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追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第十章:灼熱の火山

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第三十八話:灼熱の迷宮


 万全の準備。その言葉が持つ心地よい響き。

 冒険とは未知への挑戦。けれどその未知を既知へと変えていく過程こそが、何よりも楽しいのだ。

 愛しの我が家で過ごした穏やかな休日に別れを告げ、私とフェンは再び冒険者としての道を歩み始めていた。玄関の扉を閉める直前、振り返って見た我が家のあの温かい佇まい。あれが私たちの帰るべき場所、最高のセーブポイント。その存在が私の心をこれ以上ないくらいに強く、そして大胆にさせてくれる。


「さてと。行くわよ、フェン。少しばかり熱い冒険になりそうだから、覚悟なさいな!」

「わふん!」


 私のどこか楽しげな声に隣を歩く最高の相棒が、心得たとばかりに力強く一声鳴いた。彼の大きな黒い瞳はこれから始まる新しい冒険への期待で、朝露を弾く葉っぱみたいにきらきらと輝いている。その銀色のふさふさとした尻尾はもはや扇風機のように高速でぶんぶんと揺れていた。

 私たちの次なる目的地は『灼熱の火山』。王都のギルド本部で手に入れたとっておきの情報。超高難易度の未踏破ダンジョン。その響きだけで私のゲーマー魂はこれでもかと燃え上がっていた。

 私たちはすっかり見慣れたフロンティアの街を抜け、北東へと続く街道を歩き始めた。目指すはまだ見ぬ伝説のダンジョン。その響きだけで私の心臓はお祭りの太鼓みたいにどきどきと高鳴っていた。



 フロンティアの街を出発してからどれくらいの時間が経っただろうか。

 街道を外れ獣道とも呼べないような険しい山道をひたすら登り続けた私たちは、やがてその異様な光景の入り口に立っていた。

 周囲の景色はフロンティア周辺ののどかな緑の風景とはまるで別世界だった。大地は黒く焼け焦げたような岩と赤茶けた砂利で覆われている。植物はほとんど見当たらず、時折ねじくれたような奇妙な形の枯れ木がまるで墓標のようにぽつりぽつりと立っているだけ。

 そして空気。鼻をつくのは卵の腐ったような独特の硫黄の匂い。そして肌にまとわりつくようなじっとりとした熱気。まだ火山の麓だというのに、まるで巨大な蒸し風呂の中にでもいるかのような息苦しさだ。


「……うわあ。これはすごいわね。歓迎が熱烈すぎるじゃない」


 私は額にじわりと滲んだ汗を手の甲で拭いながら、ぽつりとそんな感想を漏らした。

 道の遥か先、地平線の向こうに巨大な巨大な山のシルエットが見える。その山頂からは不吉な黒い煙がもくもくと天に向かって立ち上っていた。あれが私たちの目的地『灼熱の火山』に違いない。


「わふぅ……はあ、はあ……」


 私の足元でフェンがぜえぜえと苦しそうな息をついている。彼の自慢のもふもふの毛皮はこの熱気の中ではさぞかし暑いことだろう。その銀色の毛先はしっとりと湿り、大きな黒い瞳もどこか潤んでいるように見えた。


「大丈夫よ、フェン。もう少しだけ頑張って。今、楽にしてあげるから」


 私がそう言うとフェンは「くぅん」とか細い声で応えた。

 私たちは火山の麓にある比較的平坦な岩場までたどり着くと、そこで一度足を止めた。地面からごぽりごぽりと熱い蒸気が噴き出している。その熱で遠くの景色が陽炎のようにゆらゆらと揺らめいていた。

 普通の冒険者ならこの時点で、すでに引き返すことを考え始めるだろう。

 けれど私たちは違う。


「さあ、始めましょうか。私たちの新しい力の、お披露目会をね」


 私はにやりと笑うと、背負っていた冒険用の革袋から二着の真新しい装備を取り出した。私がこの日のために何日もかけて作り上げた、最高の自信作。


『エアロ・サーマルシールド』


 まずはフェン用の四足獣に合わせたデザインの鎧を、彼の体に優しく着せてあげる。最初は少しだけ窮屈そうにしていた彼も、すぐにその着心地の良さに気づいたようだった。


「よしと。次は私の番ね」


 私も自分の体にぴったりとフィットするように作られた砂色の革鎧を身に着けていく。見た目はただの少しだけ作りの良い革鎧。けれどその内側には私の知識と魔法の粋を集めて作り上げた、最高の機能が秘められている。


「準備はいい、フェン? システムの起動準備を」

「わふん!」


 私の言葉にフェンもようやくいつもの元気を取り戻したようだった。私たちは顔を見合わせるとこくりと一つ頷き合う。そして同時に鎧に込めた魔力を静かに起動させた。

 その瞬間、鎧の内側にミスリル鉱石の粉末で描き込まれた青い術式がぼうと一斉に淡い光を放ち始めた。そして鎧の表面からふわりと、目には見えない、しかし確かにひんやりとした心地よい冷気が発生したのが肌で感じられた。


「……どう、フェン? 涼しいでしょう?」

「くぅん!?」


 フェンが快適な風の虜になったように吠えた。彼の周りをまるで透明な涼しい風の外套が優しく包み込んでいる。さっきまであれだけ苦しそうにしていたぜえぜえという息遣いがぴたりと止まった。

 私自身もその完璧な性能に満足の笑みを浮かべていた。じりじりと肌を焼くようだった灼熱の空気が嘘のようにひんやりとした快適なものに感じられる。まるで真夏の炎天下に冷房の効いた部屋の中から外を眺めているような、そんな不思議な感覚。


「ふふん。どうかしら、私の発明品は。これならどんな灼熱地獄だって快適なピクニックに早変わりよ」

「わふん!」


 フェンはどうだ!と言わんばかりにその場でくるりと一回転してみせた。その姿はまるで最新鋭の装備を身に着けた、銀色の騎士のようだ。

 さあ、準備は整った。ここからが本当の冒険の始まりだ。


「行きましょうか、フェン! 私たちの熱い冒険へ!」


 私の楽しげな声にフェンも待ってましたとばかりに高らかに一声吠えた。私たちは生まれ変わったかのように軽やかな足取りで、黒い煙を上げる巨大な火山へとその第一歩を踏み出した。



 火山内部へと足を踏み入れるとそこは天然の溶岩洞が、まるで巨大な蟻の巣のように複雑に入り組んだ危険地帯だった。

 ごうごうと地の底から響いてくるような不気味な唸り声。壁のあちこちにある亀裂からは真っ赤に燃え盛る溶岩が、まるで大地の血管のように脈打っているのが見える。空気は硫黄の匂いと金属の焼ける匂いが混じり合った独特の匂いで満ちていた。

 そして私たちの行く手を阻むように最初の試練がその姿を現した。


「……うわあ。これはまた派手な川ね」


 目の前に広がっていたのは川。けれどそれは水の川ではなかった。どろりとした真っ赤な液体。溶岩がゆっくりとしかし抗いがたい力で、私たちの目の前を横切って流れている。その川幅は荷馬車が三台は並んで走れそうなほど。向こう岸に渡るための橋のようなものはどこにも見当たらない。


「がるる……」


 私の隣でフェンが低い唸り声を上げる。あの川に落ちればひとたまりもない。彼の野生の勘がそう告げているのだ。

 普通の冒険者ならここで引き返すか、あるいは遠回りできる道を探して途方に暮れるしかないだろう。

 けれど私にとっては。


(なるほどね。最初のギミックは治水工事というわけか。面白くなってきたじゃない)


 私の口元には自然と好戦的な笑みが浮かんでいた。こんな分かりやすい障害、私の前ではただの面白いパズルに過ぎない。

 私はにやりと笑うと黒檀の杖を静かに構えた。


「見てなさい、フェン。私流の土木工事の始まりよ」

「くぅん?」


 私はまず土魔法を発動させた。イメージするのは溶岩の川。その流れをほんの少しだけ変えること。川の両岸の頑丈な岩盤を魔法で操作し、川幅が一番狭くなっているポイントへと流れを誘導するための分厚い土手を一瞬にして作り上げる。


 ごごごごごごごごごっ!


 大地が生き物のように唸りを上げみるみるうちに溶岩の流れが、私の意図した通りに一本の細い流れへと集約されていく。


「よし、第一段階完了ね。次は冷却よ」


 私は今度は水魔法を発動させる。この灼熱の火山地帯で水魔法を使うなど普通に考えれば無謀の極みだろう。けれど私の『エアロ・サーマルシールド』がそれを可能にする。

 私は鎧の表面に循環させている冷気を一点に集中させ、それを極低温の氷の弾丸へと変化させた。


『フリーズ・ショット』


 私が杖を振るうと目には見えない、しかし絶対零度に近い冷気を帯びた弾丸がしゅっと音を立てて飛び出し、細くなった溶岩流のちょうど真ん中に着弾した。

 次の瞬間。


 じゅわあああああああああああああああっ!


 と熱した鉄板に水をかけた時のような凄まじい音を立てて真っ赤だった溶岩がその一点だけ急速にその熱を奪われていく。そしてあっという間に黒く、そしてガラスのようにつやつやとした固い岩へとその姿を変えたのだ。

 溶岩の川の真ん中に一本の頑丈な黒曜石の橋が完成した瞬間だった。


「ふふん、どうかしら。これなら安全に渡れるでしょう?」

「わ、わふん……」


 私のあまりにも常識外れな魔法の使い方にフェンは、ぽかんとした顔でただ頷くことしかできないようだった。

 私たちはそのまだほんのりと温かい黒曜石の橋の上を悠々と渡りきった。最初の試練はいとも簡単に突破された。



 その後も私たちの快進撃は続いた。

 地面の亀裂から有毒な火山ガスが噴き出す危険地帯。そこでは風魔法で私たちの周りに常に清浄な空気の流れを作り出し、まるで透明なトンネルの中を歩くかのように安全に通り抜けた。

 そして次に私たちの前に現れたのは、この火山の最初の住人だった。


「キシャアアアアアアアアアッ!」


 洞窟の薄暗い横穴からわらわらとその姿を現したのは、トカゲのような姿をした魔物の群れだった。体長はフェンと同じくらい。全身は燃えるような真っ赤な鱗で覆われている。そしてその口からはごうと灼熱の炎の息を吐き出していた。

 サラマンダー。炎を操る火山の精霊。それが十体以上。群れをなして私たちを完全に包囲していた。


「がるるるるるるるるるる……!」


 私の足元でフェンが全身の毛を逆立て戦闘態勢に入る。

 普通の冒険者なら絶望する場面だろう。四方八方から同時に灼熱の炎に焼かれる。逃げ場はどこにもない。

 けれど。


「……あらあら。元気なお出迎えね」


 私の口元には余裕の笑みさえ浮かんでいた。

 サラマンダーの一体が私たちめがけて一直線に、灼熱の炎のブレスを吐きかけてきた。

 ごおおおおおおおおおおおおっ!

 と空気を焦がす凄まじい轟音。


 けれど。


 ―――しゅん。


 その炎は私の体に届くほんの数センチ手前で、まるで幻だったかのようにあっけなくかき消えてしまった。

 私の体を覆う『エアロ・サーマルシールド』。そのひんやりとした冷気の外套が灼熱の炎を完全に中和してしまったのだ。

 私の体には焦げ跡一つついていない。それどころか少しも熱ささえ感じなかった。


「キシャ!?」


 自慢の炎が全く効かない。ありえない光景にサラマンダーが、一瞬だけ動きを止める。

 ほんの一瞬の隙。それこそが私たちの最大の好機だった。


「さあ、フェン! あなたの出番よ!」

「わんっ!」


 私の合図をフェンは待っていた。彼もまた私と同じ『エアロ・サーマルシールド』をその身に纏っている。炎の脅威がなくなった今、サラマンダーなどただの少しだけ体の大きなトカゲに過ぎない。

 銀色の弾丸が洞窟の中を疾走する。フェンは混乱しているサラマンダーの群れの中へと恐れることなく飛び込んでいった。そしてその自慢の牙と爪で次々と敵の足元を的確に攻撃していく。


「キシャアアアアアアアアアッ!?」


 サラマンダーたちが悲鳴のような鳴き声を上げる。彼らはまさか自分たちの炎が効かない相手がいるなどとは、夢にも思っていなかったのだろう。完全に戦意を喪失し蜘蛛の子を散らすように我先にと横穴の奥へと逃げ去っていった。

 後に残されたのはしんと静まり返った空気と、床の上に気絶して転がっている数体のサラマンダーだけ。


 私たちは一滴の血も流すことなくこの戦闘を完全に制圧してしまった。


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