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追放令嬢はゲーム知識と生活魔法でダンジョンを攻略する ~もふもふな相棒と始める、自由気ままな冒険者ライフ~  作者: 速水静香
第七章:フロンティアの守護者

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第二十七話:英雄の休息と暴走する、それら

 最初に私の鼓膜を優しく揺らしたのは、懐かしい小鳥たちの楽しげなさえずりだった。

 薄く開けた瞼の隙間から、見慣れた我が家の寝室の、木の天井がぼんやりと映る。窓のリネンのカーテン越しに差し込む朝の光は、蜂蜜をたっぷりと溶かしたみたいに甘く、そして温かい。

 私の肺をゆっくりと満たしていくのは、どこまでも澄み切った新鮮な空気。


「ん……おはよう、フェン」


 私が隣で眠る、温かくて、もふもふした銀色の塊にそっと声をかけると、彼はまだ夢の中にいるのか、「くぅん……」と甘えたような声を漏らして、私の腕の中にさらに深く顔をうずめてきた。その、私の腕に顔をうずめてくる様子がたまらなく愛おしくて、私はもうしばらく、この至福の時間を味わうことにした。


 伝説のダンジョン、『天空の塔』。

 その攻略を終えてフロンティアの我が家へと帰還してから、もうどれくらいの時間が経っただろうか。

 あの塔での冒険は、間違いなくこれまでで最も過酷で、そして最もエキサイティングなものだった。常に吹き荒れる風のギミック、空中を舞う金属の鷲、そして塔の最上階で出会った、あの健気なガーディアン。思い出すだけで、今も胸が高鳴る。

 けれど、そんな刺激的な冒険の日々も、この我が家の、穏やかで満ち足りた日常の前では、まるで遠い昔の夢物語のように色褪せてしまう。


 そう、私たちは今、久しぶりに大きな冒険を終えたご褒美として、休日を満喫しているのだ。



 そうして始まった私たちの休日は、いつものように、フェンに付き合うことから始まる。庭を散歩したり、いっしょにお昼寝をしたり。そして、時には、キッチンで腕を振るい、フロンティアの市場で仕入れた新鮮な食材で、少しだけ凝った料理に挑戦してみたりもした。夜は、自慢の広々としたお風呂で一日の汗を流し、暖炉の前に陣取ってぱちぱちと爆ぜる炎を眺めながら、二人で優雅な時間を満喫する。


 誰にも邪魔されない、誰の目も気にしなくていい。

 私たちだけの穏やかで満ち足りた時間。


 私は机の上に、あの『天空の塔』のガーディアンから譲り受けた『道標の石』を飾っていた。

 森の深い緑色をした美しい石。その表面には、木の年輪のような模様が、まるで呼吸をするように、ゆっくりと、そして優しく、明滅を繰り返している。


(『沈黙の樹海』……。この石が、私たちを、新しい冒険へと導いてくれるのね)


「さて、と。フェン! 今日は未来のための投資よ! 私たちの宝物、ちゃんと育っているか確認しに行きましょう!」


 私は、フェンを連れて、先日造成したばかりの、我が家のハーブ畑へと向かった。

 ひと口に畑と言っても、私が魔法で作ったそれは、もはや小さな植物園と言っても差し支えないほどの規模だ。森との境にあり、日当たりも風通しもよい。土壌は、私が生活魔法で栄養バランスを最適化した、ふかふかの黒土。周囲は、森の動物たちから大切な薬草を守るため、これまた私が魔法で生成した、木の柵で囲まれている。

 まさに、至れり尽くせりの環境。

 その甲斐あってか、先日植え付けたばかりの薬草たちは、驚くほどのスピードで成長していた。


「まあ、すごい! もう、こんなに大きくなったのね!」


 青みがかった丸っこい葉は、太陽の光をたっぷりと浴びて、つやつやと輝いている。

 その表面はベルベットのようになめらかで、生命力に満ち溢れていた。


「よし、決めたわ! 今日は、この子たちを使って、回復薬の試作品を作ってみましょう!」


 私は、高らかにそう宣言すると、一番元気の良さそうな株から、葉を数枚、丁寧に摘み取った。

 葉にそっと触れると、ひんやりとした柔らかな感触。指先で軽くこすると、すうっとするような、爽やかな香りが立ち上った。


「くんくん……わふん」


 私の足元で、フェンも、その清涼感のある香りが気に入ったのか、楽しそうに鼻を鳴らしている。

 私は、摘み取った薬草を、小さな籠に入れると、いそいそと、家のキッチンへと戻った。

 さあ、私流、お手軽錬金術の始まりよ。



 ぴかぴかに磨き上げた、キッチンの作業台。

 その上に、私は、摘み取ってきたばかりの薬草と、いくつかの道具を並べた。

 乳鉢と乳棒、清らかな水を入れたガラスの瓶、そして、空の小さな小瓶。

 公爵令嬢だった頃、退屈な薬学の授業で、何度もやらされた作業。あの頃は、ただの面倒な義務でしかなかったけれど、今は違う。

 私たちの命を守るために、とても重要な作業。


「まずは、この葉を細かくすり潰して……と」


 私は、薬草の葉を乳鉢に入れ、乳棒で、ゆっくりと、丁寧に、すり潰していく。

 ごと、ごと、と。

 心地よい音が、静かなキッチンに広がる。

 やがて、葉は、鮮やかな緑色のペースト状になった。すうっとする爽やかな香りが、あたりにふわりと立ち込める。


「次に、このペーストに、清らかな水を少しずつ加えて……」


 私は、ガラスの瓶から、スポイトで数滴、水を垂らした。そして、ペーストと水が、均一に混ざり合うように、さらに乳棒で練り上げていく。

 ここまでは、この世界の、ごく一般的な回復薬の作り方だ。

 でも、ここからが、私流。


(普通の作り方じゃ、効果はたかが知れてる。もっと、効率よく、有効成分だけを抽出する方法……)


 私の頭の中に、前世の知識が閃いた。

 そう、確かにあったはずだ。

 特定の物質だけを、分離、抽出するための技術。


「……そうだわ! 遠心分離機よ!」


 ぽん、と。私は自分の手のひらを叩いた。

 もちろん、この世界に、そんな便利な機械はない。

 でも、私には、魔法がある。


「見てなさい、フェン! 私流、魔法の科学実験よ!」


「わん?」


 キッチンの入り口で、私の作業を興味深そうに眺めていたフェンが、不思議そうに小首を傾げた。

 私は、にやりと笑うと、緑色のペーストが入った乳鉢に、そっと手をかざした。

 イメージするのは、高速回転。

 洗濯機の脱水機能みたいに、乳鉢の中の液体を、目にも留まらぬ速さで、ぐるぐると回転させるのだ。


『サイクロン・セパレート』


 私が心の中でそう唱えると、乳鉢の中の液体が、ごおおおっ、と音を立てて、渦を巻き始めた。

 凄まじい遠心力によって、液体は、二つの層へと、分離していく。

 外側には、不純物を含んだ、濁った緑色の液体。

 そして、その中心には、まるで、最高級のエメラルドのように、澄み切った、翠色の液体だけが、集まっていく。


「よし、かかった!」


 私は、回転を止めると、中心に集まった、その美しい翠色の液体だけを、スポイトで慎重に吸い上げ、空の小瓶へと移し替えた。

 小瓶の中には、太陽の光を浴びて、きらきらと輝く、一滴の雫。

 これこそが、薬草の有効成分だけを、極限まで濃縮した、特製の回復薬。


「ふう、完成ね!」


 私は、満足げに一つ頷くと、その小瓶を、光に透かしてみた。

 その美しさは、まるで宝石のようだ。


「さて、と。問題は、その効果だけど……」


 私が、どうやって試したものか、と考えていた、その時だった。

 ちょうど、薬草を摘む時に、小枝で指先を、ほんの少しだけ、かすってしまったことを思い出した。

 ぷくりと、血が滲んだ、小さな切り傷。


「……よし、これで試してみましょうか」


 私は、小瓶の蓋を開けると、その翠色の液体を、一滴だけ、指先の傷にぽとりと垂らしてみた。

 ひんやりとした、心地よい感触。

 そして、次の瞬間。


「…………え?」


 思わず、間の抜けた声が出た。

 信じられない光景が、目の前で起こっていた。

 翠色の液体が、傷口に触れた瞬間、しゅわわわわ、と。

 まるで、炭酸水が弾けるような、淡い光を発したのだ。

 そして、その光が収まった時。

 さっきまで、確かにそこにあったはずの、小さな切り傷が。

 跡形もなく、綺麗さっぱり、消え去っていたのだ。

 まるで、最初から、何もなかったかのように。


「……う、嘘でしょう……?」


 私は、自分の指先を、何度も、何度も、見返した。

 でも、やっぱり、傷はない。

 痛みも、ない。

 ただ、すべすべとした、元の綺麗な皮膚があるだけ。


「わ、わふん……」


 隣で、一部始終を見ていたフェンも、ぽかんとした顔で、私の指先を、くんくんと嗅いでいる。


(……や、やりすぎた……)


 思わず、乾いた笑いがこぼれる。

 これは、すごい。

 すごい、を通り越して、少しだけ、引いてしまうくらいの性能だ。

 街の薬屋で売っている、かなり高価なポーションよりにも引けを取らないだろう。

 これがあれば、今後、冒険の安全性が格段に高まる。


「……ふふっ。ふふふふふっ」


 笑いが、こらえきれずに口からあふれ出てくる。


「やったわ、フェン! 私たち、とんでもないものを手に入れちゃったわ!」


「わんっ!」


 私の、ただならぬ興奮が伝わったのか、フェンも、一緒になって、嬉しそうに一声鳴いた。

 私たちは、顔を見合わせると、どちらからともなく、一緒に笑った。



 未来への投資作業を終えた私たちは、その後、心ゆくまで休日を満喫した。


 穏やかな休日は、まるで夢のように、あっという間に過ぎていく。

 日が沈み、空がオレンジ色から深い藍色へと表情を変え始める頃。

 外はすっかり暗くなっている。

 私はフェンと一緒に、リビングの暖炉でぱちぱちと音を立てて燃える火を眺めながら、夕食後のお茶を楽しんでいた。


 休日。

 心も体も、すっかりリフレッシュできた。

 けれど、そんな穏やかな時間の中でさえ、私の頭の片隅では、次なる冒険への期待がムクムクと湧き出てくる。


(……そろそろ、計画を立て始めないとね)


 私が、お茶の入ったカップを、そっとテーブルの上に置くと、自分の部屋へと向かった。


 『沈黙の樹海』


 一度足を踏み入れれば、二度と出られないと噂される、魔の森。

 そして、その攻略の鍵となるのが、これ。

 私は、机の上に飾っておいた、あの『道標の石』を、そっと手に取った。


 森の深い緑色をした、美しい石。

 その表面には、木の年輪のような模様が、まるで呼吸をするように、ゆっくりと、そして優しく明滅を繰り返している。


(この石が、私たちを新しい冒険へと、導いてくれるのね)


 私が、その石が放つ、温かい魔力の鼓動に、うっとりと心を奪われていた、その時だった。


 ―――どんどんどんどんどんっ!


 突然、家の玄関の扉が、今にも壊れそうな勢いで、激しく叩かれた。


「な、何事!?」


 私は、びくりと肩を揺らした。

 こんな夜更けに、一体、誰が。


「がるるるるるるるるる……!」


 私の足元で、うたた寝をしていたフェンが、低い唸り声を上げ、臨戦態勢に入る。

 扉を叩く音は、一向に止む気配がない。

 それどころか、どんどん、その激しさを増していく。


「アリア殿! アリア殿! いらっしゃいますかな!?」


 その、切羽詰まった、聞き覚えのある声。


「……ギルドマスター?」


 私は、フェンを片手で制しながら、急いで玄関へと向かった。

 そして、重い木の扉にあるかんぬきを外す。


 ぎぃ、と。


 扉を開けた先に立っていた人物の姿を見て、私は、思わず、目を見開いた。

 そこにいたのは、やはり、フロンティアのギルドを取り仕切る、ギルドマスターその人だった。

 けれど、その姿は、私が知っている、いつもの威厳に満ちた彼とは、まるで別人だった。

 自慢の髭は乱れ、その額には、玉のような汗がびっしりと浮かんでいる。肩で、ぜえぜえと、苦しそうな息を繰り返し、その顔は、血の気が引いて、真っ青になっていた。


「マスター? どうかなさいましたか? そんな、血相を変えて……」


「ど、どうしたもこうしたも、ありませんぞ……!」


 彼は、私の問いに答える余裕もない、といった様子で、ぜえはあ、と息を整えると、絞り出すような声で、こう叫んだ。


「一大事じゃ、一大事! 街の近くで、大規模な魔物の大発生の前兆が、観測されたんじゃ……!」


「……大発生?」


 その不吉な響きを持つ言葉を、私は、静かに繰り返した。

 魔物の大発生。


「このままでは……!このままでは、フロンティアの街が魔物に飲まれてしまう!アリア殿、ぜひ、話を聞いてほしいのじゃ!」


 ギルドマスターの悲痛な声が、夜の闇に吸い込まれていく。

 私の家。

 私とフェンが、ようやく手に入れた、かけがえのない宝物。

 それが、魔物の大群に蹂躙されてしまう。


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【化学調味料/飯テロ/日本食】
追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~


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