自殺志願者と少女S
自殺志願者と少女S
結城紅
夏。燦々斗と輝く太陽が憎らしい。
高校二年生の僕にとって夏とは、春が過ぎクラスの中でも纏まったグループができ始める季節だ。そう、一番嫌な季節。ボッチの僕にとって居心地悪いことこの上ない。
増して、誹謗中傷を受ければ嫌になるのも無理はない。
僕は、俗に言うイジメというものを受けていた。
この世は本当に上手く出来ていると思う。勧善懲悪やら『善』を推奨する言葉が多いくせに悪が途絶えることはない。寧ろ、善行より悪事の方が多い。表舞台に上がる悪行なんて極一部に過ぎない。
例え、一過性の悪にしても、僕にとっては耐え難いものだった。連綿と続く悪口雑言に顔を顰めることさえ許されない。そんな世の中を憎み、自分にさえ嫌悪感を抱いた結末が、『自殺』に落ち着いたのも当然と言える。
校舎の屋上のフェンスから眼下を見下ろす。
加害者でいられる皆が途轍もなく馬鹿馬鹿しく、妬ましい。蟻の群れほどの人影は夏の影に紛れて消えていく。
見届けるつもりもなく、僕はフェンスに跨り、柵の外側――僅か数センチの空間へと身を踊らした。
「この世は『偽善』の一言に尽きる」
16年分の人生の結論を吐き出し、虚空へと身を投げ出そうとした瞬間――。
足が、止まった。やっぱり死ぬのは怖い。原始的な恐怖に身を打ち拉がれる。
――大丈夫だ。高所から落下すれば途中で気絶できる。
乱れる呼吸を落ち着け、上昇する心拍数を下降させてから、再度一歩を踏み出そうとした時。
「どうした。さっさと飛び降りないのか?」
背後から冷徹な声が聞こえた。驚きのあまり、足を踏み外しかける。
「驚かすなよ! 危うく落ちるところだったろ!?」
「いや、落ちたいんじゃないのか?」
振り返った先には呆れ顔の少女。ボサボサの長髪に目元には大きな隈、膝下にノートパソコンを抱えて座っている。
「こういうのには心の準備がいるんだよ」
「そうなのか。それでは、私のことは気にせず続けてくれ」
……え? ここって普通引き止めない? これから先いいことあるさー、みたいに。まあ、別にいいけどさ。
「……よし」
覚悟を決めて、いざ飛び降りようとした矢先。
「少年よ、いいことを教えてやろう。飛び降り自殺には、気絶できる人がいる反面できない人もいるらしいぞ」
「……え、マジで!?」
っていうことは……。このまま落ちても気絶できない可能性があると……。
「骨が折れ、足は拉げ、内蔵は破烈し血が止めどなく溢れ、最期まで痛みにのたうちまわるのだろうな。ああ、想像しただけでゾクゾクするな!」
そんな嬉しそうに語られても……。
そのような最悪の未来図は避けたい。
僕は知らずの内に足を引っ込めていた。
「なんだ、自殺しないのか」
「今のを聞いて自殺できる人は自殺する必要なくね?」
そんなに図太かったらそもそも自殺しようとさえ思わないだろう。
自殺するべきか、しないべきか……。
フェンスの外側に佇立したまま、数分間が過ぎた。
「おい、死なないのか。さっさと消えてくれよ。株に集中できん」
「お前、僕を殺そうとするのか生かそうとするのかはっきりしろよ! っていうか、なんで女子高生が株なんてやってるんだよ!」
「今時の女子高生が株の売買やアフィリエイトでお小遣い稼ぎをしたっておかしくないだろう?」
「おかしいわ!」
「なあ、そんなに死ねないのなら駅で飛び降りればいいんじゃないか?」
新たな提案が持ち上がる。どうやら少女は僕を殺そうとしているらしい。
「いや、JRとかって路線が遅延すると何百万円も取られるんだよ。そんなとこで死んだら家族に迷惑だろ」
「……一瞬で死ねるのにな。お前は意外と良い子ちゃん(笑)なんだな。常識的に考えて、死んだ後のことはどうでもいいと思うのが普通なのだがな」
「株やってる女子高生に常識を問われたくない」
「おっと、ただの株の売買ではないぞ。なんと、インサイダー取引だ!」
「尚のこと悪いわ!」
「ジジイ(父)のPCにハッキングを仕掛けてだな、自社の株に関する情報をだけを抜き出したのだ。これでいつバレても罰せられるのはジジイだけだ! 私は少年法に守られるしな」
「お前も僕みたいに親のことを考えろ!」
「うるさいな。さっさと死ねよ」
「ひどい!?」
死にたいのは事実だけど。
ハア……そろそろ死ぬとするか。
背後で少女がパソコンのキーボードを打つ音が聞こえた。
「『目の前で人が自殺しようとしてるなう』」
「おい、今度は何やってるんだ」
「何って……掲示板だが?」
「ネットに上げんのやめてくんない?」
「これから死ぬ奴に関係ないだろう」
まあ、そうなんだけどさ。
僕はゆっくりと足を持ち上げる。
……ちょっとは引き止めてくれてもいいんじゃないかな?
「…………(チラッ」
「…………」
「…………(チラチラッ」
「…………」
「…………(チラチラチラッ」
「『引き止めてもらいたがっているウザイなう』」
「その言い方はないんじゃない!?」
「ハハハ、お前ボロクソに叩かれてるぞ」
「うるさいな!」
ひと呼吸おいて、再度足を持ち上げようとする。
今度こそは、死のう。きっと僕なら気絶できると信じて。
「いいことを教えてやろう。この世はな、生きているだけで金が掛かるんだ」
「これから死のうとする奴に追い討ちをかけるな!」
「所得税、消費税、固定資産税、住民税、相続税、贈与税、年金、介護保険料、嫌になるよな」
「嫌になるのは僕の方だ!」
「この中にある相続税はお前にも関係あるからな?」
「え?」
「財産を受け継ぐだけで税金が発生するんだよ」
「えっ、じゃあ僕死ねな……」
「冗談だ。貴様程度の財産では相続税には引っかからん。安心して死ね」
「やっぱりその言い方はないんじゃないかな?」
足を持ち上げる。なんだかだんだん死ぬ気が失せてきた。
「…………(チラッ」
「…………」
「…………(チラチラッ」
「…………」
「…………(チラチラチラッ」
「いちいちこっちを見てくるな! そんなに死にたいんなら私自らの手で殺してくれるわ!」
そう言って少女はこちらに向かって駆け寄り、思いっきりフェンスを揺らしてきた!
「お、おいやめろ! 死んじゃうだろうが!」
「お前は死にたいんだろうが!」
ギャーギャーと騒ぎ、柵越しに手と手がもつれ合う。
「ちょっ……」
落下しそうになり、反射的に少女の腕を掴む。
「お、おいやめろ!? お前の自殺に私を巻き込むな!」
二人して落ちそうになり、慌ててバランスを整え何とか事なきを得る。
よく少女の顔を見ると、隈を除けば中々良い顔立ちをしていた。これで化粧をしてオシャレなんてしたら受けるに違いない。そこで、僕は気付く。
柵越しの距離、触れかかる吐息。危難の共有。互いに異性。これは……イケる!?
「……なんだか君とは気が合う気がするよ」
「紛らわしいが、そうかもしれんな。私にここまで殺意を抱かせたのはお前が初めてだ」
「ねえ、あのさ……」
「なんだ自殺志願者?」
「もし、よかったら僕と……」
ここまで緊張したのは16年の人生の中でも初めてではないだろうか。
僕は、勇気を振り絞って告げた。
「付き合ってくれないかな?」
ああ、なんかもう違う意味で死にたくなってきた!
少女はフッと柔らかい笑みを浮かべ、今までとは打って変わった慈母のような慈しみに満ちた表情を見せた。
やがて、その口唇から銀線を紡いだような声音が響く。
「普通に嫌だけど?」
「よし、死のう」
この時、僕は割とマジメに死のうと考えた。
まあ、結局死ねなかったんだけどね。
終わり
最後の方は面倒になって力尽きました。
部活用の小説だったので、一応ここにも上げておきました。
たまにはこういうのもいいですね。