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時間戦士は永遠の夢を見るのか・番外編「アミカナの夜」

アミカナの水曜日の夜:失格

作者: 刹那メシ
掲載日:2025/12/03

水曜日の夜は、本編第7話「ベストな選択」の「* * *」の部分に挿入される出来事になります。

挿絵(By みてみん)


<水曜日>

 アミカナは栓を開いた。シャワーヘッドから、熱いお湯が迸る。それを顔に浴びて、彼女は立ち尽くしていた。やがて、膝に力が入らなくなり、バスタブに跪く。それでも収まらずに、バスタブの床に尻を落とした。両手をついてうなだれた彼女の後頭部をシャワーが叩く。

 ……『今の選択がベスト』……

 志音の言葉が思い返される。

 ……分かってる……分かってる。彼は慰めただけだ……。それでも……

 それは、喉から手が出るほど、彼女が誰かにかけて欲しかった言葉だった。昨夜から、ずっと自分の選択の是非を考えていた。だが、どうしても自分自身を納得させることはできなかった。他人に肯定されることで、これほどまでに安堵を感じるとは……。シャワールームに入るまで、彼女は、腰の辺りから力が抜けていくのを必死に耐えていた。

 再び顔にシャワーを浴びる。この体に泣く機能はない。だから、この頬を伝う流れは、ただのシャワーのお湯だ……とっておきの言い訳を手に入れて、しかし、彼女は水音の中で微かな呻きを漏らした。歯を食いしばるが、声を抑えられない。ひとしきりの格闘の後、不意に彼女は諦めたように微笑んだ。

 ……何が優良オリジナルだ……こんなにも心が脆いなんて……私はエージェント失格だ……

 自分の前の三人も、同じような辛さを味わい、苦悩したのだろうか?……それとも、私だけが、四人目の私だけが、こんなにも不良品なのだろうか?……まだ始まったばかりだというのに、任務を遂行できるような気がしない……いっそ、昨日のドローンの攻撃で、破壊されてしまえばよかった……

 ……ごめん、ミカ。五人目の複製は、もうないかも……

 四回目の複製に臨んだ時の、鏡に映ったミカの顔が浮かぶ。それは、アミカナがまだミカだった時の記憶だ。大きな任務を前に、自信と気迫に満ち溢れた顔。どうしてそんな顔ができたのだろう。ふと、シャワールームの遥か高い位置にある鏡に目をやる。それを覗くのが怖い。私は今、一体どんな顔をしているの……

「アミカナ」

 突然の志音の声に、彼女は飛び上がった。反射的にバスタブの角に身を寄せて、四肢を縮こめる。

 ……見られた!……

 そんなはずはなかった。閉じたシャワーカーテンの向こうには、更に扉がある。しかし、弱くて脆い、惨めな自分を見られてしまった――彼女はそんな考えに取りつかれた。

「ちょっと何?! 来ないでよ!!」

 自分でも驚くようなヒステリックな叫び声が出る。

「……ごめん。タオルここに置いとくから……」

 戸惑った彼の声が聞こえ、やがて気配がなくなった。彼女は震える息をつくと、バスタブの壁に寄りかかる。天を仰ぐと両手で顔を覆った。

「……もう、何なの……」

 シャワーは、彼女のつま先だけを洗い続けていた……


* * *


 やがてリビングへと戻ったアミカナは、髪を乾かす体で深めにタオルを被り、志音と目が合わないようにしていた。

「……あの……さっきはごめん。その……襲われるかと思って……」

 冷静さを取り戻してから、彼女は大きな叫び声を上げたことを激しく後悔していた。彼はそんなことはしないだろうと分かっていたが、それ以外に理由をひねり出すことができなかった。視界の外で、苦笑する息遣いが聞こえる。

「……いや、そんなことしないから。こっちこそ、怖がらせてごめん」

 そう、そういう理由だと、彼が悪者になる。いや、彼が信用されていないことになる。だが、どうしようもない。取り乱した本当の理由を言えるはずはなかった。繊細そうな彼のことだ。傷付いただろうか?……

 思いを巡らせる彼女の目の前に、ベッドの上にあったアトロポスが差し出された。ハッとして顔を上げる。彼と目が合った。

「はい。万が一の時のお守り」

 微笑むと彼は言った。アミカナはおずおずとそれを受け取った。

「……ほんと、ごめん……」

 目を伏せると、彼女は再び謝った。申し訳ない気持ちで一杯になる。

「僕もシャワー行くよ」

 そう言って戸口まで行った志音は、振り返って、大袈裟に困ったような顔をした。

「決して覗かないで下さいね」

 彼女が二日前、試着室で発したセリフを再現する。アミカナは思わず噴き出した。

「の・ぞ・く・か・よ!」

 彼の冗談に乗り、笑顔のまま、怒った感じで彼女は答えた。微笑みつつ、彼は廊下へと消えた。

 彼女は勢いよくベッドに腰を下ろした。大きく安堵の息をつく。彼が笑いに変えてくれたことが有難かった。この件はこれで終わりということだろう。男が近づいただけで悲鳴を上げるような初心な部分があると思われたことに、少しだけ抵抗があったが、それも含めて、全て決着したことにした。

 そう、本当は何も解決していない。歌の件がある。加えて、彼女の心には、棘と言うには大き過ぎる不安が突き刺さったままだ。必ず、夜はやって来る。このまま、本当の弱い自分を隠し通せるだろうか?

ふと、アミカナは志音が立ち去ったドアに目をやった。

「……気、遣わせちゃったな……」


お読み頂きましてありがとうございます。木曜日の夜はさすがに……と思いましたが、ちょっと思いついてしまいました。「アミカナ・夜の五部作」になるかも知れません。色々な意味でよく動いてくれるアミカナというキャラに感謝です。ひとまず、ありがとうございました。

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