第3話 人殺しの罪
グリンブラント教国の首都『レーヤン』。
三角屋根の白を基調とした建物が並び、屋根は薄っすらと粉雪に覆われている。昼下がりの陽光を反射しながらレーヤンの街並みを輝かせ、石畳の道を歩く人々を照らす。
煙突からは細い煙が立ちのぼり、家々の前には薪を積んだ小屋や、凍った井戸。
そのような街並みの中央通りを抜けると、遠くに大聖堂の尖塔が見えてくる。
この大聖堂の地下にある大広間。
普段は使われておらず、しかし使用人が頻繁に掃除を行うこの一室に今日は人影があった。
「集まったのは三人だけね。ま、いいけど」
部屋の中心に備え付けられたテーブルには空席こそ目立つものの、三人の人影がある。
その中の一つ、テーブルの所謂上座に近い場所に座る女性が声をあげた。
「序列が一番高いのが私だから、取り合えず取りまとめは私ね」
そう言って周りを見渡す彼女は、グリンブラント教国の最大戦力『神衛経典』の第三席次セレナ・アルマディア。『聖律』の二つ名を持つ首都警備の取りまとめ役。
セレナの視線の先には二人の人影がある。
「構いません」
今、セレナの言葉に返答したのが第五席次『未踏』のユリオ・クラウゼン。
顔に酷い熱傷が残り片腕の無い男だ。
「はい。大丈夫です」
セレナの呼びかけにどこか緊張しながら答えたのが『神衛経典』の末席である第七席次に最近着任したばかりのクルシュ・リュミエールという女性。どこか可愛げがあって、端麗な顔立ちで長く伸びた金髪が特徴的だ。
セレナは全員から返答があったことを確認すると話を進める。
「おっけー。集まってくれてありがとねー」
そしてセレナはもう一度テーブルを見渡して空席を確認した。
「第一席次は教皇のもとで親衛隊の隊長やってるから来れなくて……第二席次と第四席次はガルーヴ戦線に出張中ーね。第六席次は行方不明……というかほぼ戦死。ここにいるのは残りの三人ってことになるね。首都警備を任されてる私としては、三人いるだけありがたい、か」
ため息交じりにセレナが呟いて、与太話をしている時間もあまりないのですぐに本題に入る。
「今回は教皇のことで共有しときたいことがあって集まってもらったけど、まあある程度事情は察してるでしょ?」
セレナが二人に問いかけると無口なユリオに代わってクルシュが答えた。
「危篤状態ということでしょうか」
クルシュの返答にセレナはテーブルのグラスを突きながら付け加える。
「んまあ、それもあるけど。厳密に言えば……というより、言葉を選ばずに言うともう死にそうってこと」
教皇を蝕む病はもう誰も治すことはできない。あらゆる伝手に当たり、あらゆる医療を捧げても完治するには至らなかった。
侵攻を遅らせることぐらいはできたかもしれないが。
「放浪の吟遊詩人には力を借りれなかったし、タイムリミットはあと半年もないね」
頼みの綱であった吟遊詩人は能力を使い切ってしまったそうで、支援を受けることができなかった。
思い返しながら不満を吐露したセレナの呟きにクルシュが疑問符を浮かべる。
「あの、すいません」
「なに?」
「放浪の吟遊詩人さんが嘘をついている可能性とかは……?」
「ああ、クルシュはあの場にいなかったもんね。あの時は第一席次が場に同行してたから嘘はつけないよ。本当にストックが切れてたらしい」
そこでパンッっとセレナは手を叩いて話を切り替える。
「っと、話が脱線したから戻すけど。要は教皇が亡くなった時にどうするかってことを共有しておきたかったわけ」
一つ指を立ててくるくるとセレナが回す。
「次の教皇様は……まあ本命は大司教様ってところ。次点で公爵様かな」
セレナが二人にそれぞれ視線を合わせる。
「たぶん私達には支援のお願いとかされるだろうけど、あくまでも私達は教皇様直轄の実働部隊。誰からの支援でも首を横に振ってね」
取り合えずの重要事項を確認してセレナは色々と説明に入る。
諸外国との取り引きについてや、戦線の状況、教皇のことについても当然。
話すことは様々だ。
セレナはそれらを一つずつ過不足なく説明していく。
◆
「ってことで今日は終わり。随分と長くなっちゃったけど、ありがとね」
セレナからの情報伝達が終わり、ユリオがまず初めに席を立った。
「先に……」
「お、じゃね」
「お疲れ様です」
セレナとクルシュに手を振られながらユリオがその場を後にする。
そしてだだっ広い部屋にセレナとクルシュだけが残された。
「さて、私達も仕事だし行こっか」
「はい」
書類をまとめながら立ち上がるセレナにクルシュは一言声を掛ける。
「あの、一つお聞きしたいことがあるんですが……」
「なに?」
「放浪の吟遊詩人様のことで」
「歩きながらでもいい?」
「はい」
資料をまとめ終わったセレナが会議室から出るとその少し後ろをクルシュが歩く。
「それで、聞きたいことがあるんでしょ。吟遊詩人のことだっけ」
「はい。彼は今どこにいるんですか」
「辺境の断崖で投獄されてるよ」
「え……」
てっきりまた放浪の旅に戻ったのか、首都にいるものだと思っていたクルシュはセレナの発言に目を丸くする。
「ひ、酷くないですか」
「まあ……そう思うけど、有効活用できそうだしねぇ……あの教皇大好きの第一席次が処遇を決めたことだから……私も詳しいことは知らないけどね」
「そうですか……辺境の断崖に……」
勝手に呼びつけておいてその仕打ちは酷い、と思いつつ、辺境の断崖という言葉にクルシュはひっかかった。
「辺境の断崖って、《《処刑人》》がいるところですか……?」
「お、よく知ってるね」
「それは……だってその処刑人さんって、《《元第七席次》》の人なんですよね? 私の前任の方だから知ってますよ」
セレナがその発言に笑みを浮かべる。
辺境に追いやられてしたくも無い処刑人の仕事をさせられている少年。彼のことはセレナにとっては懐かしく、悔やむところも多い記憶として残っていた。
「厳密には第七席次に入る予定だった、といった方が正しいね。彼は第七席次に着任する前に事件を起こして死刑囚になっちゃったから」
「え……それは」
噂には聞いていた。
第七席次の前任は酷い罪を犯したせいで処刑人の仕事をする羽目になったのだと。
「詳しく言うと、当時の大司教様の首を跳ねたのよ。それも教皇の御前で。スパっと断罪。私達としてもあれは驚きだったわ」
苦笑交じりに笑っているセレナとは対照的に、当時のことを何も知らなかったクルシュは驚愕のあまり口を開いたまま固まっている。
「ということ、もしもっと詳しく知りたいなら……自分で調べて。あ、第一席次とか第六席次とかには間違っても聞かないでね」
「は、はい」
気後れするクルシュを置いてセレナはふふんと鼻歌を歌いながら仕事へと戻っていく。
◆
「どうしてそんなことを、僕には君が大司教様を殺すようなことをする人物には見えないのだけれど?」
セトから『大司教を殺しました』という話を聞かされたアベルは目を見開いて驚きつつそのわけを訊いた。
これまでの様子からセトがそのような無謀なことをするようには、少なくともアベルには見えなかった。
セトは僅かに考える素振りを見せてから湯気の収まってきた鍋を見る。
「明日の朝も早いのでこの辺で失礼させていただきます。食べ終わった食器は受け渡し窓に乗せて置けば明日回収します」
「そうかい」
アベルが無理に訊くようなことはしなかった。
少しだけ冷めてしまったシチューを食べながらセトを見送るだけだ。
「それじゃあまた明日。世話をかけてすまないね」
「大丈夫です。それではまた」
鍋を持って階段を上っていく。
おそらく、またあそこから火をかけて温めて自分の分を食べるのだろう。
だとしたらお腹が空いているところを引き留めてしまったことになる。
「申し訳ないね……」
色々な含みを持たせながらアベルは呟いた。




