気にしないで、奴は変わらずに嬉しそうに、それでもちょっと困ったような顔をする。
「俺、ここ最近ずっと考えてたんだよね」
知ってるよ。見てりゃわかるよ。
機嫌良くそういう幼馴染を見て、わたしは溜息をつこうとして……ーーー奴のセリフに固まった。
「あかり、俺、好きな子できた」
「えっ、」
えええええええええええええ!?!?!?!?
わたしの幼馴染は、なにやら最近思うところがあるらしい。
(好きな子って!まじかよ!てかやけに考え込んでたのはそんなことかよ!)
読んでくださりありがとうございます!
いや、難産でした…恐ろしい。
楽しんでいただければよいですが…
時間が結構飛びましたが、ふたりの関係が落ち着いたら番外編として書くつもりだからです。決してあまりに進まないふたりに焦れたからではございません!
彼の名前は、あかりちゃんからの呼び名を犬っぽくしたくて決めたのですが…、彼女あんまり呼んでくれませんでした、おかしいな。
感想評価その他諸々、いただけたら嬉しいです!