第五話:冒険者パーティ?そんなのソロプレイが一番楽しいに決まっています
その日の夕方。
冒険者ギルドの重い扉を、私は意気揚々と押し開けた。
昼下がりの喧騒が少し落ち着き始めたギルド内で、酒を飲んでいた冒険者たちの視線が、入り口に現れた私に一斉に集まる。
「おい、見ろよ……例の新人だ」
「朝、『ゴブリンの洞窟』に行くって言ってなかったか? もう帰ってきたのか?」
「冗談だろ……半日も経ってないぞ。しかも、担いでいるのは……宝箱か!?」
ひそひそとした囁き声は、すぐに驚嘆のどよめきへと変わった。
グレートボアの一件で、誰もが『規格外の新人』と認識してはいた。しかし、新人向けのダンジョンとはいえ、半日足らずで最深部のお宝まで持ち帰ってくるなど、常識を遥かに超えている。
彼らの驚きと畏敬が入り混じった視線を受けながら、私は内心で得意げに微笑む。
(ふふん。どうよ、あなたたち。これが私流のダンジョン攻略よ)
私はそんな周囲の視線などどこ吹く風、といった様子で優雅に微笑み、まっすぐカウンターへと向かった。
「ただいま戻りました。依頼、達成です」
どすん、と。宝箱をカウンターの上に置くと、受付嬢さんがぽかんとした顔で私と宝箱を交互に見比べた。その表情が、わずかにひきつっているのが分かる。
「お、おかえりなさい、アリアさん! ご無事で何よりです……! ええと、それで、その宝箱は……?」
「『ゴブリンの洞窟』の最深部で発見いたしました。依頼にあった『ゴブリンの宝』で間違いないかと」
「ま、間違いありませんけど……! え、じゃあ、ゴブリンは……? 討伐記録が、こちらの受付用の魔道具に一体も転送されてきていないのですが……」
彼女が指さす先には、冒険者が魔物を討伐すると自動で記録が飛んでくるという、便利な魔法の板が置かれている。そこには、私の名前も、ゴブリンの『ゴ』の字も表示されていなかった。
「ええ。一体も、討伐しておりません」
私がきっぱりとそう言うと、受付嬢さんだけでなく、聞き耳を立てていた周りの冒険者たちからも、「はぁ!?」という素っ頓狂な声が上がった。
「と、討伐ゼロで、宝箱だけ……? そ、そんなこと、どうやって……? あの洞窟の最深部には、ゴブリンのリーダー格がいるはずじゃ……」
信じられない、といった顔で問い詰めてくる彼女に、私は人差し指をそっと口元に当て、悪戯っぽく微笑んでみせた。
「それは、企業秘密、というものです」
上品な笑い声で煙に巻くと、受付嬢さんは「うう……気になる……」と頭を抱えてしまった。
まあ、種明かしをするつもりはない。私の戦術は、この世界の常識からすれば、おそらく魔法の邪道利用か、そうでなければただの奇術にしか見えないだろう。下手に手の内を明かす必要はない。
(『敵を欺くには、まず味方から』ってね。いや、味方はいないんだけど)
私の脳内だけが、前世のサブカル知識でやけに騒がしい。
◇
ギルドの職員が数人がかりで、宝箱の鑑定作業を始めた。鍵はかかっていなかったようで、ぎぃ、と重々しい音を立てて蓋が開けられる。
その中身に、またしてもギルド内がどよめいた。
「おお……! 古い金貨がざくざく出てきたぞ!」
「こっちは銀貨か! 結構な量だ!」
「おい、見てみろ! 魔力が込められた指輪だ! おそらく、何かの魔法効果が付与されてるぞ!」
宝箱の中身は、ゴブリンが集めたにしては上出来すぎるほどの代物だった。おそらく、昔この洞窟を根城にしていた別の誰かの忘れ物なのだろう。
鑑定の結果、金貨と銀貨だけでも相当な額になった上、魔道具の指輪はギルドが買い取ってくれることになった。報酬額を聞いた私は、思わず内心で盛大なガッツポーズを決めた。
(やった……! これでまた活動資金が増える! 新しい装備も買えるし、美味しいものもフェンに食べさせてあげられる!)
私の足元で、フェンも美味しいものの匂いを嗅ぎつけたのか、「わふん!」と嬉しそうに尻尾を振っている。
報酬の金貨が詰まった重い革袋を受け取り、ギルドカードを返してもらう。カードには、今回の達成で得られたギルドポイントがしっかりと加算されていた。この調子なら、ランクアップもそう遠くないだろう。
私がほくほく顔でカウンターを離れようとした、その時だった。
「―――よう、そこの嬢ちゃん。ちょっといいか?」
不意に、横から野太い声がかけられた。
見ると、そこに立っていたのは、いかにも『戦士』といった風情の大男だった。身の丈は私より頭二つ分は高く、分厚い胸板と丸太のような腕は、着込んだ革鎧の上からでもはっきりと分かる。背中には、私の身長ほどもある巨大な両手剣を背負っていた。
(うわ、タンク役の人だ。パーティーの盾役って感じ)
前世のゲーム知識が、自動的に相手の役割を分析する。
男は、にかり、と歯を見せて笑うと、私の顔と、隣にいるフェンを豪快に見下ろした。
「なかなかやるじゃねえか、嬢ちゃん! 新人のくせに、ゴブリンの洞窟をああもスマートにクリアするとはな! 俺たち、ちょうど後衛の魔法使いを探してたんだ。どうだ、俺たちのパーティーに入らねえか?」
彼の後ろには、同じように屈強な雰囲気の仲間たちが二人、腕を組んでこちらを見ている。脳筋パーティー、という言葉が私の頭をよぎった。
(来たな、パーティーのお誘い。まあ、これだけ目立てば、声がかかるのは当然か)
私は貴族令嬢として叩き込まれた、完璧な淑女の微笑みを顔に貼り付けた。
「まあ、光栄です。私のような新参者に、そのようなお声をかけていただけるなんて」
「おう! 分かってるじゃねえか! 俺たちと組めば、もっとでかい依頼もこなせるぜ! 面倒な前衛は全部俺たちに任せて、嬢ちゃんは後ろから魔法でどかーんとやってくれりゃいい!」
「どかーんと、ですか?」
「そうだ! どかーんだ!」
がはは、と豪快に笑う彼に、私は少しだけ困ったように首を傾げてみせた。
「大変申し訳ないのですけれど、私、あまり派手な魔法は使えません。使えるのは、火を起こしたり、お水をきれいにしたり、そういった生活魔法ばかりですので」
「なーに、謙遜すんなって! 猪を浮かせてたじゃねえか!」
「あれは、その……偶然の産物と言いますか……」
内心では、『ごめん、あなたたちと組んだら、私の変な魔法の実験に付き合わせることになるから、絶対足手まといになる自信しかない』と思っていた。私の戦術は、こういう真正面から敵をなぎ倒していくスタイルのパーティーとは、絶望的に相性が悪い。
「ですので、せっかくのお誘いではございますが、今回はご辞退させていただきます。本当に、ありがとうございます」
私が深々と頭を下げると、大男は「ちぇっ、そうかよ。まあ、気が変わったら、いつでも声をかけな!」と、意外なほどあっさりと引き下がっていった。
ふう、と一つ息をつく間もなく。
「―――失礼。少しよろしいでしょうか」
今度は、先ほどとは正反対の、知的で落ち着いた声がかけられた。
振り返ると、そこにいたのは、ローブを身にまとった、いかにも『魔術師』といった雰囲気の男性だった。細身の体に、神経質そうに整えられた髪。その手には、先端に青い宝玉がはめ込まれた杖が握られている。
(うわ、今度はインテリ系だ。さっきの人たちとは別ベクトルで面倒くさそう)
私のオタク脳が、またしても勝手なレッテルを貼る。
男性は、品定めをするような目で私を上から下まで眺めると、口を開いた。
「あなた、先ほどのゴブリンの洞窟の一件、聞かせてもらいました。討伐数ゼロで、宝箱のみを回収。実に合理的で、無駄のない戦術だ。素晴らしい」
「まあ、お褒めに預かり光栄です」
「私は、ああいう脳まで筋肉でできているような連中とは組む気になれなくてね。常に最適解を導き出し、最小限のリスクで最大限の利益を得る。それが私の信条です。あなたなら、私の良きパートナーになれるかもしれない。どうです、私のパーティーで、その知的な魔法を振ってみませんか?」
理路整然とした、実に彼らしい誘い文句だった。
でも、ごめんなさい。
「わあ、素敵ですね。私も、合理的な考え方は大好きですよ」
にっこりと、私は満面の笑みを浮かべてみせる。
「ですけれど、私、とても気まぐれなのです。ダンジョンの途中で、綺麗な花を見つけたら摘んでみたくなりますし、面白い形のキノコを見つけたら、食べられるかどうか試してみたくもなります。きっと、あなた様の計算を、めちゃくちゃにしてしまいます」
私の言葉に、魔術師の男性は、その整った顔をわずかにしかめた。
「……なるほど。あなたは、合理性よりも、その場の感情を優先するタイプ、ということですか。残念だ。実に、非効率的だ」
そう言って、彼は私に背を向け、すたすたと歩き去ってしまった。
その背中に、私は心の中でそっと舌を出した。
(非効率で結構! 冒険は、遊びなんだから! 仕事みたいに、効率ばっかり追い求めてどうするのよ!)
二組の勧誘を立て続けに断ったことで、ギルド内の注目度はさらに高まっていた。
そんな中、三番目の男が、まるで獲物を見つけた猫のように、ぬるり、と私の前に姿を現した。
軽装の革鎧に、腰には二本の短剣。その口元には、人を食ったような笑みが浮かんでいる。
(盗賊、シーフ系だな。間違いない)
「ねえ、そこの可愛い子ちゃん。今の、見てたぜ。堅物どもをあしらうなんて、なかなか度胸あるじゃん」
馴れ馴れしく、私の肩に手を置こうとしてくる。
私はそれを、一歩下がることでひらりとかわした。
「何か、ご用でしょうか?」
笑顔は崩さない。けれど、声の温度は、先ほどより確実に二、三度は低くなっているはずだ。
「つれねーなー。まあ、いいや。単刀直入に言うぜ。俺と組まない? あんたのそのトリッキーな魔法と、俺のピッキングの腕があれば、どんなダンジョンのお宝もいただき放題だぜ? うまい汁、二人で吸おうぜ」
下品な笑いを浮かべながら、男はウィンクまでしてきた。
もう、心の中で結論は出ていた。
―――論外。
「ごめんなさい。私、あまり楽をして稼ぐことには、興味がございません」
私はきっぱりと、しかしあくまでも丁寧な物腰で、そう言い放った。
私の、予想外に強い拒絶の言葉に、男は一瞬、きょとんとした顔になった。そして、次の瞬間には、その顔を気まずそうに歪め、「……へ、へん! まあ、気が向いたらな!」と捨て台詞を残して、人混みの中へと消えていった。
◇
「……アリアさん、すごい人気ですね」
一連のやり取りを、心配そうに見守っていた受付嬢さんが、感心したような、呆れたような声で私に話しかけてきた。
「いえ、そんなことは……。皆様、親切な方ばかりでした」
「親切、ですか……。まあ、それはともかく。どうして、全部断ってしまったんですか? 今、声をかけてきた人たち、みんなこのギルドでも腕利きのパーティーですよ。彼らと組めば、もっと安全に、もっと難しい依頼も受けられるようになるのに」
彼女の疑問は、もっともだった。
冒険者は、パーティーを組むのが基本。特に、私のように直接的な戦闘能力が低い(と思われている)魔法使いは、屈強な前衛と組むのがセオリーだ。
私は少しだけ考えると、隣で静かに私のことを見上げているフェンの頭を、優しく撫でた。
「そうですね……。私、どうも、誰かと足並みをそろえるのが、あまり得意ではないようなのです」
私の言葉に、受付嬢さんは不思議そうな顔で小首を傾げた。
「以前の私は……そう、ここに来る前の私は、いつも誰かが決めたルールの上で、誰かの期待に応えるためだけに生きてきたような気がするのです」
それは、私の偽らざる本心だった。
窮屈な役割。息の詰まる毎日。どちらの人生でも、自由なんてほとんどなかった。
「でも、今は違います。私は自由です」
私は受付嬢さんの目を、まっすぐに見つめて言った。
「自分のペースで、好きなように冒険がしたいのです。道端に面白い虫がいたら、時間を忘れて観察したい。怪しい壁があったら、本当に隠し通路がないか、納得いくまで叩いてみたい。ダンジョンの途中で眠たくなったら、安全な場所を見つけて、フェンとお昼寝だってしたいのです」
それは、パーティー行動では、絶対にできないことだ。
仲間がいれば、迷惑をかけることになる。だから、我慢しなければならない。
でも、私はもう、我慢したくなかった。
「私の冒険は、誰のためでもありません。ただ、私自身が楽しむためのもの。失敗したっていい。遠回りしたっていい。その全部を、私と、この子だけで、心ゆくまで味わい尽くしたいのです」
私の隣で、フェンが「くぅん」と同意するように、私の手にすり寄ってきた。
「それに……私には、この子という、世界一頼りになる相棒がいますから。一人と一匹で、十分すぎるくらいです」
私の言葉を聞き終えた受付嬢さんは、最初こそぽかんとしていたが、やがて、その口元にふわりと、花の咲くような笑みを浮かべた。
「……なるほど。そうでしたか。すみません、私、少し野暮なことを聞いてしまいましたね」
「いえ、とんでもない。ご心配、痛み入ります」
「アリアさんらしい、と言えば、すごくアリアさんらしい理由ですね。分かりました。ギルドとしては、ソロでの活動は推奨できませんが……アリアさんとフェンのコンビなら、きっと大丈夫でしょう。応援しています」
彼女の温かい言葉に、私は心から感謝して、深く頭を下げた。
◇
その日の夕方。
私たちは、ギルドに併設された酒場の一角で、ささやかな祝杯をあげていた。
私の前には、果物をたっぷり使った甘いジュース。そして、フェンの前には、山盛りのグレートボアのステーキ。今日の報酬で奮発した、特注品だ。
「わふっ、わふっ、わふっ!」
フェンは、尻尾をちぎれんばかりに振りながら、夢中で肉にかぶりついている。その幸せそうな顔を見ているだけで、私も幸せな気分になってくる。
「美味しい? フェン。よかったね」
「くぅん!」
そんな私たちの様子を、酒場にいる他の冒険者たちが、遠巻きに眺めているのが分かった。
「おい、見たかよ。あのアリアって嬢ちゃん、結局どのパーティーの誘いも断ったらしいぜ」
「マジかよ。もったいねえ。あれだけの腕があれば、引く手あまただろうに」
「なんでも、あの銀色の魔獣と二人だけでやっていくんだとよ」
どうやら、私たちの進む道は、本人の意図しないところで、一つのスタイルとして確立されつつあるらしい。
(ソロ冒険者コンビ、ね。悪くない響きじゃない)
私はジュースの入ったグラスを、こつん、とフェンの水の入ったお皿に合わせた。
「これからもよろしくね、最高の相棒」
「わふん!」
肉を咀嚼しながら、フェンは力強く応えてくれた。




