アンドロイドと理科室の魔女
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藤堂ありすさんはやっぱり大変な美人さんでした。わたし達のセーラー服が、大人びた顔付きにも驚くほど似合っていましたし、金色の髪をなびかせる姿は天使のようでさえありました。
思わずうっとりとしてしまったのですが、それはクラスのみんながそうだったようです。藤堂さんはたくさんの男の子に囲まれて、何やら質問をされていました。大人気です。だけど藤堂さん、本のページを手繰るばかりで男の子達を意にも介しておりません。
わたしは心配になって覗き込みました。やはり困っていたのは周囲の男の子達の方で、藤堂さんは超然として本を読むばかりです。
「何を読んでいるんですか?」
わたしは男の子達の隙間を塗って藤堂さんに話しかけます。男の子達はわたしの為に場所を空けてくれます。良い人達です。
「見れば分かるでしょう?」
藤堂さんは流暢にそう答えます。なんだか前からそんな風に言うことを決めていたみたいです。このへん豊彦くんに似ているなぁと思いました。
「『ファンタジーのお役立ち知識99』?」
わたしが首を傾げます。男の子達はわたしと藤堂さんのやり取りを興味深そうに見守っているようでした。
「ファンタジーなら知ってるよ。読んだことある。不思議の国のアリスとか」
「それとはちょっと違うわね」
藤堂さんは顔をあげました。そしてわたしの顔を見て、あどけなく目をぱちくりさせます。意外なその仕草が可愛らしいく思えました。
「あなた、随分前に会ったような気がするんだけれど」
随分前? 何を言っているのか分かりませんでした。だけれど洞窟で会ったあの人ではあるようでしたので、わたしはほっとしました。
「昨日のことだよ」
「昨日? ……そうね。ここではそういうことになっているのかしら」
藤堂さんはころころと笑います。なんだかからかわれているみたいな感じがしました。
「だけど。その話はあんまりしない方が良いんじゃない?」
「どうして?」
「そりゃあなた。そんな能天気な顔していたら、別になんとも思われないかもしれないけれどね。うろことくちばしの生えたウサギの化け物の話なんかしたら、きっと変な人だと思われちゃうわ」
藤堂さんの言うことに、男の子達は失笑を浮かべます。わたしは言います。「でもいるもん」
「いないわ。でもいたらおもしろいと思うわ。だから作ったの」
「どういうこと? 作ったって、あのウサギ? あなたがだよね、でも作ったのなら、いないことないよね?」
男の子達がまた笑い出しました。どうしましょう。わたし変な人でしょうか。
「いるけどいないのよ。そしていないけどいるんだわ。これってどういうことか分かるかしら?」
「分かりません」
「素直でよろしい。実はあたしにも良く分からないのよ。ねぇあなた、アンドロイドをどう思う?」
「あんどろいど?」
「人間が作った人間のことよ。生殖以外の方法で」
「そんなことできるんですか?」
「できないわ。前提として、人間は生殖によって発生する生き物だもの。生殖以外で人間が発生するとしたら、それはきっと人間より進化した何かか、人間の出来損ないのどちらかよ」
「そうなんですか」
「あたしはそう思うの。ならあなたは?」
藤堂さんは宝石を埋め込んだみたいな静かな目をこちらに向けました。わたしは困ってしまいます。
「藤堂さん」
わたしはそう言うと、彼女は
「ありすで良いわ。藤堂の方は後から考えた苗字だから」
言うので、わたしはそれに従うことにしました。
「ありすさん。わたし良く分かんないですけど。どっちも同じようなものだと思います」
「どうして?」
ありすさんは首を傾げました。
「ええ、と。その」
わたしはどう答えて良いのか分かりませんでした。どうしてこんなことを訊くのでしょう。分かりません。だけれどあんまり真剣に訊くので、わたしはがんばって答えを考えます。
「あなた。変な人ね」
必死で考え込むわたしを見て、ありすさんはそう言って笑いました。わたしは頬を膨らませます。
「変じゃないです。わたしは望まれてこうなったんだもの」
「それは知らなかったわ」
「あなただってそうだよ。誰かが望んだから生まれてきたの」
「ふうん」
ありすさんは愉快そうな顔をしました。それから本を閉じて、栞を挟んで机の中にしまいこみます。
「それはさっきの話と、関係があるのかしら。だとすれば、素敵な考え方だと思います。だけれどね、世の中にはいろいろな人間モドキがいるの。射撃の的に作られた人形、男の欲望を満たすダッチワイフ」
どうしてこんな話になるのでしょうか。きっとありすさんは大変にマイペースな人だと、わたしは思いました。だけれどとても優しい笑顔をしているし、悪い人ではなさそうです。わたしはすっかり混乱しました。
「もうちょっと身近で、できれば素敵な話をしようかしら? そうね。画面の中の恋人に、本の中の英雄ね。そういうの、あなた達は好きかしら? 物語のヒーローやヒロインみたいに振舞ってみたいと感じること、ない訳じゃないわよね?」
男の子達ははらはらとしながらわたし達の様子を見守っています。きっと照れ屋なのでしょう。わたしはみんなを代表して、こう答えることにしました。きっとこの答えで合っているんでしょう。
「好きですよ。大好きです。なりたいです」
ありすさんは微笑んでから答えました。
「そう。なら良かった」
それっきりありすさんは一言も自分から話をしませんでしたし、わたしが何を言ってもどこ吹く風でした。その内チャイムが鳴ったのでしぶしぶ席に着くと、次の休み時間からありすさんの席の周りは途端に寂しくなりました。
「変な女だな」
昼休みの時間になって、お弁当を食べながら豊彦くんはそんな風に言いました。
「アンドロイドがどうだのと。そんな存在しないもののことを言ったって、何になるっていうんだ。それにアンドロイドと言えば精巧なロボットのことも指すものだから、人間とは完全に異なる。アンドロイドはアンドロイドだ」
「豊彦くん」
わたしは首を傾げて、ついこんなことを尋ねました。
「どこで聞いてたの? もしかして、話に参加したかった?」
豊彦くんは少しの間黙って何も言わず、俯いてしまいました。困らせてしまったようです。しょうがないので自分の髪の毛を引っ張ったりして遊んでいると、ありすさんがわたしの前に現れました。
「ねぇ……あなた、なんていうんだっけね?」
「初花です。白倉初花」
「ハツカさん?」
「はい。二月に咲く花のことを指すらしいんですけど。にじゅうにちって意味じゃないですよ」
「そうなの」
なんだかどうでも良さそうに言って、ありすさんはわたしの前の席を指さしました。
「ここの席に座っている男って、なんて名前で、どんな人なの?」
「加賀谷くんです。加賀谷……なんでしたっけ?」
手品が得意な人だったと思います。良く色々披露してくれたのですが、何一つタネを明かすことはできませんでした。
「智也だよ。テレビゲームと他人の鼻を明かすことが好きな、陰気な男さ」
と、彼と仲の良かった豊彦くんが引き継ぎました。
「今はもう、学校に来ていない。理由は分からん。連絡もない。行方不明なんじゃないかって言われているが、あいつが家出するとも思えん。おそらく家でゲームでもしているんだろう」
「ふうん」
特に興味もなさそうに、ありすさんは言いました。それから豊彦くんはいぶかしげに
「おまえ。どうして加賀谷が男だって知っていたんだ?」
「知らなかったけれど」
「嘘付け。はっきり『ここの席に座っている男』と言ったじゃないか」
ありすさんは面倒くさそうな顔をして、しばし考え込みました。それから柔和に微笑んで、こう答えます。
「気にしないで」
豊彦くんは一瞬呆気に取られたような顔をしましたが、「あ。ああ。」としぶしぶ納得したようでした。
「気にしても仕方がないことだ。すまなかった」
心から謝罪しているようです。彼は物事を深く勘繰り過ぎる癖があって、彼自身それを気にしていました。それに対して、ありすさんはただ微笑むということをします。
「それじゃあね。ありがとう」
そう言ってわたし達に背を向けました。ですが、すぐに振り返ってこう問いかけます。
「図書室はどこかしら?」
「転校初日から、そんなとこに用があるのか?」
「本が好きなの。特にファンタジー。冒険談なら最高よ」
「ふうん。趣味が合うね」
豊彦くんは唇を持ち上げて言います。
「おれは漫画の方が好きだけれどな。分かった。連れて行ってやるよ」
ありすさんは目をぱちくりさせました。それから少し緊張したような、困ったような顔をします。
「わたしも行きます」
と、名乗りをあげました。
「ありすさんと話もしたいです。なんかおもしろいの教えてください」
「い。いや。場所を教えてくれるだけで良いのよ?」
ありすさんが提案すると、豊彦くんが
「いや。ここから図書室は大分遠いところにあってだな。それに、図書室以外にも、移動教室の場所が分からなきゃ困ることも多いだろう。転校生に対しては、誰かが手ほどきするべきことだ」
「……あなたって、優等生?」
豊彦くんは胸を逸らします。
「如何にも、というべきかな。まぁどっちにしろ初花がやりたがっただろうし、そして初花は未だに校舎で迷うことが多い腑抜けた奴で、結局おれがそれに加わることになっていただろう。同じことだ」
言って、豊彦くんは率先して歩き出します。ありすさんは少し緊張したような顔をしますが、ちょっとだけ歪に、でも嬉しそうに微笑んで
「じゃあ。お願いしようかしら」
照れ隠しのように言いました。
「ありすさんは、どうして転校して来たんですか?」
廊下を進みながら、わたしはとりとめもなくありすさんに尋ねました。もしかしたら豊彦くんが知りたがっているかもしれないと考えたからです。興味しんしんに顔を近づける豊彦くんに、なんだかものすごく面倒くさそうな顔をしながら、ありすさんはこう答えます。
「一身上の都合です」
「らしいぞ初花。親父の転勤とかか? 或いはその性格でなんかやらかしたりしたか?」
ぶしつけなことを訊く豊彦くんは、自分の好奇心が制御できていないようです。ありすさんは楽しそうに肩を竦めました。それから豊彦くんの興味をおもしろがるように言います。
「さあ。どうだか」
「そんな風にいわれると、気になるね。そして、人の好奇心を焚き付けたからには、それに答えるのが義務というものだろう。でなければ失礼に当たる」
「対等なクラスメイトに、そこまでのことを要求されるなんて、あたしは悲しいわ」
ころころと笑って煙に巻きます。豊彦くんは少しだけ眉をひそめて、それから次々とカマをかけていきました。それでもありすさんは涼しい顔。なんだか楽しそうな二人です。
「この先にあるのが、視聴覚教室です」
わたしは廊下に腕を突き出してそう言いますが、ありすさんから転校の理由を聞き出すのを諦めた豊彦くんが「違う。理科室だ」と修正してくれます。
「そうだったっけ?」
「視聴覚教室はこの先の先だ。理科室なんて、おれらのカリキュラムではほとんど使わないから、忘れていたんだろう」
言いながら豊彦くんは理科室の前を通り過ぎようとします。ありすさんは可愛らしいメモ帳に理科室の場所を記入していました。しかしわたしは理科室の前で足を止めて、その出入り口を覗き込みます。
「どうしたんだ?」
豊彦くんが振り替えしました。
「鍵が開いてる……?」
昼休みなんかにはいつも閉まっている部屋だったと思うのですが。
「ほんの些細なことだ。腑抜けた野郎が閉め忘れたんだろう。昼休みは有限だ、さっさと先に進もうじゃないか」
ありすさんはメモを取り終えると、わたしの隣に歩いて来て、扉に手をかけました。
「……おい藤堂。言っている意味が分からないのか?」
「ありすって呼んで頂戴。ねぇトヨヒコ、理科室なんてとってもおもしろそうなところ、見れるものなら見ていきたいと思わない?」
「わたしも賛成です。遊びたいです」
わたしは手をあげてありすさんに加勢しました。豊彦くんは肩を竦めてみせて、それからちょっとシニカルだけど優しい笑顔で「しゃあねぇな」
「どうせおもしろいものなんて、何一つないに違いないぞ」
「いいえ。そんなことはないと思う。あっと驚くようなものが鎮座しているはずよ。間違いないわ」
言いながら、ありすさんは理科室の扉をゆっくりと開いていきました。
「……!」豊彦くんが絶句します。
「……まぁ」ありすさんは口元を手で覆い、瞳を愉快そうに歪めました。
「おひさしぶりです」わたしは丁寧に挨拶をします。
理科室の机はとっても広いのです。試験管とかバーナーとか、ごちゃごちゃしたものをたくさん並べるのですから、当然です。ですからその上で真横になって、あまり寝心地が良くなさそうにいびきをかいている人がいても、あまり変ではありません。
「……誰だあいつ」
体操着を着た女の子が、理科室の机の上に横たわって寝息を立てていました。寝返りを打ったりして、いつ転がり落ちないかとても心配です。豊彦くんはそれに近寄っていき、わたしの距離でも分かるその起伏に飛んだ体を覗き込み、それから驚いたように振り替えしました。
「どうしたの?」
ありすさんが尋ねます。
「……下着すらつけてねぇ」
豊彦くんは愕然として言いました。
「それで。あなたは何もしないで立ち去るつもりな訳? 良かったら出ていこうか?」
「ふざけろ」
「天沼さん」
わたしは寝そべっている女の子に声をかけました。
「そんなところで寝てるとあぶないよ。もう落ちそうだよ。天沼さん。起きた方が良いよ。天沼さん。寝返り打っちゃダメだよ天沼さん。天沼さ……きゃぁっ」
天沼さんが落ちてきました。天沼さんの小柄な体をどうにか支えようとしましたが、非力なわたしではどうしようもありません。二人して理科室の床に転がってしまいます。
「何やってんだ?」
言いながら、豊彦くんがやって来てわたしと天沼さんを助け起こしました。わたしの体をクッションにしたのでしょうか、あまりショックを受けた様子もなく、天沼さんは眠そうに言いました。
「みにゃぁ? 誰ぞいこんな時間に。どうしてこんな理科室に用があるのかい? ちっと理解に苦しむだぁね」
「こっちの台詞だよ」
豊彦くんがそれに答えます。
「どうしてこんなところで寝ていたんだ。寝るにしても、床で寝れば良いものを」
「回答一つめ」
天沼さんは眠たそうにカウントしました。
「理科室で寝ていた理由だぁが、ここが一番誰にも邪魔されないと踏んだからぞい。何せ午後の授業でこの教室を使うクラスは、六時間目に三年三組だけ。それまでは眠っていられると判断した訳だぁね。何か異論あるかい?」
「論理的だな」
豊彦くんは感心します。
「回答二つ目。うかつに床なんかで寝ると、服が汚れて仕方がないじゃないのかい? 対して理科室の机の上っていうのは、使った後雑巾でちゃんと拭かれていて綺麗だからだぁね
「まったく持って得心いった。だが問題があるとすれば、六時間目まで寝ているつもりであるならば、どうして素直に早退しないのかということだ。フケてる不良なんかを見ると、おれはいっつもそんなことを思う」
わたしは全身に走る痛みを何とかこらえ、床から立ち上がって天沼さんの方を見ます。天沼さんはわたしに気が付くと、子供みたいにはにかんで手を振ってくれます。
「初花じゃないのかい? ひさしぶりだね。会えて嬉しいぞよ」
にかにか笑います。
「天沼さん。ひさしぶりだね。どうして体操服なの?」
「これが一番寝心地良いんだぞよ。動きやすいし、指定の服装の中で、これが一番優れているんじゃないのかい?」
「また裸にならないでくださいよ?」
「気をつけるぞよ。警察の厄介にはなりたくないもんだからなー」
わたし達がそんなやり取りをしていると、後ろでありすさんが手持ち無沙汰に立っておりました。意を決したように近づいて、天沼さんの方を見据えます。
「どなたぞよ? 見たことない……学校のどの生徒にも該当しないんじゃないのかい?」
天沼さんは首を傾げます。
「分かったぁ。じゃあ転校生だぁね。違うかい?」
「まぁ。利口な方でいらっしゃるのね」
ありすさんはころころと笑いました。
「藤堂ありすです。愉快な方」
「あたしは天沼桐子ぞよ。よろしくたのむだぁね」
「キリコさんね。覚えておきますわ。あなた、ゲームは良くするの? 特にRPGとか」
「興味はあるぞよ? 剣持って戦うの、きっと楽しいんじゃないのかい。だけどあたし他、すること一杯ぞよ。だからやってないんだぁね」
「授業サボって寝てる奴が良く言うよ」
豊彦くんが肩を竦めました。
「そんなんで勉強は大丈夫なのか? 見た目よりは利口そうではあるが」
「でもさ。豊彦くん」
と、そこでわたしが口を挟みました。
「この子。わたし達の学年で成績一番だよ。豊彦くんより頭良い」
「へぇ。そりゃ大したもんだな」
と、豊彦くんは素直な羨望を天沼さんに送りました。天沼さんは眠たそうな目をごしごしこすって、それから「きゃははは」と軽快に笑いました。
「勉強なんて教科書読みゃぁぜんぶ分かるんじゃないのかい? それよりあたしはもっと愉快なことに頭つかいたいだぁね。それがない内は眠ってるしかないんだが、そのRPGってんのにかまけてみるのも、おもしろそうじゃないのかい」
「お勧めしますわ」
それだけ言うと、自分が口にするべきことを全て言い終えたかのように、ありすさんは満足そうに下がっていきました。マイペースな人だなぁ、と思っていると。
「きぃん、こぉん、かぁん、こぉん。……だぁね」
天沼さんが突然そんなことを言い出し始めました、すると、それに重なるようにして
キーンコーンカーンコーン。
とチャイムの音が。天沼さんが得意そうにけらけら笑い始めます。
「……しまった。予鈴だ。こんなところで時間を使い過ぎた。まだ半分も校舎案内が済んでいないというのに……」
豊彦くんが頭をかき回します。するとありすさんが
「別にかまわないよ。また放課後に案内してもらうから」
「ふてぶてしいな。もとはと言えば、おまえが理科室の中を見たいなんて言い出すから……」
「そんなことはないわ。もっと根本的な理由を言うなら、理科室の鍵が開いていることを発見したハツカがその原因だし、さらに言えば理科室が施錠されていなかったこと、さらにさらに言えば理科室という部屋の存在が全ての元凶になるのね。元を正すと言う行為に意味はないの。そんなのに頼る人間は、あらゆる物事に常に自分以外の誰かの責任を欲しがるような、卑怯な人間に間違いないわ」
ありすさんは流暢な言い方をしました。豊彦くんはそれに肩を竦めて見せて「まあ。しょうがねぇな」と慣れたように言いました。
「放課後にでもまた案内をすれば良いんだろう? 分かった、どうせ暇だしな。おれの言い出したことでもある」
「それは安請け合いじゃないのかい?」
豊彦くんがいぶかしげに振り返りました。にこにこ笑っている天沼さんの姿があります。
「放課後っていったら豊彦、飯田義人に呼び出されていたはずだぞよ? すっぽかすにせよ受けるにせよ、校舎をうろうろしているのは、まずいんじゃないのかい?」
面食らったような顔を豊彦くんはするばかりです。どうして知っている、という感情がにじみ出ているのが、わたしには分かりました。
「豊彦くん。それ、聞いてないよ」
わたしが言いますと、豊彦くんは首を振って
「そりゃ言ってないからだ。おまえを使って解決するほどアホになっちゃいない」
「……って、ことは。わたしを使えば解決する問題なんでしょ?」
豊彦くんは今度は肩を竦めます。それからいつもの微笑をみせて
「別に解決するほどの問題じゃない。無視してりゃ良いんだ」
と、言い聞かせるように言いました。
「飯田ってあのおっきいの? そういやトヨヒコと話しているの見た気がするねー。険悪そうだったけど。トヨヒコ、ここは行って来て男見せるべきじゃないの?」
豊彦くんはあしらうように
「どうせ行ったって向こうが一方的に喧嘩ふっかけてくるだけだろう。つまるところ、どうやったって殴り合いになるということだ。そんなのはごめんだね」
口から出たのは豊彦くんの本心でした。わたしは首を傾げて、それから天沼さんの方を見ます。
「どうして知ってたの?」
「別に理由はないぞよ。ただ二人が険悪なのは初花から聞いた話だぁね。そして経過を聞くに、そろそろ義人が豊彦に喧嘩を吹っ掛けて来る頃合だぞよ。ってことでカマかけてみただけさ。変なことでもないんじゃないのかい?」
豊彦くんは驚いているようでした。
「そりゃあたいしたもんだ。おれのことも前から知っていたんだな」
豊彦くんはシニカルに微笑んで、それから理科室を出て行きました。わたしは慌ててそれを追います。ありすさんも楽しそうに肩を竦めて、余裕の表情でわたし達に付いて来て、そのまま教室に戻りました。
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