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餅と男のお話。

作者: のんちゃ
掲載日:2026/01/05

江戸時代。ある年の瀬。



ぺったらぺったら、屋敷の庭や、大店の店先では、餅がつかれ。

江戸の庶民は、長屋の皆で餅をついて。いくつかは食べて。



長屋に住む太郎が、正月飾りの丸餅をひとつ、受け取ると、自分の部屋に入っていった。



その夜。




「小腹が空いたなぁ。正月の餅だけど。……いいや、食べちまえ」


網で焼き始めた、太郎。



すると。

焼いている餅が、いつもより大きく膨らんで。

人の頭ほどの大きさに膨れ上がったのだった。



「あぁああ?なんだあこれは!」



大きく膨らんだ餅は、さらに、への字のような両目や口、もったりした鼻などが現れたのだった。



餅の口が動く。



「おまえはせっかちだなあ。折角の正月の餅を」


「う、うるせえっ。お、おまえはなんだ?は、話せるのか!気味悪いなあ!」



「なんだい、気味悪いなんて、失礼な。折角俺は、おまえの願いをかなえてやろうと思って、出てきたのに」



「ね、願い?なんだそれ、ほ、ほんとに叶えてくれるのか?」



餅はぷっくりとして言った。



「ああ、そう言ったよ?」


「ええぇえ。そうだなあ。……どうしよう、何か、願い、願い…」


「ほら、早くしねえと、餅が焼き上がったら俺が消えて、叶えられねえよ?」



「そんなあ、ええとええと、じゃ、酒!酒が飲みてえ!」




ぼんっ!



言うや否や、太郎の前に、酒壺が現れた。



「おお〜!ありがてえ!……おお?」



気づけば、膨らんだ餅が弾けて、萎んでいた。



「おおおお、いけねえ、焦げちまう」



慌てて餅を網から降ろす太郎。



太郎の前には、酒と、こんがり焼けた餅。



「……まあ、いいや。いただこう。……おっ?こりゃあ、旨え酒だなあ〜!」




願いによって得た酒は、大層旨かったそうな。


勿論、餅も。こんがり焼けた上に、醤油につけて、大層旨かったので。太郎はご機嫌で平らげたそうな。





翌朝。



太郎は、隣に住む次郎に、話して聞かせた。



「餅が、お〜きく膨らんでよ。おいらの頭ぐらいに膨らんだと思ったら、顔まで出来てよ。そんで、願いを言ってみろ、って。で、おいら、酒!って言ったら、とんでもなく旨い酒が出てきたのよぉ」



話半分に聞く次郎。



「へぇえ。ほんとかあ?」


「ほんとだってぇ」


「ならその酒、飲ましてみろよ」


「旨くて、あっという間に呑んじまったよ」


「なんでぇ。じゃ嘘もほんともわからねえじゃねぇか」


「ほんとだよぉ。……あ、ほら!その酒壺!」



太郎は、昨日の酒が入っていた、酒壺を出してきて、次郎に見せた。



「へぇえ……」



ひとまず、半分くらいは、信じてやった次郎。



「……しっかし、なら惜しい事したなあ」


「何が?」


「なんでも叶えてくれるんだろ?じゃあ、一度で終わっちまう酒なんかより、もっといいもん頼めば良かったのに」


「え?あぁ。そうかぁ〜」



次郎の言葉に、頭を抱える太郎。



「……おぅし、今夜は俺が、焼いてみよう」



次郎はしたり顔で言った。







その夜。



次郎は、正月用の丸餅を網で焼く。



すると。



ぷくうと大きく膨らんだ餅には、太郎が言っていたように、顔が出来た。



餅の口が動く。



「おまえもせっかちだなあ、正月前に。さ、さ。願いがあるなら言ってみろ」


「ほ!ほんとだ!ええとだな、金!それも、小判!」



餅はへのへのな顔をくぅっとしかめて、ぷっくりと言った。



「小判だあ?……無理無理。そんなもん餅には出せねえよ」


「ええ〜っ!そんなあ!」


「ほら、他は」


「ええと、じゃあ、女!」


「無理」


「なんだよお!なんでもじゃねえのかよお!」


「ほらほら、早くしないと、餅が焼き上がったら俺が消えて、叶えられねえよ?」



「そうなのお?!ええと、ええと!」




そうこう言ってる内に。



ぼすっ!




大きく膨らんだ餅は弾けて、しなしな萎んでしまった。さっきまで話していた、顔も、きえている。



「え、うそ、ちょっとお!願い、願いはぁあ〜?!」



叫んでいる内に、次郎は餅を焦がしたそうな。





そして、隣から聞こえてくる声に、太郎がしみじみと言った。



「……やぁっぱり、酒が一番だったなあ。……おお?」



太郎が昨日の酒壺を覗くと、ぐい呑みに一杯分だけ、酒が残っていた。



嬉しくなって、ぐい呑みに注いだ酒を、くいっと気持ちよく呑む太郎。



「…….ああ。うんめぇかった」



一杯でも気持ちよく酔った太郎が、手を合わせる。



「……ごちそうさんっ」



にっこにこでご機嫌の、太郎のその後ろに。



食べてしまったはずの、正月の餅飾りが、ちょこんと、鎮座していたのを。

太郎は正月まで、気づかなかったそうな。




おしまい。

読んでいただき、ありがとうございました!

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