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第四十二話:炎の加護

「……ふう。終わった、みたいね」


 私は、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら、ぽつりとそんな感想を漏らした。

 正直、これまでのどのダンジョン攻略よりも、骨が折れた。けれど、その分、達成感もまた格別だった。自分の知識と魔法が、この巨大な火山の暴走を鎮めるという、とんでもない奇跡を引き起こしたのだ。

 この万能感にも似た感覚が、たまらない。


「わふん!」


 私の足元で、フェンが誇らしげに一声鳴いた。彼もまた、この壮大な治溶岩工事の一部始終を見届け、自分のことのように満足しているようだった。その大きな黒い瞳が「さすがだぜ、主!」と雄弁に物語っている。


「ええ、あなたのサポートのおかげよ、フェン。ありがとう」


 私は、最高の相棒の頭をくしゃりと掻き回してやった。

 私たちが、やり遂げたのだという確かな手応えに浸っていると、どこからともなく、あの重々しく、そして威厳に満ちた声が、再び頭の中に響き渡ってきた。


『……見事』


 たった一言。

 けれど、その言葉の中には、驚嘆と、そして心からの称賛の色が、はっきりと感じられた。

 私たちが、中央のドームへと戻ると、黒曜石の壇上で静かに私たちを待っていた古龍が、その巨大な黄金の瞳を、穏やかに細めていた。


『まさか、本当にこの試練を乗り越える者たちが現れるとはな。我が永きに渡る生の中でも、これほどの驚きは初めてのことかもしれぬ』


 その声には、どこか楽しげな響きさえあった。


「どういたしまして。私にかかれば、この程度の土木工事、朝飯前ですわ」


 私は、いつものように悪戯っぽく肩をすくめてみせた。

 私のあまりにも場違いな軽口に、古龍は再びくくっと喉の奥で笑った。その振動が、ドーム全体の空気を、わずかに揺らす。


『面白い人の子よ。そなたのその知恵と力、そして何よりその不遜なまでの自信。気に入った。約束通り、そなたたちに相応の報酬を授けよう』


 待ってました!

 私は内心で盛大なガッツポーズを決めた。どんなすごいお宝が貰えるのか。私のゲーマーとしての期待値は、最高潮にまで高まっていた。

 古龍は、ゆっくりとその巨大な体の一部、まるで宝石のように輝く一枚の赤い鱗に、自らの鋭い爪をそっと立てた。


 ぱきり、と。


 硬質な、しかしどこか澄んだ音がして、その鱗が、彼の体から綺麗に剥がれ落ちた。

 その鱗は、ゆっくりと宙を舞い、私たちの目の前へと、まるで木の葉のようにひらひらと舞い降りてくる。

 そして、私たちの目の前の黒曜石の床に、ことり、と静かに着地した。

 それは、もはや鱗というよりも、一つの巨大な宝石だった。

 大きさは、私の頭ほどもある。色は、燃えるような深紅。その表面は、磨き上げられたルビーのように滑らかで、内部からは、まるで炎そのものが宿っているかのように、ゆらゆらと赤い光が明滅を繰り返している。


「……綺麗」


 思わず、ぽつりとそんな言葉が漏れた。


『それは、我が身の一部、『龍炎石』だ。我が永きに渡り蓄えてきた、炎の魔力の結晶体。それ一つで、一つの街を焼き尽くすほどの力を秘めている』


 街を焼き尽くす。

 そのあまりにも物騒な説明に、私は息を詰めた。

 とんでもない代物を、手に入れてしまったらしい。


『そなたほどの使い手であれば、その力を悪用することもあるまい。武具の素材とするもよし、魔道具の動力源とするもよし。好きに使うがよい』


「……ありがたく、頂戴いたします」


 私は、そのまだ熱を帯びている『龍炎石』を、落とさないように、壊さないように、慎重に冒険用の革袋へとしまった。ずしりとした重みが、腕に心地よい。

 けれど、古龍の報酬は、それだけでは終わらなかった。


『そして、もう一つ。そなたのその勇気と知恵に、我が祝福を与えよう』


 古龍は、そう言うと、その巨大な黄金の瞳を、まっすぐに私へと向けた。

 次の瞬間。

 その瞳から、二筋の眩いほどの金色の光が、レーザー光線のように放たれたのだ。


「……!」


 私は、咄嗟に身構える。

 けれど、その光には、何の害意もなかった。

 温かくて、そしてどこまでも力強い光が、私の体を、ふわりと優しく包み込む。

 まるで、真冬の寒い日に、暖炉の前にいるかのような、心地よい温かさ。

 私の体の中を、新しい何かが、駆け巡るのを感じた。

 これまで私が操ってきた、水や風、土といった魔力とは、全く質の違う、もっと根源的で、そして圧倒的に力強いエネルギー。


 炎。


 その絶対的な力が、私の体の一部として、すうっと馴染んでいくのが分かった。


『それが、我がそなたに与える『炎の加護』。そなたは、これより、炎そのものを、自らの手足のように操ることができるようになるだろう』


 炎を、操る。

 その、あまりにもファンタジックで、そしてどこまでも魅力的な響き。

 とんでもないチートスキルを、また一つ、手に入れてしまった。


「……ありがとうございます、古龍様」


 私は、そのあまりにも大きすぎる贈り物に、ただ、深々と頭を下げることしかできなかった。



 試練は達成され、報酬も手に入れた。

 この火山での私たちの冒険は、幕を閉じたのだ。

 名残惜しいけれど、そろそろ、この場所を去らなければならない。


『うむ』


 古龍は満足げに一つ頷くと、ゆっくりと黒曜石の壇の上に再びその巨体を丸めた。


『そなたたちの知恵と勇気は、この山の、そして我の永きに渡る苦しみを鎮めてくれた。これで我も、しばし安らかな眠りにつくことができるだろう』


 その黄金の瞳が、まるで感謝を伝えるかのように、穏やかに細められる。


『さあ、行くがよい、小さき勇者たちよ。そなたたちが来た道は、もはや安全な道へと変わっておるはずだ』


 その言葉に背中を押されるように、私たちは古龍に最後の一礼をすると、元来た道を引き返し始めた。


 帰り道は、驚くほど穏やかだった。

 私が無理やりこじ開けた地下水脈は、役目を終えて静かに流れを止め、灼熱の蒸気もすっかり収まっている。固まっていた溶岩ゲートは完全に開き、制御された溶岩が、まるで穏やかな赤い川のように、定められた水路を静かに流れていた。

 あれだけ私たちを苦しめたギミックも、もはや沈黙を守っている。

 私たちの手によって、この火山の心臓部は、本来あるべき、穏やかで安定した状態を取り戻したのだ。


「帰りましょうか、フェン」

「わふん!」


 私たちは、愛しの我が家が待つ、フロンティアへの帰路についた。

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