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断頭台にて、  作者: しータロ


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7/7

第7話 諦観と失笑

 セトが辺境の山奥で処刑人をしているのは、そう生きることによって『罪を清算』しているわけではなく、ただ刑期を引き延ばしているに過ぎない。

 セトの犯した『大司教様の殺害』という罪は当然許されるべきものではなく、拷問の末に死刑という判決が妥当なものだった。

 しかしセトはこうして辺鄙な山奥で処刑人をやるだけに留まっている。


 これもひとえに第一席次の計らいによるところが大きい。

 彼はセトに何か有効活用する手段があると、ただ殺すだけでは勿体無いと教皇に直談判することで幾ばくかの猶予を得た。

 しかしさすがの第一席次も大司教を殺した男をそう長く生き永らえさせることはできない。処刑人の仕事にも任期を決めさせて、それまでに有用な使い道が見つからなければ死刑囚としてセトを処理する。

 これがその時に交わされた契約。

 そして、その期間というのが二年。

 その間、取り敢えず有効活用する手段を見つけるまで、セトは処刑人の仕事を任されるこことなり、現在に繫る。

 すでに期限の二年が過ぎようとしており、冬明け、春になると同時にセトは死刑囚に戻る。つまり、それまでに新しい任務を言い渡されなければ、そこでセトの死刑は執行される。


「ということで、今更罪の一つや二つ重ねても……どうせ春になったら死ぬので」


 もしかしたら春になればまた新たな、軽くなった罪状を言い渡されるのかもしれない。

 そういう期待は抱くだけ無駄だった。

 セトの扱いを見ていれば、将来に期待できるとはとても思えない。 

 きっと戦場送りか、すぐに死刑か。

 深く考えなくともセトの結末は容易に想像できるもの。

 アベルという楽観的な吟遊詩人が今の話を聞いて果たしてどのような反応をするのか、セトは前を見てその表情を視界に収めた。

 アベルもまた、失笑に似た表情を浮かべている。


「そう、じゃあ《《僕と同じ》》だね」


 予想とは違うアベルの返答にセトが表情を変える。そんなセトを待たずにアベルは続けた。


「実のところ、僕はもうあと《《三ヶ月も生きれないんだ》》」

「……?」


 簡単には理解しにくい言葉が飛び出してセトの理解が遅れる。


「それってどういう……本当……?」

「本当さ。昔戦場で心臓を潰されてね。今は魔術で延命しているけど、もうすぐで期限が来る。その時に僕は死ぬ。これはもう避けられない」


 心臓を数回叩いて「仕方ないよね」と肩をすくませて首を振りながら続けて呟いた。

 一方でセトはそんな事実が到底すぐに受け入れられず茫然としている。

 それでも何とか事実を飲み込んだセトは言葉を絞り出す。


「じゃ……じゃあ今すぐここから」


 最後というのならばその少しの余生を辺鄙な山奥で過ごすのは駄目だ。吟遊詩人である彼が誰もいない山奥でその生涯をひっそりと終えてしまうのは虚しすぎる。

 だから。


「こんなところいちゃ駄目ですよ」


 白銀の世界でセトは静かに訴えかける。

 アベルはただ微笑を浮かべるのみ。


「いいじゃないか、現実は必ずしも物語のように劇的なクライマックスを迎えるわけじゃない。英雄と言われていようと愚か者の一刺しで死ぬ世界だ」

「でも、あなたは物語を語って生きてきた」

「確かにね、でもこれが人生というものだよ。私は今まで存分に恵まれてきた。最後まで恩恵を受けようととは思わない」


 これまで幸運に助けられてきた旅、最後も都合よく幸運が働いてくれるとは限らない。ただ、もしかしたら、目の前の少年とめぐり合わせてくれたことが幸運の手助けによるものなのかも知れないが。

 それに。


「今更三か月ぽっち動けたところで巡れる場所は知れてるよ。昔の仲間に会えるわけでもないしね」


 アベルの昔馴染みは戦争の末に、あるいは大義のために犠牲となり、ある者は個人の信念を賭けて敵に挑み――亡くなった。この広い大陸でどこに散らばったかも分からない仲間に会って最期を共にしようと思うのは馬鹿な話。

 そのほとんどが死んでいるというのに、残った数人の居場所さえ、僅かにしか分からないのだから。


「三か月は……短すぎる。じゃあ最期はこの綺麗な場所で……と思うのは不思議なことじゃないだろう?」


 問いかけられたセトはしばらく黙って白銀の世界を見渡した。

 湧きあがる感情や思い出す昔の出来事。

 人の死に直面するということ。

 そのすべてを飲み込んでセトは白いため息を一つだけ吐いた。


「まあ、あなたが嘘をついてる可能性だってありますから、逃げないならそれでいいですよ」

「ははっ。それもそうだね」


 まだ子供であるのに強い子だとアベルはセトに思いながら振り向いて足元を見た。

 気がつくと雪に深々と刻み込まれていた足跡は上から降って来た雪で無くなりそうになっていた。


 ◆


 グリンブラント教国の首都『レーヤン』にある大陸最大規模の国立図書館。

 そこでクルシュが二階に並ぶ幾つもの本棚に向き合っていた。


(ペテス山地の戦い……セトさんの名前は……ありますが)


 クルシュが手に取って呼んでいたのはペテス山地の戦いについて記載された書物だ。

 セトのことを調べるにあたって情報は少ないが、彼がペテス山地の戦いで銀翼突撃賞を授与したことは分かっている。つまりここを調べれば何かしらの情報が出てくるのではないか、と踏んだのだが……。


(うーん、これといって重要な情報はないですね……)


 結果は徒労に終わった。

 せめて一つでも有益な情報を見つけたかったところだが、仕方ない。

 まだ目星をつけている本はあるし、そちらを調べればいい。

 僅かに落胆しつつも『次っ次っ』と前向きに考えるクルシュが別の本棚に歩き始めた時、横から声を掛けられる。


「あの……すみません」

「あ、はい?」


 声のした方向を見ると年を取った女性の司書がいた。


「あの何でしょうか?」


 問いかけると司書は手に持った本を見てから答えた。


「セトさんについてお調べになっているのですか?」

「え……あ、はい」

 

 なんで、と出そうになった声を抑えて取り合えず肯定する。

 クルシュが覚えたその疑問に対しては、司書が先回りして答えた。


「下の受付でセトさんについてお伺いしたいという方がいると聞いて……まだいてよかったです」

「あ、そういうことでしたか」


 クルシュは受付で本の場所を聞くついでに、セトについて何か知っていることは無いかと、質問をしていた。その時の受付の方は若い人でセトのことは知らなかった。

 しかしどうやら、司書の方がここに来てくれたことを鑑みるとわざわざ他の人にも聞いてくれていたらしい。


「すいませんわざわざ」

「こちらこそ、全然かまいません」


 にこやかな笑みを浮かべて頭を下げる司書は「それで」と続けた。


「セトさんに関してのことですか?」

「はい。何か知っていることがあればと」

「そうですね……」


 司書は斜め上を見上げて考える素振りを見せると、クルシュが手に持ったままの本を見た。


「セトさんは本好きの方でして。最初こそ読み書きもままならないものでしたが、教えるとすぐに上達して。暇な時があればよく図書館を訪れていましたよ」

「そ、そうなんですか。セトさんよく来られていたんですね」

「はい。それはもう頻繁に。妹さんと一緒にね」

「い……いもうと?」


 予想もしていなかった言葉にクルシュは本を落として固まった。

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