餅と男のお話。
江戸時代。ある年の瀬。
ぺったらぺったら、屋敷の庭や、大店の店先では、餅がつかれ。
江戸の庶民は、長屋の皆で餅をついて。いくつかは食べて。
長屋に住む太郎が、正月飾りの丸餅をひとつ、受け取ると、自分の部屋に入っていった。
その夜。
「小腹が空いたなぁ。正月の餅だけど。……いいや、食べちまえ」
網で焼き始めた、太郎。
すると。
焼いている餅が、いつもより大きく膨らんで。
人の頭ほどの大きさに膨れ上がったのだった。
「あぁああ?なんだあこれは!」
大きく膨らんだ餅は、さらに、への字のような両目や口、もったりした鼻などが現れたのだった。
餅の口が動く。
「おまえはせっかちだなあ。折角の正月の餅を」
「う、うるせえっ。お、おまえはなんだ?は、話せるのか!気味悪いなあ!」
「なんだい、気味悪いなんて、失礼な。折角俺は、おまえの願いをかなえてやろうと思って、出てきたのに」
「ね、願い?なんだそれ、ほ、ほんとに叶えてくれるのか?」
餅はぷっくりとして言った。
「ああ、そう言ったよ?」
「ええぇえ。そうだなあ。……どうしよう、何か、願い、願い…」
「ほら、早くしねえと、餅が焼き上がったら俺が消えて、叶えられねえよ?」
「そんなあ、ええとええと、じゃ、酒!酒が飲みてえ!」
ぼんっ!
言うや否や、太郎の前に、酒壺が現れた。
「おお〜!ありがてえ!……おお?」
気づけば、膨らんだ餅が弾けて、萎んでいた。
「おおおお、いけねえ、焦げちまう」
慌てて餅を網から降ろす太郎。
太郎の前には、酒と、こんがり焼けた餅。
「……まあ、いいや。いただこう。……おっ?こりゃあ、旨え酒だなあ〜!」
願いによって得た酒は、大層旨かったそうな。
勿論、餅も。こんがり焼けた上に、醤油につけて、大層旨かったので。太郎はご機嫌で平らげたそうな。
翌朝。
太郎は、隣に住む次郎に、話して聞かせた。
「餅が、お〜きく膨らんでよ。おいらの頭ぐらいに膨らんだと思ったら、顔まで出来てよ。そんで、願いを言ってみろ、って。で、おいら、酒!って言ったら、とんでもなく旨い酒が出てきたのよぉ」
話半分に聞く次郎。
「へぇえ。ほんとかあ?」
「ほんとだってぇ」
「ならその酒、飲ましてみろよ」
「旨くて、あっという間に呑んじまったよ」
「なんでぇ。じゃ嘘もほんともわからねえじゃねぇか」
「ほんとだよぉ。……あ、ほら!その酒壺!」
太郎は、昨日の酒が入っていた、酒壺を出してきて、次郎に見せた。
「へぇえ……」
ひとまず、半分くらいは、信じてやった次郎。
「……しっかし、なら惜しい事したなあ」
「何が?」
「なんでも叶えてくれるんだろ?じゃあ、一度で終わっちまう酒なんかより、もっといいもん頼めば良かったのに」
「え?あぁ。そうかぁ〜」
次郎の言葉に、頭を抱える太郎。
「……おぅし、今夜は俺が、焼いてみよう」
次郎はしたり顔で言った。
その夜。
次郎は、正月用の丸餅を網で焼く。
すると。
ぷくうと大きく膨らんだ餅には、太郎が言っていたように、顔が出来た。
餅の口が動く。
「おまえもせっかちだなあ、正月前に。さ、さ。願いがあるなら言ってみろ」
「ほ!ほんとだ!ええとだな、金!それも、小判!」
餅はへのへのな顔をくぅっとしかめて、ぷっくりと言った。
「小判だあ?……無理無理。そんなもん餅には出せねえよ」
「ええ〜っ!そんなあ!」
「ほら、他は」
「ええと、じゃあ、女!」
「無理」
「なんだよお!なんでもじゃねえのかよお!」
「ほらほら、早くしないと、餅が焼き上がったら俺が消えて、叶えられねえよ?」
「そうなのお?!ええと、ええと!」
そうこう言ってる内に。
ぼすっ!
大きく膨らんだ餅は弾けて、しなしな萎んでしまった。さっきまで話していた、顔も、きえている。
「え、うそ、ちょっとお!願い、願いはぁあ〜?!」
叫んでいる内に、次郎は餅を焦がしたそうな。
そして、隣から聞こえてくる声に、太郎がしみじみと言った。
「……やぁっぱり、酒が一番だったなあ。……おお?」
太郎が昨日の酒壺を覗くと、ぐい呑みに一杯分だけ、酒が残っていた。
嬉しくなって、ぐい呑みに注いだ酒を、くいっと気持ちよく呑む太郎。
「…….ああ。うんめぇかった」
一杯でも気持ちよく酔った太郎が、手を合わせる。
「……ごちそうさんっ」
にっこにこでご機嫌の、太郎のその後ろに。
食べてしまったはずの、正月の餅飾りが、ちょこんと、鎮座していたのを。
太郎は正月まで、気づかなかったそうな。
おしまい。
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