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追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第八章:沈黙の樹海

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第三十一話:祭りのあと、次なる旅じたく

 大地が揺らめいた夜明けから、数日が過ぎた。

 フロンティアの街は、まるで長い冬眠から無理やり叩き起こされた熊みたいに、にわかに活気づいた。いや、活気づくという生易しい言葉ではもはや表現できないほどの熱気に満ちている。

 そう、街は今、お祭り騒ぎの最中なのだ。


「よお、ソロコンビの姐さん! 今日も一杯どうだい!」

「アリア様! うちの店のパイ、今焼き立てだよ! 一つどうですかい!」

「わんわん! もふもふのわんわんだ!」


 私とフェンが街のメインストリートを歩けば、あちこちからそんな威勢のいい声が投げかけられる。屈強な冒険者が気安くジョッキを掲げ、パン屋の主人が小麦粉まみれの手で焼き立てのパンを差し出し、小さな子供たちが目をきらきらさせながらフェンの後をちょこちょことついてくる。

 その誰もが数日前の絶望などすっかり忘れてしまったかのように、満面の笑みを浮かべていた。


「わふぅ……」


 私の足元でフェンが少しだけ戸惑ったように、しかし満更でもないといった様子で鼻を鳴らした。彼の周りにはいつの間にか小さな子供たちの輪ができていて、そのもふもふの毛皮に触ろうと小さな手がわらわらと伸びてきている。


「あらあら、フェン。すっかりこの街のアイドルね」

「くぅん!」


 彼は『まあね!』とでも言うように、ふんと得意げに胸を張ってみせた。

 魔物の大発生、通称スタンピード。

 この辺境の街を地図の上から消し去ってしまうかもしれなかった未曾有の危機。

 それを私たちは乗り越えた。

 それもほとんど無傷で。

 一夜にして完成した巨大な堀と、肥料から作られた即席の爆薬。その二つの奇策が圧倒的なまでの戦力差をいとも簡単に覆してしまったのだ。

 街の人々にとって、それはもはや奇跡以外の何物でもなかったらしい。

 そしてその奇跡を起こした張本人がこの私であるということは、ギルドマスターの大げさな吹聴によってあっという間に街中に知れ渡っていた。


(……英雄、ねえ。大げさな響きだわ。私はただ、私の家が壊されるのが嫌だっただけなのに)


 私は内心でやれやれと肩をすくめた。

 英雄だの救世主だの、そんな大層な呼ばれ方はどうにも気恥ずかしくて性に合わない。

 けれど、まあ、悪いことばかりでもなかった。

 何しろこのお祭り騒ぎのおかげで、街中の屋台という屋台がここぞとばかりに腕によりをかけた美味しいものを、気前よく振る舞ってくれているのだ。


「はい、アリアさん! これはお代はいらないから、持っていきな! あんたのおかげで、俺の店もこの街も救われたんだから!」


 馴染みの肉屋のおじさんが、ほかほかと湯気の立つ巨大なソーセージの盛り合わせを、有無を言わせず私の手に手渡してくる。その隣では八百屋のおかみさんが、真っ赤に熟れた果物をこれでもかとフェンの口元に運んでくれる。


「わふっ! わふっ!」

「こらこら、フェン。そんなにがっついたら、お腹を壊しちゃうわよ」


 街の人々の純粋で温かい感謝の気持ち。

 それがひどく心地よかった。

 公爵令嬢だった頃には決して感じることのできなかった、人と人との繋がり。

 私はこのフロンティアという街が、いつの間にか自分にとってかけがえのない『第二の故郷』になりつつあることを、この時はっきりと自覚した。



 お祭りの喧騒が少しだけ落ち着きを取り戻し始めた、三日目の午後。

 私はギルドマスターに呼び出されて、久しぶりにギルドの執務室の扉をくぐった。


「それで、マスター。私に何かご用ですか? まさか、また面倒な叙勲の話なんてことはないでしょうね」


 私がソファに深く腰掛けながら、少しだけ意地悪くそう言うと、ギルドマスターは苦々しい顔で自慢の髭をいじった。


「馬鹿を言うでない! あれはもうこりごりじゃ! そうではない。今日はアリア殿に頼みがあって来たんじゃ」

「頼み、ですか」

「うむ。今回の戦、街の被害は最小限に抑えられた。これもひとえにアリア殿の奇策のおかげじゃ。じゃが……それでも何人かの冒険者が深手を負ってしもうてな」


 彼の言葉に私は少しだけ真剣な表情になった。

 そうだった。

 あの戦いは決して、お祭り騒ぎだけで終わったわけではない。

 堀の向こう岸で魔物の残党と直接斬り結んだ冒険者たちの中には、オークの棍棒で骨を砕かれた者や、ジャイアントスパイダーの毒牙にかかった者も少なからずいたのだ。


「街の薬師も懸命に治療にあたってくれてはおる。じゃがいかんせん、回復薬の備蓄がもう底をつきかけておるんじゃ。特に解毒薬がな」

「……なるほど。それで私に薬の調達を?」

「いや、違うんじゃ」


 ギルドマスターはそこで一度言葉を切った。

 そしてどこか言いにくそうに、続けた。


「……アリア殿は、その……薬草にもお詳しいと。以前あの『湿地の迷宮』で、とんでもない薬草を見つけてきた事実もあるじゃろ?」


 ギルドマスターのその遠回しな言い方。

 私はその意図をすぐに理解した。


「ああ、なるほど。薬を作れ、と。そういうことですね」

「……話が早くて助かるわい」


 ギルドマスターは観念したように深いため息をついた。

 普通に考えれば無茶な頼みだ。

 Aランク冒険者に薬の調合を依頼するなんて前代未聞だろう。

 けれど彼は私の常識外れの能力を、すでに嫌というほど目の当たりにしてきた。

 肥料から爆薬を作り出すような女だ。

 薬草からとんでもない薬を作り出したとしても、何ら不思議はない。

 そう考えたのだろう。


(……ふふっ。面白いじゃない。私の新しいスキルを披露する絶好の機会だわ)


 私は口元に笑みを浮かべた。

 ちょうど試してみたかったのだ。

 先日我が家の庭で開発した、あの特製の超回復薬。

 その真価を。


「いいでしょう。その頼み、引き受けました」

「おお! 本当か、アリア殿!」

「ええ。ただし、いくつか条件があります」


 私は人差し指をぴんと立ててみせた。


「まず私の家のハーブ畑から薬草を収穫するのを、何人か手伝っていただきます。それから私の家のキッチンを臨時で調合室として使わせてもらいます。私の作業中は絶対に誰も中を覗かないこと。いいですね?」

「も、もちろんですとも! 何から何までアリア殿の仰せのままに!」


 ギルドマスターは私のその自信に満ちた態度に、もはや何の疑いも抱いていないようだった。

 彼は二つ返事で私の条件を飲むと、素早く執務室を飛び出していった。

 おそらく今頃、ギルド中に響き渡るような大声で、「腕の立つ若者を集めい!」とでも叫んでいることだろう。


「さて、と」


 私は一人になった執務室で、くすりと笑った。


(さ、始めましょうか。フロンティアの救世主様、その薬師バージョンのお仕事とやらを)



 その日の午後。

 私の家の広大な庭はにわかに活気づいた。

 ギルドから派遣されてきた若い冒険者たちが、私の指示のもと薬草畑でせっせと収穫作業に励んでいた。

 彼らは最初こそAランク冒険者の私が本当に薬作りなどするのかと、半信半疑だった。

 けれど私が畑の土を生活魔法でさらに栄養満点の状態に改良したり、水魔法で最適な量の水やりを一瞬で終わらせたりするのを目の当たりにして、次第に驚きと尊敬の念を抱くようになった。


「す、すげえ……! これがAランクの生活魔法……!」

「俺たちが知ってる生活魔法と、レベルが違いすぎる……!」


 そんなひそひそとした囁き声があちこちから聞こえてくる。

 私はそんな彼らの反応を楽しみながら、収穫したばかりの新鮮な薬草が山のように詰め込まれた籠を家のキッチンへと運んだ。


「さあ、フェン。あなたも手伝ってちょうだい」

「わん!」


 キッチンの入り口で私の作業を興味深そうに眺めていたフェンが、心得たとばかりに力強く一声鳴いた。

 彼の仕事は味見役というわけではない。

 もっと重要な役割だ。

 私はぴかぴかに磨き上げたキッチンの作業台の上に、収穫したばかりの薬草といくつかの道具を並べた。

 乳鉢と乳棒、清らかな水を入れたガラスの瓶、そして空の小さな小瓶。


 まずは基本的な回復薬から。

 私は薬草の葉を乳鉢に入れ、乳棒でゆっくりと丁寧にすり潰していった。

 ごとごとと心地よい音が静かなキッチンに響く。

 そしてここからが私流。


『サイクロン・セパレート』


 私が乳鉢に手をかざすと、中の緑色の液体がごおおおっと音を立てて渦を形成し始めた。

 凄まじい遠心力によって有効成分だけが中心に集まっていった。

 そのエメラルドのように澄み切った翠色の液体だけを、スポイトで慎重に吸い上げ小瓶へと移し替えていった。

 驚くほどの速さで特製の回復薬が次々と完成していった。


「次は解毒薬よ」


 解毒作用を持つ別の種類の薬草を、同じようにすり潰していった。

 けれど強力な魔物の毒を完全に中和するには、これだけでは少し力が足りない。普通の薬師なら、ここから何日もかけて煮詰めたり、希少な素材を加えたりするのでしょうけれど……。


「でも、この子がいれば話は別よ」


 私は黒檀の杖を手に取ると、清らかな水を入れたガラスの瓶にその先端をそっと浸した。そして杖に魔力を注ぎ込み、ただの水に強力な『浄化』の魔法を直接付与していく。水が淡い翠色の光を放ち始めたのを確認すると、私はその私家版の『聖水』とも呼べる液体を、薬草をすり潰した乳鉢の中へと慎重に注いだ。


 聖なる水が薬草の成分と混じり合った瞬間、じゅわ、と化学反応のような音を立てて液体が激しく泡立った。浄化の魔力が触媒となり、薬草の持つ解毒作用を限界以上に引き出しているのだ。


「わふん」


 私の隣で、フェンがその濃密な魔力の香りに、うっとりとしたように鼻を鳴らした。

 私はその光り輝く液体を、例の遠心分離の魔法でさらに精製していく。

 するとどうだろう。

 小瓶の中にはまるで溶かしたサファイアのように、深く美しい青色の液体が完成した。

 これこそがどんな強力な魔物の毒さえも一瞬で無力化する、特製の解毒薬。

 私たちはその日の夕方まで夢中になって薬作りを続けた。

 私が魔法で薬を調合し、フェンが最高の応援団長として見守る。


 そのあまりにも息の合った作業。


 夕暮れ時、キッチンの作業台の上には翠色と青色に輝く小さな小瓶が、まるで宝石店のショーケースのようにずらりと並んでいた。

 その数はそれぞれ百本を超えていただろう。



 その夜。

 フロンティアのギルドは再び歓喜に沸いていた。

 私が届けた特製の回復薬と解毒薬。

 そのあまりにも驚異的な効果に、街の薬師も治療を受けていた冒険者たちも皆度肝を抜かれていたのだ。


「し、信じられん……! オークの棍棒で砕け散っていたはずの腕の骨が、この薬を塗っただけでものの数分で元通りに……!」

「ジャイアントスパイダーの猛毒で三日は意識が戻らないと覚悟していたというのに……! この青い薬を飲んだ途端けろりとした顔で起き上がりおったぞ!」

「奇跡だ……! これはもはや聖女様の起こす奇跡じゃ……!」


 そんな大げさなまでの賞賛の声が、あちこちから聞こえてくる。

 私はそんな喧騒の中心でただ、やれやれと肩をすくめていた。


(聖女、ねえ。本物の聖女様が聞いたら卒倒しそうだわ)


 私の脳裏に王都で再会した腹違いの妹、リアナのこわばった顔がよぎっては消えた。

 英雄、救世主、そして今度は聖女。

 私の肩書は本人の全く意図しないところで、どんどん大げさなものになっていく。

 けれど、まあ、悪い気はしなかった。

 何より私の作った薬で苦しんでいた人々が、元気になっていく。

 その事実が素直に嬉しかった。


「ありがとう、アリアさん! あんたは俺たちの命の恩人だ!」

「アリア様! これお礼です! うちで一番の上等な葡萄酒です!」


 回復した冒険者たちが次々と私の元へとやってきて、感謝の言葉とお礼の品を手渡してきた。

 その温かい輪の中心で私は少しだけ照れくさいような、誇らしいような、そんな不思議な気持ちになった。

 私の隣ではフェンもまた、「どうだ!」とでも言いたげに胸を張って、ふさふさの尻尾をぱたぱたと揺らしていた。

 彼もまたこの街のもう一人の小さな英雄だった。



 祭りの喧騒がようやく本当の意味で、終わりを告げたのはそれからさらに数日後のことだった。

 街は完全に平穏を取り戻していた。

 いや、以前よりももっと活気に満ち溢れている。

 あの絶望的な戦いを街の皆が一丸となって乗り越えた。

 その自信と絆がこのフロンティアという街を、さらに強くたくましくさせているようだった。


 そして私もまた一つのことを決めていた。


「……そろそろ、行きましょうか」


 その日の夜。

 私は自分の部屋で机の上に飾っておいた、あの『道標の石』を静かに手に取った。

 森の深い緑色をした美しい石。

 その表面には木の年輪のような模様が、まるで次の冒険の始まりを促すかのようにゆっくりと優しく明滅を繰り返している。


『沈黙の樹海』


 この石が私たちを新しい冒険へと導いてくれる。

 英雄としての休息の時間はもう終わりだ。

 私は根っからの冒険者なのだから。


「フェン、旅支度を始めるわよ」


 私のその静かな声に、暖炉の前でうとうとしていたフェンがぴくりとその銀色の耳を動かした。

 彼はゆっくりと顔を上げた。私の目をじっと見つめてきた。

 その大きな黒い瞳にはもう何の疑念もなかった。

 私への絶対的な信頼とどこまでもいっしょに行くという意志が感じられた。


「わふん」


 彼は短く、しかし力強く一声鳴いた。

 それが全ての答えだった。

 私は満足げに一つ頷くと、冒険用の革袋をクローゼットの奥から取り出した。


 さあ、始めようか。

 次の冒険を。


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お菓子作りのための追放スローライフ~婚約破棄された公爵令嬢は、規格外の土魔法でもふもふ聖獣やゴーレムと理想のパティスリーを開店します~


【化学調味料/飯テロ/日本食】
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