滅んだ惑星
ボクは今、地球にいる。
鋼鉄の鎧のような骸をまとって。
ボクのいた惑星は、地球から数億光年離れたところにある惑星だ。
そこは“青い惑星”と呼ばれる地球とうって変わった、夕焼けのような色をした赤い惑星だった。
地球人たちは夕焼けを見ると寂しくなる――そうだが、毎日、生まれてからずぅーっと夕焼け色した世界にいたボクには、夕焼けを見ても寂しさは感じない。――いや、今は夕焼けを見ると滅んでしまったボクの惑星のことを思い出してしまって、ちょっぴり悲しくなるんだけど。
ボクの惑星の特異なところは――夕焼け以外には――コミュニケーション――話の仕方――がある。
ボクの惑星での会話は――地球でのそれと比べると、ちょっぴり不思議。
一番の違いは――キョリだ。
ボクのいた惑星の人たちは、人と人とが会話をするとき、一定の距離感をもつ。――距離を保つということだけなら、地球でもごくありふれたことだろう。いわゆる間合というやつだ。しかし、ボクたちの場合、その間合――距離が極端に長かった。
10メートル。
それくらい離れた距離で、ボクたちは会話する。
しかし、ボクたちがそのように会話を行っていたのはせいぜい100年前の話だ。その後、ボクの住んでいた惑星――赤い惑星――の人たちは、それまでと違った手段の会話を得た。
それは、光棒を使っての会話。
光棒という、地球で言う、マッチ棒のような形状の、長さ1メートルの棒、先端にライトの付いた棒をチカチカさせて――地球で言うところのモールス信号みたいな感じの言語を使って会話する。ボクたちはこのような会話方式を光信と称していた。
この光信によって、ボクたちはどんな距離であろうと会話を行うことができるようになった。ぶしょう者のボクたち、赤い惑星の人たちには――光信で使う光棒はいつしかボクたちの「口」にとってかわっていた。口はモノを食べるだけの器官へと――しだいになっていった。
ぶしょう者なボクたちだったけど――なぜか、赤い惑星の人たちは会話することは大好きだった。
そして惑星の人たちは――もっといろんな人たちと会話をしたいと思った。
そして次に、別の惑星と光信することになった。別の惑星の人たちはもちろん、光信のことなんて知らなかったけど――その惑星の人たちはボクたちと同じぐらいの知識のある人たちだったので、すぐさま赤い惑星の光棒から発せられた光の信号を解読した。そして、しばらくすると、その惑星から光が発せられ、光信での会話が成立した。
そんな風な具合で、赤い惑星の人たちは別の惑星――先ほど話した惑星も含む、いろんな惑星の人たちと光信をすることになった。
みんな――会話が、光信が好きだった。毎日の色々なことを、その星々の話題を際限なく話し合ったり、つぶやきあったりしていた。たまに激しい討論やケンカみたいになることがあったけど、それでもボクたちは平和に、光信していたと――思う。
やがて赤い惑星の人たちは、もっと便利に、そしてもっと遠くの人たちと会話ができるようにならないかと考えていた。
かしこい人たちが光信し合った結果――「幽話」という新たな会話方法を発明した。これは、体の中にある思念――「幽体」を離脱させて、自由なカラダの――自分となって移動や会話を行うものである。
ボクはなんと幸運にも、その「幽話」のテストプレイヤーとして選ばれたのだ。ある研究所に招待されて、そしてそこでたくさんのコードのついたメカニックなボウシをかぶらされて――
そのとき、バンッ! と巨大な音が聞こえた。
それは、この赤い惑星が爆発し、消滅した音だった。
どうしてこの惑星が消滅したのか、ボクにはわからないが――ただ、この惑星が消滅する前に、よく、光棒の製造者間でケンカが起きていたことを憶えている。なにやら、光棒の利益について別の惑星の製造者たちともめていたそうな。
まさか、そんなくだらないことで、僕の住んでいた惑星が滅ぼされたなんてことは――いや、ボクは光棒の製造会社がどんなものか詳しく知らなかったので、何とも言えないんだけど。
まぁ、滅んでしまった惑星の会社のことは置いといて――
惑星が爆発したとき、なぜかボクだけ意識があった。だけどカラダはなくなっていた。
ボクは独り。
粉々に砕けた赤い惑星。この惑星の崩壊をボクだけはじっと観測して、脳裏に焼き付けていた。
そしてそのあと――ボクは一人、宇宙を旅することになった。
ボクは遠くへと行きたかった。この真紅の星雲よりずっと離れたところへ。しかし、それは途方もなく長い旅となった。
一人。星しかない黒の宇宙を歩いていた。ああ、誰かと会話したい。光信したい。幽話したい――
歩いて、歩いて――先の見えない、闇の宇宙をずっと。
ずぅーっと。気が遠くなり、何をやっているのかも分からなくなり、自分が何かわからなくなり、生きているのか死んでいるのかもわからなくなり――そんな、混沌に意識が支配された中。
ボクは、青いダイヤを見つけた。
地球、そこには生命が満ち溢れていた。
ボクはまどろみの中――その惑星に向かって激突した。
白いもやのような雲が見え、青の海――緑と茶の大地――灰色のコンクリート――赤の屋根――暗い部屋の隅にある、鋼鉄の給仕ロボット。
ボクはそのロボットの中へと入っていった。
今のボクは、この赤い屋根の家の従順な給仕ロボットだ。