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緑の沼の魔女に関わる人たちの話  作者: 阿寒鴨


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8/8

8.その魔女の終わり

マルヴィナと■■について。




 魔女は家を継がない。それが母のものであろうと師のものであろうと。何ものにも縛られない。


 秘術の対価として育てたネルが魔女として独り立ちをし、一人になった家。


 静かな部屋に、扉を叩く音が響く。

 わたしが応える前に、勝手に扉を開けるのは一人の男。

 吹き込んだ風に(なび)く金の髪の男は、逆光を受けてまるでその身の内から光っているよう。


「マルヴィナ。そろそろ、私があなたの隣に立つことを許してくれるかい」


 眉を下げて微笑むイーモンに、過去にもこんな顔をするひとを見た気がした。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 その女はわたしを生み、時折自らをわたしの母だと名乗った。

 血のように赤黒い髪は闇夜でも浮かび上がり、金の瞳は全てを照らすようでいて全てを影にした。


 わたしを育てていたのは不特定の人間たち。

 食事を与え、取り上げ、与えず、衣服を整え、取り上げ、汚し、寝床を整え、取り上げ、壊し。


 その女はわたしを魔女にした。

 与え、取り上げ、壊すことで希望と失望を植え付け、種は膨らみ、殻を突き破り、芽を吹き、太く広く根を張り、幹を伸ばし、枝を葉を広げた。


 女はわたしにあれこれと指図した。

 燃やせ、流せ、飛ばせ、落とせ、埋めろ、と。


 女はいつも寝台を持ち運ばせ、着飾った男女に取り囲まれていた。

 いつも色とりどりの果物を積み上げていた。

 わたしは時折それを与えられた。


 わたしは女の言うままに燃やし、流し、飛ばし、落とし、埋めた。

 青々と茂る畑を。

 緑に覆われた森を。

 人が暮らす家を。

 石積みの城を。

 罵り合い、憎しみ合い、傷付け合い、殺し合い、愛し合う、わたしが知らないものに囚われる人間たちを。


 わたしは女の言うがままに()()した。


 視界はいつも薄暗く、いつも同じ臭いがした。

 煤、埃、泥、錆、腐敗。



「少し遅かったか」


 光る人がいた。

 眉を下げて微笑む人。

 こんな顔をした人間を何度か見た。

 けどみんな死んでしまった。

 あの女も死んだ。

 わたしが()()した。

 すべてけした。

 すべておわらせた。


 光る人は言った。


「■■の魔女は消えた。魂もろとも」


 光る人はその両腕でわたしを囲った。

 光る人はわたしよりも温かかった。


「しかしあなたの魂は■■の魔女と繋がっている。いずれあなたも消え去るでしょう」


 あの女はわたしを呪いで縛っていた。

 わたしはそれを解いて、そのままあの女に返してみたのだ。

 あの女は死んだけれど、死して尚わたしの魂を縛っていたのか。


 ああ、ありがたい。わたしもこのまま消えてしまえるのなら。

 わたしは何も答えず目を閉じた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 何度も、何度も、何度も。

 数え切れないほどに繰り返し、種を撒いた。


 多くの場合は、何も知らない魔女として生まれた。

 生みの母に庇護され、魔法を教えられ、また自らも我が子や他者に魔法を教え、種を撒いた。


 時折、全てを覚えたまま生まれた。

 それはあの女の娘として生まれるよりも前、人がみな草葉や毛皮を纏っていた頃であったり。あの女がいなくなった後、種が広く撒かれ多くの人が魔法を使いこなす頃であったり。種を撒く者が居なくなり、魔法が潰えて鉄の塊が黒い煙を吐きながら動き回る頃であったり。時にはあの女とわたしと同じ頃を生きて、そしてあの時のわたしに殺されたこともあった。


 その全ての時々に、わたしの側には眉を下げて微笑むひとが現れては消えた。

 顔も思い出せない誰かが。


 ああ、けれど、そうか。

 そうだ、あのひとたちもこんな目をしていた。



 わたしにはもうほとんど魔女の力は残されていないことが分かる。

 生を重ねるごとに魔女薬の色は濁り続けた。もう種を与えることは出来ないし、子を成したとて魔女を生むことは叶わないだろう。

 これからわたしには人並みに老いが訪れる。やっと終わる。


 わたしはもう赦されるだろうか。


 イーモン。

 わたしはあなたと生きて、あなたと死のう。


「では手始めに、北の亡国へ新婚旅行と洒落込もうか」




 ―――――――――――――――――――



 広い広い砂漠があった。

 水は無く、草木は生えず、夏は日が強く照り、冬は雪が深く積もり全てを覆い隠した。

 周辺の古い歴史書には、そこには過去に一つの巨大な国があったが、ある日突然、全てが砂に埋もれて消えたと記されている。


 そしてその砂漠は、ある日突然、巨大な森になった。



 終






 ネルが家をひっくり返されるのを眺めている場面が浮かんで、そこから始まりました。が、冒頭からどうにも悲壮感が隠せなくて話も広がらないので、悲壮感はいらないかな、と思って投稿前に削った部分が沢山あります。(結局最終話で悲壮感盛り盛りしちゃいましたが)

 この最終エピソードはエピソード2を書いている時に思い付いて、どうしても入れたくなったので、このためにイーモンに役割を与えたりしました。でもいざここまできて、投稿するかどうかをずっと悩んでいました。悲壮感強すぎて、全体の流れを乱してしまうかと思いまして。でもこれを入れるつもりでイーモンに頑張ってもらったので、やっぱりこれを最終エピソードにしました。


 群像劇にできたかどうかは審議の余地ありです。

 本当は、マルヴィナがもっとマーシャに執着しているシーンや、エドワードが小娘マーシャを翻弄している様子も、ネルがお祖父さんに会ってそのデカさに圧倒されるシーンも入れたかったのですが、一部だけ書き込んでもなーと思って止めました。

 もっと均一にキャラクターを掘り下げられたらもう少し群像劇らしく書けたかもしれませんが、これが今の実力ということで諦めてとにかく完結させました。

 未熟な作品を読んでくださった皆さまに感謝いたします。


 ちなみにイーモンは最終エピソード時点で五十路のおじさんです。

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